ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六十七話:無駄な抵抗

 

 ブラックマリアはクモクモの実の古代種、〝ロサミガレ・グラウボゲリィ〟の能力者である。

 本人の努力で人獣型は上半身が人間で下半身が蜘蛛になっており、高い機動力と膂力が自慢だ。

 着ていた着物を脱いで上半身をさらけ出しており、胸元はサラシで隠しているものの、背中に彫られた〝女難〟の文字ははっきりと視える。

 

「〝花魁ナックル〟!!」

「〝二千枚瓦正拳〟!!」

 

 ブラックマリアとコアラの覇気を纏った拳が衝突して轟音を立てる。

 互いに無手での戦いを主としているが、基本的な膂力の差ゆえかコアラが劣勢であった。

 砂漠での戦いは立体的な機動を得意とするブラックマリアの強みを消しているが、コアラもまた周囲の水を制圧することを真髄とする魚人空手の威力が落ちている。

 ならばあとは互いの基礎的な身体能力によるが、これはカイドウをもしのぐ体躯と動物系(ゾオン)の能力者であるブラックマリアに軍配が上がっていた。

 

「くっ──!」

「中々やるわね。革命軍も侮れない……けれど、私に勝つなんて夢を見ない方が良いわ!」

 

 一面の砂漠に岩のような遮蔽物は無いが、砂丘による高低差はある。

 砂は固定されているわけでは無いので糸を付けてもすぐに取れてしまうが、コアラ自身に糸を付けるために逃げ場を減らすことは出来る。

 魚人空手の師範代として相応の実力を持つコアラでも、魚人空手の真髄を発揮できない場においては飛び六胞に勝てない。

 だが──今回は一人で戦っているわけでは無いのだ。

 

「だらああああああ!!!」

「!?」

 

 バスティーユが鮫切包丁を振り回し、ブラックマリアへと斬りかかる。

 ブラックマリアは背後からの奇襲を覇気を纏った片腕で防ぎ、もう片方の腕でバスティーユを殴り返した。

 鮫切包丁でブラックマリアの拳を受けたバスティーユは吹き飛ばされるも、空中でひらりと回転して着地し、コアラを包囲しようと展開していた蜘蛛の糸を飛ぶ斬撃で切り裂く。

 

「海軍……! 革命軍の味方をすると言うの!?」

「今だけだらァ!! 優先度の高さは重々承知してる!!!」

 

 アラバスタを守ろうとしている革命軍と、明らかに国土を荒らそうとしている百獣・ビッグマムの海賊同盟のどちらかならば当然敵対するのは後者だ。

 海兵として革命軍に思うところはあるが、それでも相手が飛び六胞や大看板、将星ともなれば選り好みなどしている場合ではない。

 海軍の戦力の大半は新世界にいるため、こちらの援軍はあまり期待出来ないのが現状だ。もう一人か二人中将が居ればとも思うが、海軍が秩序を守っているのは新世界だけではない。全戦力を傾けて秩序をおろそかにしては本末転倒も甚だしい。

 

「まだ動けるか、小娘!」

「まだまだ! でも、ちょっと危ないかも!」

 

 砂漠の空気は乾いていて全く湿度が無い。伝播する水が無いのでは、魚人空手の威力も下がろうというものだ。

 ブラックマリアは糸を切るバスティーユの方を先に始末するつもりなのか、真っ直ぐに糸を放って鮫切包丁に絡ませる。

 互いの力が僅かに拮抗して動きが止まり、コアラがその隙にブラックマリアへと近付くが……ブラックマリアはにやりと笑い、自身の周囲に糸を放つと、それに火を放った。

 彼女の糸は〝可燃性〟だ。

 

「〝炎上(あたた)マリア〟! 燃え移るものが無いのは残念だけど、そこで指をくわえて待っていることね!!」

 

 砂漠の真ん中では燃え移るものもないが、少なくとも足止めは可能だ。

 その隙にバスティーユを引っ張って戦闘不能にしてしまえば、コアラなどどうとでもなる。

 そう考え、バスティーユに繋がっている糸を強く握った瞬間──砂の上を奔る鉄砲水が流れて来た。

 

「な──!?」

 

 リコリスの手で生み出された溶解液の津波である。

 ブラックマリアがどれほど強かろうとも、これをまともに被れば皮膚の表面が爛れてしまう。花魁として、女としてそれは絶対に許容できないことだ。

 なので即座にバスティーユに繋がっている糸を離し、砂丘を駆け上がって回避する。

 

「掴まれ、小娘!」

「え、うん!」

 

 バスティーユは月歩で飛び上がると、炎に囲まれていたコアラに手を差し伸べた。

 コアラが手を掴んだのを確認して空へと駆け上がると、直後に溶解液の津波が炎を呑み込んで砂の上を流れていく。

 

「なんて危ねェ能力だ……〝黄昏〟の厄介さは海軍の想定を超えてるんじゃねェか……」

「……もしかして、今なら」

 

 溶解液が炎を呑み込んで消したが、その熱で溶解液も多少は蒸発しただろう。

 時間をかければ霧散してしまうだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。すぐ近くの砂丘に逃げたブラックマリアとの距離を考えれば、影響は決して少なくない。

 

「中将さん! 私をあの女の方へ投げて!!」

「何ィ!? だが──」

「良いから早く!! 間に合わなくなっちゃう!!!」

「ぐぬぬ……!! 革命軍に命令されるのは業腹だが、仕方ねェ……!! 行ってこい!!!」

 

 月歩で勢いを付けてバスティーユがコアラを投げつける。

 真っ直ぐブラックマリア目掛けて飛来するコアラは、深く息を吸って右腕に覇気を集中させた。

 それに気付いたブラックマリアは、地上で拳を構えてコアラを待ち受ける。

 

「へェ……逃げ場のない空中で私に突撃なんて、情熱的ね!! でもその覚悟に実力は伴うのかしら!?」

 

 二人の距離はあっという間に縮まり、互いに拳を振りかぶる。

 

「〝花魁ナックル〟!!!」

「〝唐草瓦正拳〟!!!」

 

 互いの武装硬化した拳が衝突してバリバリと音を立てる。

 しかし先程と違うのは、コアラの放った拳から衝撃が大気中の水分を伝播していること。

 ビリビリと肌で感じる衝撃が波のように押し寄せ、ブラックマリアの巨体を弾き飛ばした。

 

「え──きゃああああああ!!?」

 

 未だ押し寄せる溶解液の津波へ突き落すように弾き飛ばされたブラックマリア。

 コアラもそのままの勢いで溶解液の方へと落ちそうになっていたが……その直前、空中でバスティーユに回収された。

 

「あ、ありがとう……!」

「全く! 無茶するんじゃねェだらァ、小娘が!!」

 

 ブラックマリアは間一髪のところで反対側の砂丘へと逃げ延びており、かなり焦ったのか額には冷や汗が浮かんでいる。

 先程までの表情とは一転、鬼のような形相でコアラに殺意を向けていた。

 

「ふざけたことを……!! 生きて帰れるとは思わないことね!!」

「こっちだって、そう簡単にやられたりしない!!」

「上等!! 中将舐めてんじゃねェだらァ!!!」

 

 コアラとバスティーユは肩を並べて構え、ブラックマリアもまた怒りのままに襲い掛かる。

 

 

        ☆

 

 

 連続した爆音が響き、多くの砂を巻き上げる。

 ジェムは手に持ったリボルバーの拳銃に自身の吐息を吹き込むことで弾丸とし、フーズ・フーはそれを見聞色の覇気と剃による高速機動で回避していた。

 

「面白い武器持ってるみてェだが、当たらなきゃ意味ねェよなァ」

「クソ……!」

 

 相手は飛び六胞。油断など微塵も無いが、遊ばれている自覚はあった。

 フーズ・フーは短刀を抜き放つと、高速で振るってジェムへと攻撃する。

 

「〝刃銃(ハガン)〟!」

 

 いくつもの飛ぶ斬撃は正確にジェムを狙っていたが、ジェムも無策でそれを受けることは無い。

 ギリギリで回避しながらリボルバーの引き金を引き、何とかロビンが逃げる隙と時間を作ろうと奮闘していた。

 

「ハハハハハ!! 無様だなァおい!! まァ遊んでやってもいいがよ、カイドウさん直々の命令なんだ。さっさとくたばってくれるか?」

「そう簡単にくたばるか!」

 

 足元を爆発させて砂を巻き上げても、見聞色の覇気を相応に鍛えていれば視界の悪さなど意味は無い。

 だがそれでも、ジェムは何発か吐息の爆弾を打ち込んで砂を巻き上げる。

 フーズ・フーは鬱陶しそうに巻き上げられた砂を手で払いながら、呟く。

 

「時間の無駄だな、こりゃ」

 

 煙草を吐き捨て、フーズ・フーは砂煙の中で真っ直ぐ突っ込んでくるジェム目掛けて短刀を振るった。

 全身を武装色で固めたジェムは斬撃で身を切られながらも致命傷は避け、高速でフーズ・フーへと体当たりをかます。

 もちろんフーズ・フーがまともにそれを受けるはずも無いが──これは一対一の戦いではない。

 フーズ・フーの足をロビンが生やした腕が抑えつけ、一瞬ながらも動きを止めた。

 

「何ィ!? クソ、無駄なことを!」

「無駄かどうかはテメェの体で思い知れ!! 〝突進起爆(チャージ・ボム)〟!!!」

 

 ド派手な爆音が響き渡り、空気がビリビリと振動する。

 まともに受ければ木端微塵になってもおかしくないほどの衝撃が走り、砂丘の上で伏せていたミキータとロビンは痛そうに耳を抑えて爆発した場所を見る。

 巻き上げられた砂のせいで視界が悪く、何が起きているのかは分からないが……相手がいくら頑丈とは言え、あれを正面から受けて無事とも思えなかった。

 

「やった……の?」

「わからないわ……相手は飛び六胞。四皇の幹部の強さは、私たちの想像を超えているもの」

 

 とは言え、至近距離であんな爆発を受けて無事ならもはや打つ手はない。カナタに迷惑をかけることになるが、ジェムを死なせるよりは身柄を拘束された方がマシだろうとロビンは思っていた。

 カイドウとカナタの全面戦争ともなれば世界中に多大な影響を及ぼす。なるべくなら取りたい手段では無いが……。

 段々を砂煙が晴れていくのを見守っていると、勢いよく何かが飛んで来た。

 全身血塗れでボロボロのジェムである。

 

「ジェム!」

「いってェな、コノ……ふざけやがって……!!」

 

 砂煙の中を歩いて出て来たのは、人獣形態のフーズ・フーだった。

 ネコネコの実の古代種、〝サーベルタイガー〟の能力者である彼は肉体の耐久力もかなり高い。至近距離での爆発とは言え、咄嗟に武装色で防御したのもあったのだろう。

 服こそボロボロになっているが、動けないほどの大怪我では無いらしかった。

 散々痛めつけられたジェムはまともに動くことも出来ないらしく、なんとか立ち上がろうともがくばかりである。

 フーズ・フーは頭に血が上っているのか、ロビンを無視してジェムを殺そうとその首を掴んで持ち上げた。

 

「無駄な抵抗だったな。テメェはここで殺して、ニコ・ロビンは貰っていく」

「ゴホッ……連れて、行かせねェ……!」

「まともに動くことも出来ねェテメェに何が出来るってんだ、あァ!?」

 

 サーベルタイガーの爪によって殺傷力の上がった指銃がジェムの腹に突き刺さる。

 血を吐いて呻くジェムに多少は溜飲も下がったのか、これ以上邪魔される前に殺しておこうと血に濡れた指を再び構えた。

 心臓と喉を潰せば死ぬ。簡単な話だ。

 

「いけない! 〝六輪咲き(セイスフルール)〟!!」

 

 なんとか逃がせないかとフーズ・フーの体に腕を生やして動きを止めようとするロビンだが、基礎的な膂力が桁違いだ。

 生えてきた腕を鬱陶しそうに爪でひっかいてやれば、ロビンの肌に同じ傷が出来て血が流れる。

 ミキータも何とか気を逸らせないかと考えるが、彼女が動くよりも先にフーズ・フーの指がジェムの心臓を貫くだろう。

 

「死ね──!!」

 

 一切躊躇なく心臓目掛けて指を振るい、貫く──その直前に、フーズ・フーの腕を何者かが掴んで止めた。

 

「な……!!?」

 

 フーズ・フーの身長は三メートルを超えるが、人獣形態ではさらに大きい。その男はフーズ・フーより頭一つ分ほど小さいが、存在感と言う意味では遥かに上だった。

 浅黒い肌に筋骨隆々の肉体。オールバックに撫でつけた金色の髪。

 何より、その顔には見覚えがある。

 ここまで近付かれるまで気付かなかったのは、頭に血が上っていたせいか。

 

「なんでテメェがこんなところに居やがる──ダグラス・バレット!!」

 

 〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット──大看板はおろか、カイドウやビッグマムに比肩しかねないほどの怪物である。

 

「おれがどこにいようが、テメェに関係あんのか?」

 

 ギロリと睨みつけたバレットは、フーズ・フーの腕を離してその顔面へと殴りかかった。

 フーズ・フーは咄嗟にジェムを離して両腕でガードを固めるも、バレットは即座に軌道を変えて腹部を打ち抜いた。

 

「カハッ……!」

「ぬるい野郎だ。この程度か、カスが」

 

 一瞬息がつまって動きが止まり、ガードが緩んだ瞬間に再び顔面目掛けてパンチを叩き込む。

 吹き飛ばされたフーズ・フーから視線を切ると、血塗れで倒れ伏したジェムへと目を向けた。

 傷だらけのジェムにはすぐに興味を無くしたのか、吹き飛ばしたフーズ・フーの方へとゆっくり足を向ける。

 その間にロビンとミキータはジェムを助け出して治療するため、港の方へと移動を始めていた。

 

「クソ……!! 聞いてねェぞ、あの野郎がいるなんて……!!」

 

 ダグラス・バレット──かつて〝海賊王〟ロジャー率いる海賊団の一員だった男。

 今では〝黄昏〟に所属すると判断されているために懸賞金は付いていないが、もし付けられるとすれば20億は固いと言われる。それほどの男が何をしに来たのか、フーズ・フーは身構えた。

 

「おい、テメェ。カイドウの部下だろう。あの野郎はここにいねェのか?」

「あァ? カイドウさんはこっちにゃ来てねェよ!」

「……チッ。あのアマ、フカシやがったな」

 

 派手な爆音が聞こえたものだから、気配が無くとも可能性はあると見に来たものの……いたのは飛び六胞とそれにやられかけている雑魚が一人に戦闘員とも思えない女が二人。

 期待外れにも程がある。

 カイドウが来ていると言うから期待していた以上、バレットが舌打ちをするのも仕方がない。

 

「仕方ねェ。雑魚と遊ぶのはおれの性分じゃねェが……多少は運動になるだろう」

 

 仮にも百獣海賊団の一員なら、多少は楽しめるだろうと視線を向ける。

 フーズ・フーは冷や汗を流し、背を向ければ一瞬でやられると本能的に悟る。

 バレットはカイドウとやり合った噂もあるほどだ。元ロジャー海賊団のクルーであることも含め、その実力に疑いは無い。

 それでも、逃げられない以上はやるしかないと構えた。

 

「やるしかねェか……!! 〝牙銃(ガガン)〟!!!」

 

 ガキンと牙の斬撃を飛ばすフーズ・フー。

 切れ味は折り紙付きで、並の武装色なら食い千切るほどの威力を誇るが──生憎、バレットの武装色は並では無かった。

 武装硬化のみで正面から受けたバレットに傷は無く、この程度かと再び舌打ちをする。

 

「本気でやってんのか? 遊んでるわけじゃねェだろうな?」

「こっちは本気だ! ふざけやがって、バケモノが……!!」

 

 嵐脚の乱れ撃ちも見聞色を使って軽く避けられ、何度〝牙銃〟をぶつけても傷が出来る様子は無い。

 じりじりと距離を取って、何とか逃げ切れると判断した瞬間に背を向け──その時には既に、バレットが間近に迫って拳を振り上げていた。

 

「テメェみたいなカスに期待したおれが馬鹿だった──失せろ」

 

 黒い雷を纏った拳を強く握り込み、バレットはフーズ・フーを殴り倒す。

 凄まじい音と共に砂を巻き上げる程の衝撃が走り、バレットは不快そうに服についた砂を払う。

 一撃で意識を持っていかれたフーズ・フーはそのまま倒れ伏し、バレットは不完全燃焼のまま辺りを見聞色で探り始めた。

 

「……もう少し楽しめそうなのがいるじゃねェか。カハハハハ」

 

 この国にはクロコダイルもいるとも聞いていた。

 だが、過去に引き分けた男とは言え今の落ちぶれたクロコダイルと戦おうとは思わなかったらしく、バレットはジャックやクラッカーのいる場所へと移動を始めた。

 

 

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