ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六十話:リコリス

 

 ──その日の始まりは順調だった。

 朝7時過ぎ。レインディナーズの地下でクロコダイルはロビンから報告を聞く。

 コブラ王に扮したMr.2が「雨を奪ったのは私だ」と扇動を行い、国民感情を逆撫でして反乱軍を大きく煽る。

 前日にビビと会っていたコーザはこれに疑問を抱くも、馬車に乗せたMr.3とミス・ゴールデンウィーク製のビビの彫像をちらりと見せてやれば、本物と見間違えた彼らは裏切られたと勘違いしてくれる。

 そこへMr.1とミス・ダブルフィンガーがマラプトノカから引き取った商船を港に突っ込ませ、Mr.2と国王軍に扮した部下たちは町に火を放って撤退。

 国民の怒りはこれ以上無いほどに燃え上がり、反乱軍は港に突っ込んだ商船から得た大量の武器を手にアルバーナを目指す。

 Mr.4とミス・メリークリスマスの二人は失敗したようだが、彼らが作戦に失敗しようと大きくは変わらない。

 クロコダイルの目論見通り、「自分たちがこの国を救うんだ」と意気込んだ反乱軍がこの国を滅ぼしてくれるだろう。

 

「クハハハ……泣かせるじゃねェか。国を思う気持ちが国を亡ぼすとはな」

「ええ。でも、国王の誘拐には失敗したようだけど……」

「……〝黄昏〟の護衛ってのは誰か分からなかったのか?」

「援軍が来た、とは聞いているわ。けれど、彼らが知るほどの大物では無かったみたい」

「……」

 

 〝黄昏〟は秘密主義だ。

 20年前、カナタはクロコダイル同様に七武海へと加入したが、当時懸賞金を懸けられていた面々とは別に実力者が育っている可能性はかなり高い。実力者がいると示威するのがナワバリを持つ海賊の常だが、〝黄昏〟はその常識に当てはまらなかった。

 どれほどの強さを持っていても懸賞金が付かない上に新聞にも取り沙汰されないなら情報が漏れることもない。

 裏社会でどれほど金を積んでも得られる情報には限りがある。

 それ故に、現在の海ではただ〝黄昏〟は強大な海賊団であるとだけ噂されるに留まっていた。

 時折甘く見たルーキーが挑み、海の藻屑になるのもいつもの話だと流される程度には。

 まぁ、今回に限ってはロビンがクロコダイルへ情報が上がる前に全部握り潰しているだけなのだが。

 

「〝新世界〟で鍛え上げられた精鋭には違いないだろうな。新人か古株かはこの際どうでもいいが、厄介な奴が来たもんだぜ」

 

 葉巻の煙をくゆらせつつ、クロコダイルは溜息を吐く。

 だが、反乱軍を煽ってアルバーナに向かわせれば、どうあっても国王軍はぶつからざるを得ない。

 完璧に作動させることは出来なくとも十分だ。

 

「面倒だが、おれが直に行くしかねェな」

「国王の下へ?」

「ああ。〝プルトン〟のある場所か……最悪〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の在処くらいは知ってて欲しいモンだがな」

 

 アラバスタは広い。滅ぼした後で悠長に古代兵器を探す暇もない以上、コブラ王がその在処を知っていることを切に願う。

 朝食を取り終えて立ち上がり、「反乱軍に滅ぼされる前に確保しねェとな」と歩き始めたクロコダイルの耳に覚えのない音が聞こえて来た。

 ガキン、ガキン──と、鉄をぶつけるような奇妙な音だ。

 規則正しい音は段々と近付いて来ており、クロコダイルは音のする方向を見る。

 クロコダイルが歩き出そうとした方向とは真逆……カジノである〝レインディナーズ〟へ繋がる扉の前で音が止んだ。

 僅かに眉をひそめ、ゆっくりと開く扉に警戒する。

 開いた扉の奥にいたのは小柄な少女だった。

 

「初めまして。王下七武海、サー・クロコダイル」

「……何者だ?」

「〝黄昏〟よ」

 

 膝から下を覆う鋼鉄の脚。腰まである長い紫色の髪。

 ペンギンを模した丈の長いパーカーを羽織り、フードを被ってサングラスをしている。

 奇妙な出で立ちの少女の姿に、クロコダイルは気勢を削がれた様子だった。

 

「〝黄昏〟はよっぽど人員不足らしいな。こんなガキをおれの下に寄越すとは」

 

 カナタのような例はあるが、あれは例外だ。目の前の少女は見た目通りに相当若い。新世界で現在起こっていることを考えれば、こちらへ人員を回す余裕が無かったと見て取るのも決しておかしなことでは無かった。

 

「本当にそう思うの?」

「……何だと?」

「長く海賊をやっているのでしょう? 都合のいい方向にばかり考えるのは利口とは言えないんじゃなくて?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべた少女が腰を落とし、前傾姿勢になったのを見て構えるクロコダイル。

 しかし──()()など意味をなさなかった。

 爆発的な加速でクロコダイルへと飛びかかったリコリスは、ギャリギャリギャリ!!! と凄まじい音を立てて床を擦りながら滑るように移動する。

 火花を散らした鋼鉄の脚が勢いよくクロコダイルの首目掛けて振るわれると、ギリギリのところで左腕のフックを滑りこませて防ぎ、しかし勢いを殺しきれずに空気が破裂したような音と共にクロコダイルの体が大きく吹き飛ばされた。

 レインディナーズは湖の上に建つカジノだ。即ち、全員がいるこの部屋は水中に位置するのである。

 下手に部屋を壊せば水がたちまち部屋を埋め尽くす。全員が能力者であるため、誰にとっても致命傷となるだろう。

 

「ぐ……!!」

「あら、防げたのね。随分鈍っていると聞いたから、最初の一回で終わると思っていたのだけれど」

「テメェ……!!!」

 

 未だ痺れの残る腕を気にする暇もなく、クロコダイルは立ち上がってリコリスを睨みつけた。

 下手に隙を見せればやられるとこの一瞬で理解した。

 同時に、この場所で戦う事の不利さも。

 

「手助けするつもりならやめたほうが良いわよ、ニコ・ロビン。覇気も使えないのに、不用意に相手に触れるのは命取りになるわ」

「……」

 

 リコリスの死角になる位置でクロコダイルを手助けする振りをしていたロビンへと忠告をする。

 そう多くは無いが、触れるだけで相手に影響を与える能力は存在する。見極めも出来ないうちから不用意に触れるのは確かにデメリットが大きかった。

 クロコダイルはこの場で戦うべきではないと判断し、水中の回廊を通って地上を目指す。

 

「不利を悟って逃走……悪い判断では無いけれど」

 

 リコリスはつまらなそうに足を一振りすると、飛ぶ斬撃がクロコダイルの通る回廊の一部を切り裂いて破壊する。

 破壊された場所から水が浸入し始め、水圧が穴を押し広げて水量がどんどんと増えていく。ロビンもこれはまずいと思ったのか、リコリスが通ってきた道を使って地上へ逃走し始めた。

 水没し始める部屋から逃走するクロコダイルの後ろ姿を見つつ、リコリスもまた脱出する。

 

 

        ☆

 

 

 地上部分にあるカジノには大きな影響はなく、攻撃の余波で少々建物が揺れたくらいだった。

 リコリスは外に出ると、クロコダイルが逃走した方向へ向けて移動し始める。

 水中回廊はアルバーナ方面に向かって伸びていた。大まかに方向が分かれば、後は見聞色で強い気配を探せばいい。

 太陽が昇り始め、気温が上がりつつある中でリコリスはずぶ濡れになったクロコダイルを発見し、その背中目掛けて奇襲をかける。

 間一髪のところで気付き、回避するクロコダイル。

 

「クソが……!!」

「悪態を吐く元気は残っているようね」

 

 距離を取るクロコダイルに対し、リコリスは逃げ道を塞ぐように〝嵐脚〟を放つ。

 覇気を纏っていない攻撃だが、ずぶ濡れになったせいで砂の体が流体化出来ず、攻撃を回避できない。そのため、クロコダイルは能力頼りの回避ではなく攻撃を見極めて回避する必要があった。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながら回避に動き、町から砂漠へと移動する。

 町の人々を巻き込むから、などと言う殊勝な理由ではない。

 砂漠での戦闘なら己以上に強い者などいないと自負しているが故である。

 今日もまた、雲すらない晴天だ。ずぶ濡れの体も湿度の極めて低い砂漠であればすぐに乾く。自身に有利なフィールドで時間を稼ぎつつ、敵を消耗させて体力を削る遅滞戦闘へと方針を切り替える。

 相手はまだ若い。炎天下の砂漠における経験は少ないと考え、じわじわと削ることにしたらしい。

 

「屈辱だぜ」

 

 相手が誰であれ、このような戦術を選ばざるを得なくなったことに対して……クロコダイルはイラつきながら呟いた。

 リコリスは特に気にした様子もなく、距離を取って時間稼ぎをしようとするクロコダイルへ接近する。

 足を一振りすれば斬撃が飛び、覇気を纏った打撃はまともに受ければ大ダメージは免れられない。

 じりじりと太陽が昇りつつある中、リコリスは面倒くさそうに一度距離を取った。

 

「防御に専念すればこのくらいは凌げるのね」

 

 経験値の差は如何ともしがたい。加えて砂漠での戦いならクロコダイルにアドバンテージがある。

 だが──それならそれで楽しみようがある。

 ペロリと唇を舐め、嗜虐的な笑みを浮かべたリコリスはこれくらいやれるならばと能力を解禁した。

 

「……なんだ、ありゃ……?」

 

 リコリスの体表面が濡れていく。

 気温の高さによる発汗ではない。それとは別に、体の表面を伝って液体が零れている。

 彼女はドロドロの実の融解人間──触れるもの全てを融かす蜜の女王。

 正確には全てを融かす液体を生み出す能力者だ。覇気を使えぬ者では触れる事さえ叶わない。

 滴り落ちる溶解液は足元の石をドロドロに融かしており、クロコダイルも厄介な能力であることを感じ取って苦々しい顔をする。

 

「──さあ、行くわよ」

 

 脚を一振りすれば、脚を伝う液体が弾丸となってクロコダイルへ向かう。〝撃水〟と呼ばれる、本来腕の筋力と手首のスナップを利用する魚人空手の技だ。

 触れれば融ける液体を弾丸の速度で撃ち出す凶悪な技を紙一重で避け、クロコダイルは冷や汗を流しながら反撃に移った。

 

「〝砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)〟!!」

 

 右腕を砂の刃に変えてリコリス目掛けて放つもあっさりと避けられ、クロコダイルを追い詰める様に再び溶解液の弾丸を飛ばしてくる。

 砂の能力の真髄は〝渇き〟にある。液体の能力者なら触れてしまえばミイラにして能力の使用も出来なくさせることも可能だろうが……触れた時点で右腕は使い物にならなくなるだろう。

 それ以前に、クロコダイルに対して遊んでいる節があるリコリスに触れられるほどの接近を許せばあっという間に打ち倒されかねない。

 初手の蹴りで覇気の強さは十分理解できた。

 まともに戦っても勝ち目は薄い。

 

「〝砂嵐(サーブルス)〟!」

 

 巻き上げられた砂嵐に身を隠し、力を溜めてより多くの砂を制御下に置く。

 相手がどれほどの実力者だろうと、砂漠で己に挑んだことを後悔させるために。

 

「〝砂漠の大波(デザート・オンダータ)〟!!!」

 

 砂嵐も手伝って爆発的に巻き上げられた大量の砂が大波となり、リコリスを呑み込もうと鎌首をもたげる。

 広範囲に広がる大波だ。まともな手段で防ぐことなど出来ず、リコリスもただ呑み込まれるだけ。

 そのはずだった。

 

「甘く見られたものね。この程度で私を倒せるだなんて」

 

 リコリスは液体を生み出す能力者だ。

 悪魔の実の能力は能力者本人の実力によって上下する。物質を生み出す能力ならばその量、生成速度、精密操作──多くの能力者が在籍する〝黄昏〟において、物質生成の能力者は珍しくなく、それ故に先人の教えを受けることも多い。

 能力使用のコツもそうだが、元よりリコリスは齢16にして戦乙女(ワルキューレ)に選抜された天才である。

 

「何!?」

 

 莫大な量の水流が砂の大波を押し返す。

 リコリスの足元に生み出された溶解液は砂の上を奔る津波となり、クロコダイルの砂の大波とぶつかり合って拮抗する。

 この地にある全ての砂を操作できると言うのであればリコリスの不利は免れないが、この程度の量しか操れないのであれば敵ではない。

 能力は確かに磨き続けていたのだろう──だが、操作する本人の実力がお粗末だ。

 

「さあ、次は何を見せてくれるのかしら? 一つ一つ希望を潰していくと言うのも、悪くはないわ」

 

 だが、リコリスとてそれほど時間に余裕があるわけではない。

 百獣海賊団、ビッグマム海賊団が既に近くまで来ている。東の港付近で迎撃に移っているはずだが、そちらへ応援に行かねばならない。

 リコリスの強さに歯噛みし、怒りの形相で睨みつけるクロコダイル。

 遊ばれている、と言う事実が何よりもクロコダイルのプライドを傷つける。

 瞬間的にいくつもの砂嵐を生み出し、姿を隠しながら再び攻撃の手段を考えつつ動き始めた。

 

「同じことを何度やっても無駄だと分からないのかしら」

 

 それとも、今度は別の事を見せてくれるのか。

 砂嵐を〝嵐脚〟で切り裂いて視界を開きながら見聞色で辺りを探っていると、覚えのない気配を感知した。

 

「どこだ~~!!! クロコダイル~~~~!!!」

 

 麦わら帽子をかぶった青年が張り切った様子で走ってくるのが見えた。

 




他の面子だった場合。
カイエ:油断も慢心も遊びもせず淡々と潰す。慈悲も容赦もない。
ラグネル:策を弄しても真正面からぶっ潰す。どうにもならない。
千代:本人は特に遊んでいる気は無いが相手からすると滅茶苦茶煽られている気分になる。
フェイユン:どう足掻いても死。
小紫:やってることがやってることなので逆鱗に触れて一切容赦なく最初の一撃で死ぬ。


最近忙しいので来週はお休みです。次回は7/4予定。
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