ガン、ガンと熱した鉄を打つ音が響く。
赤銅色の髪に白髪交じりの、老境に差し掛かった壮年の男は鋭い眼差しで鉄を睨む。
やがて形を整えられた鉄は水で冷やされ、男の満足する出来になったのか一つ頷いて丁寧に研ぎあげていく。
そこへ、一人の男がやってきた。
「邪魔するど」
「……何の用だ?」
壮年の男の倍以上と言う体格の良さ。桜色の頭髪は長く、その一部は頭頂部で髷を作っていた。
男が入るにはこの工房は狭いため、入り口で屈んで中を覗き込んでいる。
かつて光月おでんに仕えた男の一人、アシュラ童子である。
「武器の研ぎを頼みに来た。それと、新しい刀があれば欲しい」
「そうかい。その辺に置いとけ、こっちが終わったら手入れしてやるよ。新しいのはそっちだ……って、入れねェんだったな」
刀工の男は首の裏をかきながら立ち上がり、近日打った刀を纏めてアシュラ童子に渡す。アシュラ童子はかなりの大柄なので小さな工房には入れないのだ。
アシュラ童子は一本一本鞘から抜いて刃を確認すると、満足げに笑って納めた。
「相変わらず良い出来だど」
「世辞は良い。対価は持って来てんだろうな」
「当たり前だ。おいどんはオロチとは違う」
アシュラ童子は
最後に安全な食料品を積み上げると、刀工の男は眉根を顰めてアシュラ童子を見た。
今やワノ国で安全な食料はオロチの膝元以外では手に入らない。どうやって手に入れた、と問いたいのだろう。
「外とのやり取りが出来るのはオロチだけじゃないど。前にも言ったが、おいどんには伝手がある」
ちらりと懐に入れた電伝虫を見せると、刀工の男は「なるほどねェ」と納得した。
ワノ国は周りを断崖絶壁と嵐に覆われた孤島だが、出入りが出来ないわけではない。港は百獣海賊団に、内部はオロチの手先によって監視されているものの、その気になれば監視を潜り抜けて侵入することも可能である。
基本的に難しいのが常であるため、滅多に出入りはしないが……つい先日、カイドウ率いる百獣海賊団はそのほとんどを連れて外海に出ている。
監視の目が限りなく薄くなったので、アシュラ童子は外の味方──即ち黄昏の海賊団と連絡を取って物資を補充していた。
「例の
「今更だど。信用出来ねェならとうに斬ってる」
「そりゃそうか……整備は少し時間がかかる。少し待ってな」
「ああ」
アシュラ童子は自分の分身とも言える刀を預け、工房を後にする。
刀工の男が住んでいるこの村、もとい村だった場所は、かつては〝網笠村〟と呼ばれた場所である。
二年近く前、村を襲った飢饉によって一人、また一人と倒れていき、遂には誰も生き残らなかった非業の地だ。
ワノ国全土で不作の年だったということもあるが、その年は年に一度の祭りである〝火祭り〟にビッグマム海賊団が参加し、当初の想定以上に食料の減りが早かったこともあるのだろう。
子供だけは生かそうと苦心していたようだが、幼い子供さえ骨と皮だけになるほど瘦せ細って倒れていた。
刀工の男は場所を転々としながらオロチから身を隠しており、網笠村の者たちが全滅して程なく村に辿り着き、村の全員を弔っていた。
アシュラ童子もまた、この地を訪れるたびに弔った墓所を訪れては供養代わりに供え物をしていた。
「…………」
おでんがカイドウに敗れ、全てが崩れ落ちてから18年。
長い年月だ。トキの遺言通り20年後にモモの助と錦えもんたちが戻ってくるという保証もない。
倒れた同心は多く、道半ばで心折られた同心もいる。
それでもアシュラ童子がこうして今でもオロチやカイドウを打倒するために動いているのは、憎しみや恨みからではない。
まだ、希望が残っているからだ。
「ここにいたのか」
どれほどの時間そうしていたのか、アシュラ童子はわからない。
死んでいった者たちに祈り、墓所の前で座り込んでいたアシュラ童子の隣に刀工の男が並んで座る。
「
「変えて見せる。おいどん一人じゃなく、同心たちと一緒に」
男の問いにアシュラ童子は即答した。
「以前連れて来た姫様がそうだってのか?」
「ああ」
一年ほど前のことだ。
百獣海賊団と黄昏の海賊団の小規模な衝突で監視の目が緩んだ際、小紫は一度だけワノ国に戻ってきた。
理由は一つ──刀工の男の下に預けられた光月おでんの形見である〝閻魔〟を、日和に渡すというおでんの遺言に従うためだ。
〝天羽々斬〟と〝閻魔〟──共に大業物21工に位列される刀であり、モモの助と日和にそれぞれ残された遺品でもある。
〝閻魔〟は並の使い手に扱える刀ではなく、下手をすれば使った者の覇気を吸い尽くして干からびさせるほどの刀だ。ワノ国においてはおでんを除いて制御できたものはいないとされるほどに。
「日和様の力は円熟期に達しつつあると、師であるカナタ殿が判断したんだど。実際に見りゃァわかる。あの強さは、往年のおでん様にも引けを取らねェ」
「……おれは侍じゃねェ。強さに関しちゃ分からねェが、お前程の男がそう言うんならそうなんだろうな」
──17年も待たせてしまいました。
──今日から私が、この刀を以て〝光月おでん〟の意志を引き継ぎます。
──兄上たちが戻ってきても来なくても、3年後……父が亡くなって20年の節目に、必ずワノ国を取り戻します。
──力を貸してくれますか、アシュラ童子。
「守るべき姫様に、そこまで言わせたことを恥じるべきだとも思うが……おいどんは嬉しかった。光月おでんという偉大な男の意志は、まだ絶えちゃいねェ!」
本来ならば、日和は戦いなど無縁に生きるべきだったのだ。
将軍の娘として蝶よ花よと育てられ、年頃になれば縁談が舞い込んで頭を悩ませる……そういう未来も、きっとあったはずだ。
ワノ国の外に出ても、戦いはイゾウや河松、アシュラ童子たち家臣に任せて自身は戦わないという選択も出来た。
それでも武器を持って戦うことを選んだのは、紛れもなく彼女の意志である。
「その日のために、おいどんたちは準備を整えなきゃならねェど」
「そうかい。なら、
まだその日は遠いとしても、ゴールがあるのなら耐えられる。
アシュラ童子は決意を新たにし、再びワノ国で静かに動くために動き出した。
☆
聖地マリージョア。
百獣海賊団及びビッグマム海賊団の海賊同盟を退けた後、七武海と海軍高官はマリージョアにあるパンゲア城の一室に集まっていた。
本来なら滅多なことでは集まらない者たちが一堂に会したのだ。これを機に改めて顔合わせをしておこうという腹積もりである。
先日七武海から除名されたクロコダイルを除くとしても、在籍する者たちはいずれもそうそうたる面子だ。
〝海俠〟のジンベエ──元懸賞金2億5000万ベリー。
〝暴君〟バーソロミュー・くま──元懸賞金2億9600万ベリー。
〝影の支配者〟ゲッコー・モリア──元懸賞金3億1500万ベリー。
〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴ──元懸賞金3億4000万ベリー。
〝鷹の目〟のミホーク──元懸賞金10億3900万ベリー。
〝黄昏の魔女〟カナタ──元懸賞金28億9000万ベリー。
「顔を合わせるのは久しぶりだな、ジンベエ。アーロンの事はタイガーから聞いているぞ」
「カナタさんも変わりないようで……アーロンに関しちゃァ恥じ入るばかりじゃ。もっと早く手を打っていれば、失われずに済んだものもあったが……」
「過ぎたことは仕方がない。後ほど詳しいことを話そう」
「そうじゃな」
七武海は基本的に互いに干渉することは無いが、カナタとジンベエは元から知り合いだったこともあって顔を合わせれば近況報告をしていた。
センゴクが来るまで静かに本を読んでいるくまを含め、七武海の招集に応じてこの場に集まるのは大体この三名である。カナタは本人ではなく代理が来ることもあるが。
暇そうに机に肘をついてあくびをしているモリア、機嫌が悪そうに机に脚を乗せているドフラミンゴ、給仕にお茶のお代わりを要求しているミホークの三名は今回のような強制招集でも無ければ集まることはない。
加えて、普段は同席することのない三人の海軍大将も参加していた。
全員少なからず怪我をしており、無傷なのはカナタと参加が遅れたジンベエくらいである。
「しかし、お前たちが参加するとは珍しいな。暇なのか?」
「そがいなわけがあるか。ワシらもセンゴクさんに呼ばれたけェここにおるんじゃ」
「大将を呼び立ててまでする話があるのか……?」
妙な話だ、とカナタは思う。
海軍内部に通達するべき話なら今やる必要は無いし、七武海と同時に伝える意味もない。
それに、とカナタは部屋の中を軽く見回す。
中将の数が妙に多い。普段から参加しているつるなどはいつもの事だが、普段は支部にいて見ない中将も窓際に配置してる徹底ぶりだ。まるで
普段は集まりの悪い七武海が勢揃いするからと言って、これは少々度が過ぎている。
「…………」
「カナタさん?」
目を細めて何となくセンゴクの意図を察するカナタに、ジンベエは首を傾げていた。
程なくしてセンゴクが現れ、全員の視線がそちらを向く。
「悪いな、少し遅れた」
「さっさと始めろ。こんな集会にいつまでも付き合ってやるほどおれァ暇じゃねェんだ」
不機嫌そうにドフラミンゴが言う。
カナタはそれを無視して今回の議題を訊ねる。
「今回の議題はクロコダイルの抜けた穴をどうするか、と言うことでいいのか?」
「ああ。だが、
センゴクはカナタの言葉にそう返し、何かの合図をしたと同時に二人の中将が動いてドフラミンゴを背中から奇襲した。
ドフラミンゴは突然の奇襲に驚きつつも間一髪で二人の中将の動きを糸で止めた。
怒りに青筋を浮かべたまま、ドフラミンゴはセンゴクを睨みつける。
「……何の真似だ、センゴク!!」
「ドレスローザの王位簒奪、闇のマーケットにおける武器その他の密輸、〝
「……!!」
冷たく言い放つセンゴクに全てバレていると判断したドフラミンゴは、大将が三人そろっているこの場で戦う事の愚を察して即座に逃走に移る。
先に奇襲してきた二人の中将を操って大将に差し向け、自身は窓へ向けて飛んだ。
「逃がすな、黄猿!!」
センゴクの言葉よりも早く、
だが、それよりも先にドフラミンゴは手を打つ。
「〝
壁そのものを糸へと変質させて逃げ口を作り、同時に三人の大将を足止めするための盾にする。
これによってドフラミンゴは逃げ切れると確信するも、糸が遮るよりも先に移動していた黄猿が既に目の前にいた。
「テメェ──」
「逃がしゃしないよォ~~」
黄猿の光速の蹴りを武装硬化した両腕をクロスさせて防ぐも、勢いまでは殺せず部屋の中へと戻されてしまう。
波打つ糸は切り裂かれ、焼かれて残り二人の大将が逃げ道を塞いでいた。
「能力は覚醒済みか。予想出来たことではあるが」
「大人しゅうする気はあるか、〝天夜叉〟ァ」
三大将がドフラミンゴを追い詰める中、他の七武海の面々の反応はそれぞれ別だった。
「キシシシシ!! 面白ェ事になってきたじゃねェか!!」
「下らんな……」
「わしらは手伝わんでええのか、カナタさん」
「放っておけ。私たちの仕事ではない」
「三人の大将が揃っている以上、これで逃がしては海軍の面子が丸つぶれだ。どちらにしてもおれ達の出番はないだろう」
観戦モードの五人は我関せずの様子を見せており、センゴクはちらりと視線をカナタに寄越すもすぐにドフラミンゴへ戻す。
ドフラミンゴは四皇最高幹部にも比肩する強さではあるが、大将三人を相手取って逃げられるほど隔絶した強さではない。
先のビッグマム海賊団との戦いにおいてもやる気の無さは見て取れていたし、センゴクが部下から得た犯罪の証拠もある。五老星に直談判した結果、七武海にドフラミンゴは不要であると判断されたのだ。
クロコダイルの件で世論は敏感になっている。自浄作用を見せることで政府への信頼を回復させようという腹積もりもあるのだろう。
「お前は警戒心が強いからな。これまで一度もこの場に姿を現さなかったのはこういうことを警戒しての事だろうが……今回の事は思わぬ拾い物だった」
「クソ……!!」
黄猿に撃ち抜かれた脇腹から血を流しつつもまだ諦める気は無いようで、ドフラミンゴはセンゴクをすさまじい形相で睨みつけていた。
このような不意打ちを一度でもやってしまえば今後の七武海の招集にも疑念を抱くことになりそうなものだが、五人は欠片も気にしていないらしい。
「諦めて投降しろ、ドフラミンゴ」
「ふざけてんじゃねェぞ、センゴク!! 誰が簡単に捕まってやるかよ……!!!」
能力を覚醒させて逃げ出すための策を練るドフラミンゴに、センゴクは「そうか」とだけ言って腕まくりをする。
忘れられるはずもない。
この場には海軍大将が三人いるが──加えて〝大参謀〟つると〝元帥〟のセンゴクがいるのだ。
勝ち目など、最初からありはしない。
☆
最終的に会議室を全壊させるまでに派手な戦いとなり、ドフラミンゴは大怪我をしつつも生きて確保された。
別室にて行われた会議だが、七武海の後任は特に誰からも推薦が出ることは無く、後日海軍が情報を精査した上で世界政府と相談しつつ決定するといういつもの決定が下された。
ミホークの懸賞金は想像です。ルフィと会ってた頃のシャンクスと同じくらいをイメージしてます。
備考
ドフラミンゴ 39歳 305㎝
ミホーク 41歳 198㎝
ジンベエ 44歳 301㎝
くま 45歳 689㎝
カナタ 47歳 162㎝
モリア 48歳 692㎝