ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百五十八話:〝ユートピア作戦〟

 

 百獣海賊団、黄昏の海賊団の両陣営は共に退避しつつある。

 戦いの余波で沈められるなどどちらも望むところではなく、戦っている当人たちがそこまで気を回してくれるとも思えない。二人の激突は一種の天災のようなもので、止めることなど不可能でもある。

 ──爆心地にいるカイドウ、カナタの両名は笑っていた。

 片や海の皇帝と呼ばれて久しく、片や七武海の地位を得て久しい。

 共に全力で戦う機会など数える程しかないために、この機会を逃すまいと覇気を練り上げている。

 

「悪くない。小競り合いばかりだったが、お前もきちんと実力を上げていたようだな」

「ウォロロロロ!! 上から目線で物言ってんじゃねェ!! あの時みてェにはいかねェぞ!!!」

 

 連続して衝突する二人の覇気に海は荒れ、大気が軋む。

 真正面からの力のぶつけ合いでは埒が明かないと判断したのか、人獣形態のままカイドウは大きく口を開けた。

 

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 

 至近距離からカナタ目掛けて破壊の息吹が放たれる。

 カナタはそれを槍の一薙ぎで切り払い、真っ二つに裂かれた〝熱息(ボロブレス)〟は足元の氷を砕いて蒸発させていく。

 二人の覇気が衝突するたびに氷の大地も砕けていた。もはや足場としては機能せず、二人は互いに上空へと戦場を移す。

 

「〝吹雪(ブリザード)〟」

「〝龍巻壊風〟!!」

 

 カナタの掌から生み出された巨大な竜巻は猛烈な勢いで海水を巻き上げ、竜巻の中で凍らせて刃と化しながら獣形態のカイドウを呑み込む。

 対するカイドウもタダでやられることは無く、とぐろを巻いて回転することでいくつもの竜巻を生み出し、更にかまいたちを無差別に放ってカナタの〝吹雪(ブリザード)〟と衝突した。

 周辺の海域で暴風とかまいたち、氷の刃が対象を選ぶことなく暴れ回る。

 技を放った二人は気にもかけずに上空でぶつかっていた。

 巻き上げられた海水で視界が悪い中でも構わず、カイドウは正確に狙いを付けてカナタへと〝熱息(ボロブレス)〟を連射する。

 

「通用しないと言うのが分からないのか?」

 

 カナタは意にも介さず強烈な〝熱息(ボロブレス)〟を切り裂き、開けた視界の先で()()()()()カイドウの姿に目を丸くする。

 周辺はカナタの能力圏内だ。多少覇気が強かろうとも、強い冷気は否応なしに身を蝕む。カイドウはそれを嫌ったのだろう。

 人獣形態へと姿を変えたカイドウは、カナタ同様に空を蹴って距離を詰めた。

 

「こうすりゃァ寒くねェ! もっと楽しもうじゃねェか!!!」

「少しは考えたようだな……なら、お前の自慢の体力が尽きるまで何度でも倒そう」

 

 落雷を槍で受け止め、留めたまま横薙ぎに振るって雷を放射状に放つカナタ。

 カイドウはそれを回避し、更に上空から叩きつける様に金棒を振るった。

 

「当たり前みてェに雷を操りやがって……! テメェは氷の能力者だろうが!! どんなカラクリで雷を操ってやがる!?」

 

 覇王色の覇気を纏った時に発生する黒い雷とは異なる、本物の雷だ。

 悪魔の実の能力は一人に一つ。原則が崩れることは無い──故に、カイドウはカナタを睨みつけながらそのカラクリを暴こうとする。

 カナタはカイドウの攻撃を正面から受け止め、空中で轟音が響いた。

 

「一々教える必要があるのか? 気になるのなら自分で暴くことだな!」

「ウォロロロロ!! 確かにそうだ!! そうさせてもらうぜ!!!」

 

 言うや否や、カイドウはジッと目を凝らしてカナタの動きを視る。

 少なくとも能力由来の力ではない。であれば、とカイドウはカナタの槍に視線を向けた。

 槍の周りに(もや)が浮かんでいる。上空には常に滞留する巨大な暗雲──まぁこちらはカイドウの〝焔雲〟も相当な割合を占めているのだが。

 衝突を繰り返しながら観察を続け、槍の穂先がバチリと青白く光る。

 カナタは槍を掲げて雷を受け止め、此度は放射状に放つことで目くらましとして使い、続けて槍を振るって斬撃がいくつも飛ぶ。

 

「──なるほど」

 

 カイドウはカナタの斬撃を回避しつつ、ある程度原理を見抜いていた。

 雷が発生する詳しい原理は後でクイーンにでも聞けばいい。重要なのは二点。

 雷を発生させる瞬間には槍の穂先が光ること。

 発生させるにはある程度時間が必要なこと。

 予兆とタイムラグの存在があるならカイドウにとって対処は容易い。

 数度の激突の末に再びカナタの槍が青白いスパークを放ち始めると、上空へ移動したカナタを追ってカイドウもまた上空へ移動する。

 

「逃がさねェ!!」

 

 発生した雷は一度、必ず槍に落ちて留まる。その一瞬の隙を見逃さずに攻撃を叩き込もうとして──上空へ移動したはずのカナタの姿が消えた。

 急激に方向転換してカイドウの下へと移動したのだ。

 

「何を──」

 

 カイドウの視線は移動したカナタへと向けられる。

 カナタの槍は変わらず青白いスパークが発生しており──次の瞬間、落雷は真っ直ぐに()()()()()()()()()()()()

 

「浅はかだな、カイドウ」

 

 バリバリと空気を引き裂く雷鳴が轟く。

 どこへ落ちるかある程度誘導出来るのなら、雲と自分の間に敵を挟めば当然こうなる。カナタの方ばかりを警戒していたからこそ当てられたが、二度目は流石に通じないだろう。

 感電した体が僅かに痙攣して動きが止まると、カナタはその隙を見逃さずにカイドウの頭へ蹴りを叩き込んで真っ直ぐ海へと落とす。

 海面すれすれでかろうじて動けるようになったカイドウは、咄嗟に発生させた焔雲を掴んで海へ沈むことを回避した。

 

「ウォロロロロ……!! 一筋縄じゃァいかねェな!」

「当然だ。この海が如何に広くとも、私に勝る者などいない」

 

 〝最強生物〟とまで呼ばれる男を前に、カナタは一切臆することなく言い放つ。

 四皇と言えども恐れるに足らず。己こそが最強であると自負する彼女は、海面を広く凍らせて再び氷の大地を生み出した。

 

「この程度でへばってはいないだろうな?」

「バカ言ってんじゃねェよ! まだまだこれからだろうが!!」

「ならば良い。私も久しぶりの戦いなのでな──興醒めさせてくれるなよ」

 

 互いに覇気は微塵も衰えていない。

 むしろ、衝突するたびに研磨されるように増々強まってさえいた。

 

 ──二人の戦いは決着がつくことは無く、数日後にアラバスタの件が収まったと報告が来るまで戦いは続いた。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして現在。アラバスタ、夢を見る町〝レインベース〟にあるカジノ、〝レインディナーズ〟の一室。

 バロックワークスの誇る〝オフィサーエージェント〟達は今、全員がそこに集められていた。

 ゆったりした喋り方の巨漢の男と、忙しないやや年を食った女のペア、Mr.4とミス・メリークリスマス。

 神経質そうな眼鏡をかけた男と、三つ編みのおさげが特徴的な少女のペア。Mr.3とミス・ゴールデンウィーク。

 背中に〝オカマ(ウェイ)〟と書かれた白鳥のコートを着ている大柄のオカマ。Mr.2ボン・クレー。

 丸刈りの頭に筋骨隆々とした肉体の胸元に〝壱〟と彫られた男と、パーマのかかった青く長い髪の女のペア。Mr.1とミス・ダブルフィンガー。

 全員、ロビンが集めて来た腕利きである。

 

「──さて。それじゃあそろそろ、ボスとの対面と行きましょう」

 

 計画が前倒しになった影響もあり、ロビンが想定していた時間よりも半日ほど動きが早い。

 それでも仕事に手を抜くことは無く、ポーカーフェイスを保ったまま集まった面々の視線を誘導する。

 そこには、一人の男がいた。

 艷やかな黒髪のオールバックに、顔面を横断するように走る傷跡が特徴の男。

 左腕に装着している特徴的な金色のフックに、対峙するモノを射殺すような鋭い眼光──その男の事を知らない者など、この場にはいなかった。

 

「ク──クロコダイル!?」

「七武海が何故……!?」

 

 今までどんな人物かと想像していたことはある。だが、裏世界を生きる彼らとて、まさか自分たちのボスが王下七武海の一角を占める男とは想像だにしなかったのだろう。

 動揺はある。だが……クロコダイルはそれを眼光一つで黙らせた。

 

「うるせェ奴らだ。まだ時間はある、順序良く説明してやるから黙って聞け」

 

 計画の変更を余儀なくされ、既に不利な立ち位置にいるクロコダイルに余裕はない。

 それでもこれから何をやるかは通達しておく必要があると判断し、時間をかけてでもきっちり説明する。

 クロコダイルが欲するモノは〝軍事力〟──それが眠る〝アラバスタと言う国〟そのものだ。

 

「……つまり、おれ達はそれを手に入れるためにこれまで行動してきたわけか」

「そうだ。そして、計画は最終段階に入った──作戦名〝ユートピア〟。これが成功すれば、晴れてこの国はおれ達のものだ」

 

 だが、この国を手に入れても時間的猶予はそれほど多くは無い。

 

「新世界で百獣・ビッグマムの海賊同盟と海軍・黄昏の海賊団の連合部隊が衝突していることは知っているな?」

「ここ数日、散々報道されているあれですカネ? ですが、具体的な目的地は不明のハズ」

「奴らの目的地は()()だ」

 

 クロコダイルは不愉快そうに机をトントンと指で叩く。

 狙いはミス・オールサンデーことニコ・ロビン。彼女の身柄を狙い、四皇が二人も動いたという事実にエージェントたちは冷や汗を流す。

 

「まさか、そんな……!!」

「事実だ。そのせいでこっちも時間がねェ。手早く国を崩して、おれの手中に収める必要がある」

 

 そのために練り上げた作戦を一部変更し、より確実に乗っ取れるようにした。

 エージェントたちは各自、手元に置かれた指示書に目を通し、テーブルに置かれたランプの火で指示書を燃やす。

 

「それぞれの任務を果たした時、この国はおれ達の手に落ちる──この〝ユートピア作戦〟に失敗は許されねェ」

 

 作戦の決行は明朝7時。

 ──武運を祈る。

 クロコダイルの言葉を締めとして、エージェントたちは動き始めた。

 

 

 

        ☆

 

 

 バロックワークスのエージェントたちは水陸送迎ガメのバンチを利用して移動する。

 レインベースから首都アルバーナ付近を経由し、港町ナノハナへ。

 それぞれの任務のために夜間から行動を開始していた。

 アルバーナ付近で降りたMr.4とミス・メリークリスマスもまた、〝国王の誘拐〟と言う難しい仕事をこなすために静かに移動する。

 言葉を発することなく、足音を立てずにハンドサインだけで暗がりを移動して王宮へ。

 

「……ここだね」

 

 王宮には当然、巡回の兵士たちが何人もいる。その中で気付かれずに国王を誘拐するなど、かなりの難易度だが……二人にとってはやりなれた仕事である。

 適度な緊張感を持ちつつ、王のいる寝室付近まで侵入していた。

 巡回の兵士は今しがた通り過ぎた。しばらくは戻ってこない。今のうちに誘拐してさっさと逃げよう──そう考えていた二人に、横合いから声が掛けられた。

 

「王は就寝中だ。用があるなら後にするがいい、()()()()()()()()

 

 Mr.4とミス・メリークリスマスは即座に声とは反対側に跳び、突然現れた男を視認する。

 灰色の作業服を身に纏った、白髪で老齢の男だ。

 この距離まで近付かれてようやく……それどころか、この距離でさえ声をかけられるまで気付けなかった不覚を恥じるとともに、一切隙を見せない老人に強い警戒感を抱く。

 

「……何者だい」

「ふむ、悠長に誰何している場合か? ()()()()()()()()()()

「は?」

 

 暗くてよく見えないが、老人──ジュンシーの手から何かが滴り落ちている。

 それがMr.4の血だと気付くのに時間はそれほど必要なかった。共に距離を取ったはずのMr.4がぐらりと倒れたからだ。

 

「Mr.4!?」

「大声を出すな。王は就寝中だと言っただろう」

 

 あの僅かな時間で音もなくMr.4を絶命させた手腕に、ミス・メリークリスマスは額にじっとりと冷や汗をかく。

 ミス・メリークリスマスは動物(ゾオン)系の能力者だ。即座に人獣形態へと変わり、僅かにでも生存率を上げようとするが……ジュンシーは特に気負う様子もなく拳を構えた。

 聞きたいことは無い。プロを相手に拷問したところで依頼人の事を吐くとも思わないし、そもそも情報は既にほぼ全部掴んでいる。

 殲滅するだけなのだから実に簡単な仕事だ。

 

「ふざけんじゃないよ、こんなバケモノが護衛に就いてるなんて……!!」

動物系(ゾオン)の能力者か。報告通りだな」

 

 もっとも、どの能力者であろうと彼の前ではさして変わりない。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「逃がす気も無いって訳かい……」

「当然だ。お主もこの界隈で生きるなら、一つの失敗が死につながることくらいは理解しているだろう」

 

 それでもなお、この老齢まで生きている。生き残っている。

 生き残れるだけの強さがあるのだから、弱い訳がない。

 

「ふざけんじゃねェよ、この〝バッ〟!! あたしだってそれなりに経験積んでんだ! 易々とやられるかい!!」

 

 逃げられる距離ではない。ミス・メリークリスマスが生き残るにはジュンシーの攻撃を最低でも一度防ぐ必要がある。

 精神を研ぎ澄ませ、カウンターで迎撃する。それしかない。

 そう考えて、自身の能力であるモグラの爪を構えた。

 ジュンシーは全てを理解したうえで真正面から距離を詰め、真っ直ぐに拳を振るう。

 即座にカウンターに移り、固い岩盤さえ掘り進める硬質な爪をぶつけ……ジュンシーの拳に打ち負け、砕け散った。

 

「──は?」

 

 それ以上の行動は出来ず、ミス・メリークリスマスはジュンシーの拳をまともに受けた。

 衝撃は胸元から背中に突き抜け、心臓を破壊して肉体を後方へと吹き飛ばす。

 ピクリとも動かなくなった彼女のことを一瞥し、騒ぎを聞きつけて近付いて来た衛兵に後の事を頼んで、ジュンシーは再び寝室付近で極限まで気配を消しつつ護衛に就く。

 クロコダイルの放ったエージェントを倒したというのに、思うことなど何もない。

 誰が来ても仕事をこなすのが、彼に求められる役割だと理解しているが故に。

 

 ──Mr.4、ミス・メリークリスマスペア……脱落。

 




一方その頃、ルフィたちはゴーイング・メリー号の船内で枕投げ大会をしていた

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