第十七話:物資補給
自分の船室でゆったりと横になりながら、カナタはずっと考えていた。
センゴクとの戦いで己の力はほとんど通用せず、攻撃を受け流せる
だが、攻撃のほとんどを
(見聞色の覇気は、極限まで鍛えれば数秒先の未来を
逆に言えばそれだけの実力がなければこの先の戦いで生き残ることは難しい。
センゴクとの戦いでカナタが生き残れたのは運によるところが大きいだろう。
怪我をして休養している今こそ、あの時の感覚を思い出しておかねばならない。
この先追ってくるであろう海軍本部の中将や大将は皆そのレベルだと思っておかねば、痛い目を見るのは自分だ。
(最後……センゴクを海に叩き落したあの一瞬。確かにセンゴクの見聞色を上回った)
そうでなければ隙をつくなど出来はしない。
海の上だったことと能力の相性もあるが、すべてはそこに集約する。
生死の狭間という極限の状態でこそ発揮した集中力を、普段から出来るようにならなければ。
もっとも、その前にこの大怪我を治さないことには体を動かすことも難しいのだが。
うつらうつらと船の揺れに合わせて意識を揺蕩わせていると、部屋にノックの音が響いた。
「儂だ。起きているか?」
「ああ」
簡潔な返答をすると、新聞片手にジュンシーが部屋へと入ってくる。
ここは私室ではあるが物は少なく簡素なもので、椅子を引っ張ってきてベッドの脇に置いて座った。
左腕と肋骨数本が折れているカナタはベッドで横になったまま安静にしている。傍には誰が切ったのか、不格好な果物が置いてあった。
「今日の新聞だ。マルクス島は〝バスターコール〟で焦土となったらしい」
「だろうな。天竜人を殺した私の拠点としていた島だ。そうでもせねば世界政府も天竜人も海軍もメンツが立たないだろう」
海軍大将及び元帥のみが持つゴールデン電伝虫によって発令する、国家級戦力〝バスターコール〟。
海軍本部中将五名と軍艦十隻による殲滅行動で、対象となった場合は誰であろうと生き残れない。
ただでさえカナタたちの拠点としていた島だったのに、別れた船に乗って戻った者たちが滞在していたのだろう。関係者全員皆殺しにしようとしても不思議ではなかった。
「奴らの本気度がわかるな。これほどとは」
「動いている海軍大将は〝黒腕〟のゼファーだったか。ガープやつる、センゴクは実質的な戦力としては大将と大差ないだろうが……」
それ以外でも、中将ともなれば実力者揃いだ。出来ることなら相手はしたくない。
なるべく
これほどの大戦力をこの海に一手に集めているのだから、余裕などあるはずもない。
「早めに移動する必要があるな。補給が終わり次第出航か。滞在する暇もなさそうだ」
「そうだな……マルクス島からこの辺りまでは軍艦でも数日かかるだろう。その前に島を出る必要があるから、島に着き次第ありったけの食料と武器を手に入れる必要がある」
生鮮食品などは日持ちしないのだが、カナタがいれば氷室を作ってある程度日持ちをさせることができる。
船の上では栄養が偏る。壊血病などを起こさないためには柑橘系の果物などが不可欠だ。ザワークラウトだけでは心許ない。
コックはいるのでその辺りをきちんと指示して補充しておかねばならないだろう。
これまでは数日から十数日程度の航海だったので必要性としては少なかったが、これからはそうもいかない。
「武器は銃と弾薬、剣を予備まで見積もって用意しておけ。金に糸目はつけなくていい」
「伝えておこう」
ジュンシーはそう言って立ち上がり、新聞を置いて部屋を出て行った。
ジョルジュと細かいところを話しに行ったのだろう。経費に関してはカナタよりもジョルジュの方が詳しい。懐事情は経理担当の仕事だ。
交易で儲けていたからそれなり以上に金はあるはずだが、労働者たちにある程度渡していたというからカナタは詳しいことを知らないのだ。
(金はまぁいいが……
この辺りは実際に行って確かめるしかないだろう。
懸念を覚えつつも、カナタは再びベッドでゆっくりと眠ることにした。
☆
翌日。
船は問題なく
少なくとも食料と武器は大量においている島だ。
「
「お前、その怪我で外出るのか?」
「人数が減ったからな。最低限船に残す人数を含めても、遊ばせている余裕はあるまい」
「そりゃそうだが……いや、わかったよ。お前が船長だしな」
ジョルジュは頭をガリガリとかきながら納得し、武器と食料をそれぞれ買いに出かけた。
ゼンとフェイユンは船番だ。この二人は非常に目立つし、万が一
それなりに大きい島だが、カナタの見聞色で大して強いものがいないことは確認済みだ。
「左腕と肋骨数本やられてんだ、寝ててもいいんだぜ、カナタ」
「私も航海士だ。現物を確認しなければ安心出来ない」
「そりゃあわかるけどよ……」
荷物持ちとして同じ航海士でもあるスコッチを引き連れ、カナタはフードを被ったまま街道を歩く。
この町は交流の無かったラーシュファミリーの拠点だが、賞金首であるカナタは顔を隠した方がいいと判断したためだ。
手配書が配られて日が浅いため、印象に残っている人も多いのだろうと考えてのことだ。
顔が広く知られているのはカナタだけであるため、他の面々は特に顔を隠したりはしていない。
「港の検閲はおこなっていなかったが、人夫に紛れてこちらをコソコソ見張っていた連中がいた。我々がこの町にいるとドレヴァンに知られているとみて間違いないだろう」
「おいおい、それはちっと拙いんじゃ……」
「ラーシュは五大ファミリーの中でも突出して数が多いが、数だけだ。チンジャオのように強いやつは混じっていない」
そして、頭数だけ揃えただけの組織ならカナタの敵ではない。
流石に頭数だけで五大ファミリーまでのし上がってきたわけではないだろうから、警戒を怠ることはできないが。
「西の五大ファミリーも今や風前の灯火だな」
二つ潰れ、八宝水軍は今天竜人の件で動けず、ここでラーシュが動けば否応なしに戦争して潰すことになる。
入れ替わりは今までにもあったが、過半数が一気に消えるとなると荒れるだろう。
関わる気のないカナタにとっては、もはやどうでもいいことではあるが。
そんなことを考えているうちに店に着き、中に入って物色する。
「
スコッチが店員から必要な物を買っている間に店内を見回す。
同じものではあるが、新世界用の物は針が三つあるのが特徴だ。
いずれ新世界に入った時のためにこちらも買っておくか、とスコッチに渡して金を払わせる。
「今のところうちにある
店員に案内された店の一角には
チンジャオなどは
逆に言えば、入り口から入った場合帰ってくるのに
しばらくは必要ないものになりそうだが、今ある中で適当にピックアップすることにした。
「〝プロデンス王国〟、〝ハチノス〟、それと〝ドレスローザ〟を」
「毎度あり」
顔を見られないように気を付けながら金を払って店を出る。
航海に必要な物は手に入れた。海図もあればよかったが、でたらめな気候と海流が主な
東西南北の海から入る場合は余計にそうだ。
経験を積んだ航海士ほど、常識が通用しないことにパニックを起こす。
「私たちの買い物は終わりだ。あとは船に戻って食料と武器の積み込みが終われば……」
「どうした?」
「……客のようだ。私から離れるなよ」
会話の途中で立ち止まり、十字路の右側から現れた一団を見て眉を顰める。
小太りで長身の男が率いている。カナタには見覚えがないが、あちらはすさまじい形相でカナタを睨みつけていた。
特に何かした覚えはないが、用があるのは確からしく、近くまで来るとカナタとスコッチの二人を取り囲むようにして男たちが銃を構える。
「よォ、初めましてになるかね、〝魔女〟」
「そうだな、お前の顔には見覚えがない。覚えるほどの相手でもなさそうだ」
ビキリと額に青筋が浮かぶのが見える。
こんなことをこの島でやる連中なら一つだけ心当たりがあるが、目の前の男には本当に見覚えがなかった。
おいおいおいとスコッチが慌てているが、カナタは意に介さず目の前の男に話しかける。
「それで、何の真似だ?」
「フン。おれ達のシマに海軍なんぞ呼ばれると迷惑なんでな。連中にはテメェの首を送り付けてやるよ」
「……呆れたな」
その程度の理由で襲われたということに、思わずため息をこぼす。
だが、建前としてはそんなものだろう。
西の五大ファミリーに分類されるだけあってラーシュファミリーも後ろ暗いことはいくらでもある。海軍など呼ばれたくもないはずだ。
それに加えて、以前カナタたちはラーシュとの取引を蹴って八宝水軍と取引をした。規模からいけば命令にも近い形だったから、反抗されたことは面子にも関わると思ったのかもしれない。
「つまらんな。相手にする価値もない」
「この状況で良く口が回るもんだ。テメェらの船にいる連中も、別で動いてる連中も、まとめて全部首を晒してやるから覚悟してろ」
銃などカナタにとっては特に脅威ともならないが、後ろにいるスコッチにとっては厄介だ。
カナタは未だに腕には包帯を巻いて固定しているから、ケガをしているなら簡単だとでも思われているのかもしれない。
それでも能力者だとバレているはずなのだが。
「能力者だろうが何だろうが、頭ぶち抜けば死ぬだろ!」
なるほど、とカナタは納得し。
「無知は時として蛮勇を生む、か」
覇王色の覇気で取り囲む連中を気絶させる。ビリビリと物理的な圧力さえ伴って放たれる威圧感に、倒れなかった小太りの男とその取り巻きが慌てだす。
倒れなかったということは、それなりに実力はあるのかもしれない。
仮にも五大ファミリーを名乗るなら当然か、と考えている間に正面から銃を撃たれる。
「うおお!? ちょ、危ねェぞ!?」
「黙ってろ」
カナタは氷の壁を作り出して弾丸を防ぐ。この調子で動けば撃たれることなく移動できるが、さてこのまま船のところまで連れて行っていいものかと思案する。
左腕と肋骨がバキバキに折れているので正直戦いたくないのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
氷の壁を回り込んで何かが疾走し、カナタの首へと噛みついた。
「かっ、カナタ!」
淡黄色の毛並みに黒い斑点。
四足歩行の巨体が、小柄なカナタの首筋を噛み千切ろうとのしかかっていた。
(……こいつ、
さっきまでこんな奴はいなかった。
見聞色で確認しても数が増えたわけではない。ということは、やはり能力者。
ネコネコの実かな、などとのんきなことを考えながら、空いている右手で虎のような生き物の首を掴む。
二メートルを超える巨体でのしかかられても微動だにしないどころか、片手で首を締めあげているその様子にスコッチでさえ思わず息をのんだ。
「お、おい! 大丈夫なのか……?」
「私が覇気も纏っていない攻撃で傷を負うものか。それより、
「ぐ、く……!?」
深々と牙が刺さっていたはずの首を食い千切らせるように離し、瞬く間に氷が集まって修復する。
その様子に目を白黒させながらも、次は爪でカナタの顔を引き裂こうと動かす。
「女性の顔を傷つけようとは、躾がなっていないな」
爪もまた同様に受け流され、先程よりも強く首を締めあげる。
とはいえ、カナタの片手程度で完全に締め上げられるほど体躯が小さいわけではない。
仕方がないので引き寄せるように動かし、その反動で腹部へと蹴りを見舞う。
「ごぶッ──!?」
骨を数本砕きながら吹き飛ばし、近くの民家に激突する虎っぽい生き物。
全貌をよく見てみれば、虎というよりもむしろ──。
「ヒョウか、あるいはジャガーといったところか?」
「……よくわかるな。俺には違いがわからねェ」
「あてずっぽうだ。それより、まだ動くぞ。
民家を破壊したせいで立ち込める煙の奥から、今度は獣人形態の男が走ってくる。
あれだけやられて諦めないとは随分タフだ、と笑う。
だが、あまり遊んでいる暇はない。
「私たちも暇じゃないんだ。お前は土産に持って帰るが、それ以外はいらん」
振るわれる強烈な爪の一撃を意に介さず、四肢を氷の槍で突き刺して動きを止める。全身を凍らせては運ぶのが面倒だ。
武装色を纏った足でハイキックをしてこめかみを蹴り飛ばし、今度こそ意識を飛ばす。そこそこ重いが片手で持てる程度だと判断し、傍にいるスコッチに被害がいかないように氷の壁を作って分断する。
壁の向こうから罵倒が聞こえてくるが、完全に無視して背を向けた。
「派手にやったな。ジョルジュたちは無事だといいが」
「大丈夫だろう。ジュンシーもクロも……いや、クロは足を引っ張る側か」
能力者なので弱いわけではないが、身体能力が大したことないので何とも言いにくい。
それはさておき、さっさと逃げることにする。
倒せるからといちいち相手にしていてはキリがない。ただでさえ絶対安静の身の上なのだから、カナタとしては無駄なことをしたくなかった。
「いくぞ。さっさと島を出る」
「あ、おい待てよ」
片手でジャガー人間を引きずりながら歩きだしたカナタの後ろを慌ててスコッチがついていく。
ラーシュファミリーはとにかく数が多い。
この分だと他の面々はおろか、海上封鎖までおこなわれているだろうな、と考えながら。
カナタたちがチンジャオに売った悪魔の実を買って食べたのがこの男だった、という無駄な裏設定。
ネコネコの実、モデル〝ジャガー〟
前出た時は動物系ってことしか示唆してなかった…はず。