ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十六話:きっといつか会う日を

 〝竜殺しの魔女〟カナタ。

 天竜人を殺害し、護衛についていた海軍の艦隊と戦ってなお逃げ延びた西の海(ウエストブルー)最悪の犯罪者。

 初頭での手配で三億八千万ベリーという前例のない額を付けられた少女。

 花ノ国でその事件があった二日後、大ニュースとなって世界に広まったその手配書を見て、オルビアは酷く心配していた。

 五年間ほどの付き合いだが、意味もなくこのようなことをする少女ではないことをよく知っている。だが、同時に必要ならこれくらいのことをやってしまいかねない〝武力〟を持つことも知っている。

 英知の樹にある多くの本を読み、様々な知識を蓄えては世間話をしていた妹のような存在。

 

「あの子……大丈夫かしら」

「ワシらが心配してもどうにもならないが……せめて、無事を祈るしかないだろう」

 

 オルビアの隣に座るクローバー博士もまた、カナタのことをよく知る一人だ。

 考古学の識者が多く集まるこの島で、貪欲に知識を求める彼女の姿勢は学者としても好ましかった。

 当人は学者よりも商人の方が性に合っていると言っていたが。

 まぁ商人と言っても、カナタ自身は荷物を運ぶ護衛をしていただけなのだけれど。

 

「無事でいれば……そうね。無事でいてくれれば、それだけで」

 

 きっとまた逢う日が来るだろうと、そう思っていた。

 その日の夜更けのことだ。

 普段から英知の樹に入り浸って失われた過去の歴史──いわゆる〝空白の百年〟を研究している彼ら彼女らは、夜遅くに研究していることが多い。

 世界政府には禁止されている行為であるため、地下でひっそりと誰にも知られることなく行われている。

 丁度休憩を挟むために地上部へと戻った際、控えめなノックに気付いたオルビアは学者の誰かが来たのだろうと思い警戒心も薄くドアを開ける。

 瞬間、口元を手でふさがれて強引に中へと押し入られた。

 

(──っ!?)

 

 護身術くらいは出来るが、目の前のフードを目深に被った誰かはそんな隙さえ見せずに足でドアを閉めた。

 そしてオルビアの耳元へ「静かにしてくれ」と小声で言う。

 声を聴いてすぐにわかった。

 彼女はオルビアの口元から手を戻し、目深にかぶったフードを少しだけ上げて顔を見せる。

 

「カナ──」

「静かに、と言っているだろう」

 

 思わず叫びそうになったオルビアの口元を再度手で押さえる。

 バツの悪そうな顔をして、大丈夫だと数度頷いて手を退けて貰う。

 驚きはあったが、今は喜びの方が大きい。もう会えないかもしれないと思っていた妹分と再会できたのだから。

 

「カナタ、無事だったのね」

「無事、とは言い難いが……生きてはいるな」

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を見せながらカナタは肩をすくめる。指先だけは出ていたので物を握るくらいは出来るが、戦闘などもってのほかだ。

 フードで隠されているが、よく見れば頭にも包帯が巻かれている。着ている服は男物でぶかぶかなので怪我の度合いを測ることは難しいが、ちらりと見える包帯からでも怪我をしていることはわかる。

 少なくとも、オルビアはカナタがこれほど怪我をしているところは初めて見た。

 自然系(ロギア)の能力者であることも要因の一つだが、単純にオルビアから推し量れないほどにカナタが強かったのもある。

 ()()カナタがこれほどまでに大怪我をしているのだ。

 

「……大丈夫なの?」

「……私は、もうこの島に来ることは出来ないだろう」

 

 オルビアの質問には答えない。

 漠然とした質問でも、カナタにはオルビアが何を聞きたいのかがわかる。それでも。

 大丈夫かもしれない。大丈夫じゃないかもしれない。そんな漠然とした答えを、返したくはなかった。

 

「この島と他をつなぐ定期航路の便、英知の樹によく訪れていたということ……政府は、恐らくオハラを私につながる手掛かりとして執拗に迫るだろう」

 

 拠点としていたマルクス島にもよく話す相手はいたが、表面的だったのは知っている。彼らはカナタに関する情報を売ることに躊躇いはないだろう。

 何せ、彼らにとってカナタは化け物だから。

 便利だからよく利用していたというのもあるし、表向きは能力者ではないジョルジュが仕切っていたということもあって商売は上手くいっていた。だが、カナタに対しては恐怖を抱いていたことはよく知っている。悪魔の実の能力者の扱いなどどこもそんなものだ。

 だから、カナタは基本的に拠点とするマルクス島の家には私物をほとんど置かなかった。船室に用意された部屋が唯一の居場所だったから。

 しかし、オルビアたちはそうではなかった。

 

「私のことを政府に売っても構わない。お前たちの身の安全を最優先にしてくれ」

「そんな……そんなこと、出来るわけないじゃない!」

「政府に目を付けられてはお前たちも困るだろう」

「それは……でも、だけど!」

「私なら大丈夫だ」

 

 大怪我している状態でそれを言われても説得力がない。

 カナタのことを心配して引き下がろうとしないオルビアに対し、カナタは困ったように笑う。

 

「参ったな。せめてオルビアには心配を掛けまいと思ったのだが」

「無理に決まってるじゃない。私は貴女を妹のように思ってるんだから」

「……そう、か」

 

 考古学者の島と呼ばれているが、島民全員が学者というわけではない。生活が成り立たなくなるので当然といえば当然の話だ。

 オルビアの弟もまた学者ではなく、カナタは姉弟でこうも違うものかと驚いた記憶がある。 

 英知の樹に入り浸って研究ばかりしているため、カナタと顔を合わせるのと然程変わらない頻度でしか家族と会わないという。

 とはいえ、色恋沙汰と無縁というわけではない。

 

「なら、妹分からの最後の頼みだ。もうすぐ結婚するのだろう? 余計ないざこざを抱え込まないほうがいい」

 

 それを言われると恥ずかしいのか、オルビアは頬を染めて目をそらす。

 だがこれだけは言わないといけないと思ったのか、睨みつけるようにカナタの方を見た。

 

「最後の頼みだなんて、やめて……また、いつか会いましょう」

「そうだな。その時はオルビアの子供と会うことを楽しみにしよう」

「気が早いわよ……でも、そうね。気軽に会うことも出来なくなるものね」

 

 もしかすると、本当に一生会うことが無くなるかもしれない。

 世界は広く、赤い土の大陸(レッドライン)凪の帯(カームベルト)で隔てられている。他の海に移動してしまえば、戻ってくることは容易ではない。

 それでも再び会うことを願って。

 二人は抱擁を交わし、程なく分かれた。

 カナタはフードを目深にかぶりなおし、英知の樹の外へと出る。オルビアはそれを見送るために外に踏み出し、冷えた空気に少しだけ体を震わせた。

 そうだ、とカナタはふと思い出して足を止める。

 

「借りていた本、返せそうにない。クローバー博士に謝っておいてくれ」

「……馬鹿ね。いつでもいいわよ、そんなの。きちんと返しに来なさい」

「そうか。それなら、いつか返しに来る」

 

 カナタは小さく笑って、返答したオルビアを見ることなく夜のとばりの中へと消えていく。

 雲がかかって星は見えない。薄暗い、どこか不安を煽るような夜だった。

 

 

        ☆

 

 

 子電伝虫を片手に海上を歩くカナタ。

 電波を盗聴される恐れはあるが、持ち主に向かって引き寄せられる特殊な紙──〝ビブルカード〟もない以上はこうでもしなければ合流は難しい。

 夜は一段と冷える。

 今は平気だが、あまり動き回るのも傷に障るだろう。早めに見つけたいものだが、と考えながらオハラ近海を歩き回っていた。

 時刻は真夜中に差し掛かろうという頃、子電伝虫の電波がつながった。

 

『──無事だったか!』

「あいにく無事とは言い難いが、生きてはいる」

 

 安堵したようなジョルジュの声と、それ以外のざわめきが聞こえてくる。

 子電伝虫の電波圏内にいるならそれほどの距離はない。海軍が近くにいる可能性もあるが、合流することを優先することにして信号弾を上げるという。

 

「そちらの方がいいだろうな。確認できればいいが」

『今日は星明りもない。信号弾は目立つだろうから大丈夫だろ』

「そうだな──見えた」

『よし、じゃあ早速戻って来い』

 

 打ち上げられた信号弾が尾を引いて空へと吸い込まれるように飛んでいく。

 その光を見つけ、カナタは方向を修正して海の上を駆けて行った。

 程なく船を見つけ、その船の甲板へと飛び上がる。気になったことといえば、二隻あったはずの船が一隻しかないことだが。

 

「カナタさん! 無事だったんですね!」

「フェイユンか。お前も無事のようでよかった」

「はい。カナタさんのおかげです。でも私、心配してて……それにやっぱり怪我してます。もう無茶はしないでください」

 

 早速駆け寄ってきたフェイユンは今にも泣きそうな顔でしゃがみ込み、出来るだけカナタと目線を合わせようとしていた。

 カナタはフェイユンの冷えた頬をさすり、バチンと大きな額にデコピンをする。

 「あうっ」とのけ反った彼女に対して、カナタは腰に手を当てて呆れたように話す。

 

「これは私のエゴだ。フェイユンが気にすることじゃない」

「でも……」

「じゃあ、今度はお前が私を守ってくれ。きっとそれが出来るだけの力があるだろうから」

「……はい!」

 

 何度も頷き、強くなるんだと決心を固めるフェイユン。

 話が終わったことを感じ取ったのか、船室からぞろぞろと船員たちが出てくる。

 ただし、その数は少ない。仕事の関係もあって三百人近くの船員が詰めていたはずだが、今はその十分の一程度の数だけだ。

 これは一体どういうことなのか。首をかしげながらジョルジュへと視線を向ける。

 

「あー、なんだ。これはだな」

「端的に言うと、単なる労働者連中だった奴らは軒並みもう一つの船に乗り込んでマルクス島に帰った。『俺たちは無関係だから帰らせてもらう』ってさ」

 

 ジョルジュが言い淀んでいたところにクロが気負うでもなく端的に説明する。

 カナタのやったことは世界を敵に回すといっても過言ではない。それについていけるかと言われれば、やはり出来ないと思ったものがいたのだろう。

 元々ただの肉体労働者として雇った連中だ。そこまでの忠誠心など求めていないし、双方にとって不要な要素だった。

 

「そうか。それならそれで構わん」

 

 残ったのは最初期からいたジョルジュとその部下。それにジュンシー、クロ、フェイユン、ゼン。

 総勢三十三人しかいなくなってしまったが、これはこれで不都合もない。帰っていった彼らにも家族がいるのだから、選択を非難することはしない。

 昔の人数に戻っただけだ。

 ……それに、今更無関係だからと島に戻ったところで世界政府が鵜呑みにするとも思えなかった。

 

「それで、色々と話すべきことはあるが」

「これからどうするんだ、お嬢」

 

 ジュンシーとクロはそこが気になっていたようで、カナタへと質問を投げかける。

 対して、カナタは簡潔に答えた。

 

「──偉大なる航路(グランドライン)に入る」

 

 このまま西の海(ウエストブルー)を逃げ回っていてもいいが、せっかく人間関係がリセットされたのだ。

 多少冒険してもいいだろうと判断した。

 それに、顔がよく知られているこの海にいるよりも偉大なる航路(グランドライン)の方が身を隠しやすいだろう。

 海軍本部も世界政府も本腰を入れて捜索活動に移るはずだ。出来る限り目立つ行動は避けたい。

 

「オレ達もお尋ね者って訳だ。海賊でも名乗るか?」

「自分から海賊を名乗る気はない。海賊旗も不要だ」

「そうか?」

 

 ロジャー達のように海賊だと堂々としているのもどうかとは思うが、カナタとしては出来れば身を隠しながら動きたかった。

 大々的に動くのはある程度戦力が充実してからでなければ磨り潰されるだけだろう。

 もっとも、戦力を集めて何をするかという話になるのだが。

 

「せっかくだ。誰も踏破したことがない偉大なる航路(グランドライン)の踏破でも目指してみるか」

「そりゃあ……面白そうだが、かなり厳しい道のりになるぞ?」

「構うまい。元よりほかにやることもないのだからな」

 

 目標は難しいほどいい。

 追われるだけの人生ほどつまらないものもないだろう。達成が難しい目標を掲げていれば、少なくとも生きる意味はある。

 そのついでに世界政府と一戦交えることになるかもしれないが、その時はその時だ。

 黙ってやられるつもりはない。

 

「おし、決まりだな」

 

 目標は偉大なる航路(グランドライン)の制覇。

 そのための準備が必要だ。記録指針(ログポース)がなければ島から島に移動することすらままならないし、食料や水の不足もある。

 偉大なる航路(グランドライン)一つ手前の街に向かい、諸々の必要なものを買い揃えなければならない。

 

「忙しくなるなァ」

「賞金稼ぎに海軍、政府の追っ手……歯応えのある敵がいればいいが」

「私、頑張って皆さんを守ります!」

「ヒヒン! 賑やかになりそうですね!」

 

 カナタの決定に従い、各々が今後の旅路に思いを馳せる。

 まず目指すべきは偉大なる航路(グランドライン)の入り口であるリヴァースマウンテン。その手前の街。

 西の五大ファミリーの一つ、ラーシュファミリーが治める場所だ。

 

「──では、征くぞ。出航だ」

 

 

        ☆

 

 

 そうして、オハラ近海から移動を始めて三日後。

 海軍本部の大将が発令した〝バスターコール〟にて、マルクス島が焦土と化したことが報じられた。

 

 

 




この章は今回の話にてようやく終幕。
次回から章が変わります。グランドライン入口~グランドライン前半のどこかの島までになるかなと思ってます。

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