ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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ワノ国の方は少しだけ先の時間軸の話です。


幕間 ワノ国/ドレスローザ

 

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の下を通って新世界に戻ったジャック達は、意気消沈しながらワノ国に戻ってきていた。

 クラッカーもそうだが、四皇最高幹部と言う戦力を運用したにも関わらず成果を上げられなかったのだ。合わせる顔が無いというのが本音だった。

 ワノ国の端にある〝鬼ヶ島〟に辿り着くと、ひとつ深呼吸して城の奥へと足を踏み入れる。

 カイドウとリンリンが巨大な椅子に座って対面しており、双方の後ろにはキングとクイーン、ペロスペローとカタクリが控えていた。

 

「戻ったか、ジャック」

「失敗したようだね、クラッカー」

 

 二人の皇帝から視線を向けられた二人は、冷や汗を流しながら頭を下げる。

 

「すまねェ、カイドウさん。失敗の罰は受ける」

「悪ィ、ママ。指示通りにやれなかった」

 

 ジャックとクラッカーの後ろに控える部下たちも同様に頭を下げており、皇帝たちの沙汰を待つ。

 大看板、将星であろうとも、この二人の意見に口を挟める者などいない。

 

「おれ達が時間稼いだってのに上手くやれなかったってのは、気合が足りねェんじゃねェか?」

「全くだ。役立たずはこいつ一人で十分だ。お前まで失望させてくれるなよ、ジャック」

「あァ!? 誰が役立たずだとこの変態野郎!!」

「あのデカブツ一人抑えきれなかったお前に、ジャックをどうこう言える道理はねェだろう」

「じゃあテメェあのデカブツどうにか出来んのかよ!!?」

「おれなら出来る。テメェには無理だろうがな」

「こんのヤロー……!!」

 

 キングとクイーンが言い争う反対側では、ペロスペローとカタクリが仕方ないと言いたげにため息をついていた。

 

「お前ら二人に飛び六胞……それにタマゴとペコムズを連れて行ってダメならもう仕方ねェ。ペロリン」

「そうだな。〝黄昏〟と海軍……加えて革命軍まで居たと聞いている。最終的に〝鬼の跡目〟まで乱入してきたのなら、おれ達の内誰が行っても同じ結果だっただろう」

「ママかカイドウが行けば話は変わってたかもしれねェがな」

「よせぺロス兄。もしもの話に意味は無い、今話すべきはこれからどう動くべきかだ」

 

 頭を下げたままのジャックとクラッカー達と、好き勝手に話すキングとペロスペロー達。

 カイドウとリンリンは互いにジッと頭を下げる二人を見ていたが、どちらからともなく口を開く。

 

「お前のせいじゃねェ、ジャック。バレットの野郎が乱入してきたなら、むしろ無事に戻ってきたことを褒めてやるくらいだ!!」

「クラッカー~~!! お前ェ、わざわざ海軍と黄昏の大部分をおれ達が引き受けたってのに、何の成果も無しで良く戻ってこれたもんだねェ!!」

 

 正反対の反応を示すと、二人はジャック達から視線をお互いに向けあう。

 直接的に覇王色をぶつけ合っているわけではないが、近くにいるだけで常人なら気絶してしまいかねないほどの威圧感が放たれていた。

 率直に言って衝突の危機である。

 

「カイドウ、前々から思ってたけどよォ……お前、ちょっと部下に甘すぎやしねェか!?」

「今回は汲むべき事情がある。おれだって何でもかんでも赦すわけじゃねェ」

「だとしてもだ! ニコ・ロビンの捕縛に失敗した以上は何のお咎めも無しって訳にゃァいかねェだろうが!!」

 

 この海で最強を誇る四人のうちの二人である。その看板に傷が付いたとなれば、落とし前を付けさせるのが当然の話であった。

 だが、それでもカイドウは溜息を零してリンリンを宥める。

 

「バレットが居たんだろう。あの野郎はおれかお前のどっちかじゃねェと抑えられねェ。カナタの作戦勝ちだ」

「テメェ……軽々しく勝敗の話を口に出すんじゃねェよ!!」

 

 ビリビリと体に打ち付けられる強烈な覇気を受けても、カイドウは微動だにしない。その後ろにいるキングとクイーンも同様に、腕組みしたままカイドウの後ろに控えていた。

 額に青筋を浮かべて怒りを表すリンリンだが、彼女が担当していたのは海軍だ。

 どちらかと言えば出し抜かれたのはカイドウである、と考えることで留飲を下げる。

 ジャックとクラッカーたちに頭を上げさせると、喫緊の問題の方に話を変える。

 

「問題はカナタがどうやってバレットを焚きつけたかの方だ。〝黄昏〟の戦力は数年前から新顔が台頭してきてる。ここにバレットが加わるなら、海軍無しでもおれ達海賊同盟に匹敵する戦力になってる可能性もゼロじゃねェ」

 

 カイドウは椅子に深くもたれかかると、顔だけ後ろに控える二人に向けた。

 

「キング、クイーン。お前ら、〝黄昏〟で強かった奴を上げてみろ」

「フェイユン。ジュンシー。ラグネル、ですかね。ゼンとか言うケンタウロス野郎も強かったが、ここ数年は姿を見てねェ」

「カイエ、ディルス……それにイゾウっすかね」

「ラグネルはキングを何度か弾き返した奴か。ディルスってのは、巨人族で古代種の能力者だったな。こいつらは台頭が遅かったから過去の手配書もねェ。うるティとページワンを今回止めてた全裸野郎もそうだが、詳細の分からねェ実力者が増えてるのは確かだ」

 

 カナタ直属の〝戦乙女(ワルキューレ)〟に〝戦士(エインヘリヤル)〟の事はわかっているが、誰がそれに相当するのか、特に警戒するべき実力者が誰なのかが分からない。

 過去に小競り合いを繰り返したことと今回の衝突で少しずつ情報をかき集めてはいるが、手探りで暗闇を進んでいるような手応えの薄さが悩みのタネであった。

 カナタの軍の動かし方を毎回記録させているが、どうも()()()()()()()()()()()()()()()ように見える。

 情報収集を目的として小競り合いを起こしていることを見抜かれていると考えるべきだ。

 

「リンリン、お前らもわかってることを教えろ」

「……ペロスペロー!」

「分かってるぜ、ママ。おれ達が掴んでる情報はお前らとそう大差ねェ。だが、これまで過去にぶつかった時に一際面倒だった奴が数人いる」

「ヤミヤミの能力者のクロ、それにおれに傷を負わせたティーチ……こいつらが特に厄介だ」

 

 大勢を相手にする場合、特に有用となり得るヤミヤミの能力者。それにカタクリの左目に傷を付けたティーチ。

 共に警戒をするべき相手だが……前者は既に死んでいると情報が入っていた。

 

「クロは死んだが、ヤミヤミの実はその後の行方が分からねェ。だが、20年前でも既に〝金獅子〟の能力を奪っていた以上、内部で保有しているか、あるいは既に誰かに食べさせているとみるべきだ」

「なるほど……昔からいる連中はある程度顔が割れてる。警戒は当然だが、()()()()()()()()()()()()()()場合もあるか……」

 

 カイドウは顎に手をやって考え込む。

 ペロスペローが言うには、クロは能力だけで素の強さは大したことが無いという話だった。その厄介な能力が、素の強さが凄まじい誰かに引き継がれているというだけでも警戒に値する。

 悪魔の実の流通量は少ない。

 経済における流通のほとんどを抑えている〝黄昏〟の目を盗んで悪魔の実の取引を行うことは難しく、また敵対する能力者を殺して能力を奪うことも可能としている。

 それゆえ、新規に悪魔の実を手に入れることは難しく……カイドウは〝ジョーカー〟とマラプトノカを通じて手に入れる人造悪魔の実を利用して戦力の増強に励んでいた。

 

「〝スマイル〟の流通量は増やせねェのか?」

「ジョーカーの野郎のケツを叩いてみますが、難しいんじゃねェかと。ただでさえ質の低い品です。急がせても質の低い品が増えるだけかと」

「チッ……マラプトノカの野郎が出してる〝スマイル〟にはハズレが入ってねェってのに、どういうつもりだあの野郎」

「お前は作れねェのか?」

「無茶言ってんじゃねェよ変態野郎。おれはそっちは専門外だ。シーザーの野郎が作った薬品か、それを使って育ててるジョーカーのどっちかに問題があんだろ」

 

 ジョーカーの作る〝スマイル〟は強力だが、ハズレを引く可能性もあるし、食べられたとしても人の意識と動物の意識の両方がそれぞれ独立しているデメリットもある。

 純粋な能力者と比べると少々デメリットが目立つが、それでも普通の人間より強くなるのは事実であり、それ故にカイドウは重宝していた。

 一方でマラプトノカの作る〝スマイル〟はほぼ普通の悪魔の実と変わりない。唯一のデメリットは()()()()()()()()()()()くらいだった。

 

「おれ達の方はある程度悪魔の実を手に入れちゃいるが……年々手に入りにくくなってることは確かだよ。そうだね、ペロスペロー」

「ああ。ここ数年はもう数える程しか手に入っちゃいねェ。フリーになってる悪魔の実はほとんど無いと見たほうが良いと思うぜ、ペロリン」

「能力者から直接奪える奴らのリードは確かに大きい。だが、不思議なのはかなりの数の悪魔の実を保有してるハズの〝黄昏〟に能力者がそれほど多くねェことだ」

 

 能力者の総数はこれまでの小競り合いなどを含めて数えても〝ギフターズ〟の方が上回る。

 実力者で希少な悪魔の実を食べた者が多いのは確かだが、能力者の数そのものは言うほど多くはない。

 疑問点はいくつかあるが……推測は立てられる。

 

「あの女、内部で競争させて一定の実力以上を持った奴に希少な悪魔の実を喰わせてるね。動物系の幻獣種や古代種、それに自然系だけ妙に多いのはそのせいだろう」

 

 悪魔の実を食べれば強くなれるが、より希少な悪魔の実を食べるためには内部での地位争いに勝たねばならないのだろう。

 実力者程強力な悪魔の実を口に出来るシステムを作り、精鋭の強化を図っている節がある。

 オクタヴィアが倒れ、ゴロゴロの実も流出したハズだが、手に入れたはずの〝黄昏〟にはまだゴロゴロの実の能力者が確認されていない。

 あれほど厄介で強力な能力も無いが、それだけに使い手を吟味しているのだろうとリンリンは考えていた。

 

「何はともあれ、現状じゃ〝スマイル〟を喰わせることによる戦力強化しか出来ることはねェ。使える人間は簡単に育たねェしな」

「ママハハハハ!! テメェが直々に鍛えてやりゃァ良いじゃねェか!! カナタがやってるみてェによ!」

「バカ言え、おれのしごきに耐えられる奴がどれくらいいると思ってる。折角〝ギフターズ〟にしてもおれが殺しちまったら意味がねェだろ!」

「幹部連中なら多少は耐えられるだろう! おれだって最近はカタクリを鍛えてやってんだ。あの女の真似をすんのは業腹だがな!!」

 

 〝ハチノス〟への密偵は即座にバレるが、〝黄昏〟が第二の拠点としている〝ロムニス帝国〟なら話は別である。

 深いところへの潜入は危険が伴うが、〝闘技場(コロッセウム)〟での戦いを観る事は難しくない。政府の諜報員も〝黄昏〟の実力者はそこで判別しているほどだ。

 それでも滅多に出てこない上位層はいるが……やり方自体はカイドウもリンリンも理解していた。

 要は内部で激しい競争をさせることで互いに切磋琢磨させているのだ。見込みがあればカナタが直に稽古を付けている。

 耐えられるなら、と言う前提があるが、カイドウもリンリンもこれを真似て実力者を増やそうと試みてはいた。

 

「弱ェ奴に加減して稽古つけてやるなんざ時間の無駄だ。おれはおれを鍛えるので忙しいんだよ!!」

「いざとなりゃァおれとお前の二人がかりでカナタを殺してやりゃァ良いと思ってたが、バレットが面倒だね。やっぱり政府と分断してから動いた方がいいんじゃねェか」

「そうだな。あいつも完璧じゃねェ。どっかに付け入る隙があるハズだ。海軍と分断さえ出来りゃあ、全面戦争でも勝ちの目はある」

「カタクリやキングがバレットを止められるようになれば楽だがねェ」

「〝巨影〟を忘れるな。あいつの厄介さはバレットにも比肩するぜ」

「フェイユンか……」

 

 リンリンは昔仲の良かった巨人族を思い出し、憂う様に脱力した。

 昔は昔。今は今だ。多くの巨人族は既に〝黄昏〟に肩入れしている。ここから関係性を改善することは難しい。

 〝黄昏〟を倒せれば、その後の関係性は変わることもあるかもしれないが。

 

「やりたいようにやりゃあいい。おれ達がカナタを倒して、〝白ひげ〟のジジイも〝赤髪〟の野郎もその後で潰せばいい。そうすりゃ世界はおれ達のものだ」

「そうだねェ……久々に気合を入れてみるかい?」

「ああ、悪くねェ……」

 

 どちらからともなく立ち上がり、武器を持って外に移動する。

 敵が全員消えた後はこの二人で争うことになるが、それまでは手を組むことを互いに了承している。

 その最大の敵はカイドウとリンリンでも勝てない相手だ。

 それ故に──こうして、二人が時折ぶつかることで互いにより強さを求めていた。

 

 

        ☆

 

 

「……そうですか。兄は捕まりましたか」

『お前のおかげだ。良くやってくれた』

「いえ、これがおれの使命だと思っていたので」

『謙遜するな。お前の力が無ければドフラミンゴを追い詰めることは難しかった。任務は終わりだ、帰投しろ──ロシナンテ』

 

 ドレスローザの城の一室にて、道化師のようなメイクを施した金髪の男がいた。

 ドンキホーテ・ロシナンテ──ドフラミンゴの実弟である。

 海兵として、ドンキホーテファミリーに潜り込んだ彼は様々な情報を海軍に横流しし、今回ようやくドフラミンゴを捕縛することに成功した。

 任務が終わった以上、この場に用は無いのだが……。

 

「ドレスローザはどうなりますか?」

『わからん。政府は判断を保留しているようだが……リク王家はまだ残っているのか?』

「ヴィオラ王女、並びにリク王はまだ存命です。スカーレット元王女は既に亡くなられましたが、遺児はいます」

『ふむ……扱いが難しいところだな。再び王家として返り咲くことを望むなら後押ししても良いと思っているが……』

「どうでしょうね。事情があったとはいえ、リク王はドフラミンゴのせいでこの国では酷く嫌われています。認識を変えるのは少々時間がかかるかもしれません」

 

 ドフラミンゴが捕まった以上、ドレスローザの王位は空白となる。

 元々いたリク王家の誰かが王位につくのが筋ではあるが、ドフラミンゴがとった策略によってリク王家はドレスローザの民に嫌われている。事情を説明したとして、これを元通りに出来るかと言われると難しい。

 それに、ドレスローザの解放も急務である。

 

「三人の幹部……トレーボル、ディアマンテ、ピーカの三人は特に危険です。攻め込んだとしても被害を少なくと言うのは厳しいかもしれません」

『そうだな。注意しておこう』

「それと、報告書にも上げておきましたが、シュガーには特に注意をしてください」

 

 シュガーは〝ホビホビの実〟の能力者である。

 副作用で食べた時から肉体年齢が変わらず子供のような姿だが、触れた相手を玩具に変え、変えられた者は他人の記憶から消えるという凶悪な能力を有する。

 これまでドレスローザに潜入してきたであろう諜報員、あるいは知られてはならないことを知った王侯貴族を玩具に変えて証拠隠滅を図った可能性がある。

 誰が変えられたのか、誰も覚えていないのだ。被害の規模は想像がつかない。

 

「今はラジオでパーソナリティーをやってるモネも、元はドンキホーテファミリーの一員ですが……」

『それは今は良い。カナタならどうにでもするだろう』

 

 多少力を削ぐくらいの方がいいが、海の治安の一助になっていることは確かだ。センゴクは色々考えた末に、モネの事を伝えるだけ伝えることにしていた。

 もっとも、聞いた当人は「そうか」としか言わなかったが。

 どこまで何を知っているのか、センゴクからではうかがい知れない。

 ドフラミンゴはカナタに強い敵対感情を持っていた。何らかの対処をしていても決して不思議ではないのだが、秘密主義のカナタの事は分からないのだ。

 

『懸念事項はもう無いか?』

「無い、と言えば嘘になりますが……」

 

 初代コラソン──ヴェルゴは今に至るまで行方不明だ。

 ドフラミンゴの命令で何かやっているようだが、詳細は他の幹部にさえ伏せられている。深掘りして怪しまれると困るため、ロシナンテも知ることは出来なかった。

 今どこで何をやっているのかが全く分からない以上、懸念として伝えるだけに留める。

 ドフラミンゴが捕まった以上、出来ることは少ないだろうと判断しての事だ。

 

「では、おれは島を出ます。なるべく一般人に被害を出さないようにお願いします」

『わかっている。気を付けろよ、ロシナンテ』

 

 電伝虫による通話を切り、ロシナンテは手早く荷物を纏めて部屋を出る。それほど多くもない私物だが、大半は捨てても問題の無いものばかりなので放置していく。

 タバコの煙をくゆらせながら城を出るために歩いていると、一人の男とすれ違う。

 

「ロシナンテか。どうした、こんな夜更けに」

「…………」

 

 ロシナンテはドンキホーテファミリーの内部では喋れないことになっているため、手持ちの紙に「お前こそ」と書いて見せる。

 髪をオールバックに撫でつけてスーツを着たその男は、「おれか?」とタバコをふかす。

 

「おれはまァ、野暮用だよ。お前らには周知してねェが、結婚してるからな」

 

 そうだったのか、とロシナンテは頷く。彼が時々どこかへ出かけていることは知っていたが、花束やアクセサリーなどを手にしていたのでいい人がいるのだろうとは思っていた。

 すでに結婚していたのは初耳だ。

 ……こういうことを聞くと、自分がどれだけドンキホーテファミリーの皆に心を開いていなかったのかが分かる。

 任務のためだ。仕方がないとはいえ……実の兄をインペルダウン送りにすることに、何も思わないわけではない。

 

「どこかに出掛けるのか?」

 

 野暮用だ、と書いた紙を見せる。

 

「そうか。おれもちょっと出かけてくるつもりでな、荷物を取りに来たんだ」

 

 しばらく戻らない、と書いた紙を見せる。

 

「そうなのか? おれも出かけるからな……トレーボルに伝えておこう」

 

 じゃあな、と書いた紙を見せる。

 

「ああ、またな……ロシナンテ」

 

 夜にも拘らずサングラスを掛けているせいか、その表情は読めない。

 ロシナンテは彼の横を通り抜け、足早に港へ向かう。ドフラミンゴが今回の招集で出て行った時点で既に逃走用の船は用意していた。

 時々滑って転んで背中を打ち付けながら、ロシナンテはドレスローザを脱出しようと町中を歩く。

 

 

        ☆

 

 

「…………」

「んべへへへ!! どうした、セニョール? どこか出掛けるのか?」

「トレーボルか。野暮用でな。数日は戻らない」

「そうか! ドフィは招集からボチボチ戻ってくるだろう。あんまり遅くなるなよ?」

「分かってるさ。〝家族〟は裏切れねェよ」

「分かってんならいい! んべへへへ!!」

「そう言えば、ロシナンテもどこかに出掛けてたぞ」

「ロシナンテが? ……そうか、わかった」

 

 トレーボルは訝しげな顔をしていたが、相変わらず鼻水を垂らしながら杖を突いてどこかへ行った。

 髪をオールバックに撫でつけたスーツの男──セニョール・ピンクはトレーボルに背を向け、城を出て迎えの船が来ている港へと向かう。

 ロシナンテと鉢合わせするかと思ったが、そんなこともなく……指定された場所に辿り着く。

 

「時間通りだな」

 

 待っていたのは一人の男だった。

 特に何かしらの特徴があるという訳でもない、どこにでもいる一人の海賊だ。

 

「思い残すことはあるか?」

「あるに決まってる……だが、おれに〝家族〟は裏切れなかった。それだけだ」

「そうか。では出すぞ」

 

 隠密性を優先した小舟だが、数人は乗れる程度の大きさはある。セニョール・ピンクは船の端に腰を下ろすと、船はゆっくりと岸辺から離れて夜の暗い海に出る。

 夜間の航海は危険だが、船を操る男は慣れているように船を動かしていた。

 冷たい夜風を受けながらドレスローザの方を振り向き、ピンクはタバコの煙が夜の闇に消えていくのを見る。

 

「……すまねェ、若」

 

 セニョール・ピンクはドンキホーテファミリーの幹部だ。

 ドフラミンゴに対して忠誠を持っていたし、自分の命ならいくらでもかけられる相手だ。

 だが、それでも。

 最愛の家族と天秤にかけられては、どうしようもなかった。

 持ち出した手荷物の中から一枚の写真を取り出す。

 妻と子供……ルシアンとギムレットが、カメラ越しにピンクに笑いかける写真だった。

 

「おれは、クズだ……」

 

 家族のために、家族にも等しい仲間を裏切った。

 夜の闇に紛れるように海を進む船の行く先は〝ロムニス帝国〟──〝黄昏〟の居城の一つである。

 




END 碑文争奪大戦アラバスタ/鉄脚のプリマ

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