誰もが口を開けて唖然とした。
これまでアラバスタを襲った多くの海賊を物ともせずに正面から叩き潰してきたクロコダイルが、単なる拳の一撃で吹き飛ぶなど想像だにしていなかったのだ。
土煙を上げて王宮の壁に突っ込んだクロコダイルが無事とは思えず、ビビはすぐにジュンシーの方を見る。
「た、倒したの……?」
「まだだ。鈍り切ってはいたようだが、完全に牙が抜けたわけでは無かったらしい」
土煙の向こうでゆらりと動く影に、チャカとペルも即座に武器を構えた。
だがジュンシーの拳が相当重かったのか、クロコダイルは足元をふらつかせて膝をつく。
チャカとペルはそれを見て危険度は相当下がったと判断したのか、構えを解いたが……ジュンシーは何かに気付いて即座に動いた。
「む、これはいかん!」
ジュンシーは反転してビビとコブラを抱きかかえ、空中へと逃げる。
それを追う様に、クロコダイルを中心として王宮の地面が
砂の能力の真髄は〝渇き〟にある。
木も、石も、土も……全ては渇きの果てに崩壊し、砂に還る。
当然、そこにいる人間も例外ではない。地面を伝って水を奪い、死に至らしめる凶悪な技だ。
「〝
気付いたチャカは能力でジャッカルへと変身してクロコダイルの能力圏外まで離れ、ペルはハヤブサに変身してイガラムの肩を掴んで空へと逃げる。カルーは必死の形相で王宮の外へと逃げていた。
あらゆる物が砂に還るその光景を見て、ビビはゾクリと背筋に悪寒が走った。
能力者とは言え、並の人間に出来ることではない。
この国を狙っているのがどれほどの怪物なのか、ビビはその肌で感じ取っていた。
「化け物……!」
「あのくらいなら可愛いものだ。少々実力があれば避けることは難しくない」
能力圏内に入った瞬間全身を凍り付かされたりといったことに比べればまだ児戯と言っていい。まぁあれは使い手の方が滅茶苦茶なだけなのだが。
ジュンシーはクロコダイルの攻撃圏内から離れたところに二人を降ろすと、再びクロコダイルを仕留めるために接近する。
結局のところ、クロコダイルの〝渇き〟の力も触れないことには発動しない。
空中を駆けて移動出来るジュンシーの前では無意味だが、それでも自身が最も得意とするフィールドに変えたのは未だ心が折れていない証だろう。
「〝
高速で突っ込んで来たジュンシーに対し、目くらましと牽制として砂嵐を発生させて即座に距離を取る。
僅かに残した瓦礫を一緒に巻き上げれば、さしものジュンシーと言えども無策で突っ込むことは出来ない。無作為な質量攻撃はクロコダイルの意識が絡まないため、見聞色の覇気による回避が出来ないためだ。
加えて今のジュンシーの目的はあくまでコブラの護衛。第一目標を忘れるような男では無いとクロコダイルはよく理解しているため、巻き込むように放てばそれだけで動きを制限できる。
目視でジュンシーの位置を確認することこそ出来ないが、先に位置を確認したコブラを狙えば勝手に当たってくれることもあり、連続して攻撃を繰り出した。
「〝
放たれた砂の刃に対し、ジュンシーはそれを覇気を纏わせた拳で弾く。直後に見聞色でクロコダイルの位置を探り当てて飛ぶ指銃〝
どれだけ策を講じようとも、積み上げた武威はそれを上回る。
砂嵐は風向きに従って移動しており、既に視界は開けていた。見聞色だけでも位置は掴めていたが、目視で確認出来るならそれに越したことは無い。
「クソが……!」
肩から血を流すクロコダイルを前に、ジュンシーは確実にその意識を刈り取ろうと拳を握る。殺すのはいつでも出来るが、念のために生かしておくつもりらしい。
リコリスのように遊ぶつもりも、加減をする気も無い。
クロコダイルはまだ諦めるつもりは無いらしく、ジュンシーの足元から砂の大剣を生やして抵抗する。
クロコダイルの右手で触れることが出来れば、あるいは〝渇き〟の力でジュンシーをミイラにすることが出来るかもしれないが……どのみち水分を吸い尽くすよりも先にジュンシーの拳がクロコダイルの意識を刈り取る方が速い。
ひらりと苦し紛れの砂の大剣を躱し、クロコダイルと距離を詰めようとしたその時。
「クロコダイル~~~~!!!!」
上空から、クロコダイルとジュンシーの間に麦わら帽子をかぶった青年が降ってきた。
☆
事は数分前。
近くの町で手当てを受けたルフィはふんだんに肉を食べて力を取り戻し、リコリスの助言を受けて水の入った樽を用意し、〝黄昏〟の援助を受けて首都アルバーナを目指していた。
リコリスが乗っていた高速艇は〝
それでも砂漠を渡る上では相当な速度が出ており、怪我の治療でロスした時間を取り戻せる。
ルフィ一人では操作出来ないので、当然ながら操舵士の男が付いていくことになった。
「もうすぐアルバーナだ。気合は十分か?」
「おう!! 今度こそクロコダイルをぶっ飛ばす!!!」
「まァもうジュンシーさんがぶっ殺してる可能性あるけどな」
「えーっ!?」
じゃあおれ何しに来たんだよ!? と言わんばかりに驚いて男を見るルフィ。
男は素知らぬ顔でアルバーナの入口を見ると、反乱軍と国王軍がせめぎ合っている状況を確認して「うーむ」と唸る。
「あれを突破するのは中々面倒だな」
「近くまで送ってくれただけで十分だ! ありがとう!」
「まァ待て。おれは元々〝黄昏〟の傘下に下った海賊でな、以前は普通の操舵士だったが……操舵の腕を買われてウェイバーレースにも出てるんだ」
「何だそれ?」
「知らねェのか? こういうエンジン付きの船を操ってレースをするのさ。ただ速度を競うだけの種目もあれば障害物を潜り抜ける速度を競う種目もある……おれの前で障害物があるから無理と言われりゃ血が騒ぐ!! しっかり掴まってな、突っ込むぞ!!!」
「何ィ!!?」
アクセルを踏み込んで最高速度を叩きだすと、男は反乱軍も国王軍もお構いなしに階段に乗り上げてそのままアルバーナの町中へと突っ込む。
反乱軍も国王軍もこれには流石に驚いたのか、階段のど真ん中を通る船を避けるように脇へと逃げる。
「ハハハハハ!! ちと狭いが十分だ!!」
「無茶すなーっ!!」
「急いでんだろ? 王宮まですぐだ、揺れるから掴まってな!!」
ガタガタ揺れる船に掴まったまま大通りを抜け、王宮へ向かう。
道中で戦っている反乱軍と国王軍も流石にこれを止めることは出来ずに道を開け、最短最速で王宮の手前まで辿り着いた。
視界の片隅には砂嵐が映っている。王宮のど真ん中に砂嵐が自然発生するとは考えられず、あそこにクロコダイルがいるとルフィは確信を持つ。
「行ってこい坊主!」
「おう! ありがとうおっさん!! 助かった!!」
「良いってことよ!!」
男がサムズアップで送り出すと、ルフィは腕を伸ばして宮殿の縁を掴んで勢いよく空へと舞い上がる。
空中から見れば、クロコダイルが誰かと戦っているのが見えた。
「クロコダイル~~~~!!!!」
そのままの勢いで真っ直ぐに、クロコダイルとジュンシーの間にルフィが着地した。
水の入った樽を背負っているが、ゴムの体を持つルフィが間に挟まれば着地の衝撃を軽減出来る。
いきなり現れたルフィにジュンシーは眉根を顰め、殺したはずだとクロコダイルは驚いていた。
「ルフィさん!!」
「悪い、ビビ! おれ一回あいつに負けたんだ。でも、今度は負けねェ!!」
「待て」
やる気満々でクロコダイルを見るルフィだが、ビビの知り合いだとわかっても二人の実力を比べれば戦うことを勧めはしない。
敗北の見えた戦いなど、この状況でやるべきではないのだから。
ルフィは引き留めたジュンシーの方を見る。
「なんだおっさん」
「あの男は少なくともお主より強い。儂に任せろ」
「嫌だ!」
にべもなく断り、ルフィは拳を構えた。
「ビビと約束したんだ。クロコダイルをぶっ飛ばすってよ」
ビビはクロコダイルを倒せればいいだろう。国を取り戻せるのであればそこにこだわることは無いはずだ。
だからルフィが無理にクロコダイルと戦う必要は無い──だけど、それでも。
一度クロコダイルと倒すと啖呵を切った以上、ルフィが退くことは無い。
相手が七武海だろうと何だろうと、相手の方が強いからと尻込みして戦わないことを選ぶような奴が海賊王になどなれるわけがないからだ。
「おれは、海賊王になる男だ!!」
「……!!」
「テメェ……おれの前で、まだほざくか……!!」
ジュンシーの拳を受けてボロボロのクロコダイルだが、それでも気力は残っている。ルフィがスナスナの実への対策を立てていたとしても、リコリスとジュンシーを相手取って鈍った腕も多少なり錆が落ちている。
勝率は限りなく低い。
「お前が七武海だろうが何だろうが、おれが負けるか!!!」
真正面からクロコダイルに喧嘩を売り、倒して見せると豪語する。
ジュンシーはその姿を眩しく思い、「良かろう」と一歩下がる。
「ここはお主に任せよう。言ったからには成し遂げて見せるがいい」
「ああ、当たり前だ!」
樽からくみ上げた水を両手にかけ、ルフィは勢いよくクロコダイルに殴りかかった。
ジュンシーは背を向けてビビとコブラのいる場所へと移動し、二人を抱えてクロコダイルから距離を取る。
「ルフィさん! まだルフィさんが戦って……!」
「あの場にいても出来ることなど無い。間違えるな、お主にはお主に出来ることがあるだろう」
はっとした様子でビビは顔を上げ、思い出す。
このままでは広場が吹き飛ばされてしまう。どこかに砲弾とそれを放つ大砲があるはずだ。
残り時間は30分を切っている。
アルバーナのどこかにある大砲を見つけるためには人手が必要だ。
「チャカ! ペル!」
「はっ!」
「ここに!」
イガラムの肩を掴んだペル、ジャッカルの姿でビビへと駆け寄ってくるチャカ。
三人が揃うと、「砲台を探すのを手伝って欲しい」と頼み込む。
元よりそのつもりであったため、三人は一も二もなく頷いてどこから探すべきか議論を始める。
バロックワークスと戦っているであろう麦わらの一味の者たちも、もし合流出来るなら捜索を手伝って貰わねばならない。
きっと負けることは無いと信じ、ビビは今やれるべきことをやるだけだと必死に頭を回転させる。
☆
同時刻。
破損した高速艇が砂漠で煙を上げ、停止していた。
港はすぐ近くにあり、海へ逃げることが出来れば追いかけてはこないと考えたが……その前にフーズ・フーに船を壊されたのだ。
「全く、手ェ焼かせてくれやがって」
長い金髪をガリガリと掻くと砂が絡まっている。フーズ・フーは溜息を吐いて煙草をくわえると、立ち上がって抵抗の兆しを見せるジェムを見る。
ロビンもミキータもまだ意識はあるが、飛び六胞のフーズ・フーとは束になって戦っても勝てはしない。
「まだ抵抗すんのか? 大人しくニコ・ロビンを渡せば、殺さずにおいてやってもいいんだぜ?」
嘲笑するように問いかけるフーズ・フー。
力も速度も関係なく、幾本もの腕を生やすことで関節技を決められるロビンの能力は確かに強力ではあるが……元々の体格が倍近く違う上、ロビンは本気になったフーズ・フーの速度を捉えられない。
照準は目でつけている以上、フーの速度を捉えられなければ能力も発動出来ず、生半可な抵抗など動物系の膂力の前では無意味だった。
ここで諦めても仕方がない。
相手は四皇の最高幹部〝大看板〟に次ぐ幹部だ。〝
だが。
「ふざけんな……!」
ジェムはカナタに恩がある。
父親は幼いころに死んだが、カナタはそこで見捨てることは無く残された親子が食いつなげるよう色々と手を尽くしてくれた。
ジョルジュやスコッチにからかわれることもあったし、いつまで経っても覇気を覚えられないジェムを見かねてジュンシーが教えてくれることもあった。
年下のリコリスやアイリスがあっという間に自分を追い越してエリートコースに乗った時は、いつか自分もと遅くまで自分を苛め抜いたこともある。
最低限の実力はあると判断され、いくつか仕事をこなした後で今回の任務に就いた。
ハチノスの生まれで情報が外部に漏れていないため、潜入任務にうってつけの人材だったこともある。それでも、ジェムは「お前に任せる」とカナタに言われた時は本当にうれしかったのだ。
「おれは、仲間を売ったりしねェ……!!」
父親は──デイビットは、最後まで仲間を、カナタを守ろうとして死んだという。
なら、その息子である自分が、その誇りに傷をつけるわけにはいかない。
そう考えて、ジェムはギロリとフーズ・フーを睨みつける。
「絶対にだ!! 一昨日きやがれ、クソ野郎!!!」
「ハッ、吼えるじゃねェか」
にやりと笑うフーズ・フー。
「だったら、守って見せるんだな」
〝黄昏〟とロビンの間に何らかの関係があることは少なくとも分かった。これをネタに今後世界政府に揺さぶりをかけることも可能だろう。
だがまぁ、それは失敗した時の話。
この程度の相手なら失敗など万が一にもない。
生かしておくつもりもない。手早く殺して、ロビンの身柄を確保する。
〝大看板〟に成り上がるにはそれが一番の手土産だと、フーズ・フーは皮算用していた。
クロコダイル、右手で水分を吸収する時「ゴクン」って効果音ついてるんですけど吸い取った水分どこ行ってるんですかね…。
ちなみにルフィとクロコダイルの戦いはほぼ原作と同じ(二戦目と三戦目がほぼ連続であることと戦闘場所が変わらないことを除く)なので、描写は少なめになります。
次回は一応15日の予定です。