人攫いの一味を一網打尽にした。
この手の連中は一部こそ必要悪で存在しているところもあるかもしれないが、少女にとっては紛れもなく悪だった。凍らせて粉々にして持ち物はすべて奪う。もしかしたら賞金首も混じっていたかもしれないが、今となっては後の祭りだ。
「ふぅ……」
人を殺した。まぁやってしまったものは仕方ない。凍らせて砕いたため血生臭いにおいがしないのは僥倖というべきか。
全滅させたとは思うが、生き残りがいないとも限らない。隠れている可能性を考え、少女は船室を見て回ることにした。やるなら徹底的に、だ。
せっかくだからこの船ごと貰っていこうと思い、手始めに船長室を探す。こんな仕事をしていた以上、どうせ海軍に目を付けられ──てはいない可能性の方が高いのか、とふと考えた。
天竜人はこの世界の最高権力者。彼らに奴隷を提供する、という立場である以上、世界政府も海軍も余程のことでない限り動かないだろう。
クソッタレな世界だ。下手に海軍に入って、天竜人に目を付けられては敵わない。どこかで静かに暮らしたいものだとぐだぐだ考えながら探索を続ける。
「……おや」
船長室らしき場所で奴隷のリストを発見した。それと、おそらくは航海日誌と思しきものも。
当然といえば当然だが、少女以外の奴隷候補もこの船に乗っている。
別室にいたためわからなかったが、おおよそ20人ほどか。大半は女性で、まぁ、そういう用途。男は労働奴隷だ。
航海日誌はあとで確認するとして、まずはほかの奴隷を確認しなければと歩き始める。
☆
奴隷たちは男女で分けられていた。大部屋二つに女性14人と、大部屋一つに男性6人。
鍵は既に回収済みで、どれが部屋の鍵かわからないので適当にガチャガチャと試して開ける。
「……あ、あなたは……?」
怯えながら問いかける女性。
それはそうだろうな、と思う。奴隷を扱う船に似つかわしくないと自負している容姿だ。天竜人に見られたら少女の方が奴隷にされてしまうだろう。
女性の質問に、少女は少しだけ考え込んだ。
(……あの島でも見捨てられたし、どうせなら誰がつけたかもわからない名前も捨てるか)
忌々しいつながりなど不要だ。捨てたものにしがみつく趣味はない。
口調も、少女だからと舐められないようにしなければ。
「私はカナタ。この船は制圧した。詳しいことは明日決めるため、今は大人しく寝るがいい」
私のようなロリが言っても信用があるかといえばないのだろうが、そこはそれだ、と開き直る。今の段階で手枷足枷を破壊するとカナタの身が危なくなるかもしれないのでそのままだが、首輪だけ破壊しておいた。
これをあと2度繰り返し、船長室に戻る。狭い船内だ。それほどの時間はかからない。
さて、と一息つく。
これからどうするべきか。この船を動かすには航海士が必要だろうし、航海士の指示に従って動ける船員も必要だろう。この船に乗っている連中がカナタに従うならば船員の問題はないが、それにしたって奴隷として攫われている者たちが船員として働けるかもわからない。
男たちも下手に自由にさせると襲われる可能性があるから厄介だ。
信用できる仲間、などそうそう簡単に手に入るものではない。
傭兵でも雇うべきだろうか? だが傭兵だからって信用できるかというと……などと頭を悩ませる。
「……これは困ったな」
船長室の一角に置かれているベッドに倒れこむ。やや臭いが贅沢は言えない。
いっそのこと船ごと売り払い、手に入れた金でどこかの船に乗って旅でもしてみようかと思い立つ。
元居た島に帰る気はない。自身を売った人間がいた島に戻ったところで何か変わるわけでもないだろう。
なら、自由気ままに旅をするのも悪くはない。
だが足として使える船を残すか、売り払って……そもそも売るための伝手もないのかと気付き、ため息をこぼして航海日誌を開く。
死んだ彼らのこれまでの旅路と、自分のこれからの旅路の手掛かりを得るために。
☆
パタン、と航海日誌を閉じる。
ベッドの上で読みふけっていて忘れていたが、今は夜中だ。昼間は食事をとってから寝ていたため、カナタに眠気はない。今のうちに考えられることならばやっておくべきだ、と。
航海日誌を読んでわかったのは、この船に乗っていた男たちは
正確に言えばシャボンディ諸島まで連れていき、そこでオークションにかける予定だったようだ。カナタと同じ部屋に無造作に置かれていたヒエヒエの実も売り飛ばすつもりだったらしいが、本物かどうか訝しんでいたためにあのような雑な扱いだったと。
結果としてそれが命運を分けたので、カナタとしては運がよかった以外に言うことはない。
それはそれとして。
「何の参考にもならない……」
当たり前の話だが、同じことをやっても一歩間違えば海軍に目を付けられる。それに奴隷を扱うなどカナタとしても好ましくない。かといって海軍に保護してもらうのも、信用できるかと言われると素直には頷けない。
正直なところ、この世界に来てから人間関係で碌な目にあってないので誰も信用できない。売り物である彼ら彼女らを使うという判断もやめておくことにする。
だが、それはそれで話が振り出しに戻ってしまい。
うんうんと悩んでいる間に夜が明けてしまい、微妙に寝不足のまま甲板に全員を集める。
彼ら彼女らも夜通し話し合っていたのか、目の下にクマが出来ていた。
「──さて、ではお前たちの選択を聞こう。どうしたい?」
彼らは互いに目を合わせ、全員が怯えを見せながら船を降りたいと告げた。
「……そうか。ならば、その選択を尊重しよう」
全員に十分とは言えないが金品を渡して船から降ろしたところ、みなカナタから逃げるようにして去っていった。
まるで化け物から逃げようとするように、だ。
表面上は何も変わっていないが、カナタは内心非常に落ち込んでいた。
当てにしていたわけではなかったが、ああも怯えられるとカナタとしても反応に困る。
(何もしてないのに……むしろ助けたのに……)
ため息をこぼして船長室に戻り、少しだけ仮眠をとる。
食料と水は既に元船員たちが補給した後であるため、十分に積まれている。そこから朝食を適当に用意し、食べ終わった後で船を降りて街へと繰り出す。そして船番をやってくれる人手もないことに気付き、また気落ちした。
船を動かすにせよ、船を売り払うにせよ、町で情報を集めなければならないだろう。
幸い文字は孤児院で習っていたし、計算は出来る。交渉など経験はないが、多少ボラれてもいいや、くらいの感覚で歩き回ることにした。
最悪凍らせてやればいい。肉体言語は人類最初の意思伝達手段だ。
☆
まず最初に服を買い、最低限の身だしなみを整える。
船を降りる前にシャワーを浴びたのでにおいなどはないはずだが、年頃の娘としてはやはり気になるところで。
(……船を降りた時から目立ってたけど、余計に目立ってるような……)
ボロボロの服から普通の服に着替えただけなのだが、露骨に視線が増えたような気がする、とカナタは目を細める。
見慣れない余所者の姿が目立っているというだけならいいのだが、と気にせず町を歩く。
食料と水はいらない。服も後ほど買い足すとして、どこに向かうべきだろうかと街並みを見渡す。
海図、コンパスなど航海に必要なものは船長室にあった。必要なのは人員か、コネだ。どこまで信用できるかという話になるが、それはもうこの際妥協するしかない。
どこかの商会にでも売り込んで金を稼ぐしかないだろう。
誰か適当な人物に聞くべきか、と手近にいた男に声をかける。
「すまない、少しいいだろうか」
「あん? どうした嬢ちゃん」
いかにも裏稼業やってますといった顔立ちだが、船に乗っているのは大概そういった強面連中ばかりだ。カナタを奴隷として連れて行こうとしていた連中も似たようなもので、既に慣れ切っていた。
この辺りでは見ない少女に話しかけられたことで、男も怪訝な顔をしながら目線を合わせてくれた。
「船はあるのだが人夫がいない。どこか商会などで雇えないだろうか」
「あァ? 船があって動かす奴がいない? どういうこった? 船でここに来たわけじゃねェのか?」
見慣れない顔ということもあり、カナタが余所者だと一目でわかったのだろう。
船でここに来ていながら、船を動かす人夫がいない。不思議な状況に首をかしげる男に、カナタはため息をついて「人夫に逃げられたのだ」と告げた。
「あァ……そいつは運がワリィな」
気の毒そうな顔でそういう男に、カナタは肩をすくめた。
人夫に心当たりがないのか、男は難しい顔で腕を組む。これはダメそうだな、とカナタが思い始めた直後、後ろから声がかかる。
「少々、よろしいかな?」
振り向いた先にいたのは金髪の優男だ。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、礼儀正しく話を続ける。
「少しばかり会話が聞こえたのですが、人夫をお探しだとか?」
「そうだ。船を動かしたい。航海士と操舵士あたりは最低限確保したい」
「であれば、我が商会はどうでしょうか?」
「おい、嬢ちゃ──っ」
ギロリ、とにらみつけられ、先に会話していた男は口を閉じた。顔色が悪く冷や汗をかいているようだったが、カナタはその様子に気付かない。
いや、興味がないというべきだろうか。
「人夫に当てがあるというのなら頼もう。時間を無駄にしたくないのでな」
「では、こちらに」
先に話しかけた男に礼を言い、先導する男に続いて歩き始める。
☆
そうして。
辿り着いた先で相手が地元のマフィアであること、騙されたことを知り、カナタは運の悪さに思わずため息をこぼした。
もっとも、なんとなく予想は出来ていた。自分のような少女が船を持っていて他に人員がいないとなれば、それはもうカモがネギをしょっているといっても過言ではない。犯罪組織に目を付けられるのも時間の問題だろうと考えてもいた。
これほど事態が早く進むとも思わなかったが。
逃がす気のない相手と逃げる気のないカナタ。密室で何も起こらないはずもなく。
事態は順当に当然に、マフィアの面々が半分氷漬けにされかけて土下座することで事態は収束したと思われた。
「──なんだ、この状況は?」
「だ、旦那! このガキがやったんでさァ!」
マフィアが雇った用心棒と思しき男が現れた。
赤髪に半裸で鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒し、この辺りでは珍しい中華風の服をまとった男を見て、カナタは思わず目を見開く。
フン、と氷漬けにされかけた男たちを見て、赤髪の男はカナタに視線を合わせた。
「能力者か。珍しいな」
「少々事情があったものでな。それで、どうする?」
「決まっている──手合わせ、願おうか」
その一歩を、カナタは目で追うことが出来なかった。
すさまじい速度で接近し、おそらくは死なない程度に手加減された拳が腹部に突き刺さる。
派手に吹き飛ばされるカナタに対し、赤髪の男は油断なく構え──カナタに触れた部分が凍っていることに気付いた。
「やれやれ、手荒いな」
吹き飛ばされこそしたが、衝撃をすべて受け流すことはできた。見た目は派手だがダメージはない。
パキパキと砕けた氷が集まって元通りに修復されていく様をみた男は、思わずといった様子でつぶやく。
「なんと、
悪魔の実の中でも希少な部類に入る
相手取るには分が悪いと判断したか、赤髪の男は拳を収めることにしたらしい。構えを解き、どかりと座り込む。用心棒が諦めたのを察したのか、マフィアたちも逃げの姿勢を見せながら静かになる。
ちょうどカナタと目線が合う高さになった男を見て、カナタは少しだけ考えた。
「ふむ……お前、中々強そうだな」
「少なくとも、我が故郷にいたままではこれ以上強くなれぬと判断した程度にはな」
「ほう。そうか……ならば、私の下につく気はないか?」
ぴくり、と眉を動かした。
どのみちこのマフィアごと吸収するつもりだ、とカナタは告げ、ならばと男は快諾した。
強いものと戦えるならばそれで良し。日々の飯に困らぬ程度に金を貰えればよいとつげて呵々と笑う。
「──儂の名はジュンシー。ひとまずよろしく頼むぞ、小娘」