モックタウンの港から北回りに対岸に回り、ジャヤの東を目指す一行。
道中でショウジョウ海賊団と鉢合わせし、すわ戦闘かと構えたが……何気なくウソップの放った「マシラみてェだ」という一言にショウジョウが反応。
マシラとショウジョウが兄弟分であることを知り、ルフィがマシラと友達であることを告げると一転して友好的な態度になった。
「おめー、そういうことは早く言えよ。マシラのダチならおれのダチだ。通行料も要らねェ」
「そうか、ありがとう」
「良いってことよ。おめーらマシラに会いに行くのか?」
「いいえ、私たちはモンブラン・クリケットと言う人を探しているの」
「おやっさんを?」
聞けば、ショウジョウとマシラが居候している家の家主がクリケットだと言う。
家自体は小さいので寝泊まりは自分たちの船でしているというどうでもいい情報を聞きつつ、ショウジョウの先導でクリケットの家へと向かうことになった。
そこにあったのは、島の岸壁ギリギリに建つ
金が無いのか資材が無いのか、良く分からないが家の半分はベニヤ板で塞がれている。
「ここだ。お~い、おやっさ~ん!!」
「夢追い人って言うか……」
「まァ、見栄っ張りではあるようだな」
ひとまず船を停泊させて降りると、家の中に入っていくショウジョウを見送りつつティーチの方を見るナミ。
「クリケットさんって、なんでこんなところに住んでるの?」
「詳しいことは知らねェ。が……このジャヤには莫大な黄金が眠ってるって主張してるらしいぜ」
「黄金!? 黄金があるの!!?」
「さァな。ロマンのある話ではあるが、今時見つかってねェ黄金なんざどれだけあるかって話だ」
〝大海賊時代〟が始まって20年。
多くの海賊たちが海へと出て、多くの島々を旅してきた。
見つかってない島などほとんどなく、〝黄昏〟はその性質上ほぼ世界中の海図を作図して所有している。調査の手が入っていない場所の方が少ない。
人々が求めるロマンなどもはや数える程しか残っていないだろう。
それでも人の手の及ばない場所は確実にある以上、無くなることはないのだろうが。
「姉貴の功績は多いが、中でもラジオの存在は確実に世界を狭めた。ほとんどの連中は見た事もねェ人魚や魚人、巨人……多くの種族が自分たちと大して変わらねェことを知ったし、不思議なものが世にあることを知らしめたが、同時に世界には人の知恵が及ばないほど不思議なものは言うほど多くねェこともまた知れた。今や全くの未知が存在するとすりゃあ、〝
「ほー。お前、姉ちゃんいるのか」
「今の話を聞いて食いつくのがそこかよ!」
「ゼハハハハ! ああ、いるぜ! とんでもなく腕っぷしの強ェ姉貴だ!!」
冒険よりも先に女に食いついたサンジにウソップがツッコみ、ティーチが笑う。
ティーチの姉と言うことで、カナタの事を知らない面々は女版ティーチのような人間を想像していた。巨体でガサツで海賊然とした腕っぷしの強い女傑である。皆がどんな人物像を描いているか何となく想像出来たロビンは「本人が聞けば怒りそうね」と考えていた。
「いねェみてェだ……おめーら、ちょっと待ってろ。多分ダイビングの途中だろうからな」
「ダイビング? 海に潜って何してんだ? 今日のメシの材料でも取りに行ってんのか?」
「いや、黄金を探してんだ」
ショウジョウが軽く放った一言に驚く一同。
「やっぱ黄金があんのか!?」
「まー、無くはねェ。あとで見せてやるよ」
おやっさんが戻ってくるまでまだ時間がかかるだろ、とショウジョウは腰を下ろす。
その目の前にある切株のテーブルに置かれているのは〝うそつきノーランド〟と題された絵本だ。
「イカすタイトルだな!」
「懐かしいな。ガキの頃何度も読んだよ」
「え? でもこれ、
「ああ、おれの出身は
世界の海は
ロビンやペドロ、ティーチはそれを疑問に思うが……頭の片隅に留めるだけにしておく。
本人に問い詰めてもいいが、あまり話したくなさそうに話題を変えたからだ。
「おれの事はいいんだ。それより、この絵本にあるノーランドってのは昔実在してたって話は聞いたことがある」
「おめーもこの童話を知ってんのか! おれとマシラはこの絵本のファンでな……この話に出て来る黄金があった島ってのがまさに〝ジャヤ〟のことなのさ!!」
童話の舞台となった島がまさにジャヤであるとショウジョウは楽しそうに語る。
ノーランドはかつて地殻変動による沈没を主張しており、クリケットはそれを探して日々海底に潜っているとも。
そういった話をしているうちに、海から誰かが上がってきた。
「おやっさん!!」
「……誰だおめェら」
頭頂部に栗の形をした髪を生やした中年の男──モンブラン・クリケットである。
彼は見知らぬ海賊と打ち解けているショウジョウに困惑していた。
☆
「なるほどな……」
クリケットの家に入ってひとまず経緯を一通り説明する。
途中でクリケットが潜水病のために気を失う一幕もあったが、チョッパーの迅速な手当てで事なきを得た。
ショウジョウは戻ってきたマシラと外へサンマを釣りに行っていた。
「〝空島〟か……あんな御伽噺を信じてる奴らがまだいるとはな」
「あるかないかを議論する気はねェ。そこはもうわかってることだ。問題は方法でな」
ティーチがかつてイゾウから聞いた〝
確かにその方法なら空島に行ける。
クリケット自身が試す気は無いが、一つ一つの要素を繋げていけば納得するところも多い。
「それでおれのところに……つまるところ、知りてェのは〝
「話が早くて助かるぜ」
「
「何ィ!!?」
ポンと出て来た言葉にウソップが驚く。
マシラのナワバリで〝夜〟が現れたことと、月5回の〝
〝夜〟が現れる原因である雲──積帝雲はジャヤの南に現れ、〝
何より
「おれはこの島に来て10年になる。この推測はまず間違ってねェと断言しよう」
「10年……ここで10年も何してんだ?」
「金塊を探してんのさ」
クリケットは元々モンブラン・ノーランドの子孫であり、元居た国では子孫であると言うだけで罵声を浴びて育った。
それを嫌がって海に出て海賊になり、偶然この島に辿り着いて、ノーランドが主張した地殻変動で海底に黄金都市が沈んだのか確かめるためにずっと一人で潜り続けている。
祖先の無念を晴らすためでも、汚名返上を考えてのものでもない。
クリケットにとって、人生を狂わせたノーランドと言う男が最期を迎える原因になった島に辿り着いた以上、これも運命と考え──決着を付けたかったのだ。
「ノーランドの日誌にも空島を示唆する記述は幾つかある。確か……この辺か」
「これ、本人が残した当時の日誌!? すごい……!!」
貴重な資料をクリケットから渡され、ナミはドキドキしながらページをめくる。
──海円歴1120年6月21日快晴、陽気な町ヴィラを出航。
──〝記録指針〟に従い港より、まっすぐ東北東へ進航中の筈である。
──日中出会った物売り船から珍しい品を手に入れた。「ウェイバー」というスキーの様な一人乗りの船である。
──無風の日でも自ら風を生み走る不思議な船だ。コツがいるらしく私には乗りこなせなかった。目下、船員達の格好の遊び物になっている。
「うっそ、なにこれ欲しい!!」
「いいから先読めよ!!」
「ウェイバーなら売ってるぜ。〝黄昏〟で取り扱ってる。そこそこ値は張るが」
「売ってるのかよ!!?」
ティーチの言葉に驚きつつ、ナミは続きを読み上げる。
──この動力は〝空島〟に限る産物らしく、空にはそんな特有の品が多く存在すると聞く。
──〝空島〟と言えば探検家仲間から生きた「空魚」を見せて貰った事がある。奇妙な魚だと驚いたものだ。
──我らの船にとっては未だ知らぬ領域だが、船乗りとしてはいつか〝空の海〟へも行ってみたいものだ。
ノーランドの日誌にも空の海の記述があることでルフィたちのテンションが上がり、今にも踊り出しそうなほどである。
「はー……スゲェな。本当にあるんだ」
「ゼハハハハ! まァ実際、自分の目で見るまでは信じられねェのも理解出来るぜ! だが空島は実在する。伝説だ御伽噺だって言われてたモノだってあるんだ──だったら、〝
ティーチは上機嫌にそう言うと立ち上がり、「おれはモックタウンに帰るぜ」とロビンに告げる。
「あら、もう帰るの?」
「ああ。おれの役目は終わりのようだしな。あとはあっちの連中に聞いたほうが良い。出発は明日の朝だろ? 見送りには来てやるよ!」
ここにいてももう何か出来るわけでもない。
ロビンが世話になってることもあって見送りには行くつもりだが、彼にとってはそれ以上の価値があるわけでもないのだろう。
陽気に笑ってルフィたちと別れ、ティーチは海岸沿いに歩いてモックタウンへと戻っていった。
☆
その日の夜中。
仲間たちを集めたティーチは、酒場で食事をすると早朝に少し出掛ける旨を伝える。
この場にいるのはティーチを含めて5人。
ジーザス・バージェス。
ヴァン・オーガー。
ドクQ。
ラフィット。
誰も彼も、ティーチに負けず劣らずの巨漢であった。
「どこに行くんだ、船長」
「妹分の見送りさ。空島に行くってんでな」
「空島! そりゃまたスゲェところに行くんだな!!」
「ホホホ、妹分と言うと、〝黄昏〟の?」
「そうだ。おめェらも来るか?」
「ここで出会ったのも何かの縁……ここで顔を合わせておくのもいい」
「そうだな、悪くねェ……ゲフッ」
休暇を使って各地で集めた仲間たちだ。ティーチは〝黄昏〟の一員で、その気になれば部下などいくらでも得られる立場ではあるが……自分の部下くらい自分の目で選んだ者たちを持ちたかった。
生きるも死ぬも運次第だが、背中を預ける仲間は自分で探してこそだと思う面もあっての行動である。
先日の百獣・ビッグマムの海賊同盟が動いた際も戻るべきか悩んだが、今はまだ自身の存在は伏せ札として残しておくべきだと判断して動かなかった。
なりふり構わず戦力が必要なら、カナタは各地から動員するので物価に影響が出る。今回はそれが無かったので余裕があると考えたためだ。
「具体的な時間は聞いてねェが、早朝に行けば問題は──」
ティーチが酒を片手にこれからの予定を話しているとにわかに表が騒がしくなる。
どうせまたどこかの海賊がケンカでもして騒いでいるのだろうと気にも留めていなかったが、派手な音が連続し、一際派手な音と共に地面が少しだけ揺れると静かになった。
戦っていたと思しき海賊を見聞色で探ると、覚えのある気配であることに気付いて表に出る。
建物のあちこちに穴が開き、暴れ回ったのが窺える。
そこを通って戦場になった場所を真っ直ぐに目指すと、一件の酒場の中から見覚えのある麦わら帽子の男が出て来た。
「あ、おっさん」
「オメェこんなところで何やってんだ。空島に行く準備で忙しいんじゃねェのか?」
「うん。でも、ひし形のおっさんたちが金塊奪われたから取り戻しに来たんだ」
「……同情か?」
「友達なんだ」
「ゼハハハハ!!」
大口を開けて笑うティーチ。
ルフィは突然笑い出したティーチに訝しげな顔をする。
「空島に行くチャンスをふいにするかもしれねェってのに、友達だからか! おかしな奴だぜ!!」
「うるせェな。今から行けばまだ間に合うよ!」
「いや悪ィな。昼間の連中のところに戻るんだろ? 方向はわかるか?」
「うん。大丈夫だ」
ルフィは海岸沿いに走って来たらしく、戻りも同じ道を使って帰るらしい。
ティーチはそれを見送ると、風に飛ばされてきた二枚の手配書を捕まえる。
「〝麦わら〟のルフィ、1億ベリー。それに〝海賊狩り〟のゾロ、6000万ベリーか……あの覇気で3000万はねェと思ったが、中々のタマじゃねェか」
新聞沙汰になってない事件はいくらでもあるだろうが、直近でこれだけの額が出る事件となると、ここから近いアラバスタの一件である可能性は高い。
何かしらの形で彼らも関わっていたのだろう。
ティーチは機嫌が良さそうに仲間たちの下へと戻り、クリケットたちのいる場所へ向かうために船を出した。
☆
次の日の早朝。
ティーチは仲間たちと共にクリケットたちのいる場所へと着くと、既に出航準備を整えていた。
「おう、準備は出来たか!」
「ティーチ。本当に来たのね」
「当たり前だろ、おれのことなんだと思ってんだ」
「貴方はほら、結構約束とかすっぽかす方だから」
ロビンにこう言われ、ティーチはぐうの音も出なかった。
出航までもう少し余裕があるらしいが、ティーチが見回すとルフィの姿が見えない。
ほんの数時間前に見たばかりだが、ティーチの方が先に着いたらしい。
「これなら一緒に連れてくりゃァ良かったな」
「本当よ! 空島に行くチャンスを自分でふいにする気なのかしら!!」
メリー号もマシラやショウジョウ達の手で補強されており、ニワトリを模した形になっていた。
微妙に不安になるデザインである。
「しかし……お前らその船で移動してんのか?」
「良い船だろ?」
「いやそれ、船っつうか……」
丸太を数本ロープで括っただけのイカダにしか見えないが、彼らは船だと強調する。ちなみにこの船、帆はあるが舵が無いのでオールを使って手動で方向転換する必要があった。
イカダと呼んでも差し支えないだろう。
言いたいことは色々あったが、情報提供などで協力してくれた手前悪いことも言いづらいのか、サンジが口を濁らせる。
最終的に沈黙を通すことにしたらしく、タバコを咥えたまま黙ってしまった。
そんなことをしながら待っていると、ルフィが息せき切って戻ってきた。
「やったぞ~~~~!!」
「来た!!」
「急げ、もう時間が……って、何か手に持ってる……?」
「これ見ろ!! ヘラクレス~~!!!」
「「「何しとったんじゃーー!!!」」」
完全に寄り道をしていたことがまるわかりである。
バタバタと船に乗り込んでいる間に、ルフィはクリケットへと金塊を返す。
「……さっさと船に乗れ。空島へ行くチャンスを駄目にする気か、バカ野郎」
「うん。船、ありがとう!」
「礼ならあいつらに言え」
「おめーらもありがとう!! ヘラクレスやるよ!!」
「マジかよお前滅茶苦茶良い奴じゃねェか!!!」
もう時間が無い。
ルフィが船に乗り込むと、ティーチ達を含めて一斉に帆を開く。クリケットはそれを見上げ、ルフィへと声をかけた。
「〝黄金郷〟も、〝
ロマンを追いかけ続ける男の言葉を受け、ルフィたちはジャヤから真っ直ぐ南へと向かう。
現地までおよそ三時間。緊迫した時間が続くかと思えば、「今から気を張ってても仕方ねェ」と言うルフィの言葉でショウジョウもマシラも気を抜きつつ海を行く。
「そういやオメェら、手配書が更新されてたぞ!」
「本当か? いくらになってたんだ!?」
「麦わらが1億、海賊狩りが6000万ベリーだ!」
「本当だ……ルフィの手配書が更新されてる! ゾロも手配されてるぞ!!」
「おい、おれの手配書は?」
「ねェ」
「よく見ろよ。おれの手配書もあるはずだろ?」
「ねェ」
ウソップの肩を揺するサンジを尻目に、ナミは「アラバスタの一件で金額が上がったんだ」と小さく呟いた。
億越えの賞金首はペドロとゼポがいるとはいえ、自分たちの船長が実際にその域まで行くとなると思うところもある。
ナミのつぶやきを耳ざとくとらえたティーチは「やはりか」と目を細め、ルフィの潜在的な強さに僅かに笑みを浮かべた。
「空島には〝
「その可能性はあるわね」
幹部が常駐している場所では無いのでロビンの顔を知っている可能性は低いが、機密の多い場所であることは確かだ。それなりに古株の者がいる可能性はあった。
何か伝言でもあればとロビンは言ったが、ティーチは自分で伝えるから必要ないとそれを断る。
そうして、〝
予想より早い積帝雲の飛来にショウジョウがソナーを使って渦潮の位置を確認。方向を修正して海を進むと、急に波が高く荒れ始める。
それを抜けていくと、海王類さえ呑み込むような巨大な渦潮が発生していた。
「うおっ、こりゃスゲェな……」
「ホホホ、これを利用するのは、確かに度胸が要りますね」
「それもまた、一つの運命である」
その規模の大きさにティーチの仲間たちもずぶ濡れになりつつ驚いており、渦潮の中心に向かって進むルフィたちを見る。
重要なのはタイミングだ。早すぎれば渦潮に呑み込まれて遅すぎれば爆発の中心からズレる。
渦潮が収まり、あとは爆発を待つだけ……そのタイミングで、ティーチはルフィに声をかけた。
「麦わらァ!!!」
「なんだ、おっさん!!」
「空島、楽しんで来いよ!!!」
「ああ!!! 手伝ってくれてありがとう、おっさん!!!」
風と波の音にかき消されないように大声で会話していると、その瞬間は訪れた。
──海底に空洞があり、そこに入り込んだ海水が地熱で温められることで蒸気が発生する。溜まった圧力は海水が入り込んできた穴から放出され、あらゆるものが空へと吹き飛ばされる。
それが〝
まともに受ければ船などひとたまりもないそれが、目の前で発生した。
巨大な水の柱が立ち昇り、真っ直ぐに空へと伸びる。近くにいるだけで船が転覆しかねないほどの衝撃だ。
「ゼハハハハハ!!!」
「なんだ、随分上機嫌だな、船長」
「あァ。ああいう奴を見てると、死んだ親友を思い出すんだ」
人一倍好奇心旺盛で、友人のために命を懸けられる男だった。
知らねェモンは怖ェ、と言う理屈で色々なものに興味を持つ男だったが、首を突っ込むには少々弱すぎるのが玉に瑕だった陽気な男を。
「あいつが死んだのも空島だった……こういうのも縁かもしれねェな」
「それより、これからどうするんだ?」
「……そうだな。ボチボチ帰るとしようじゃねェか──〝ハチノス〟によ」
「このまま行くのか?」
「それでもいいが……折角だ、姉貴に土産を持って帰るとしよう」
今、ジャヤには少なくとも三人の能力者がいたはずだ。
ティーチは機嫌が良さそうにオールを持ち、一度ジャヤへ戻って土産物に悪魔の実を手に入れようと考えていた。
次回はドンキホーテファミリーのその後を書く予定です。スカイピア編はその後に。