ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六十一話:逃走

 雲一つない晴天の下、砂嵐が視界を遮る。

 その中でルフィはキョロキョロと辺りを見回し、ルフィを見るリコリスとばっちり目が合った。

 互いにジッと見つめ合い、ルフィはリコリスの恰好を見て思わず口を開く。

 

「なんだおめー、そんな恰好で。迷子か?」

「違うわよ。そもそもあなた誰よ」

 

 クロコダイルの名を盛大に叫びながら走ってきたのだ。何の関係もないと言うのは無いだろう、とリコリスは当たりを付けていた。

 視線はルフィの方を向いていても見聞色の覇気は常にクロコダイルの位置を捉えていたし、油断しているように見せたほうが釣れると考えてルフィの話に付き合う。

 

「おれはルフィ。海賊だ」

「そう。興味ないわ」

「おめーが聞いたんだろ!?」

 

 ルフィが驚いている間にクロコダイルはリコリスの背後へと周り、その心臓目掛けて金色のフックを振るった。

 しかしリコリスはひらりと回避して見せ、そのまま回転して勢いを付けた蹴りでクロコダイルへと反撃する。

 濡れた体は既にあらかた乾いている。体を砂へ変えながらリコリスの蹴りを回避したクロコダイルは、舌打ちを一つして再び砂嵐の中へと姿を消す。

 

「面倒な男ね」

 

 あまり時間をかけすぎるわけにもいかない。リコリスのやるべき仕事は他にもある。

 手早く辺り一帯を溶解液の津波で押し流してしまおうと考えていると、ルフィに追いついて来た二人のミンク族が視界に入った。

 実際に会ったことは無いが、事前に情報を渡されていた二人──ペドロとゼポである。

 

「ルフィ! 一人で飛び出すな!! 相手は七武海だ、侮っていい相手じゃないぞ!!」

「全く世話の焼ける奴だぜ……」

「なんだ、おめーらも来たのか」

「次から次に……」

 

 ロビンの護衛として付いている二人がいる以上、辺り一帯を津波で押し流すという滅茶苦茶な手段を取るわけにもいかない。

 一応味方扱いをしなければならないのだし。

 

「あなた達何しに来たの?」

「クロコダイルをぶっ飛ばしに来た!」

「……本気?」

 

 見聞色で感じられるルフィの強さはそれほどでもない上、覇気が使える様子もない。クロコダイルに勝てるとは到底思えないが……リコリスはペドロとゼポへ視線を向ける。

 二人はリコリスの事を知らないが、少なくともパーカーの背中部分に刺繍されているマークで〝黄昏〟の一員であると判断していた。

 恐らく味方で、目的は同じだと。

 

「おれ達も同じだ」

 

 ペドロが剣を抜き、ゼポと背中合わせになって剣を構えながらそう宣言する。

 砂嵐の中で騒音が酷いが、クロコダイルには聞こえているだろう──この土壇場での裏切りにイラついている様子が目に浮かぶ。

 

「ニコ・ロビンも同意ってことで良いんだな、テメェら」

「ああ。おれ達は常に同じ方向を見ている。お前とはここで袂を別つ」

「良い度胸だ。そこの小娘諸共砂漠の塵にしてやるよ!!」

 

 ビキビキと額に青筋を浮かべ、クロコダイルが砂嵐に紛れてペドロへと奇襲をかけた。

 当然、ペドロもタダでやられるつもりは無い。覇気を纏った剣でクロコダイルのフックを弾き、返す刃で攻撃を仕掛ける。

 しかし容易く当たってはくれず、クロコダイルは紙一重で斬撃を回避すると同時に右腕を振るう。

 

「〝三日月形砂丘(バルハン)〟!!」

 

 ゾワリと背筋に走る怖気から直感的に拙いと回避を選択したペドロは、砂の上を転がってクロコダイルの攻撃を回避した。

 空振りに終わった攻撃の隙を狙う様にゼポが前に出て拳を構え、クロコダイルの腹部目掛けて強烈なパンチを食らわせる。

 ミシミシと骨が軋みを上げて吹き飛び、更に追撃をかけようと飛び出した。

 砂の上を転がりながら体勢を立て直したクロコダイルは、向かってくるゼポを見て右手を地面につけた。

 

「クソが……! 〝砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ)〟!!」

「うおっ!?」

 

 踏み込んだ足場が急激に落下する。

 地下の水脈を刺激して流砂を作り出す技だ。タイミングを見計らって使えば格上相手でも通用する上に、一度はまり込んでしまえば自力での脱出は困難極まる。

 

「ゼポ!? ルフィ、手を貸してくれ!!」

「任せろ!!」

 

 流砂の外から腕を伸ばしたルフィはゼポの手を取り、ペドロに手伝って貰いつつ引き上げた。

 その隙を見逃すクロコダイルでは無いが──この場にはもう一人、無視出来ない相手がいる。

 

「目の前に私がいるのに、他の相手に夢中だなんて。妬けるじゃない」

「テメェ、小娘が……!!」

 

 わざと反応出来る程度の速度で蹴りを叩き込み、左腕のフックで防いだクロコダイルは蹴りの衝撃で砂の上を滑って距離を取った。

 リコリスの覇気の練度、能力の悪質さは脅威だ。海賊同士の戦いに卑怯などと言う言葉は無い以上、些細な隙を見せればそこから崩される。

 その間にゼポは流砂から引き上げられ、リコリスから視線を外せないクロコダイルは状況の悪さに歯噛みする。

 無謀にも殴りかかるルフィのパンチを肉体を砂に変えて回避し、全員から距離を取った。

 

「面倒な連中がウジみてェにたかりやがって……鬱陶しいったらありゃしねェ」

「流石に強いな……行けるか、ゼポ」

「まだまだ序の口だぜ相棒。ルフィは?」

「おれだってまだまだだ!」

「おれはまだ用事が控えてんだ。テメェらの相手なんざしてる暇はねェ」

 

 クロコダイルはかつて〝黄昏〟に争いを仕掛けたことがある。クロコダイルが戦ったのはジュンシーだったが、ミンク族であるゼンと戦った仲間もいた。

 その厄介な特性も知っているし、種族的な強さも十分に理解している。易々と倒れる相手ではない。

 加えて〝黄昏〟の刺客であるリコリスがいる。この窮地においてなお、クロコダイルはまだ諦める気は無いらしい。

 

(ニコ・ロビンが裏切る可能性は前々から考えていた。〝プルトン〟の在処は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に書かれているハズだが、コブラ王が情報を握ってる可能性はゼロじゃねェ。まだ退く訳にゃァいかねェ)

 

 〝古代兵器(プルトン)〟さえ手に入れば戦況は引っ繰り返せる。

 そう考え、まずはアルバーナに向かう事が先決だ。ここで戦って無駄に時間を費やすわけにはいかない。

 

「私が逃がすと思っているの?」

「砂漠での戦いを経験したこともねェ小娘に遅れを取るほど、錆び付いた覚えはねェな」

 

 クロコダイルが何をしようとしているのか探るために一瞬動きを止めたリコリス。その間にルフィが飛び出し、クロコダイルの顔面目掛けて腕を伸ばした。

 

「ゴムゴムの〝銃乱打(ガトリング)〟!!!」

 

 連続する打撃がクロコダイルの体を打ち抜くが、その全てが砂と変わる体の前には無意味だった。

 サラサラと砂の肉体が辺りに散らばる。

 ここは砂漠。砂の能力者であるクロコダイルが最大の力を発揮できるフィールドだ。

 クロコダイルはにやりと笑い、右腕を振り上げると同時に仕込んでおいた技を発動する。

 

「〝砂漠の大剣(デザート・グランデ・エスパーダ)〟──〝(モンド)〟!!!」

 

 地面から巨大な砂の刃が生み出される。

 広範囲にわたって足元を埋め尽くすように生み出されていく砂の刃に、ゼポとペドロも回避することで手一杯だった。

 リコリスは直前に気付いて上空へと退避しており、足元ばかりを気にしてクロコダイルへの警戒がおろそかになっているルフィが視界に入る。

 ──足元から発生する刃を這う這うの体で避けたルフィの腹を、クロコダイルのフックが貫く。

 リコリスは膝に発生させて形を整えた溶解液の棘でルフィごとクロコダイルを貫けば終わりだと構えたが、意図に気付いたペドロが必死の形相で止めようと声を上げた。

 無視して攻撃しようとするが、ペドロが声を上げたことでクロコダイルに気付かれて機を逸した。

 クロコダイルは即座にルフィを放り捨て、再び砂嵐を発生させて姿をくらませる。

 

「……あれだけの口を叩いた割に逃げるのね」

 

 気配を辿れば追えるが、砂漠のど真ん中で追いかけっこをするほどリコリスも暇ではない。

 サングラスをかけなおして砂の上を歩き、リコリスは腹を貫かれて倒れるルフィに近付く。

 ゼポが懸命に治療しているが、傷は酷い。

 

「見捨てて追いかけるつもりは無い訳?」

「ルフィは我々にとっても仲間だ。見捨てることは出来ない。ゆガラは追わないのか?」

「追っても良いけれど、あの程度なら後回しでいいのよね」

 

 リコリスとジュンシーに厳命された仕事は2つ。

 第一にアラバスタ王国国王のコブラを守ること。

 次にマネマネの実の能力者の生け捕り、あるいは悪魔の実の確保。

 それ以外は臨機応変に対応しろと言われている。つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 生け捕りにせよ殺すにせよ、可能ならやっておけ──その程度の認識だった。

 

「今は他に優先しなきゃいけないこともあるもの」

「クロコダイルのこと以上に優先することがあるのか……?」

「四皇の幹部がアラバスタを目指しているのよ。沖で迎撃しているはずだけど、じきに上陸されるわ」

 

 ジュンシーはコブラ王の護衛から離れることは出来ない。クロコダイルをこの場で討てたならば話は別だったが、残念ながら逃げられてしまった。後の対処はジュンシーに任せるしかない。

 それよりも厄介な四皇幹部を迎撃する方に戦力を傾けねば、アラバスタが更地になってしまう。

 元が砂漠なら周りの被害も考えなくていいので楽なのだが。

 

「……そうね。その麦わら帽子の男を治療するよう手配してあげるから、貴方達も手伝いなさい」

「何? おれ達に四皇の軍勢と戦えと?」

「ええ。あなた達の事は聞いているわ。数合わせ程度にはなるでしょう」

 

 確認されている敵は多い。

 ジュンシーは動けないが、革命軍と海軍も待機していると聞く。カナタも援軍を最低限寄越すよう手配しているはずだ。

 最低限の戦力は整っているが……予備戦力がいるに越したことは無い。

 リコリスは強いが、四皇の最高幹部が複数名確認されている以上、手が足りないのだ。

 

「……この国の反乱軍が動いている。下手をすると国が消えかねない状況だぞ。クロコダイルを討たなければ、反乱は止まらない!!」

「そう。でも私には関係ないわ」

 

 興味も無さそうにリコリスが返答する。

 内乱に介入して収めるには遅すぎたし、百獣海賊団とビッグマム海賊団を無視しても国は亡ぶ。

 どちらか一方のみにしか対処出来ない以上、〝黄昏〟がやるべきは敵海賊団との戦闘だ。内乱はコブラ王に自分でどうにかしてもらう他にない。

 クロコダイルがコブラ王を狙っていてもジュンシーが傍に控えていれば危険は無いのだから、ペドロとゼポの二人は引き抜いても大丈夫だと考えていた。

 自分の目的のために反乱を煽るバロックワークスの仕事をしてきたのだ。今更何を戸惑うのかと、リコリスは冷たく言い放つ。

 

「急ぐわよ。そっちの麦わらも死なせたくないんでしょう?」

「…………」

 

 百獣海賊団とビッグマム海賊団の目的はロビンの身柄を確保することだ。

 どうあれ戦うしか無いのであれば、味方を付けた状態である方が望ましい。

 合理的に考えればそうするしかなく、治療の道具も満足に無い今はルフィを助けるためにもリコリスの言うことに従う他にない。

 

「……済まない、ルフィ」

 

 ぽつりと零し、ペドロとゼポはリコリスの後を追って移動を始めた。

 

 

        ☆

 

 

「ならん。反乱軍と戦う事だけは避けよ」

「しかし! このまま反乱軍がアルバーナに突撃してきた場合、どうあれ刃を交えねば……」

「国とは人なのだ。民を殺して座る玉座になど何の価値がある」

 

 憤る反乱軍がアルバーナに向かう中、王宮で反乱軍を逆撃すべきと言うチャカの進言を二つ返事で却下するコブラ。

 傍らにはジュンシーが静かに控えており、昨夜の一件もあってか国王軍はピリピリしている。

 

「100万人を超える軍勢です……! もはや鎮圧など出来る規模ではありません!!」

「それでもだ」

 

 今朝起きたことは既にコブラの耳に入っている。

 本人がアルバーナにいると言うのに、何者かがコブラを騙ってナノハナで狼藉を働いた。

 昨夜コブラを誘拐しようと侵入した二人は既にジュンシーの手で始末されているが、仮に誘拐されていた場合は国王軍もナノハナの件を国王がやったと考えた事だろう。

 用意周到に練り上げられた作戦だ。それにチャカもペルも気付かなかったのだから相手の技量の高さが分かる。

 

「我々が戦ってはクロコダイルの思う壺だ。アルバーナに住む者達は念のために避難させる必要はあるが……決して戦う事だけはあってはならぬ」

「……わかり、ました」

 

 渋々と言った様子で引き下がるチャカ。

 コブラもやや疲れた様子で玉座にもたれかかり、息を吐いた。

 

「……済まない。守ってもらったというのに、この体たらくとは情けない限りだ」

「卑下することは無い。クロコダイルが何年もかけて準備してきた以上、この土壇場で気付いて対処するのは難しかろうさ」

「だが、対処出来ねば民に被害が行く。どうにか収めねば……」

 

 怒れる民も、嘆く民も、全て等しくアラバスタに住む同胞なのだ。

 どうにか傷つけぬように、事を収めねばならない。

 それがどれほど難しいことかは理解している。それでも王族に生まれた以上はやらねばならぬことだ。

 

「反乱軍がこの宮殿に辿り着くまでそう時間はかかるまい──時にジュンシー。一つばかり、頼みを聞いてはくれないか?」

「ふむ。内容次第だな」

 

 周りに侍るものもいない今、コブラはキョロキョロと辺りを確認して誰にも聞かれていないことを確認しながらジュンシーを手招きする。

 こそこそと耳打ちをすると、その内容にジュンシーは呆れたような顔をした。

 

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