ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六十八話:もう一度

 

 各々がバロックワークスのエージェントを倒した麦わらの一味は、王宮への道中で合流しつつ王宮から広場へ向かうビビと鉢合わせになった。

 

「ビビ! 無事だったか!!」

「後ろのおっさんたちは誰だ?」

「私のパパと国王軍の隊長のチャカとペルよ」

 

 詳しく紹介している暇は無いので、ビビはウソップの質問に対して簡素に答える。

 それを聞いて驚くサンジたち。

 あれこれと話している暇はない。広場を狙った砲撃の事を説明し、砲撃手を探さねばならないことを説明する。

 

「砲撃手!? つっても、ここを狙ってる上に直径5kmを吹き飛ばす砲弾だろ!? なら最低でも2.5㎞は離れてるわけで……」

「いいえ、恐らく砲撃手は広場の近くにいるわ」

「何ィ!? でもお前、そうなると──」

「……なるほど。()()()()()だってことね、クロコダイルは」

 

 巻き込むことを織り込んだ上で砲撃手を配置しているのだろう、とビビは考えているのだ。

 そしてそれは正しく、クロコダイルなら巻き込まれることは無いと砲撃手を騙していても決しておかしくは無い。

 早急に探さねば、国王軍は元より攻め込んできている反乱軍の大多数を巻き込んで砲弾が爆発してしまう。

 クロコダイルの仕業か、アルバーナの宮殿付近には塵旋風が吹き荒れている。視界が悪いこともあって捜索は困難を極めるだろう。

 

「なら急がねェとな」

「手分けして探しましょう!」

 

 空から探せるペルと国王軍を纏めて反乱軍を誘導するチャカ、イガラムはそれぞれ動き始め、ジュンシーとコブラはペアになって砲撃手を探すことになった。

 見聞色で気配を探せばとも思うが、砲弾に意思は無い。建物に誰かが残っていた場合、確定しない限りは時間のロスになる。残り時間はそう多くない以上、無駄足を踏まされることは避けたいところだ。

 麦わらの一味はそれぞればらけて砲撃手を探しに走る。ビビを一人にするわけにもいかないが、今はとにかく人手が欲しい。

 危険を承知で分かれて探すことにする。

 その際にバロックワークスの〝ビリオンズ〟が欲望丸出しで現れたが──大多数は既に〝黄昏〟の手によって駆逐されており、残っていたのは反乱軍と国王軍に潜り込んでいた極少数のみ。

 その程度の数で止められる者たちではなく、数秒もかからず全滅させられていた。

 

「クロコダイルめ、面倒なことをしてくれたものだ」

 

 全滅させたビリオンズを捨て置き、ジュンシーはコブラと共に宮殿前広場を見回す。

 直径5㎞を吹き飛ばす砲弾となれば、当然砲台もそれなりの大きさになる。狙いやすいようにどこかの建物の屋上に配置してあるはずと考えるも、上空を旋回するペルが見つけられていない。

 ロビンならばあるいは何か知っているかもしれないと、子電伝虫を取り出して電話を繋ぐ。

 手早く事情を話してみるも、ロビンは困った顔をして「わからない」と答えた。

 

『恐らく私にも知らせず用意していたのでしょうね。〝プルトン〟の情報を手に入れた後は、町ごと私を消すために』

 

 古代兵器〝プルトン〟の在処を知ればロビンは用済みだ。むしろその情報を他に流されないためにも、その場で口封じをしてしまった方が良い。

 クロコダイルなら確かにそう考えるだろうし、そのためにロビンを通さず準備をしている。

 

「ふむ……爆弾の処理ならジェムが最適だが」

『酷い怪我をしていて今は安静にしているわ。それに、ここからアルバーナまでそれなりに時間がかかるからどのみち無理よ』

 

 ボムボムの実の能力者であるジェムなら爆発を無効化出来るため、万が一の時は彼に処理をさせれば良かったが……そううまくはいかないらしい。

 なるべく高い建物。

 屋上ではなく屋内。

 巨大な砲台が隠せる広さ。

 広場を望める場所。

 一つ一つ要素を弾き出していくと、ジュンシーの視線はおのずと()()に向いた。

 

「……コブラ王、一つ尋ねたい」

「何か気付いたのか?」

「ああ。あの時計台、()()()()?」

 

 ジュンシーの言葉に目を見開き、コブラの視線は自然と時計台の方へと向く。

 見聞色で探れば気配は二つ──砲撃手はそこにいた。

 

 

        ☆

 

 

「クソ──〝ビスケットアーマー〟!!」

 

 リコリスと戦っていたクラッカーは、突如乱入してきたバレットに目を見開き、即座にジャックと共闘することを選択した。

 ビッグマムやカイドウと正面切って戦えるような男を前に、単独で挑むような愚策はしないという訳だ。

 鼻の長いケンタウロスを思わせる人獣形態のジャックにビスケットの鎧を着せ、自身はその横に立ってジャックと同じくらい巨大なビスケット兵を合計三体生み出す。

 一体は自身が纏ってジャックの横に並び、残り二体はその隣で剣と盾を構えている。

 

「カハハハハ!! 面白れェ使い方しやがる!!」

 

 一切躊躇なく拳を振るってビスケット兵の持つ盾を砕き、ジャックの振るう奇妙な形のショーテルを片手で防ぐ。

 動物(ゾオン)系の耐久力にクラッカーの兵装があれば早々押し負けることは無く、物珍しい戦い方にバレットも興味を持って見ていた。

 砕いても砕いても再生するビスケットは厄介だが、バレットからすれば殴れば砕けるものでしかない以上、再生したところでその上からジャックを叩き潰せば済む話である。

 それに加え、ショーテルを振るって凄まじい斬撃の嵐を生み出すジャックでもバレットの防御を貫けない。

 攻撃は通じず、防御は貫かれる。根本的な基礎戦闘力が桁違いだ。

 カイドウやリンリンを相手にした時のような感覚が肌を撫で、冷や汗を流すジャック。

 

「何だ、この覇気の強さ……!!」

「テメェが弱ェだけだろうが! 気合入れやがれ!!」

 

 クラッカーの鎧を砕いてなお止まらぬ拳がジャックの右頬に突き刺さり、バレットは倍の体格差をものともせずに大きく仰け反らせて吹き飛ばす。

 サボとの戦いでの疲労はあるだろうが、それを考慮しても明らかにバレットが圧倒している。

 ジャックが吹き飛ばされたことを受けて両隣にいたビスケット兵が連続してバレットに攻撃を仕掛けるが、バレットは焦ることなく攻撃を受け止めて即座に反撃していた。

 砕かれても再生するとは言え、再生速度に限界はある。バレットほどの相手に対しては壁としても然したる効果は無く、再生している間に本体までの距離を詰められてしまう。

 

「そこだな」

 

 三つの盾、三本の剣、築き上げた分厚いビスケットの鎧──その全てを粉砕し、バレットの拳がクラッカーを殴り飛ばす。

 黒い雷が走る拳を受けても何とか意識を保っているが、この一撃だけでかなりのダメージを受けていた。

 立ち上がったジャックと共に並び、苦々しい顔でバレットを睨みつけている。

 

「ママやカイドウが危険視するのもわかるぜ……イカレ野郎が、一体何の用でここに来やがった!!?」

「カナタの奴から聞いたのさ。ここにカイドウが来るってな──だが、カイドウの野郎はいねェ。仕方ねェからテメェらで我慢してんだろうが」

「カイドウさんの誘いにも乗らなかったと聞くテメェが、〝魔女〟に顎で使われてるのか?」

「あいつとおれは利害が一致してるだけだ。どっちが上でもねェ」

 

 バレットにとってカナタは当然超えるべき敵だが、同時に修行を積むにあたって一番便利な女でもあった。

 食料や酒、その他必要な物資は言えば手に入る。

 骨のありそうな海賊がいるかと訊ねればリストアップされて大まかな位置もわかる。

 何よりカナタ自身が現在のバレットの強さを正確に測るための試金石になる。

 バレットの強さがカナタを超えた時点でこの関係は崩壊するが、追いついたと思えばまた離され──かれこれ20年ほど続いている状態だ。

 この関係はカナタ一人いれば良く、リンリンもカイドウもバレットにとっては代わりになることのない倒すべき障害の一つだ。

 

「カイドウの野郎と戦うのを期待してたんだが……まァ構わねェ。機会はまたある」

 

 大看板に将星なら、カイドウに敵わずとも少しくらいは楽しめるだろうという考えもある。

 今のところは大したことのない連中と言う印象だが、四皇最高幹部まで昇りつめたのだから追い詰めてやれば骨があるところも見られるだろうと期待していた。

 

「カハハハ、かかって来いよ雑魚ども。おれに能力くらい使わせてみやがれ!!!」

「チッ……おい、ジャック。どうする?」

「ビビってんじゃねェ!! こっちはカイドウさんに任されてんだ、〝鬼の跡目〟だろうが何だろうが叩き潰す!!!」

 

 並の精神力では耐えきれない覇王色の覇気を直に浴びながら、ジャックは自身の覇気を練り上げて吼えた。クラッカーは嫌そうだが、退く気の無いジャックに合わせるように剣を構える。

 相手は四皇クラス。カイドウやカナタと正面切って戦うような怪物だ。

 それでも、自分たちの船長に任された以上はやり遂げる義務がある。

 

 

        ☆

 

 

 樽の中に入っていた水を全て飲み、腹部が水でタプタプになったルフィはクロコダイルをびしょびしょに濡らして攻撃を当てられるようになっていた。

 しかしその状態では動きが鈍くなり攻撃が避けにくい。

 人を馬鹿にしたようなフォルムにクロコダイルも額に青筋を浮かべているが、怒りで一瞬我を失った結果がずぶ濡れの今だ。

 だが、それも僅かな時間の事。

 アラバスタの乾燥した気温の高い気候であれば乾くのも早い。

 

「ふざけやがって……!!」

 

 腕をポンプのように上下させて水を撃ち出すルフィだが、クロコダイルの速度を捉えられずに外すばかり。

 元よりルフィに狙撃の才能は無い。銃や大砲すらまともに扱ったことのないルフィが、偶然とはいえ一発当てられたことの方が奇跡的だ。

 無駄打ちして焦るルフィに、クロコダイルは小規模な砂漠と化した宮殿の庭の砂を巻き上げる。

 

「〝砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)〟!!」

「うおっ!?」

 

 間一髪で躱し、鋭い切れ味の斬撃で近くの外壁が崩れた。

 その切れ味にゾッとしながら砂煙の中に消えたクロコダイルを探すが、クロコダイルはルフィに気付かれることなくその背後に現れる。

 ジュンシーやリコリスと違い、ルフィに見聞色は使えない。目くらまし一つで勝手に見失ってくれる相手は楽な方と言えた。

 

「随分舐めた真似してくれたじゃねェか。ええ、〝麦わら〟のルフィ!!」

 

 上から押さえつけるようにルフィの首を掴むクロコダイル。

 ルフィは反撃のために真上へと水を撃ち出すも、クロコダイルは僅かに身を捩って回避した。

 最初に当てた水も既に乾いており、ルフィの攻撃は意味をなさない。

 瞬く間に水分を吸い上げられてミイラになっていくルフィに、クロコダイルは吐き捨てるように告げた。

 

「余計な体力を使わせてくれやがって……あのジジイを始末しようって時に、くだらねェことしてくれたもんだ」

 

 立ち上がって宮殿を離れようと数歩歩き、クロコダイルはジュンシーに受けたダメージが相当なものであることを自覚して座り込んだ。

 老いたとは言え、四皇の幹部を名乗れる実力者であることに変わりはない。まともに受けたクロコダイルはダメージの回復に時間を要する。

 そこにルフィとの連戦だ。リコリスからこっち、実力者との戦いが多いせいで限界も近い。

 それでも、爆発で吹き飛ぶ前に離れようと立ち上がった瞬間──背後で何か、水が落ちてきたような音がした。

 

「……まさか」

 

 先程、ルフィは吐き出した水を()()()()()()()()

 クロコダイルに当たることなく飛んで行った水が、もし重力によってそのまま落下してきたとしたら。

 そんなはずは無いと思いながらも、ゴクンと何かを呑み込む音にゆっくり振り返る。

 

「っぷはァ!!! 危ねェ死ぬかと思った!!!」

「テメェ、まだ生きて──!?」

 

 ゼェハァと息切れしつつ、ルフィは再び立ち上がった。

 クロコダイルは何か得体の知れないものを見るような目で、信じられないものを見たような目でルフィを見ている。

 全身の水分を抜き取ってミイラにしたのだ。生きているはずが無い──そう思っても、現実としてルフィは再び立ち上がっている。

 腹の傷が開いて血が流れても、気にもかけずに拳を構え。

 未だなお、二度殺しかけたクロコダイルを打倒する気でいる。

 

「なんだ、一体……テメェは、一体何なんだ!?」

 

 串刺しにしても、干からびさせても立ち上がる。

 こんなやつは、これまで見たことが無い。

 クロコダイルの質問とも言えないような問いかけに、ルフィは気にすることなく答えた。

 

「おれは、〝海賊王〟に成る男だ!!!」

 


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