ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百七十八話:海洋科学館

 

 海洋科学館の中はかなり広い。

 巨人族も中に入れるようになっているためか、一つ一つのサイズがだいぶ大きいのだ。

 海で起きる不可思議な現象を視覚的にわかるようにした施設ではあるものの、全ての現象が解明できているわけではない。スペースの割に数はそう多くはないようだった。

 

「あ、これ!」

 

 エネルの案内で施設を回っていると、ナミが見覚えのある現象を見つけた。

 〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟である。

 

「ふむ。これに興味があるのか?」

「おれ達、これに乗って空島に来たんだよ。いやー、あの時は死ぬかと思ったね。だがおれは諦めかける皆に向けて言ったのだ。『おれがこの海を航海してみせる!』って」

「ちょっと」

 

 ホラを吹くウソップの頬を引っ張るナミを尻目に、エネルは目を丸くして手で顎をさすっていた。

 

「これに乗って下から飛んで来たのか。随分博打が好きなようだな、お前たち。〝ウェイバーレース〟で賭け事をするのも好きそうだ」

「やってみたかったんだけどなー」

 

 現在の麦わらの一味の残金を考えると元手を用意するだけで明日の食事にも困る身だ。コニスにガイド代を払えばそれで一文無しにもなりかねない以上、賭け事など出来るはずもない。

 ルフィの勘は当たるのでやってみれば増えていたかもしれないが。

 

「物事には何かしらの理由がある。〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟もそうだし、他の現象もな」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の天候はデタラメ極まりないが、後半の海は前半の海に比べて更にデタラメさを増す。

 目まぐるしく変わる天候。坂道のように傾く海や空に浮かぶ島に引っ張られる海。雷が降り続ける島に吹雪の止まない島。

 一味の航海士ならば、当然知っておいた方が生存率は高くなる。

 ナミは真剣な顔で説明文を読み込んでいる中、ルフィたちは奥まったところにある施設の前でエネルに説明を受けていた。

 

「これは人工的に波を起こせる装置でな。例えばここに船の模型を置く」

 

 長方形のプールの中に船の模型を浮かべ、両脇にワイヤーを引っかけて位置を固定する。

 次に短辺の位置に移動してハンドルのようなものをぐるぐる回し始めると、徐々に水の流れが生まれて疑似的に船が動いているように見える。

 おー、と声を出す一同だが、これに何の意味があるのかイマイチ分からないようで首を傾げていた。

 

「これは船にかかる抵抗や船の形状による速度への影響を調べるものだ。流体力学に分類されるものだが……言っても分からないか」

 

 ルフィたちの頭の中にハテナマークが乱立しているのが目に見えるようだ。

 エネルはこの反応も予想の範囲内だったのか、今浮かんでいる船の模型を別のものに変える。

 先の船よりももっと横幅の狭い流線形の船だ。

 再び水流を起こすと、先程の船が受けていた水流よりも綺麗に水が流れていくのが視覚的にもわかりやすくなっている。

 これならルフィたちにもわかるのか、「おー!」と声を上げていた。

 

「こういう形にすれば船は速く進む──そういう形や力の動きを日々計算しているのだ」

「なるほどなァ。もっと細くすれば速くなんのか?」

「当然だ。理論上薄くなればなるほど受ける抵抗は少なくなる」

 

 だが、それでは居住区域の問題も出て来るし、何より側面を煽られた時に転覆する可能性が高くなる。

 何事にも限度はあるということだ。

 口頭で説明されても理解出来ないが、こうやって実物を見せられるとわかるので面白いもんだとサンジは感服する。

 

「これ以外にも船につける動力なども私の研究範囲だ。(ダイアル)は理論上半永久的に作動するので主な焦点はそこだな」

「動力ってことは、帆で風を受けなくても進む船を作るってことか?」

「そうだ。この島の港にもあっただろう。帆そのものが無い船がな」

 

 言われてみれば、港に案内してくれたオームの乗っていた船も帆は無かった。あれも今思えば(ダイアル)を利用した船なのだろうと理解出来る。

 

「便利なもんだなァ」

「だがそう簡単にはいかない。(ダイアル)そのものは半永久的に動いても、中に入れるエネルギーは充填が必要となる」

 

 風貝(ブレスダイアル)が風を延々と出し続けられるわけでも無ければ、熱貝(ヒートダイアル)だって熱を永久に発し続ける訳ではない。

 使った以上は充填する必要がある。そこでより効率的に動かすにはどうすればいいのかを計算するのもエネルの仕事だ。

 船全般に関する研究全てを引き受けていると言っても過言では無いだろう。

 

「エネルギー問題を解決するために、悪魔の実の能力者を炉心に据えられればとは思うのだがな」

 

 能力の種類にもよるが、何かのエネルギーやそれそのものが推進力に使える能力ならそれだけでエネルギーの問題を解決出来る。

 能力者がひたすら能力を使うだけで、通常の何倍もの速度で駆動できる船が作れる。

 色々と問題はあるので実現は中々難しいところだが、実現出来れば世界は更に狭くなるだろう。

 

「やはり使うなら電気だな。あれこそ何にでも使えるこの世で最も便利なエネルギーだ。火を使うなど時代遅れにも程がある」

 

 まるで誰かに当てこするかのような言い方をするエネル。

 ルフィたちはその辺の話に興味は無いのか、面白がって水流を起こすハンドルをグルグルと回し続けていた。

 エネルは気を取り直したように咳払いをして視線をルフィたちに向ける。

 

「聞く気は無しか。まァ良かろう。どのみち期待してはいない」

「おっさんが難しいこと考えてるのはわかったけどよ、おれ達が楽しめるもんはねェのか?」

「ここは厳密にはレジャー施設ではない。遊びたければ他所に行くのが一番だ」

「Dr.エネル。どうかそう言わずに……」

「あそこの航海士の女は熱心だな。うちの研究員に欲しいくらいだ」

「ナミはやらねェぞ! うちの大事な航海士だ!!」

 

 ナミをスカウトしようとするエネルにしっかり釘を刺すルフィ。

 エネルはそれを聞いて肩をすくめた。本気では無かったようだが、ルフィの反発の強さは予想以上だったようだ。

 ともあれ、面白いものと言えばこれくらいのもので、ナミやゼポはともかくそれ以外の面々は早々に飽きていた。

 ナミとゼポがエネルの案内を受けている間、休憩の意味も込めてロビーの端でコニスにお茶を入れてもらう。

 

「なんかナミの興味を引くものが多いな、この島」

「航海士って役割柄かもしれないわね。理解出来ると面白いと思う気持ちは理解出来るもの」

「そういうもんか?」

「船長さんだって、冒険出来ると思えばワクワクするでしょう? それと同じよ」

「なるほどなー」

 

 ロビンもまた、歴史を感じる古い物には興味を惹かれるタチなので、今のナミの行動は何となく理解出来るのだろう。ルフィだって冒険に関しては似たようなものなので、ロビンに言われて気付けば納得していた。

 のんびり話している間にナミたちは見終わったらしく、充実した顔でゼポ、エネルと共に戻って来た。

 

「凄いわね、ここ! まさかこんな勉強が出来るなんて思わなかったわ!!」

「おれは〝新世界〟を渡っていたこともあったが、それでも知らねェことは多いって再確認させられたぜ……」

「熱心に話を聞くのは良いことだ。その熱意をこの研究所で活かす気は無いか?」

「だからおれの仲間を引き抜こうとすんなよ!!」

 

 がーっ! と怒るルフィをどうどうと宥めるエネル。

 見るものは見て回ったのでもうこの施設に用事は無くなった。次の場所に行こうと施設を出るルフィを、コニスが後ろから引き留めた。

 

「すみません、ルフィさん」

「どうしたコニス。腹でもいてェのか?」

「レディになんつー聞き方すんだバカ野郎! もっとデリカシーってもんをだな……!!」

「いえ、そういうことではなく。父が準備をしているそうなので、あなた方が言っていた壊れたウェイバーを引き取りに行きたいと」

「あ、そう言えばそうだったわね」

 

 遊ぶことに夢中ですっかり忘れていたが、パガヤにウェイバーの修理を頼んでいたのだった。

 そういう事ならばと、一度船に戻ることにする。

 

「じゃあな、おっさん!」

 

 船の構造などに関しては興味もあったためか、ウソップは割とエネルの事を気に入っているらしかった。

 チョッパーと一緒に手を振って別れる彼らを見送り、エネルは「仮眠でも取るか」とあくびを噛み殺しながら再び施設の中へと入っていく。

 

 

        ☆

 

 

 港に着くと、既にパガヤが案内所付近で待っていた。

 メリー号から壊れたウェイバーを引っ張り出してくると、「これはまた古いですね」と驚いていくつかチェックしていく。

 

「解体してみないとなんとも言えませんが、出来る限りの事はしましょう。数日貰えますか?」

「ああ、頼むよ!」

 

 ウェイバーをパガヤに預け、台車に載せてガラガラと持って行くのを見送る。

 日は傾き始めており、「そろそろ泊まる場所を探さないといけませんね」と言うコニスにナミが何とも言えない表情をする。

 お金が無いので船に泊まるしかないのだ。

 

「悪いけど、コニスにガイド代払ったらもうほとんどお金が無いのよね。だから泊まるのは船の中。そろそろいい時間だし、案内は終わりでいいわよ」

「それは……仕方ないですね」

 

 お金の問題は何よりも優先される。ましてルフィたちは収入源になるものが何もないのだ。

 今日一日楽しませてくれたコニスに感謝してガイド代を渡し、桟橋で別れる。

 ウェイバーは後日取りに来ると言って、麦わらの一味はひとまず船の中で会議をすることにした。

 

「で、どうする? まだ日が沈むまで時間はあるけど」

「行ってみようぜ、〝アーパーヤード〟!!」

「〝アッパーヤード〟ね。仕方ないか。言って聞くようならこんな苦労はしないし」

 

 眉尻を下げて困ったようにため息を吐くナミだが、ルフィの決定なら仕方ないと従うつもりではいるらしい。

 まずは雷と吹雪が止まない〝エンジェル島〟を見てみたいと言うルフィの言に従い、一同は船を動かしてエンジェル島へと向かう。

 どう考えても嫌な予感しかしないが、ナミとしても年中嵐の天候と言うのはやや興味を惹かれるようだ。

 それほど遠くも無い距離にあったエンジェル島に近付くと、その全容がはっきりと見えてくる。

 

「うわ……なにこれ、どうなってんの?」

「寒っ!? あっちの島と大して離れてねェのになんでこんな寒いんだよ!?」

 

 空島の更に上空に暗雲が溜まり、落雷と雪が舞い散っている。雷鳴が響くたびに肌にビリビリと衝撃が走り、到底近づけそうもない。

 

「駄目よルフィ! これ以上近付いたら船に雷が落ちちゃう!!」

「スッゲェ……こんな島があるのか!!」

 

 ナミが止めようとするも、ルフィのワクワクは止まらないようだ。

 とは言えども、流石に船に雷が落ちるのはルフィとしても困る。周りに上陸出来そうな場所も無いため、ウソップの持っていた双眼鏡で遠目に見ることくらいしか出来ない。

 島にあるのはかつて人が住んでいた名残だけだ。落雷があらゆるものを破壊し、降り積もった雪が痕跡を覆い隠す。

 既にこの島は、人の生きることが出来ない土地になっていた。

 

「目的はこの先の〝アッパーヤード〟でしょ!? そっちだって危険な島なのに、これ以上危険な島の近くになんていられないわよ!?」

「……わかった」

 

 ルフィとて仲間の命は大事だ。見ただけで無事で済まないのはわかるし、渋々といった様子でエンジェル島への上陸を諦める。

 そのまま船を進ませ、もう一つの島を視界に入れる。

 オハラよりも規模としては大きい島だ。縦横無尽に雲の川(ミルキーロード)が走っており、外から見えるだけでも巨大な木々が踏み入ろうとする者を阻んでいる。

 ひとまず東側から外縁部をなぞるように船を走らせていると、島の北側に着いた辺りで奇妙な物を発見した。

 

「え、これって……!?」

「オイオイ、まさか()()()()()か!?」

 

 ルフィたちが見た物は。

 

「どういうことだ……? なんで地上にあったモンがここに……同じものだろ?」

「いいえ、違うわ! これは地上で見た物の〝片割れ〟よ」

「おかしな家だとは思った……()()()には2階があるのに、上がるための階段が無かったから。あんな島の絶壁に家を建てる理由も無い──あの海岸は、〝島の裂け目〟だったんだ……!!」

 

 島の絶壁に建つ、〝ジャヤ〟にいたモンブラン・クリケットが住んでいたハズの、()()()()()()()()だった。

 

「ロビンはこれ、知らなかったの?」

「私が以前ここに来た時は、既に民族問題でこちらの島には入れなかったもの。それに、この島はオハラを移動させるより前からあった」

 

 この島もまた、地上から空に来た島なのだ。

 それがどうやって空に来たのか、理由までは分からないが──。

 

「この島は、引き裂かれた島の片割れ……400年前に沈んだと思われていた黄金郷〝ジャヤ〟は、沈んだんじゃなくて……空を飛んでたんだ……」

 




エネルギーに使うべき物
例の人「火」
エネル「電気」
カナタ「原子力」
フランキー「コーラ」

今年の投稿は今回で終わりになります。お付き合いいただきありがとうございました。
また来年もよろしくお願いします。
それではよいお年を。

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