ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六十九話:雨

 

「海賊王だと……!?」

 

 二度死にかけてなお立ち上がるルフィの放った言葉に、クロコダイルは嘲笑する。

 

「良いか小僧……この海を深く知れば知るほど、()()()()()()()()()()()はしねェもんだ」

 

 誰もが同じことを言う。

 ──この海のレベルを知ればそんなことを言えなくなる。

 ──賢いものほど軽はずみな発言はしない。

 ()()()()()()

 

「おれは……お前を超える男だ!!」

 

 謙遜など誰でも出来る。だが、この海で最も偉大な称号を手に入れると豪語出来るのは、果たして何人いるのか。

 誰かに許可を得て言うようなことではない。

 これは、己の信念を貫き通すための言葉なのだから。

 

「二度戦い! 二度に渡って死にかけたやつが!! もう一度戦ったからっておれに勝てるってのか!?」

「とれた……?」

「毒針さ」

 

 今度こそ完全に息の根を止めようと、クロコダイルは左手にある金色のフックを外し、中にある毒を染み込ませたフックを露にする。

 サソリの毒だ。これに触れれば今度こそ命は無い。

 海賊同士の戦いに卑怯などと言う言葉は無い。負けたほうが弱かったというだけの話。

 今のルフィには水もない。クロコダイルに攻撃を当てることは出来ず、惨めに死ぬだけだ。

 ルフィはそれを気にもかけず、クロコダイル目掛けて駆け出した。

 

「今度こそ完全に息の根を止めてやるよ、麦わらァ!!!」

 

 とびかかってきたルフィにフックで傷を付ければそれで終わりだ──そう考えてクロスカウンターの要領で攻撃を叩き込もうとして、()()()()()()に気付いた。

 気付くのが一瞬遅かったためにそのままルフィに殴り飛ばされ、地面を滑って止まるクロコダイル。

 

「……! まさか、テメェ……血で!?」

「血でも砂は固まるだろ」

 

 一度目の戦いでクロコダイルに付けられた腹部の傷が開いて血が滴っている。これも放っておいていい傷では無いが、今この場においてはクロコダイルに対抗するための手段として有用だった。

 相当体力を失っているはずだ。

 それでもルフィの目から光が消えない。

 まだクロコダイルを倒す気でいるのだ。

 再びルフィがクロコダイルに向かって駆け出し、その顔面目掛けて拳を振るおうとするも、クロコダイルは毒の滴るフックをちらつかせて不用意に踏み込ませまいとする。

 逆にクロコダイルが能動的にフックを当てに行けば確実に躱す。

 迂闊に踏み込めばやられるのは目に見えている。

 

「ハァ……ハァ…くそ、厄介だな!」

「ハァ……クハハハ、随分嫌そうだな。そりゃあそうだ、こいつを受けりゃあどんな人間でも死に至る……!」

 

 生物である以上、毒を受ければ死ぬ。

 使うことを卑怯とは言わないが、厄介であることに変わりはない。悪態の一つも吐きたくなるというものだ。

 殴りかかろうとした拳を無理矢理自分で止め、身を翻してクロコダイルのこめかみを掠めるように蹴りを入れる。

 毒針ばかりがクロコダイルの手段ではない。〝渇き〟を与える右手に、砂による攻撃……多岐に渡る手段は確実にルフィを追い詰めていた。

 

「諦めろ。テメェみてェなルーキーが首を突っ込むべきじゃ無かったのさ。下らねェ王女サマの戯言を信じちまったばっかりに、テメェはここで死ぬんだ」

 

 ビビ一人を見捨てれば余計な火の粉は降りかからなかった。

 海賊王になりたいと言うのならなおさらだ。この海は広く、旅は長い。こんなところで立ち止まって死にかける意味など無い。

 

「……お前はわかってねェ」

「何?」

 

 放っておけば自分の命を一番最初に投げ捨ててみんなを助けようとする。

 ビビを見捨てれば確かにルフィたちは安全にこの国を抜けられただろう。

 血を流し、疲労で足元をふらつかせながらもルフィはクロコダイルを睨みつけ、歯を食いしばる。

 

「死なせたくねェから、仲間だろうが!!!」

 

 ルフィは叫ぶと同時に走り出し、殴りかかる。

 クロコダイルはそれに合わせてカウンターで毒針を使い、ルフィに傷を付けてニヤリと笑う──その一瞬でルフィはクロコダイルの腕を掴んで地面に叩きつけ、サソリの毒を滴らせる毒針を圧し折った。

 そこを基点として、ルフィはひたすらにクロコダイルを殴り続ける。

 

「ゴムゴムのォ~~〝銃乱打(ガトリング)〟!!!!」

 

 王宮の壁にぶつかり、それでもなお殴り続けて壁を貫通して吹き飛ばす。

 サソリの毒は確かにルフィの体を蝕んでいるが、それだけでルフィの意志を折ることは出来ない。

 市街に吹き飛ばされたクロコダイルは民家の壁に強かに体を打ち付け、ルフィの渾身の連打を受けて血を吐き、膝をつくも……未だ倒れることは無く、意識をギリギリのところで保ったままルフィを睨みつけた。

 

「ルーキーが……おれを誰だと思ってやがる!!!」

 

 もはやお互い満身創痍の状態だ。

 次の攻撃で決着をつける──二人とも同じ考えの下、飛び出す。

 王宮の壁を掴んで勢いを付けて飛び出すルフィ。市街地の地面を砂に変えて刃を生み出すクロコダイル。

 

「ゴムゴムの──〝暴風雨(ストーム)〟!!!!」

「〝砂漠の(デザート)〟──〝金剛宝刀(ラ・スパーダ)〟!!!!」

 

 回転しながら横方向に突き進み、拳を連打するルフィ。

 最大まで研ぎ澄ました4本の砂の刃を放つクロコダイル。

 あらゆるものを切り裂いて来た砂の刃を前にしてもルフィは攻撃を止めることなく、互いの攻撃は真正面から衝突し──砂の刃はルフィの拳を切り裂くことなく霧散する。

 

「おおおおおおおおおおおおォォォォォォォォ!!!!」

 

 ルフィの拳がクロコダイルに突き刺さる。

 何度も何度も叩きつける拳はクロコダイルの体を吹き飛ばし、いくつもの民家を壊しながら宮殿前広場まで到達した。

 クロコダイルはこの攻撃を受けて立ち上がる気力は残っておらず、遂に倒れ伏した。

 

 ──勝者、モンキー・D・ルフィ。

 

 

        ☆

 

 

「この程度か。海賊同盟と言っても、幹部程度じゃァ話にならねェな」

 

 気絶したジャックの首を掴んで持ち上げていたバレットは、つまらなそうにジャックを放り投げて残った兵たちを見る。

 クラッカーも既に倒れている。古代種の能力者だけあってジャックはタフだったが、多少タフなだけでバレットに勝つことは出来ない。

 不満げに鼻を鳴らすバレットだが、文句を吐き捨てたところでどうなるわけでもない。

 ジャック達と戦っていた〝黄昏〟〝革命軍〟〝海軍〟の連合に目を向けるも、そちらに手を出すとカナタを完全に敵に回すことになる。

 元より倒すべき相手として想定しているので誰が敵になろうと知ったことでは無いが、今はまだ味方に置いておいた方が色々と楽が出来ると判断していた。

 奪えばいいだけではあるが、物資が不足するのは面倒なのだ。

 

「おい、雑魚ども! とっととこいつら連れて失せろ!」

 

 未だ戦闘を続ける二つの勢力に向けて覇王色の覇気を叩きつけ、強制的に自分の言葉を聞かせる。

 殺すよりも生かして帰した方がもう少し楽しめると考えたのだ。

 ジャックとクラッカーの二人が抑えられた時点で敗戦濃厚であったためか、同盟側はタマゴ男爵の下で既に撤退の準備を整えていた。バレットの言葉を聞くまでもなく、倒れた者たちを手早く回収するくらいには。

 

「助かったのは助かった、が……あいつらは出来ればここで斃しておきたかった……」

 

 バスティーユがぽつりと呟く。

 大看板と将星を一人ずつ落とせたとなれば、百獣海賊団及びビッグマム海賊団の戦力が激減する。

 戦っていたのはバスティーユでは無かったので何も言えないが、運が良ければ今後随分と楽になっていただろうと考えるのも仕方のないことだ。

 それだけ厄介な男たちだったのだから。

 

「……ふん」

「いやァ、獲物取られちまったな」

 

 ボロボロのリコリスとまだ余裕がある様子のサボ。

 リコリスはかなり不満げな顔をしているが、サボとしてはアラバスタに被害が出なくて良かったと安堵するばかりだった。

 彼が気にしているのはルフィの事である。きっと無茶をしているのだろうと思いながらも、言って聞くようなやつではないこともわかっている。

 生きていてくれればと願うばかりだ。

 百獣・ビッグマムの海賊同盟が撤退し、船が沖合に出ていくのを見届けると、バレットもまた港へと足を運ぶ。

 そこにサボが声をかけた。

 

「あ、おい。どこ行くんだ?」

「あァ? もうこの国に用はねェんだ。〝新世界〟に戻る。カナタの奴にもそう伝えておけ」

 

 カイドウがいるから足を運んだに過ぎず、いないのなら留まる理由も無い。

 この程度では疲労も大して感じていないのだろう。バレットは自身の保有する鯨型潜水艦〝カタパルト号〟に乗り込むと、あっという間に姿を消してしまった。

 

「……忙しない男ね」

「ダグラス・バレットか……カナタさんと同盟関係にある、って認識でいいのか? 外からだと関係性は良く分からねェが」

「私も詳しいことは知らないわ。本人に聞いたら?」

 

 バレットが食料や酒を求めれば提供し、近場で暴れている海賊が居ればその情報を渡す。それくらいの事はしていると知っているものの、リコリスは常駐する戦闘員なのでそちらの仕事には関わらないため詳しいことは分からない。

 同盟と呼べるほど深い関係でも無さそうだが、利害関係が一致しているだけで続くほど浅い関係なら20年近く続くとも思えず。

 四皇と正面から戦えるであろう男だ。下手に敵に回せば革命軍としても致命的になりかねないため、どうにか衝突は避けたいところだが……とサボは首を傾げて考えていた。

 まぁなるようにしかならない。

 割り切って〝カナタがいる間は味方〟と位置付けることにして、サボはコアラの下へと向かった。

 

「……こっちのゴタゴタは片付いたけれど、あっちはどうなったのかしらね」

 

 途中で放り投げる事にはなったが、クロコダイルは元々彼女が獲物として狙っていた相手だ。

 もしまだ生きているのなら始末に向かおうと、移動用の船を用意させるために歩き出す。

 

 

        ☆

 

 

 ぽつり、ぽつりと雨粒が大地を叩く。

 クロコダイルは倒れ、宮殿前広場を狙った砲撃はビビたちの手で食い止められ、紛争は緩やかに収束に向かう。

 その中で一人、いち早く意識を取り戻して移動していた者がいた。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 海軍に捕まれば海底監獄インペルダウン行き。

 黄昏に捕まれば殺される。

 どちらも御免被る以上、いち早くこの地を逃げ出す必要があった。

 だが、逃げ出そうにも体に残るダメージは非常に大きい。這うように一歩ずつ進んでいると、目の前の通りに誰かが立っているのが見えた。

 見覚えのない相手だ。

 横を素通りしようとしたところで、その誰かが呼び止める。

 

「待て」

「……何、よう」

 

 反乱軍として参加していたと言えばここにいることを怪しまれる理由は無く、顔を合わせたことのない相手ならお節介で傷の手当てをすると言われても断ればいい。

 壁に手をつき、苦しそうにしているオカマ──Mr.2ボン・クレーは、振り返って男を見る。

 白髪にサングラスを掛けた老人だ。背中には何かの入ったカバンを背負っている。

 目を引いたのは顔よりもむしろ、その服にある〝黄昏〟のマークの方だった。

 

「アンタ……!」

「Mr.2ボン・クレーだな? マネマネの実の能力者──恨みは無いが、ここで消えて貰おう」

 

 Mr.2も素人ではない。

 サンジと戦って敗北し、既に体はボロボロだが……無抵抗でやられるつもりはないと構えた。

 だが。

 

「え」

 

 既に老人──ジュンシーは懐に入り込んでおり、ゆっくりとその胸部に拳をぶつける。視界の端には地面に置かれたカバンが見えた。

 触れるかどうかと言う程度の接触だ。当然ながらそんなものに痛みは無く、困惑しながらもMr.2はジュンシーに反撃しようと足を振り上げる。

 しなやかな脚で叩きつける蹴りはサンジでも相当なダメージを喰らうが、しかしジュンシーは僅かに身を捩って避けた。

 

「一体何を、ォ」

 

 ごぶり、と血を吐いた。

 外傷はないが、肉体の内側を破壊する強打を喰らったのだ。

 心臓は既に破壊されている。

 Mr.2は膝をつき、ジュンシーを睨みつけるが……しかし、それ以上の抵抗は出来ずに白目を向いて倒れた。

 地面を濡らす赤は雨で薄まって行き、ジュンシーは〝声〟の途絶えた()()を片付けるために片手で持ち上げる。

 

「……マネマネの実はこれで良いな。あとはMr.3ペアか」

 

 こちらは能力ではなく本人、それもなるべくならペアで捕らえて欲しいというリコリスの要望だ。

 面倒なので能力だけ回収したいところではあるが、将来有望な若者にへそを曲げられても困る。場所は先程砲台の場所を教えた際にウソップから聞いているので、Mr.3ペアを確保した後回収する部下を呼んでおけばいいだろうと判断し。

 地面に置いて濡れたカバンを肩にかけ、雨の中を濡れることも気にせず歩き出す。

 残ったバロックワークスのエージェントは部下が回収する手筈になっているが、海軍のメンツもある。数人は引き渡してインペルダウン行きか、とこれからの展望を考えていた。

 

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