ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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幕間 ドンキホーテファミリー

 派手な衝撃音と共に一人の体が吹き飛ばされる。

 地面をバウンドしながら転がる女性は血反吐を吐いて痛みに耐えつつ、このまま距離を取ろうと体勢を整える。

 夜の闇に紛れれば、あるいは逃げられるかもしれないと僅かな希望を抱いて。

 だが悲しいかな、追跡者はその程度で得物を逃がすような生温い相手では無かった。

 夜の闇を切り裂き、逃走する女性の背中に二本の矢が突き刺さる。

 

「あぐっ!!?」

 

 正確無比に左肩と右の脇腹を射抜かれた。わざわざ急所を外したのは、内臓を傷つけないようにするためだろうか。

 続けて右の太腿を射抜かれ、女性は転倒して動きを止める。

 痛みと混乱で息を乱し、血を流しながら追ってくる相手を見た。

 

「ハァ、ハァ……ぐ、う……!」

「鬼ごっこはおしまいです」

 

 音もなく現れたのは、一人の女だった。

 肩で切りそろえた白髪を赤いリボンで一部纏めた、どこか気だるげな雰囲気の女性だ。

 追われている女は痛みに顔を歪めながら、追う女を睨みつける。

 

「私が、一体何をしたと……!?」

「分からないワケは無いでしょう。こうなる覚悟を持って、貴女は〝黄昏〟に入り込んだハズです」

 

 ほんの数時間前には次のラジオの打ち合わせをすると話していたばかりだと言うのに、今はそんなことは関係ないと冷たく見下ろしている。

 追われている女性はモネ。

 追っている女性はアイリス。

 そこそこ付き合いも長く、友人として仲良くやっていた……少なくともモネはそう思っていたし、周りからもそう見えていたはずだ。

 それが今では、傷つけることを厭わない冷徹な目で見下ろして弓を構えている。

 

「く……っ!!」

 

 モネは力を振り絞って局所的に吹雪を発生させ、雪景色に紛れて逃走を図る。

 だが、アイリスは視界が悪い中でも正確にモネの右足を射抜いた。

 

「ぎゃあっ!!」

「無駄ですよ。視界を遮った程度では私の見聞色からは逃げられません」

 

 仮にも数年の付き合いがある友人だが──アイリスにとって、モネは単なる監視対象でしか無い。

 当初言われた時はつまらない任務を押し付けられたと思ったものだが、時折食事に行くと、どうにか機密情報を聞き出せないかとあの手この手を使って話してくるので退屈はしなかった。簡単に機密を話すようならアイリスの方が消されているのでそんなことは起こらないし、アイリスもそこまでモネと親しくしているつもりも無かった。

 まぁ、それもこれも全部、カナタから「処分して良い」と連絡を受けたので今日で終わりなのだけれど。

 

「ドンキホーテファミリー、モネ。貴女の行動は全て把握されていました。ラジオに出演させていたのは常に周りの目のあるところで仕事をさせるため。私が仲良くしていたのはプライベートの時間を監視するため。以上です」

「……!! バレていたというのなら、何故、今になって……!?」

「ドンキホーテ・ドフラミンゴが捕縛されました」

 

 モネの目が見開かれる。

 七武海を招集しての会合が終わり、カナタから簡潔にそれだけを告げられたのだ。使えるとは思っていないが()()()()()と言う理由で人質として生かしていたが、その価値ももはや無くなった。

 悪魔の実の能力者でなければ適当に暗殺して死体を処分すれば終わりなのだが、モネは幸か不幸か自然(ロギア)系の能力者である。

 

「そんな、若が……!!? 何故あの人が──」

 

 驚愕で思考が止まったモネの背中を抑えつけ、手を後ろに回して海楼石の手錠を付ける。

 これでアイリスの仕事は終わりだ。無駄に手間をかけさせられたが、呆然としている彼女に抵抗する術は最早ない。

 

「これ以上無駄な手間をかけさせないでくださいね。うっかり殺すと怒られてしまうので」

「……私を、どうするつもり?」

「それなりに長く〝黄昏〟にいた貴女なら、生け捕りにされた能力者がどうなるのか知らないハズは無いでしょう」

 

 それきり、モネは黙り切ってしまった。

 肩でもすくめたいところだったが、生憎とアイリスの肩にモネを載せているのでそれは出来なかった。滑り落ちて拾いなおすのは面倒だからだ。

 行く先は〝黄昏〟の医者であるスクラの研究室。

 そこで何をされるのか、アイリスは詳しいことを知らないが──ひとつだけわかっていることがある。

 もう二度と、肩の上で脱力している彼女と会うことは無い、と言うことだ。

 

 

        ☆

 

 

 ドフラミンゴはマリージョアから厳重に降ろされ、偉大なる航路(グランドライン)の前半の海にある赤い港(レッドポート)へと移送された。

 ここから一度海軍本部のあるマリンフォードへと移動し、〝正義の門〟を通って大監獄インペルダウンへと移動することになる。

 両腕を海楼石の錠で壁に繋がれたドフラミンゴは死なないように多少治療を施された痕があったが、当の本人は不機嫌そうに壁に寄りかかっていた。

 檻の前にはおつるが椅子に座って足組みしており、何かしでかさないように監視をしていた。

 

「……アンタは散々あたしから逃げ回ったが、こうなってしまえばあっけないもんだね」

「フッフッフッフ。大将を3人も動員しておきながら、随分な言い草じゃねェか? おれを捕まえたことを後悔しねェといいがな……!」

「蛇の道は蛇だ。海賊の世界がこれからどうなるか、アンタにはわかるかい」

「……新世界の怪物たちの手綱を引いていたのは確かにおれだが、奴らの怒りの矛先は常に〝魔女〟に向いていた。ジンベエは奴の狗で、モリアもくまもあの女が一つ声をかけりゃァ動く可能性は高い。〝七武海〟なんて言われちゃいるが、実態はあの女ありきのワンマンチームだ。海軍抜きで戦争を始める可能性すらある。

 おれがカイドウやビッグマムに物資を流せなくなりゃァ、奴らは干上がる前に動く。海軍なんざ見ちゃいねェ。奴らの視界には常に〝魔女〟だけが映ってる……その点で言えば、海軍はラッキーかもな。精々漁夫の利でも狙ってりゃァいいさ! どうなるかは神のみぞ知る、ってな!! フッフッフッフッフ!!!」

「…………」

 

 やはり、ここから先の嵐の中心となるのは〝魔女〟かとおつるは目を細める。

 ドフラミンゴはこう言っているが、海軍は十中八九介入することになるだろう。

 カナタが何の策も無く状況に踊らされるとも思えないが、単独で百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手取って戦うのは些か分が悪い。

 たとえ先の小競り合いで、明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 加えて、世界政府は20年前に黄昏の海賊団が百獣海賊団を攻め込んだ際の事を覚えている。あの時のように物価の高騰を思えば、多少無茶をしてでも海軍とサイファーポールを含む世界政府全軍を動かすことになるだろう。

 軍を動かすのもタダではない。頭の痛い話だ。

 

「ふんぞり返ってる天竜人の連中にも伝えておいたほうが良いぜ。お前らはじきに引きずり降ろされるってよ」

「……それを決めるのはアンタじゃないよ」

「そりゃそうだ。だが、確実にこれからの海は荒れるぜ」

 

 四皇の内、2人は全面戦争を行う気満々であり、1人は静観、1人はドフラミンゴも動きが読めない。

 アラバスタで動きを見せた四皇に匹敵する一匹狼に、牙を見せ始めた革命軍。

 一癖も二癖もある七武海たち。

 秩序を守ろうと奮闘する海軍。

 奇妙なバランスの上に成り立っていた平穏は、きっかけ一つで脆くも崩れ去る。

 次に動くのは果たして誰か──誰もが思惑を持って動く中では、ドフラミンゴでも予測は不可能だ。

 おつるは立ち上がり、それだけ聞ければ十分とドフラミンゴのいる部屋から退出する。その背中へ向けて、ドフラミンゴは声をかけた。

 

「フッフッフッフッフ……!! 精々吠え面かくといいぜ、おつるさん」

「…………」

 

 ドフラミンゴの言葉に一度だけ視線を向けるも、言葉を返すことなくおつるは部屋を出る。

 思うところはいくらかあるが、現状の戦力を評価すれば百獣・ビッグマムの海賊同盟と戦っても敗北は無いと目算している。

 どこまで行っても〝黄昏〟頼りになる部分はあるが、世界経済に深く食い込んでいる以上はどうしようもない部分が多い。

 ため息の一つも吐きたくなるが、それを許してきた海軍や世界政府にも非はある。海賊ではなく、本来は自分たちがやらねばならなかったことだからだ。

 

「お疲れ様です、おつるさん」

 

 ドフラミンゴを閉じ込めている部屋から出ると、一人の男が待ち構えていた。

 G-5支部の支部長をやっている男、ヴェルゴ中将である。手には剣を持ち、背筋を伸ばして上官に対する下士官のような態度で立っていた。

 左頬には何故かスプーンが張り付いているが、昼食に使ったのだろうか。

 

「ヴェルゴ中将かい。ここで何を?」

「いえ、万が一に備えて監視は必要かと……相手は七武海ですし、元は3億を超える懸賞首です。インペルダウンに着くまで用心をするに越したことはありません」

「……そうだね。あたしが乗っている以上、外からの襲撃ならどうとでもしてやれるけど、脱走されちゃあ困る」

 

 檻の鍵も海楼石の錠の鍵もおつるが持っているが、ドフラミンゴほど頭のキレる海賊はそうそういない。

 何かしらの手段を持っている可能性は、決してゼロではないだろう。

 

「入口は交代で見張ってるけど、アンタはどうするんだい?」

「私は中で見張ります。怪しい動きをすればすぐにでも報告を上げますから、安心してください」

「そうかい。じゃあ頼んだよ、ヴェルゴ中将」

 

 荒くれ者揃いのG-5支部で支部長をしている割に人格者だと評判でもあるヴェルゴなら任せられると、おつるはその場を後にする。

 仮に何かあっても、中将が見張っていれば多少の事が起きても大丈夫だろうと安心し。

 食事を取ろうと食堂へ足を向ける中で、おつるはふと疑問が芽生えた。

 ──()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 おつるとヴェルゴは接点も少ない。おつるがたまたま剣を使って戦う姿を見たことが無い……と言うだけならいい。

 だが、そうでないとしたら。

 

「……まさか」

 

 嫌な予感がする。

 考えすぎならそれでいい。だが、こういう予感は得てして外れてはくれないものだ。

 来た道を急いで戻り、半ば蹴り破るようにドアを開けてドフラミンゴの下へ向かう。

 そこで見たのは。

 

「フーッ! フーッ!」

「……ああ、おつる中将。来てしまったのですか」

 

 檻の隙間からドフラミンゴの両手を切り落とし、返り血に塗れるヴェルゴの姿だった。

 

「……ヴェルゴ中将。これは、一体何の真似だい」

「何の真似、と言われても」

 

 ヴェルゴは困ったように剣を投げ捨てる。元よりこのためだけに持ってきたものなのだろう。

 手首から先を切り落とされたドフラミンゴは痛みに耐えるように布を噛んでおり、血に濡れた腕から海楼石の手錠がするりと落ちて甲高い音がした。

 これで彼は自由の身だ。しかし両手が使えなければ──とおつるが臨戦態勢に入ると同時に、ヴェルゴは牢の中に手を伸ばしてドフラミンゴの手を拾い上げ、傷口に当てた。

 そんなことをしてもくっつくハズが無い。()()()()()

 だが、不幸なことに──ドフラミンゴは糸を生み出して操る能力者で、海楼石の手錠は既に外れた後だった。

 

「まさか!?」

「フッフッフッフ……他の連中と一緒にされちゃあ困るぜ、おつるさん……!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、まだ自由に動くわけではない。今ならまだ制圧は間に合う。

 即座に動いたおつるの前に、ヴェルゴが立ち塞がった。

 

「裏切ったか!!」

「裏切りなどとんでもない。()()()()()()()()()()()

「……っ!!」

 

 冷や汗が流れる。

 実力だけならおつるを止められるほどではないが、おつるとドフラミンゴは現在海楼石の檻で隔てられている。

 檻そのものは海楼石で出来ているが、部屋全体が海楼石で出来ているわけではない。

 鍵はおつるの手にあるが──ドフラミンゴは手が使えずとも、その能力で中から鍵を開けた。

 

「フッフッフッフッフ……本当はこんな局面で切り札を切るつもりは無かったんだがなァ!」

「仕方ないだろう。ドフィが捕まるのは想定外だったからな」

「頭に来すぎて笑うしか出来ねェくらいだ。悪いが相棒、ここで死んでくれ」

「元よりそのつもりだ!」

 

 檻から出てきたドフラミンゴを制圧しようと動いたおつるをヴェルゴが足止めし、ドフラミンゴはその間に船を破壊しながら外へと逃げ出す。

 ここは既に海上だが、ドフラミンゴはイトイトの能力で雲を掴んで空中を移動可能である。

 雲の道と呼ぶそれを使い、一息に逃走を図るドフラミンゴ。

 

「……あたしがいながら後手を許すとはね」

「ドフィの方が上手だっただけだ」

 

 逃走するドフラミンゴを追いかけねばならない。

 おつるは目を細め、目の前で全身を武装色で固めたヴェルゴを前に袖をまくり上げる。

 

「加減はしないよ。スパイだったなら、なおさらね」

「加減して貰えるとはハナから思っていない」

 

 これでも中将に昇りつめた男だ。実力は相応にある。

 けれど、そのことは大して意味が無い。

 ヴェルゴは強く、中将にふさわしい実力者だが……おつるは中将の地位に就いて長く、老年になるまで戦い続けている。ガープやセンゴクに並ぶ強者であることをヴェルゴは思い知るだろう。

 

 

        ☆

 

 

 ジャヤ、モックタウン。

 昼夜を問わず喧騒の絶えない町ではあるが、この時の喧騒は普段とは少しばかり違った。

 懸賞金5500万の大型ルーキー、〝ハイエナ〟のベラミー率いる一味が今、全滅の危機にあるためだ。

 

「ウィーッハッハッハッハ!! なんだ、この程度か!!? 何が〝ビッグナイフ〟だ、〝ビッグマウス〟に変えたほうが良いんじゃねェか!!?」

 

 懸賞金3800万ベリーの〝ビッグナイフ〟サーキースは、通り名にもなっている身の丈ほどもあるククリ刀を圧し折られていた。

 圧し折った張本人であるバージェスは特に傷を負った様子もなく、高笑いをしながら倒れ伏したサーキースを嘲笑っている。

 他のベラミー海賊団の面々もまた戦いはしたが、ドクQとラフィットの手でそのほとんどが瀕死に追い込まれていた。

 ここまで冒険を続けてきた以上、最低限の強さはあるはずだが……そんなものは関係ないとばかりに粉砕されている。

 

「船長、やはりカポネ・ベッジとホーキンスは既に出航した後のようだ」

 

 宿を確認していたオーガーがティーチに声をかけると、残念そうに「そうか」と返答する。

 その手はベラミーの首を掴んで持ち上げており、ベラミーは必死の形相でその手を離させようともがいていた。

 

「クソッ……!! 離しやがれ!!!」

「暴れんなよ、鬱陶しいじゃねェか。しかし予定が狂ったな」

 

 カナタへの手土産に悪魔の実を持って帰ろうと思ったが、この島にいる能力者はベラミー1人。

 帰り道にどこかで能力者を見つければそいつから奪い取ってもいいが、その辺りは運次第である。

 ベッジとホーキンスは運のいい奴だな、とティーチは名前を覚えておくことにした。

 

「サーキース!! 生きてんのか、サーキース!!! クソ、なんで能力が使えねェんだ……!!?」

 

 倒れた仲間を心配して声をかけるベラミーだが、その声は無駄と言わざるを得ない。

 ティーチが暴れはじめた当初こそ、ルフィに負けた腹いせとばかりに一味全員がいきり立って襲ってきたが……既にベラミーに声をかけられる者は一人もいないのだ。

 町民や関係ない海賊たちは段々と距離を取り始め、今では既に物陰に隠れて様子を窺っている。

 ティーチに懸賞金はかかっておらず、誰もその顔を知らない。

 全く知られていない男が、大型ルーキーと言われるベラミーを容易く制圧して一味を全滅させた現状を信じられない目で見ていた。

 

「まァ、今回はコイツ1人で十分か。バネバネの実は大して強そうに見えねェが……」

 

 使い手次第で能力はいくらでも化ける。一見すると使い道の無さそうな能力だが、弱くなるわけではないのだ。

 じろりとティーチは掴み上げたベラミーを睨みつけ、口元に薄く笑いを浮かべている。

 その様子にベラミーはゾッと冷や汗を流しており、ティーチの得体の知れなさに恐怖を覚えた。

 がむしゃらに腕を伸ばして攻撃しようとして、ティーチはそれをわかっていたようにベラミーを地面に叩きつけて気絶させた。

 

「ゼハハハハ、大したことなかったな! じゃあ手早く能力だけ頂いていくか」

 

 ベラミーの首を圧し折り、周りから見えないように天幕を張って作業を行う。

 悪魔の実さえ手に入ってしまえばこの町に用は無い。ベラミーの死体にも興味は無いため、サーキース共々放置していくことにする。

 海軍にでも引き渡せば金にはなるだろうが、ティーチはその手の面倒な作業に興味は無かった。

 

「ホホホ、それなりに楽しめましたね。ところで船長、ここから真っ直ぐハチノスに向かうんですか?」

「いや、一度赤い土の大陸(レッドライン)を越えなきゃならねェからな。ジョルジュの奴と合流出来りゃあ早いが……ま、その辺は運次第だな」

 

 返り血をハンカチで拭き取っているラフィットの質問に、ティーチは適当な様子で答える。

 魚人島を通るルートは確実だがコーティングには時間も金もかかるし面倒だ。〝黄昏〟傘下の島を巡ってジョルジュに連れて行ってもらうほうが簡単で早い。

 

「そうだな……まずは〝ミズガルズ〟に行ってみるか。必要なモンがある時はあそこを経由するのが一番だ」

 

 次の目的地は決まった。

 ティーチは機嫌よく船に乗り込み、進路を確認し始める。

 

 

        ☆

 

 

 ──パンクハザード。

 かつて政府所有の研究所があり、過去にとある事故で毒ガスが蔓延。人の住むことが出来ない土地になったために立ち入りを禁止されたその島に、海軍の軍艦が数隻停泊していた。

 指揮を執っているのは太腿に蜘蛛のタトゥーを入れた黒髪の妖艶な美女──ギオン中将である。

 彼女は名刀〝金毘羅(こんぴら)〟を腰に下げたまま、電伝虫で誰かと通話していた。

 

『そっちはどうだい? こっちは駄目だ。どうも動きが筒抜けになってたみてェでな』

「そっちもかい? こっちも駄目だね……けど、どうにも逃げたって雰囲気じゃなさそうだ」

 

 電話相手は同じく中将のトキカケである。

 彼はドンキホーテファミリーの捕縛のために〝ドレスローザ〟と赴いていたが、タッチの差で逃げられたと言う。

 ドフラミンゴ逮捕の報道はまだ出ていない。情報が漏れたとすれば内部からだが……ひとまず先に、ドフラミンゴの協力者である科学者、シーザー・クラウンの捕縛に動いていたギオンに連絡を入れたのだった。

 

『逃げたって雰囲気じゃねェって? そりゃお姉ちゃん、どういうこった?』

「研究所が半壊してるからさ」

 

 見上げる程の大きさの研究所は、何者かの手で外部から無理矢理破壊された跡が見て取れた。

 かつて事故で蔓延していた毒ガスは問題ないレベルにまで下がっており、普通に行動する分にはガスマスクも不要だが、研究所内部には何があるか分からない。

 慎重に捜査を進めている段階だ。

 

「それに、用心棒らしき連中の死体もある」

 

 イエティクールブラザーズと称される二人組だ。

 身長は42mと、並の巨人族を大きく超える巨体に姿を見せない厄介なペアらしい。元々パンクハザードに連れてこられた囚人だったハズだが、事故を契機に放棄されてからはそのままこの島に住み着いたのだろう。

 その二人が、首と背骨を圧し折られて死んでいる。顔面が陥没しているところを見るに、顔面に強烈な圧力がかかって首と背骨が耐えきれずに圧し折れたのだと推測出来た。

 近くに薬莢が転がっているので銃を使って誰かと戦ったと考えられるが、相手は不明のままだ。

 

「シーザー・クラウンは行方不明。残っていたであろう囚人たちも残らずいなくなってる。大目玉だねこりゃ」

『違ェねェ! お互い厄介な仕事引き受けちまったな!』

 

 からからと笑うトキカケに思わずため息を漏らすギオン。

 誰が襲撃してシーザーを連れて行ったのかはわからないが、研究資料も残らず持って行っているところを見るに組織的な犯行だろう。

 百獣・ビッグマムの海賊同盟が来たのなら抵抗する理由は無い。別の組織の可能性が高いが……。

 

「……それにしたって、ここまでやるかね」

 

 研究所は複数の棟に分かれており、それぞれ別の棟と通路で繋がっている。

 半壊とは言ったが、まさか()()()()()()()()()()()()とはトキカケも思うまい。

 40mを超える二人が住んでいたので研究所もそれなりに大きい。そこをこんな壊し方が出来るものなど、そう多くは無いハズ。

 ギオンはそう考えながらぐるぐるとリストアップしていくも、答えは出なかった。

 


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