ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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遅刻しました。
ワンピの映画は面白かったです(小並感


第十八話:もっとも偉大なる海

 やや急いで船へと戻ってきたカナタとスコッチ。

 足止めはしてきたが、氷の壁は一か所しか作っていない。回り道されればそれまでの話だ。

 片手で気絶した能力者の男を引きずりながら、スコッチのケツを蹴って急かす。

 

「そら、急げ。後ろからまた来るぞ」

「ゼェ、ゼェ……! これでも精一杯だ! なんでお前は涼しい顔してんだよ!?」

「鍛え方が違う。これからはお前たちもみっちり鍛え上げねばな。海軍との戦いで命を落としかねない」

「死ぬのは御免だな! 手加減してくれよ!」

「加減無く手加減して、手抜かりなく手を抜いてやる」

 

 どっちだよと言いたげなスコッチの視線を無視し、本当に怪我人かこの女? と疑いたくなるような身体能力をつまびらかにしながら船へとたどり着く。

 息を切らしながら走ったのでスコッチは非常に疲れている様子だが、カナタは息一つ切らさず船に飛び乗っていた。

 土産と称してボロボロの男を投げ渡し、動けないように縛っておけと命令しておく。

 

「食料と武器の調達はどうなってる?」

「ま、まだ終わってないっス。金に糸目をつけずにって言ってたんで、交渉自体はすぐ終わったみたいなんスけど」

「急がせろ。面倒なことになってきた」

 

 連絡役として残っていた者から報告を受ける。

 物自体の交渉が終わっているならあとは運び込むだけだ。

 目立つからあまりやりたくはなかったが、フェイユンに運んでもらうのが一番早い。

 ゼンと共に船番をやっていた彼女は船室でうとうとしていたようだが、手伝えると知ると張り切って船を降りた。

 場所は連絡役から教えてもらい、急いで手伝いに行ってもらう。

 その間にカナタは連絡を取ることにして電伝虫をつなぐ。

 

「ジュンシー、聞こえるか?」

『どうした。またぞろ厄介事か』

「ご明察。おそらくラーシュファミリーだと思うが、連中、私を目の敵にしているようでな。フェイユンを使いにやったから荷物運びを急げ」

『……よくもまぁ次から次へと厄介事を引き寄せるものだ』

「私だって好きで呼び寄せてるわけじゃない」

 

 少なくとも今回の件に関しては濡れ衣もいいところだろう。

 ラーシュファミリーとは取引が破談になっただけの関係性だ。それを『メンツが潰された』と取って喧嘩を吹っかけてくるなど、避けようがない。

 もっとも、タダでやられる気は毛頭ないのだが。

 

「だが、気を付ける必要があるな」

『何をだ?』

「町ぐるみだとは流石に思えないが、食料の一部にでも毒を混ぜられていれば判断は難しくなる。あるいは偉大なる航路(グランドライン)に入ってから手に入れたほうが安全かもしれない」

『……なるほど』

 

 この島で町を治めているのも商会を束ねているのもラーシュファミリーだ。武器に関しては整備を怠らねば良いが、食料はそうもいかない。

 どこまで相手を信用できるか、という話になる。

 そういう意味ではこの町で補給する選択をしたのは間違いだったかもしれない。

 補給場所に選んだのは偶然に近いため、細工しにくい永久指針(エターナルポース)記録指針(ログポース)は信用できるが。

 何より問題は船医がいないことだ。

 

「この状況で誰かが毒に倒れてみろ。解毒も出来ない以上は死を待つだけだぞ」

『ならば武器だけ運んで食料は廃棄すると?』

「保存食なら船にもいくらか積んである。まともな食料というなら適当に海獣でも狩っておけば保つだろう」

 

 何なら凪の帯(カームベルト)で海王類を狩ってもいい。

 船の大きさの割に人数は少ないが、巨人族が一人いるので消費はそれなりに早い。海獣だけでは心許ないのだ。

 栄養バランスという観点からみると非常に眉根を寄せたくなるが、この際背に腹は代えられないだろう。

 

『ふむ……了解した。では武器類のみ積み込むことにしよう』

「ああ、急げ。海上を封鎖しようとしているらしいからな」

 

 遠目にうっすらと見える船影を見るに、囲めば倒せるとでも思っているらしい。

 能力者であることは知られているはずだ。海に落とせばいいと考えているのか、それとも能力者についてよく知らないのか。

 田舎の海だ。後者の可能性も十分に考えられる。

 

「お前たちが戻り次第、すぐに出航する。アイランドクジラの一匹でも捕獲出来ればしばらくは安泰だが」

『漁場か。少し遠回りになるが、港の漁師から聞き出すか?』

「残念だがそんな時間はない。適当な海獣で済ませよう」

 

 ジュンシーとの連絡を終え、カナタは一息ついてどかりと椅子に座り込む。

 外の空気は未だ冷たいが、冷気を操る能力者として寒さは特に気にならない。

 バタバタと出港準備を整える船員たちを見ながら、徐々に近づいて包囲を狭めている船影をどうするかと考える。

 

(凍らせるのが一番だが、そうなるとうちの船も動けない。砕氷船に改造できればいいのだがな)

 

 船の数は多い。が、数だけで強いものはさして乗っていないらしい。

 目をつむって集中した見聞色で探ってみるも、能力の高い敵はいない。相手も包囲するだけで攻撃指令は出ていないのか、遠巻きにこちらを囲んでいるだけだ。

 さて、とゆっくり立ち上がる。

 フェイユンが戻ってきているのが見える。巨人族であることもそうだが、その能力で巨大化すれば持てる量はさらに増える。重いがそれを支える筋力もあるから出来ることだ。

 急いで船に積み込んでいるところを尻目に、空を見上げるカナタ。

 

「……一雨来そうだな」

 

 ここ最近は寒さから雪が降ることが多かったが、今日は風も出てきた。

 吹雪くかもしれないな、と呟く。

 

「お嬢、積み込み終わったぜ」

「ご苦労。全員乗り込んだか?」

「おう。ちゃんと全員いるぜ」

 

 クロの報告を聞いて甲板へと足を運ぶ。

 準備は既に終わり、カナタの号令一つですぐに出航できる状態になっていた。

 

「では征こう。我々はこれより偉大なる航路(グランドライン)に入る!」

『うおォォォ!!!』

「まずは包囲を敷いているラーシュファミリーを食い破る! 気合を入れろ!」

 

 大声をあげて気合を入れ、バタバタと走り回って出航する。

 風が強くなってきた。それと同時に雪が降り始め、嵐の様相を見せ始める。

 にわかに慌てだした敵船団は砲撃の用意をはじめ、カナタたちが先んじて攻撃をし始めた。

 

「大砲、撃て!!」

 

 爆音とともに射出された大砲。

 正確に狙いを付けたはずだが、わずかに逸れて波間を揺らして水しぶきを盛大に上げるに留まった。だがそれだけでは終わらず、次々に大砲を撃ち続ける。

 カナタたちは当たりそうな砲弾を次々に弾いているが、敵船はそういったことが出来るものがいないらしい。

 砲撃が着弾しては炎上して沈んでいく光景が見られた。

 そして、カナタたちの攻撃は砲撃だけにとどまらない。

 

「フェイユン、やれ」

「はい! 行きます!!」

 

 カナタが海水を凍らせて作った氷塊を、フェイユンが野球のボールのように投げてぶつけていく。

 氷塊自体の大きさもさることながら、巨人族の膂力で投げられたそれは大砲と変わらない──あるいは、弾の大きさから言って上回っている──威力で船を沈めていた。

 

「畜生! なんでだ! なんであんな船一隻沈められねェ!!」

 

 敵船から怒りの声が聞こえてくる。

 大砲の弾をどれだけ撃ち込もうともカナタとジュンシーの二人に弾かれる。遠距離だと大砲しか手段がないのもあり、戦況は既に傾いていた。

 

「私はお前たち程度に手間取っていられるほど暇じゃないんだ──我々の敵はもっと巨大なのでな」

 

 カナタが右腕を掲げる。

 強くなり始めた風と雪へと能力で干渉し、さらに凶悪な存在へと変えていく。

 

「〝氷晶開華〟」

 

 雪が敵船に触れ──まるで種子が芽吹くように、触れた場所から氷の花が生まれる。落ちた場所が海であっても関係なく、夜に花開く月下美人のように。

 嵐によって強くなる風も相まって、敵の船団は次々に氷の花を咲かせては動きを止めた。

 海軍の艦隊でさえ足止めした力だ。一介のマフィアであるドレヴァンたちに切り抜ける方法などあるはずもなかった。

 

「クソっ! テメェ、カナタァ──ッ!!」

「失せろ。お前たちに用はない」

 

 だが、この力は制御が難しい。

 カナタ一人で戦っていた場合は考える必要もないが、自分の船にさえ花を咲かせてしまう。

 しかし──この船には、もう一人自然系(ロギア)の能力者がいた。

 

「……これ、オレがいなかったらどうするんだろうな」

「使わないだけだろう。あやつの能力は何かと利便性が高いからな」

「羨ましいぜ」

 

 傘をさすように広げられた〝闇〟が降りしきる雪を飲み込み、進行方向に咲いた氷の花も船に纏わりつかせた〝闇〟が飲み込むことで難を逃れていた。

 凍り付いて足を止められ、人に当たれば咲いて人の熱を奪う凶悪な氷の花。

 ──嵐の風を帆で受け、カナタたちはラーシュファミリーを蹴散らして〝リヴァースマウンテン〟へと向かう。

 

 

        ☆

 

 

 リヴァースマウンテン。

 四つの海から海流が流れ込むことで山さえも駆け上がる運河となり、偉大なる航路(グランドライン)へ入ることが出来る。

 トロアから一直線にここを目指し、道中で海獣を仕留めて食料を補給して巨大な壁のように立ち塞がる赤い土の大陸(レッドライン)を見上げていた。

 

「……なるほど、初めて見たが流石にデカい」

「これが赤い土の大陸(レッドライン)……」

 

 これを再び見るときは世界を半周した時。そして三度目を見ることになれば、その時こそがこの海の〝王〟として生き残った時だろう。

 果たして並み居る強豪を打倒して最果ての島まで行けるかどうか。

 心配など今からしたところでどうなるものでもないが、カナタはまだ見ぬ世界に小さく笑みを浮かべていた。

 

「ここから先は最も偉大なる海──気を抜くなよ、お前たち!」

 

 皆当然だとばかりに気勢を上げ、運河を登り始める。

 ──ここから先は常識が通じない海。すべてを乗り越えなければ、命はない。

 




難産だったので今回は短めです。
そのうちちょっと修正入れるかもしれません。

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