「へー、色んなところを回って商売をしてるのかー!」
「ええ。それはもう西へ東へ色んなところに。顧客の欲しいものを届けるのがわたくしの仕事ですから」
「凄いんだな!」
初対面にも関わらずチョッパーの性根を見抜いたマラプトノカは、現在チョッパーと一緒にのんびり散歩気分で〝アッパーヤード〟の都心部──ナミが黄金があると想定した場所へ向かっていた。
人の悪意を直接的に受けて来たことはあっても、騙し騙されの経験は非常に少ないチョッパーに、マラプトノカの真意を見抜けと言うのはやや無理があった。
マラプトノカは表面上はニコニコと──チョッパーの性根の素直さなどを考えれば表面上と言わず心底好意的ではあるが──笑いながら道案内を買って出ていた。
なるべく誰とも会わず、チョッパーが勘違いに気付けないようにしている徹底っぷりである。
「ところで、チョッパーさんは何かの能力者なのですか?」
「うん! おれはヒトヒトの実を食べた人間トナカイだ!!」
「まあ。
小さいタヌキのような姿からトナカイの姿に変わるところを見ていたので、当然能力者であることには気付いていた。
だが、よりにもよってヒトヒトの実とは、とマラプトノカは思う。
ヒトヒトの実は現在確認されている悪魔の実の中でも特殊で、幻獣種しか確認されていない。
マラプトノカが知っているのはセンゴクのヒトヒトの実、モデル〝大仏〟くらいだが、チョッパーの人型の姿が完全な人間の姿でないことを考えても特殊な例から漏れることは無いと考えていた。
マラプトノカ自身はまた別の意味で特殊なのだが。
「しかし、船医だったとは……医学を学ぶのは大変でしょうに。努力されたのですね」
「う、うるせェな!! そんなことねェよ!!」
言葉だけを聞けば反抗的だが、にこにこ顔で嬉しそうに言うものだからマラプトノカも思わず頬が緩む。
本当に純真で、騙されやすそうな子供である。
「本当に惜しい……わたくしと一緒に来る気は無いのですか?」
「誘いは嬉しいけど、おれはルフィと一緒に冒険したいんだ! 海に誘ってくれたのもルフィだし、あいつは危なっかしいから、怪我したらおれが診てやらないといけないし!!」
「…………」
ルフィの事はマラプトノカも知っている。一度会ったこともあるが、それほど強い印象は無い。
無理矢理にでも連れていくことは出来るが、チョッパーの純真さはルフィの下にいるからこそ失われていないのだろう。
惜しい……本当に惜しいが、マラプトノカはチョッパーを連れていくことを泣く泣く諦めていた。
擦れてしまってはチョッパーの良さが無くなってしまう。
「惜しい……本当に惜しい……出来る事ならこのまま連れて帰ってしまいたい……!!」
「こっち見ながら何コエー事言ってんだ!!?」
「じゅるり。いえ、チョッパーさんがあまりにかわいらしいものでつい」
「
肉食動物を前にした草食動物のような気分になり、思わず後ずさって近くの巨木に背中をぶつけるチョッパー。
そんな仕草もマラプトノカには可愛らしく映るばかりなのだが、当のチョッパーには分からないことである。
☆
何はともあれ、二人は森を抜けて都心部へと辿り着いた。
崩れた遺跡群と侵食する雲を見渡すマラプトノカ。チョッパーはその横で目をキラキラさせており、興味の赴くままに遺跡を眺めている。
「ロビンたちはまだついてないのかな。もしかして、おれが一番乗りなのか!?」
「いえ、残念ですが既に誰かいるようです」
スッとマラプトノカが指差した先には遺跡の陰に誰かのバッグが置いてあるのが見えた。
ちょっとだけ残念そうにして、しかし仲間と合流できた喜びの方が大きいらしいチョッパーは駆け足でそちらへ駆け寄っていく。
遺跡の柱の陰にいたロビンは隠れて様子を窺っていたようだが、バレていると見るや姿を現してチョッパーを迎える。
「船医さん、あなた、彼女とここに?」
「うん。森の中で道を迷ってたらここに案内してくれたんだ!」
「……そう、彼女が……」
警戒心を隠そうともせず、ロビンはマラプトノカを見る。
対するマラプトノカはと言えば、わざとらしく「よよよ」と呟いて悲しそうな顔をしていた。
「わたくし、ただ心から善意でチョッパーさんを送り届けてあげただけですのに……そのように怪しまれるなんて、悲しいですわ」
「貴女だからこそよ。単なる善意だけで動くような人では無いでしょう」
「そんなことはありません! わたくしだって、時には善意で動くこともあります!!」
「その言葉が既に嘘くさいのよ」
マラプトノカのわざとらしい演技に対してストレートに言い放つロビン。
バロックワークスの一員であった頃に何度か接触があった二人だが、それ故にロビンはマラプトノカの事を信用すべきではない相手だと判断していた。
クロコダイルも相当食えない相手だったが、マラプトノカは目的が見えない分余計に行動が想像しにくい。
「世界政府と繋がっているなら、ここが〝黄昏〟の領地だとわかった以上は帰ってもらいたいところなのだけれど。居座る理由でもあるのかしら?」
「おや、マーティンさんから聞いたのですか? あの方も口が軽いですねえ」
「質問に答えて」
「答える義理があるとお思いですか?」
「答えたとしても出まかせではないと証明も出来ないでしょうね。だけど」
ロビンは即座にマラプトノカの体に六本の腕を生やし、両手と首を抑え込む。
力も速度も、ロビンの前では意味が無い。
「ロビン!?」
「静かに、船医さん。彼女は危険よ。強さの方は知らないけど、少なくとも色んな組織を相手に立ち回れる頭はある。彼女の言葉に耳を貸せば言いくるめられても不思議は無いわ」
「嫌な信用のされ方ですね……」
きっちり両手を後ろで固定して、首も後ろから抱き着くような形で締め上げる。このまま更に腕を生やして背骨を折りに行くことも可能な状態だ。
しかしマラプトノカは溜息を吐くばかりで大した抵抗を見せず、目を細めてロビンを見るばかり。
「世界政府と繋がっている以上、あまりこの島をうろつかれると困るのよ」
「──発言は正確にするべきですね、ロビンさん。この島、ではなくあちらの島。即ち
「っ!!」
「おっと、これは失言でした」
ぐっと力を込めて背骨を折りに行くロビンに、マラプトノカは自前の筋力だけで抵抗をし始める。
関節技を筋力だけで押し返すなど、人体の構造に真っ向から喧嘩を売っているような所業にロビンは目を見開いて驚き、更に腕の本数を増やして力を込めた。
ルフィのように肉体がゴムになっているわけでもない以上、関節技を完璧に極められればどれほど筋力が強くとも抵抗は難しい。
にもかかわらず、マラプトノカは強引にロビンの腕を押し返していく。
「確かに関節技なら、人体の構造さえ理解していれば彼我の力の差があっても抑え込めるでしょう。ですが、それは相手が常人レベルでの話」
「そんなバカな……!?」
「わたくし、身体能力には自信がありますので。どれだけ完璧に関節を極めようとも、肝心の極めている腕がこのように非力では抑え込むなどとてもとても」
ロビンの関節技から抜け出したマラプトノカは、嘲笑するように肩をすくめて余裕を見せる。
ロビンを挑発するような物言いも、その絶対的な強さに自信があるためなのだろう。
「〝オハラ〟のことはある程度把握しています。貴女と、貴女の母親……それから元海兵のサウロさん。〝黄昏〟との関係性は以前から政府が探っていたようですが、今回の証拠は決定的ですね」
かつて、ニコ・オルビアとニコ・ロビン、それにサウロの三名はオクタヴィアが〝オハラ〟から連れ去ったとサイファーポールより報告が上げられた。
作戦に参加していた海軍中将五名も同様の証言をしたため、最悪の案件として政府内、海軍内でも何かと触れにくい事件だったのだが……その2年後、オクタヴィアはカナタに討ち取られている。
ではその後、
サウロの姿は〝黄昏〟で見つけられ、ロビンはペドロとゼポと共に海を渡り始めてから確認された。
しかし、今なおオルビアの姿はどこにも確認されていない。
加えて、オクタヴィア討伐後に消失した〝オハラ〟。地図から名前が消え、誰も近寄ることの無かった島であるが故に気付いたのは数年も後だ。
これらが空島と言う地で繋がってくるとなれば──〝黄昏〟の政治的立ち位置は非常に旗色が悪くなるだろう。
「〝黄昏〟の領地とされる場所に隠すように存在する〝オハラ〟に、この場所を守るような動きをするロビンさん。それに〝黄昏〟で働くサウロさんの姿は既に確認されていますし……この分だと、オルビアさんも匿われているのでしょうね。繋がりは見えてきましたし、明白な証拠さえ見つけられれば政府は様々な手段を使って〝黄昏〟の信用を落とそうとするでしょう」
元より世界中に根を張って莫大な資金力を持つ〝黄昏〟の存在を、世界政府は良く思っていない。
自分たちがコントロールしきれない組織なら、それは四皇とさして変わらない脅威だからだ。
多くの国と繋がりを持つ〝黄昏〟の影響力を落とす為なら、世界経済新聞を使ってのネガティブキャンペーンくらいは嬉々として行うだろう。
これを機に世界政府の影響力を強め、〝黄昏〟に代わる海運を台頭させようと躍起になる。
「面白くなってきましたわね。これは、ともすれば〝黄昏〟と海軍の全面戦争まで行くかもしれません」
オルビア、ロビン、サウロを匿う〝黄昏〟と、それを追う海軍。
この構図なら協調姿勢を取っていた二つの組織も衝突する可能性は十分あるし、漁夫の利を狙って百獣・ビッグマムの海賊同盟も動きかねない。
予測しきれないのは〝白ひげ〟と〝赤髪〟だが、これ以上四皇級の組織が動けば世界的な大災害にまで匹敵することになる。
マラプトノカは混沌と化す未来を予測し、面白いと笑みをこぼす。
「そうは思いませんか、ロビンさん?」
「思う訳無いでしょう!! 地図の上から人は見えない……〝オハラ〟の皆がどんな思いでいたのか、貴女は何も知らない!!! 戦争など、誰も望まないわ!!!」
「そう思っているのは貴女だけです。かの〝魔女〟も、貴女が知らないだけで後ろ暗いことは数多くやっていますしね」
表向きは笑顔で握手をしていても、裏では相手を殴るために拳を握るのが政治と言うものだ。
カナタがインペルダウンから受刑者の引き取りをし、人体実験に使っていると言うのは有名な話でもある。
事の真偽はさておき、実際にインペルダウンから受刑者が引き取られているし、その後引き取られた受刑者を見た者がいない以上は信憑性の高い噂と言える。
「止めたければ、わたくしをここで殺すことです。出来ればの話ですが」
「やって見せる。戦争になどさせない!!」
ロビンは強い敵対心を以てマラプトノカと対峙し、チョッパーは話が良く分からなくともマラプトノカが敵であることは理解して人獣形態のまま構えた。
何が何でも、彼女をここで止めねばならない。
そうでなければ……多くの者を巻き込んだ戦争が起きてしまう可能性がある。
☆
「……なんだ、これは」
ゴーイング・メリー号から離れ、村に戻って来たゲンボウ達が見たものは──マーティンの手によって焼かれた、無残な村の姿だった。
呆然と燃えている村を見ていたが、まだ誰か残っているかもしれないと自分の頬を叩いて気合を入れなおし、水を被って未だ燃える村の中へ走る。
建物は既にほとんど焼けてしまっていた。
食料を保存していた倉庫も、思い出のあった家も、何もかもが。
だが。
「人がいねェ……?」
「ゲンボウ、こっちもだ! 誰もいねェ!!」
「逃げたんだろう! おれ達も早く出ないと、火が収まる様子がねェぞ!!」
「ああ……いや、待て!」
村人たちが逃げ出しているならそれに越したことは無い。ゲンボウ達も避難しようとして、視界の端に誰かが倒れているのが見えた。
すぐさまそちらに駆け寄ると、瀕死の状態の人間が四人倒れていた。
血塗れで良く分からないが、服装からしてシャンディアの同胞では無いとわかる。
「よかった、同胞じゃねェ……だが、こいつらは何故ここに?」
「〝黄昏〟だろう! 奴らが侵略してきたのか!?」
「そんなはずはない。それをやる理由は無いし、それに……」
村を焼く炎は、昨日戦った敵を思わせる。
ゲンボウ達から仕掛けた戦いとは言え、かなり敵対的だったのも事実。仲間が襲撃して来たと言う可能性も十分に考えられた。
とにかく、彼らをここに置いたままにはしていけない。何があったのか、村人たちがどこへ行ったのか、その辺りの事を聞くためにも応急手当をしなければ。
そう考えて倒れているシュラを抱え上げようとしたゲンボウの手を、シュラが掴んだ。
「ぐ、う……!」
「意識があるのか! おい、しっかりしろ!!」
「お前、は……シャンディアか……」
「そうだ! なんで村がこんなことになってる! 誰と戦った!?」
「おれの、バッグ……フザ……!」
震える手で指笛を作ると、残った力を精一杯に振り絞って指笛を吹く。
上空で旋回していたであろうフザと呼ばれる巨大な鳥が舞い降りると、シュラのすぐ近くで心配そうにのぞき込んできた。
「バッグに……電伝虫が……」
「これか?」
シュラの言う様にバッグから電伝虫を取り出すと、シュラははその電伝虫に番号を入れる。
緊急事態を示す符丁を送ったのだ。
短いコール音の後に「受理しました」と機械的な返答がされると、それきり電伝虫は沈黙してしまう。
「あと、は……ここから、逃げてから、説明、する」
「……仕方ねェ。おいお前ら! そっちの三人も連れていくぞ!」
不承不承と言った様子の戦士二人に手伝わせ、ゲンボウは3人で4人を抱えて運ぶ。1人はフザの背中に乗せられたので、それは助かっていた。
(……あとは小紫様に何とかしてもらうしかねェ)
マラプトノカの強さは常軌を逸している。
実際に戦ったシュラだからこそわかる、その異常性。
攻撃の一切が通じなかった怪物の事を、一刻も早く小紫に伝えねばならないと、痛みに耐えながら意識を失わないように気を保っていた。