ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六十三話:反乱の火

 

 反乱軍は続々と集結し、首都アルバーナを目指している。

 100万人を超える反乱軍は怒りのままにコブラ王を討とうとしており、しかし迎え撃つべき国王軍はアルバーナに住む市民を逃がすばかりで戦う用意を一切していなかった。

 蹂躙されることを良しとしているわけではない。

 国民同士が争い、血を流すことをコブラ王が嫌ったためだ。

 理想論だと笑う者もいるだろう。

 現実論で話せと嘲る者もいるだろう。

 それでもコブラ王は、己の信念に従って戦わないことを選択した。

 ──そのコブラ王は現在、行方不明になっている。

 

「探せ!! 王宮のどこかにいるはずだ!! もうすぐ反乱軍がアルバーナに到着するぞ、王の身は何としても守らねば!!!」

 

 つい先ほどまで姿が見えていたコブラ王の姿が無い。

 当初は席を外しているだけだろうと考えていた衛兵たちも、一向に戻ってくる気配の無いことに不安を抱いてチャカ、ペルの両名に報告して現在捜索してまわっている。

 誰もがこのタイミングでいなくなったことに困惑しながら、王宮中をバタバタと走り回って探していた。

 困惑するチャカの上空には、トリトリの実の能力者であるペルが旋回しているが……結果は芳しくない。

 

「一体どこに行かれたのだ……」

 

 チャカが頭を抱え、嘆くように呟いた。

 

 

        ☆

 

 

「すまないな、無茶を聞いて貰って」

「構わんとも。無茶なことを言われるのには慣れている」

 

 首都アルバーナから南門を抜け、砂漠地帯に踏み込んだところにコブラとジュンシーはいた。

 元より暗殺や誘拐を専門とするジュンシーである。昼日中とは言え、国王軍の目を欺いてコブラ一人を町の外に出すことくらい訳は無かった。

 念のためにと緑色の手ぬぐいでほっかむりしていたが、不要だったとコブラは畳んで懐に入れる。

 

「反乱軍はこちらから来るのか?」

「そのはずだ。儂の見聞色の範囲はそう広くは無いが、多少方向が違っても移動する程度の暇はあるだろう」

 

 反乱軍が到着するまでまだ時間はある。

 コブラから「こっそり城を抜け出したい」と言われた時は呆れたものだが、護衛の相手の望みは叶えられる範囲で叶えるのも仕事の一環だ。

 クロコダイルが仕掛けてきたとしても対処出来るし、多少数が多いだけの反乱軍が攻撃してきてもコブラを抱えて逃げるだけの余裕はある。

 だが。

 

「わざわざ危険を冒す必要は無かったのではないか? アルバーナは地形的にも攻めにくい。防衛に徹すれば易々と落とされることは無かろう」

「それでは駄目だ。反乱軍と国王軍、どちらもこの国に住む民である以上は、どちらにも被害を出してはならぬ」

「ふむ……難しいことを言ってくれる」

「自覚はあるとも。だが、国とは人なのだ。私が倒れようとも、この国に住む人々が無事なら国は再び建て直せる」

 

 自分一人が犠牲になることになってでも反乱を止める。

 その気概を持って、コブラはこの場にいるのだ。

 ジュンシーはコブラの信念を理解して僅かに相好を崩し、「儂はお主の命を守るためにいるのだがな」と言う。

 

「では守ってもらわねばな。心配せずとも、私とて簡単に命を投げうつような真似をするつもりは無い」

「ならば良いが」

 

 見聞色で探ってみれば、宮殿の方は随分な騒ぎになっている。

 置手紙の一つでもしていればここまでの事にはならなかっただろうが、その場合は場所が割れて連れ戻される恐れがあった。ジュンシーが居れば強硬に出ることは出来ないとしても、国王軍が外に構えてしまえば反乱軍とぶつかることは避けられない。

 外に逃げていく民は既にもういない。この状況でアルバーナの外に構えている者がいるとすれば、増援を待つ反乱軍か、あるいはバロックワークスの手の者だろう。

 もっとも、あちらはコブラの事に気付いていない様子だが。

 

「もうすぐだ。こちらへ真っ直ぐに向かって来ている」

 

 ──何をするでもなく待っていれば、反乱軍がジュンシーの見聞色の範囲内に入り、徐々に巻き起こる砂煙が見えるようになってきた。

 100万人を超える数だ。移動するだけで地鳴りが聞こえてくる。

 誰も彼もが「アラバスタを救うんだ」と意気込み、コブラから雨を取り戻すためにアルバーナを目指している。

 しかし、反乱軍とてコブラが外にいるなどとは考えていないだろう。気付かせねばならない。

 巨人族の一人でもいれば随分目立ったのだが、とジュンシーは考えつつ、覇気ではなく単なる殺気で近付く反乱軍を威圧する。

 それだけで乗っている馬は恐怖し、自然と速度を落として止まろうとしていた。

 

「なんだ!? どうした!?」

「分からねェ! アルバーナを前にして妙なトラブルとは……!」

 

 コーザは歯軋りしながら、最悪ここまで来たからには馬を下りて走ってでもアルバーナに突入する心積もりであった。

 しかし、地鳴りに負けないよう張り上げたコーザにも負けない声量で叫ぶ、誰かの声が耳朶に響いた。

 

「止まれい、反乱軍!!!!」

 

 馬が怯えて速度が緩まっていたこともあるだろう。

 突入を前にして誰もが前を見ていたこともあった。

 そこには、威風堂々と。

 怯えることもなく、腕組みして反乱軍を待つコブラの姿があった。

 

「バカな……コブラだと!!?」

「何故コブラ王がここに!?」

 

 反乱軍は誰もが驚き、その歩みをゆっくりと止めていく。

 目の前の光景が信じられないのだ。

 

「何故お前がここにいる、コブラ!」

「黙って王宮に籠っていれば解決するのか、コーザ。違うだろう」

「……!!」

 

 王宮にいるであろうコブラを倒し、雨を取り戻す──そう決意して反乱軍を率いて来た。

 だが実際はどうだ。

 コブラは見覚えのない老人を一人だけ連れて王宮から出てきており、100万人の軍勢を前にしても一切臆した様子は無い。

 

「アラバスタはおれ達が守るんだ!! お前なんかに任せておけるか!!」

「守ると言うが、どう守る。〝ダンスパウダー〟を使えば、下手すると周辺の国との戦争になる。言い訳の余地もなくアラバスタの責任になるだろう」

 

 雨は自然の産物だ。無理矢理雨を降らせるダンスパウダーなど使ったところで、良い結果など得られはしない。

 国際社会で禁止されている物を使う以上、多少なら、などの言い訳は通用しないのだ。

 

「当然、私が倒れたところで雨が降るという確約もない」

「黙れ!! 少なくとも、おれ達はお前と国王軍が〝ナノハナ〟を襲うところを見ている!!! 言い訳が出来ると思うな!!!」

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「な……──」

 

 コブラの言葉に、コーザは呆然とする。

 

「私は昨夜から今日、今に至るまで……このアルバーナを離れたことは無い」

「ふざけるな!! 目撃者はおれを含めて大勢いる!!! そんな言葉で言い逃れが出来ると──!!」

「落ち着け、若いの」

 

 激昂するコーザに対し、静観するだけだったジュンシーが声をかける。

 そこで初めてジュンシーに目を向けたコーザだが、僅かに服の隙間から除く鍛え上げられた肉体と鋭い眼光に頭に上った血が下がる。

 コーザ自身は武勇に優れるわけではない。隙の無い立ち居振る舞いを見たところで実力差が分かるわけでも無いが──本能的にマズいと感じていた。

 

「……何だ、お前は」

「儂か? 儂は〝黄昏〟の一員だ。今はコブラ王の身辺警護をしている」

「〝黄昏〟の……? 海賊が今更何の用でこの国に来た」

「何の用で、とはまた随分な言い草だな。お前たちの言う〝雨を奪った元凶〟を捕えに来たまでよ」

「何……!?」

 

 雨を奪ったのはコブラでは無いのか。

 ざわつく反乱軍を前に、コーザはジュンシーへ問いかけた。

 

「お前らは、誰が雨を奪ったか知っているのか?」

「無論だ」

「誰だ……誰がおれ達から雨を奪った!!」

「──クロコダイルだ」

 

 その返答に、はっきりと誰もが動揺した。

 アラバスタに拠点を置き、多くの海賊を倒して治安維持に努めて来た男だ。政府からの信頼もあり、この国には海軍の駐屯所もない。

 クロコダイルがいるという一点だけで海賊などの外敵へ抑止力足り得ていたほどである。今となってはコブラよりも国民の信を得ていると言っても過言では無い。

 その男が。

 

「……おれは同じことをビビからも聞いた。だが今となっては、あいつの言葉を信用しきるのも難しい」

「この状況だ。仕方あるまい」

「さっきも言ったが、おれはコブラが町を襲わせているところを直に見た。それでも、あんたはクロコダイルが敵だと言うのか?」

「応とも。〝黄昏〟の名に懸けて、事実だ」

 

 多くの国と取引し、国家と言う体裁を取っていないにも拘らず〝世界会議(レヴェリー)〟に出席するほどの影響力を持つ〝黄昏〟が、その名に懸けて事実だと宣言する重さを──コーザは理解出来る。

 ジュンシーの服の背中には〝黄昏〟の海賊旗(ドクロ)が掲げられている。嘘を吐いているとも思えなかった。

 

「まさか、あの英雄が……」

「クロコダイルさんが、敵……?」

 

 呆然とする者も多い。彼に命を救われた者もいるのだろう。

 コーザとビビの会話を聞いていた者は少ない。多くの者が今、この事実を聞かされて呆然としていた。

 海賊の被害からアラバスタの民を守ってきたことは事実だが……全てはこの時のための欺瞞だった。

 

「矛を納めよ、反乱軍。ここでお前たちと国王軍が争えば、笑うのは奴一人だ」

「……そう、だな……正直、まだ疑惑はあるが……」

 

 アラバスタで活躍するクロコダイルの信は厚いが、〝黄昏〟に対する信用はそれよりも高い。

 あらゆる取引を公正に行い、また海上輸送を一手に担う組織である。積み重ねて来た信用は厚く、これまで雨の少ない中で多くの援助をして来た事実もある。

 どちらを信用するかと問われれば〝黄昏〟であった。

 

「おれ達に出来ることはないのか?」

「奴の部下を含め、厄介さはそれなりにある。怪我をしたくなければ下手に首を突っ込まぬことだ」

「それでも、ここはおれ達の国だ。おれ達に出来ることがあれば──」

 

 ドゥン、と。

 銃声が響いた。

 コブラを狙われたものなら傍にいるジュンシーが反応している。即座に彼はコブラを庇う様に動いたが、狙いはコブラでは無かった。

 

「コーザ!!」

 

 馬から落ちる。

 脇腹を掠めるように撃たれたコーザは、痛みを堪えるように両腕で撃たれた場所を抑え、銃声がした方を見る。

 ──そこにいたのは、コブラだった。

 ジュンシーの傍にいるコブラと少々装いは違うが、その顔を間違うほどコーザは耄碌した覚えは無かった。

 

「コブラ王が、二人……!!?」

「マネマネの能力者か。探す手間が省けたな」

 

 この場で仕留めれば、以後邪魔されることは無い……が。

 ジュンシーが飛ぶ指銃〝撥〟で宮殿へ逃げるコブラの背を狙うも、国王軍に扮したバロックワークスの部下がその背中を守る様に立ち塞がった。

 すぐさま追えば仕留められる距離とは言え、暴走の危険のある反乱軍の傍で護衛対象であるコブラから離れるわけにもいかない。

 舌打ちをしたジュンシーはどうするかと一瞬思案するも、その一瞬で反乱軍が動いた。

 

「あれが本物のコブラ王だ!! 奴はおれ達を騙そうとしていたんだ!!!」

 

 クロコダイルが事前に潜り込ませていた手駒が、反乱軍の内で呼応して煽り立て始める。

 元より〝ナノハナ〟の暴挙に怒りを抱いて武器を取った者たちが大半である。自分への批判をかわすためにクロコダイルをやり玉に挙げているだけだと扇動され、鎮火しつつあった怒りの火が再び燃えあがっていた。

 反乱軍のリーダーを務めていたコーザが撃たれたことも含め、誰もが怒った。

 怒りと嘆きは瞬く間に人から人へと手渡され、いもしない敵へ向けて戦えと焚きつける。

 

「本物のコブラ王を打ち倒せ!! おれ達がアラバスタを守るんだ!!!」

 

 そう叫んだのは誰だったか。

 もはや誰の手によって動いているかも分からない反乱軍は再び動き出し、首都アルバーナを攻め落とそうとし始めた。

 

「これは少々マズいな」

「済まない、私が上手くやれれば……」

「お主のせいではないとも。クロコダイルと言う男は頭が良く、この手の策謀は奴の得意分野だったというだけよ」

 

 だからこそ、リコリスがレインベースで仕留めてくれれば話は早かったのだが……どうせ彼女の悪癖が出たのだろうとため息を吐く。

 後で説教の一つもくれてやらねばならないが、今はまだやることがある。

 

「ここにいては駄目だ。一度宮殿へ戻る」

「戻ってどうする?」

「少なくとも、彼奴の手で国王軍が煽られることは無くなるだろうよ」

 

 コブラの顔を使って国王軍に扮した仲間がいるとなれば、あちらを信用する可能性は極めて高い。

 だがこちらにはジュンシーがいる。その場に出てくるような間抜けなら、有無を言わさず心臓をぶち抜くだけだ。

 ジュンシーはコブラを抱え、〝月歩〟を使用して崖を上って宮殿へ向かい始めた。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして、丁度その頃。

 反乱軍と国王軍がぶつかり始めた時、アルバーナの外でも戦いが起きていた。

 超カルガモ部隊によって移動し、コブラが時間を稼いだことで戦いが起きる直前にアルバーナ近郊へ辿り着いた麦わらの一味は、待ち構えていたバロックワークスと事を構えていた。

 




 バロックワークスVS麦わらの一味は細かい違いはあれど基本的に対戦カードは変わりませんが、Mr.4ペア脱落とMr.3ペア健在と言う理由でウソップ&チョッパーのみVSMr.3ペアに変更になります。
 ので、描写する戦闘シーンはMr.3ペアVSウソップ&チョッパーのみです。あとはほぼ原作通りです。

 ここから戦闘ラッシュに入ります。

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