ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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ブレーキ踏むのを止めました


第百八十八話:猛き雷鳴/一ノ太刀

 ──新世界、〝エッグヘッド〟。

 世界政府が所有するこの島には、とある科学者が住んでいる。

 世界最大の頭脳を持つとされる男──名高き天才科学者、Dr.ベガパンクである。

 

「おいパンクのおっさん! 荷物が届いたぞ!」

「おお! 来たか!!」

 

 リンゴの芯のようなものが刺さっている特徴的な頭部に長い舌が目を引く、白衣を着た初老の男がバタバタと荷物を受け取りに走る。

 大きな荷物を抱えて歩いて来たのは身の丈ほどもある鉞を背に抱えた男、ベガパンクの護衛である戦桃丸。

 研究所で箱を受け取り……と言っても、非力なベガパンクではどのみち運びきれはしないので、必要な場所まで運んで貰うことになり、研究所の端で箱を開け始めた。

 

「今度は何を送って来たんだ?」

「実験用の器材と減っていた資材だな。相変わらず私の欲しいものを的確に送ってくる子だ」

「監視でもされてんじゃねェのか?」

「まァそれならそれでも構わんが」

「いや構えよ」

 

 ベガパンクにとっては必要な時に必要なものを送ってくれると言うだけでありがたいのだろう。細かいことまで気にするつもりは無いようだった。

 何しろ研究と言うのは莫大な資金が必要だ。

 今はスポンサーとして世界政府や〝黄昏〟が付いてくれているが、無尽蔵に資金を提供してくれるわけでは無く、必要な予算を申請して許可が下りてからなので相応に時間がかかる。

 ベガパンクにとって、それは余りにも遅すぎた。

 

「これで遅れていた研究が進む……出稼ぎに行くと言い出した時は心配したものだが、これなら心配の必要もない」

「何度目だその話……耳にタコが出来ちまうぜ」

「そう言うな戦桃丸。嬉しいものは何度話しても嬉しいものだぞ」

 

 にこにこ笑うベガパンク。

 その様子に戦桃丸は嘆息し、箱の中身を取り出すのを手伝い始める。

 送り人の名は──アルファ・マラプトノカと記されていた。

 

 

        ☆

 

 

 辺り一帯を吹き飛ばす破壊の吐息を前に、小紫は焦ることなく刀を上段に構える。

 

「〝断絶〟」

 

 青白く光る雷と共に振るわれた斬撃はマラプトノカの放った〝熱息(ボロブレス)〟を相殺し、衝突の際に衝撃波こそ生まれたものの小紫の後ろへと被害が行くことは無かった。

 炎そのものを切り裂くことも出来たが、相殺しなければ後ろに被害が行っていた。

 ロビンたちにもう一度逃げるよう念を押し、小紫はすぐにマラプトノカを追う。

 ──そこにいたのは人の姿をしていない、異形の存在だった。

 

「……これは、流石に想定外ですね」

 

 全体的なフォルムは狐に近いが、頭部に存在する目はおよそ4つ、毛皮のように見えるものも目を凝らせば白い鱗がそう見えているだけだとわかる。

 鱗の表面を奔る赤い線が目元を中心に彩っており、後方に生えている5本の尾にもそれぞれ目のような文様が赤く浮かんでいた。

 ひとたび歩けば地響きを起こすような巨体を誇り、手足周辺には炎のように揺らめく雲──焔雲が生み出されている。

 

「わたくしも本気で戦うつもりはあまりありませんでしたが──少々手こずりそうでしたので」

「……今の技、カイドウのものですが……その姿ではどうにもしっくりきませんね」

 

 もしカイドウに類似の能力を使っているのなら──と考えたが、その姿は想像していたものと全く違った。困惑もするというものだが、どうあれやることに変わりは無い。

 武装色を纏い、黒く染まった〝春雷〟を振るってマラプトノカを切り裂こうとする。

 だが、強靭な鱗と薄く纏った覇気に斬撃が防がれた。

 

「無駄です。この状態のわたくしに攻撃を通すことなど出来はしません」

 

 肉体の性能が人型の時よりも上昇しているのだろう。頑丈さ、膂力は遥かに強靭になっていると見るべきだった。

 しかも、()()

 巨人族をも凌駕する巨体を誇りながら、小紫が驚くほどの速度でその爪を振るう。

 刀でその一撃を防ぐも、小紫を遥かに超える膂力で吹き飛ばされた。

 

「流石に、強力……!!」

 

 吹き飛ばされても体勢を整え、〝春雷〟を振るって斬撃を飛ばす。

 しかしそれも、体表を滑るように弾かれた。

 

「無駄だと言っているでしょう。その程度の斬撃では、わたくしには通じません」

 

 口元に集まった炎が凝縮され、〝熱息(ボロブレス)〟として再び射出される。

 小紫の発した雷はそれを相殺せしめるも、考えていたほど容易い相手では無かったことを再認識した。

 姿こそ違うものの、使う力はカイドウのそれに酷似している。かの〝百獣〟を切り伏せる前哨戦としては丁度いいだろう。

 〝春雷〟を納刀し、別の刀を掴む。

 

「〝閻魔〟──抜刀」

 

 青白い光を放っていた雷が一転して黒く染まる。

 小紫の体の周りをループしていた雷は〝閻魔〟の下へと収束し、バチバチと音を立てている。

 

「これでも通じないか、試してみることにしましょう」

 

 一閃。

 小紫の覇気を吸い上げて放たれた斬撃は大地を切り裂き、マラプトノカの肉体すら切断する威力を誇っていた。

 受ける寸前で回避したマラプトノカも、これには流石に冷や汗をかく。

 

「なんと……こんな滅茶苦茶な方が前半の海(こちら)にいたとは……!!」

「これなら通じるようですね。であれば話は早い」

 

 〝閻魔〟を下段に構え、雷の速度でマラプトノカを翻弄しながら再び斬撃を見舞う。

 マラプトノカは焔雲を掴んで上空へと回避し、連続して炎を吐き出して攻撃するも、それら全てを雷で迎撃して地表への流れ弾すら許さない。

 カナタの教えは常に厳しく、それ故に小紫は強くなった。

 相手がカイドウに何かしらの縁がある者となれば、小紫のやる気も天井知らずに上がろうというものだ。

 

「くっ──!!」

「逃がしません!」

 

 小紫の攻撃を回避するために更に上空へと走るマラプトノカを追い、小紫もまた空を蹴って移動する。

 途中にあった社を越え、真っ直ぐ空へと伸びる〝ジャイアントジャック〟すら一刀の下に両断せしめ、広範囲を焼くマラプトノカの炎を同様に広範囲に広げた雷で蹴散らす。

 覇気を纏った爪と〝閻魔〟が衝突し、ガキィィン!! と凄まじい音が響き渡った。

 直後、巨体をかいくぐるように接近した小紫は両手で上段に刀を構える。

 

()()()()()()──〝桃源草薙〟!!」

「アアアァァァッッッ!!!」

 

 硬質な鱗ごと右肩に当たる部分を切り裂かれたマラプトノカは傷みに声を上げ、四つある瞳の全てが小紫へと向く。

 攻撃を察知した小紫は即座に離脱し、直後に小紫が居た場所へと爆炎が殺到した。

 能力はカイドウのそれに酷似しているが、カナタから教わったものとは微妙に違う。能力の使い手による違いかと思うも、先程切り裂いた場所が今度は()()()に包まれ始めたことに目を見開く。

 あろうことか、()()()()()()()()()()()()では無いか。

 

「一体どうなって……」

「わたくしの体、少々特別でして。貴女には言っても分からないでしょうが、色々な生物の血統因子がぐちゃぐちゃに混ざってるんです。白ひげ海賊団は何年も前から資金繰りに苦慮しているようですからねえ。良い買い物でした」

「血統因子……?」

「……まぁ、刀を振るうしか能の無い貴女には分からないことですね」

 

 青い炎は次第に消え、先程切り裂いた場所は何もなかったかのように元通りになった。

 並の実力では切り裂けず、ダメージを与えたとしても短時間で回復する。なるほど厄介極まりない。

 

「悪魔の実の能力なら奪うことも視野に入れたいところですが……そんな余裕は無さそうですね」

 

 小紫は嘆息し、左手に〝閻魔〟を持ったまま右手で〝村正〟を抜いた。

 この二振りは少々疲れるので長時間の戦闘には向かないが、短時間で一気に決めねばやられるのは己かもしれないと判断した。

 カナタからは「好きに使え」と言われているものの、そう易々と使える代物ではない。

 バチバチと黒い雷を身に纏い、炎に加えて氷まで纏い始めたマラプトノカを見据える。

 

「──斬り捨てます」

「──出来るものなら」

 

 ゴッッッ!!! と巨大な爪と刀が衝突し、凄まじい衝撃波が辺りを襲う。

 続けて振るわれる爪を回避し、小紫は上空から斬撃を見舞った。

 

「おでん二刀流──〝桃源白滝〟!!」

 

 横薙ぎに振るわれた二つの斬撃を正面から牙で受け止め、マラプトノカは巨大な口を開いて炎をちらつかせる。

 小紫は舌打ちを一つして回避を選択し、空に向かって放たれた〝熱息(ボロブレス)〟を尻目にマラプトノカの側面へと移動した。

 斬られても再生するとは言え、痛みはある。それを嫌ってかマラプトノカは焔雲を生み出して空を移動し、壊れた社が散乱する場所へと着陸する。

 それを追い、小紫もまた同じ場所に着地した。

 

「先程よりも硬い……覇気が増しているようですね」

「侮らないでもらいましょう──〝無侍氷牙(ナムジヒョウガ)〟!!」

 

 今度は炎ではなく氷の吐息だ。

 ある意味で複合的な能力を持つ幻獣種のようなものだが、こんな生物が存在するハズが無い。

 眉を顰めつつも小紫は両腕に雷を集中させ、振り抜いた。

 

「5億V──〝嶽三日月(タケミカズチ)〟」

 

 凄まじいエネルギーを誇る雷撃は稲光と雷鳴を轟かせ、一時的にマラプトノカの知覚を奪う。見聞色の練度ならば小紫に分がある以上、一瞬でも判断を鈍らせられたなら先手を取るチャンスとなる。

 互いの攻撃が衝突して相殺し合う中、小紫は先んじて懐へと潜り込んでその腹を切り裂いた。

 

「おでん二刀流──〝桃源十挙〟!!」

 

 ざっくりと十字に切り裂いたその一撃は効いたのか、マラプトノカは甲高い悲鳴を上げて距離を取ろうと再び空へ駆ける。

 だが、それを容易く許すことは無く、小紫は速さと言う優位性を存分に使って上空へ先回りした。

 忌々しそうに見上げる4つの目が小紫を射抜く。

 

「また……!!」

「最大火力、10億V──〝天満大自在天神〟!!」

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 

 急速に広がる暗雲から無数の雷が伸び、一点に収束して〝閻魔〟と〝村正〟へ落ちる。

 二振りの刀を交差させて受け止めた小紫は、その巨大な雷を真っ直ぐにマラプトノカへと叩き落した。

 空中で衝突する火炎と轟雷は空に響き、真正面から打ち破った小紫の雷が途中の社をも貫いてマラプトノカを大地へと叩きつける。

 まともな相手ならこれで死んでいても不思議は無いが……真正面から弾き返したカナタと言う前例を知っている小紫は、依然として油断することなく〝声〟を探る。

 

「……まだ生きているようですね」

 

 〝声〟は未だ消えていない。

 モタモタしていてはまた回復されてしまうため、すぐさま地上へと落下してマラプトノカを探す。

 ──だが、そこには先程までの巨体は無かった。

 

「本当は、あまり見せたくは無かったのですが」

 

 体躯は人型の時よりも大きく、小紫の倍以上はあるだろう。

 髪は金色に、瞳は赤く、何より狐の尾が5本あった。

 ダメージを負っていたハズの肉体は青い炎に包まれ、今もなお回復しつつある。いくら何でも頑丈過ぎる程だが、覇気は減じている。無制限に回復できると言う訳でもないらしい。

 

「人獣型ですか。何を見せようと──」

「──同じでは、ありませんよ」

「っ!?」

 

 反応が一瞬遅れ、小紫はマラプトノカの拳を防いだものの、大きく吹き飛ばされた。

 覇気が減じていても、その身体能力は恐るべき高さを誇る。動物(ゾオン)系の人獣形態ともなれば人形態の技術と獣形態の膂力をバランスよく扱えるのだ。弱いはずは無い。

 

「速度はまだ貴女の方が速いようですが、全ての面で貴女が上回るわけではありません」

 

 弾き飛ばされながらも体勢を立て直し、飛びかかってきたマラプトノカを正面から迎え撃つ。

 鎧のように覇気を纏う二人の攻撃は完全に接触することは無く、覇王色を上乗せした小紫が打ち勝ち、今度はマラプトノカを弾き飛ばした。

 それを追いかけて剣戟を繰り出すも、マラプトノカは守りに集中して崩れまいと小紫の刃を受け止めていく。

 

「こうなれば仕方がありませんし、共倒れに死んでいただくほかありませんね」

 

 致命傷でも回復するとなれば、多少無茶な攻撃でも受けて反撃に移ることができる。

 もちろん本気で共倒れを狙っての破れかぶれと言うわけでは無く、勝算あっての事だ。

 どれほど強かろうとも覇気は有限。二振りの刀を使い出してから消費の速さは何倍にも跳ね上がった。使いこなせていないわけでは無く、単に無駄が多いと言うだけの話だが──この状況では、その無駄が命取りになる。

 傷を治し終え、纏っていた炎は青から紅蓮へと変わる。

 万物を焼き尽くすほどの灼熱の炎を身に纏い、小紫の身を引き裂こうとその爪を振るった。

 

「一度や二度斬った程度では倒れないからこその作戦ですか……!」

「ええ。痛いのは御免ですが、そうも言っていられませんので!!」

 

 ガキン! とマラプトノカの爪を〝閻魔〟で受け止め、〝村正〟でその身を斬る。だが覇気を鎧のように身に纏う彼女の肉体は、覇気をセーブしたままでは容易くは切り裂けず、結果としてすぐに再生されて小紫の覇気が減じていく。

 確かに長期戦は不利だ。〝閻魔〟と〝春雷〟を使えばまだ消費はマシだが、それではマラプトノカの覇気を貫いて与えるダメージが減ってしまう。

 結果的にダメージが蓄積しないのであれば同じこと。

 

「……では、こちらも奥の手を使う他ありませんね」

 

 マラプトノカの攻撃を弾き、小紫は一定の距離を取る。

 何をするつもりかと訝しがるマラプトノカだが、小紫は気にした様子もなく〝閻魔〟を天に掲げた。

 

 ──小紫を中心に世界が変わる。

 ──空に広がっていた暗雲は狭まり、檻のように天から地へ落ち、地より天へと雷が逆巻く。

 

「〝寂滅無縫(じゃくめつむほう)〟──雷よ、世界を覆え」

 

 ──カナタに手傷を負わせ、これを以て彼女に「一人前」と認められた秘奥の術理が展開された。

 


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