ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百八十三話:火の海

 

 それにいち早く気付いたのは、村の近くで植物の世話をしていたアイサだった。

 聞きなれない〝声〟が近付いてくる。加えて今は最低限の人数しか戦士たちがいない。昨日ワイパーたちと戦った相手とは別だが、戻らなかったゲンボウが戦ったと思われる相手だ。

 村が危ないと感じて畑から走って村に戻り、冷や汗をかきながら酋長のいる家へと飛び込んだ。

 

「酋長!!」

「どうした、アイサ。そんなに慌てて。何かあったのか?」

「誰かが来る! 知らない〝声〟が近付いて──」

「なるほど、妙に行動が把握されていると思いました。先天的に見聞色が使える人間がいたのですね」

 

 そっと、割れ物を触れるように繊細に。

 細く鋭い──獣の爪を思わせる指がアイサの首に触れた。

 背の低いアイサに対し、上から覆い被さるように自分の方へと抱き寄せ、上を向いたアイサと目が合う。

 呆然とした表情で、アイサは呟いた。

 

「な、んで……!?」

「見聞色の覇気を使えるのが自分だけだと思っていたのですか? これは才能と十分な鍛錬を積めば使えるもの。未熟な覇気などこの通り、欺くことなど子供の手をひねるようなものです。まぁもっとも、外との繋がりを自ら断っているこの島に住んでいれば、知らないのも道理と言えましょう」

「……何者だ、貴様」

「初めまして。わたくしはアルファ・マラプトノカと申します。色々と交渉の手段は考えていたのですけれど──面倒なので、このまま率直に聞きますね。〝オハラ〟について知っていることを全て話してください」

 

 にっこりと笑顔を浮かべたまま、マラプトノカはアイサの首に手を添えたまま酋長へ問いかけた。

 その問いに対し、酋長は眉根を顰める。

 

「〝オハラ〟? なんだそれは」

「おや、もしやご存じない? 隣の島の名前も知らないとは……本当に一切の交流を断っているのですね」

「隣の島……空の者たちが移住したあの島か。交流が全くないとは言わないが、島の名前など気にしたことも無い」

「なるほど。島の名前など知らずとも、生きるに困りませんものね」

 

 酋長が嘘を言っている様子は無い。子供の首など簡単に飛ばせると、僅かに爪を立てて一筋の血を流して見せれば慌てるかと思ったが──存外肝は太いらしく、酋長の顔色は変わらない。

 かつては彼も戦士だったのだろう。年老いた肉体とは裏腹に、その瞳には強い感情を秘めている。

 

「あの島について、何が知りたい」

「全てを──と言っても、困るでしょうね。一つずつ質問していきましょう」

 

 マラプトノカはアイサの首に手を添えたまま、視線は酋長の方に向けて一つずつ問いかける。

 いつ頃からあるのか。どうやってあの島と今いる島は空に来たのか。あちらの島では何が行われているのか。シャンディアと空の者たちの関係性はどうなっているのか。

 一つずつ、丁寧に訊ねては酋長の答えに頷いて整合性を取っていく。

 疑問点があれば即座に尋ね、酋長にも分からないことであれば仕方が無いと棚上げして次の質問に行く。

 そうして、マラプトノカは隣に浮かぶ島、〝オハラ〟について必要な情報を得た。

 

「……18年前に〝残響〟のオクタヴィアを倒したことによって、〝黄昏の魔女〟カナタが空島を制圧。元からあった〝アッパーヤード〟はあなた方に返還され、元々大地の恵みを得ていた空の者たちは〝オハラ〟へと移住した……纏めるとこんなところですか」

「そんなことを知ってどうする。それに、この程度の事ならあちらの島に行けばすぐにでもわかることだ。我々に訊ねる意味も無い」

「いえいえ、わたくしがあちらに行くと色々面倒なことになりますので。助かりました」

 

 マラプトノカはにこにこと笑みを浮かべて酋長に礼を言うが、その手は依然としてアイサの首に添えられたままである。

 まだ、最も重要なことを聞いていないからだ。

 

「では最後の質問です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ニコ……? いや、寡聞にして知らないな」

「……そうですか」

 

 マラプトノカはそれだけ言って、アイサから手を離す。

 期待した答えでは無かったが、十分な情報を得られた。ここから先は本当に〝オハラ〟に踏み入らなければ得られない情報になる。

 どうにかして潜入するか、あるいは防衛戦力をおびき寄せねばならない。

 アイサが酋長の下へと近寄ってその背中に隠れるところを見ていると、マラプトノカは背後から頭部に銃口を突きつけられた。

 

「誰? アイサを人質に取ってたみたいだけど」

「よせ、ラキ! お前が敵う相手ではない!!」

「少々お聞きしたいことがあっただけです。こうした方が話していただきやすいでしょう?」

「……っ!」

 

 マラプトノカの物言いにラキは眉根を顰め、引き金に指をかけた。

 

「アンタ、昨日も侵入してきた奴らの仲間でしょ? 連れて帰って貰えない?」

「無理ですね」

「銃を突きつけられてるのが見えない?」

「見えていますが、そんなオモチャで脅迫しようなどとは。少々わたくしを侮り過ぎではありませんか?」

 

 ラキの視線が険しくなる。既に指は引き金にかけられている今、きっかけ一つで容易く弾丸は放たれるだろう。

 だが、マラプトノカは一切気にした様子が無い。

 

「引き金、引いて貰っても構いませんよ? 貴女にそれが出来るのなら、ですが」

 

 目を細め、悪辣な笑みを浮かべてラキを挑発するマラプトノカ。

 酋長は止めようとするが、背に隠れているアイサを気にして動くことが出来ない。

 

「止めろ、ラキ! その女にはすぐにでも出て行ってもらう。聞きたいことは聞けたのだろう?」

「ええ。これ以上この村に用はありません」

 

 だが、使い道が無い訳ではない。

 小紫の見聞色の届かない場所で事を起こし、本人が乗り込んで来ざるを得ない状況を作れば〝オハラ〟はガラ空きになる。

 それ以外の戦力などマラプトノカからすれば無視しても問題ない程度だ。正面から小紫を倒せればそれでも良いし、引き付けている間にニコ・オルビアの行方が分かるようなものがあれば作戦は成功と言えた。

 ロビンの居場所はわかっている。オルビアの居場所が分かればなお良い。

 高い金額でこの情報を売れるだろう。

 

「酋長さんがニコ・オルビアの行方を知っているのであれば話は早かったのですが、そうでは無いようなので……村には用はありませんが、〝オハラ〟にとても強い方が一人いるようですし、その方を呼び寄せるエサになって貰えればと」

 

 にっこり笑うと、マラプトノカはピィ──! と指笛を吹いて合図を送る。

 直後、マグマのように燃え滾る炎が村を焼いた。

 

「な──っ!!?」

「少々派手にやった方が目につきやすいでしょう」

「っ!! アンタ……!!!」

 

 勢いのままにラキは引き金を引き、マラプトノカの頭部を撃ち抜く──だが、弾丸はマラプトノカの頭部に直撃したにも関わらず、マラプトノカは一切の怪我を負っていなかった。

 人間の比ではない頑丈さである。

 ラキは連続して引き金を引くも、マラプトノカはそれらを避けることもせず受け切った。

 

「……終わりですか? まぁそんな旧式の銃では威力もたかが知れていますからね。最新式でもわたくしには通じませんが」

「アンタは……アンタは一体、何者なの!!?」

「わたくしはアルファ・マラプトノカ。兵器も奴隷も何でも扱う商人です」

 

 専門では無いが、人間の()()も彼女の仕事だ。

 手間がかかるだけの仕事など滅多に受けないが、今回は趣味と実益を兼ねた仕事としてそれなりに乗り気で請け負っている。

 

「人の死もまたこの通り。それ相応の金額さえ提示していただければ完遂するのがポリシーですので」

 

 もっとも、四皇などと言った人間の最高峰にいる者たちの暗殺などは不可能に近い。その場合はきちんと理由を説明して断るのがこの女のポリシーであった。

 それ故に四皇と呼ばれる四人──それに加えてカナタの五人の動向は常に把握しており、彼ら彼女らが〝新世界〟にいることをきちんと把握してから空島に乗り込んでいる。

 〝黄昏〟の幹部であろうと恐れることは無い。

 彼女は〝最強の生物〟として産み落とされた怪物。人間の身でそれを上回っている少数の者たちの方が例外なのだから。

 

「バケモノめ……!!」

「なんとでも。貴女がどう仰っても、この村一つを壊滅に追い込むくらいは容易いことです」

「逃げろ、ラキ! 村の者たちを逃がせ!!」

「でも、酋長!!」

「この女は私が止める!」

 

 部屋の中にあった槍を手に取り、酋長はマラプトノカへと切りかかる。

 彼女は穂先をつまんで止め、そのまま家の壁を壊して外へと放り投げた。

 炎上する村の中で村人たちはパニック状態になっており、被害は拡大の一途を辿っている。その中を悠々と歩きながら近付いてくる者が一人。

 褐色肌に黒い翼と白い髪が特徴的な、並の人間より大きい少年──マーティンである。

 

「お前の言うとおりにやったが、これで本当に誘き出せるのか? 敵の見聞色は届いてないんだろう?」

「昨日の今日ですからね。監視の目はおいているでしょうし、派手な火の手が上がれば動かざるを得ないでしょう。私が何とかしておきますから、貴方は予定通りに」

「ああ。上手くいけばいいがな」

 

 それだけ言ってマーティンはどこかへ姿を消し、マラプトノカは気を取り直したように酋長の方へと向きなおる。

 元より戦いから身を引いて久しく、老いた彼の強さなど口ほどにもない。

 それでもその眼から闘志が消えないのは、ひとえに村の長としての責任からか。あるいは大事なものを守るという一人の人間としての意地か。

 

「嫌いではありません。こういう場でなければ飼ってもいいくらいです。が、残念。今回は縁が無かったということで」

 

 懐から抜いた銃を酋長に向け、引き金に指をかける。

 ラキがそれを止めようと、弾の無くなった銃で殴りかかるが間に合わず。

 アイサが拒絶するように叫ぶも意味は無い。

 ──しかし、引き金を引く寸前に、上空から奇襲する影があった。

 

「突っ込め、フザァァァ!!!」

「クカカカカカ!!」

 

 直上からの急降下。

 およそ安全という物を一切考えていない攻撃に思わずマラプトノカも目を丸くし、自身に突き立てられようとする槍を掴んで受け止めた。

 だが勢いは止めきれず、槍を手放したシュラは乗っていた(フザ)から飛び降りてマラプトノカの顔面に手をかざす。

 

衝撃(インパクト)!!」

 

 掌から発される衝撃にマラプトノカは体勢を崩されて倒され、シュラはその間に槍を回収して距離を取った。

 フザはシュラを落とした瞬間に地面すれすれを飛んで墜落を回避しており、シュラの隣に降り立つ。

 

「テメェか、昨日から〝アッパーヤード〟で好き勝手やってる野郎ってのは」

「……厳密にはわたくしの仲間ですが、大きく外れているわけでもありません」

「そうかよ。しかし、きっちり叩き込んでやったってのに無傷か」

 

 むくりと起き上がったマラプトノカに外傷は一切ない。精々土汚れを付けた程度の効果しかなかったようだが、それでも並の戦士なら何らかのダメージは入る。

 衝撃(インパクト)を喰らってなおその程度と言うことは、少なくとも〝黄昏〟でも上位クラスの実力があると判断出来た。

 シュラには少しばかり荷が重い相手である。

 

「厄介な……」

「私の事はいい、それより村の者たちを──」

「黙ってろ! そっちはそっちでちゃんとやってる! 今奴から目を離すわけにはいかねェんだよ!!」

「ええ、わたくしから目を離すようなら、その瞬間に一人ずつ首を落として差し上げます。それがお望みなら、どうぞお好きなように」

 

 シュラは舌打ちし、槍を構えた。

 フザは酋長を脚で抱え上げ、どこかへと逃がすために飛んでいく。ラキはその様子を見てアイサを抱き上げ、急いで火に巻かれる前に村から脱出していく。

 それを見送ると、マラプトノカは不思議そうにシュラへ問いかけた。

 

「わたくしの、とは言わずともマーティンさんの強さは昨日の時点で理解したと思っていましたが……あなた程度の人を寄越すとは侮られているのでしょうか」

「うるせェな。緊急事態だから急行してきたんだよ」

 

 マーティン程度であればシュラ達でも十分時間稼ぎが出来ただろう。マラプトノカの存在は完全に想定外だったのだ。

 オーム、サトリ、ゲダツの三人はこの大火事から人を逃がすのに忙しく、下手に戦力を送り込んだところで損耗するだけ。

 であれば、自身が捨て石になってでも時間稼ぎに徹するしか無かった。

 

(小紫様の射程範囲まで追い込めりゃあいいが、この火じゃそれも難しいか……)

(外から撃ち込む分には簡単に動いたようですが、乗り込むのは嫌がる……遠距離専門と言う事でしょうか? 感じられる強さはそんなレベルでは無さそうですが……それとも、乗り込んで来れない理由がある?)

 

 マラプトノカの事情を知らないシュラはどうにか小紫の射程範囲に誘導して迎撃したいと考えており。

 小紫の事情を知らないマラプトノカは小紫が直接乗り込んで来ないことに疑問を覚えていた。

 いずれにせよ、互いに目の前の相手が邪魔であることに変わりは無かった。

 

(仕方ありません。もう少し誘いをかけてみるべき、ですか)

(死んでもここでこいつを止める。それしかおれに出来ることはねェ!!)

 

 シュラは槍を構え、マラプトノカは手早く済ませようと片手で銃を構える。

 火の海に囲まれた状況で退路も無く、シュラは決死の戦いに挑む。

 




来週は休みです。
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