ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百八十九話:猛き雷鳴/二ノ太刀

 

 空高く、天へと昇り、地へと落ちる雷。

 遠方──〝オハラ〟からもその光景ははっきりと視認でき、相応の事態になっていることが遠目にも分かった。

 カナタ以外に見せたことのない技でも、その規模の現象を引き起こせばそれだけ大変な事態になっていることを想像することは難しくない。

 エネルは空を見上げ、「うーむ」と唸っていた。

 

「これは……思った以上に厄介な状況か?」

 

 小紫の事は嫌いだが、その実力はおおよそわかっている。

 カナタ直属の〝戦乙女(ワルキューレ)〟筆頭、およそ最強に近い〝魔女の弟子〟。

 彼女が本気になるとすれば、それは海軍大将や四皇最高幹部以上か、それに近しい実力者との戦いのみだ。

 

「おい、ボケっとしてないで島民に避難指示を出せ。最悪こちらにまで被害が及びかねないぞ」

「は、はい!!」

 

 近くにいた神隊の一人に指示を出し、エネルは溜息を零す。

 ゴロゴロの実の強さは良く知っている。オクタヴィアに敵わずとも、それに近しい規模の攻撃が出来る時点で被害は予想が付かない。

 エネルは〝神の社〟の隣にある迎賓館へと踏み入ると、この事態に緊急で設営された監視施設へと向かう。

 映像電伝虫を持たせた鳥を飛ばして状況を確認させているのだ。

 監視中の一人に声をかけ、状況を聞きだす。

 

「どうなっている?」

「小紫様が戦闘中です。相手はここ2、3年で名前を聞き始めた闇商人のアルファ・マラプトノカですね」

「強いのか?」

「商人と言うことで重くは捉えていませんでしたが、色々と規格外ではあるようです」

 

 少なくとも小紫と渡り合っている。それだけで警戒するに値する相手だ。映像を見る限り、特異な相手であることも確かである。

 映像を見る限りでは小紫が一方的に攻撃しているように見えるが……中々倒れないばかりか、反撃に転じ始めていた。

 カナタには既に連絡を入れたが、「小紫に一任する」とだけ言われたらしい。

 

「『援軍が欲しいなら送るが時間がかかる』らしく……」

「だろうな。元々ここはそういう島だ」

 

 空島に軍を送るとなると手段は非常に限られる。必須と言っていいフワフワの実の能力者であるジョルジュがいなければ不可能と言っていい。

 そもそもの話、小紫が負けるような相手なら送る援軍も選抜するか、カナタ本人が乗り込んで来なければ解決出来ない可能性の方が高いのだ。

 新世界からオハラまで来るのに数日はかかる。

 小紫に頑張ってもらう他にない。

 

「騒ぎを起こしていた海賊はどうしている?」

「それならこちらの映像ですね」

 

 監視員が別のモニターを指差す。

 エネルはそちらを覗き込むと、船を守るように戦う5人と相対する5人が写っていた。

 

「敵の容姿を伝えたところ、死体でもいいから確実に一人は確保しろと」

「ふむ。確かに珍しい種族ではあるようだが」

 

 白い髪に褐色の肌、それに黒い翼……珍しい種族だから生け捕りにしろ、と言うならわかるが、死体でもいいというのは少々理解しかねる。

 何かしらの理由はあるのだろうが。

 まぁそちらは今考える事でも無いと別の映像に目を向けると、後ろから声がかかった。

 

「何をしているのかしら? 外も凄い音がしているし、もしかして何か大変なことが起こっているの?」

「おやマダム。こちらに来てしまったか」

 

 客人として現在オハラに滞在し、エネルと研究したり図書館で様々な資料を読んでいた女性である。

 彼女は白衣を着たまま片手にコーヒーを持ち、丁度エネルがこの部屋に入るのを見かけたから追いかけたのだと言う。

 

「現在〝アッパーヤード〟にて戦闘が行われている。マダム、出来れば貴女には避難していただきたいが」

「小紫ちゃんが迎賓館から出ないようにって言っていたのはそういう事なのね……でも、彼女は強いんでしょう?」

「万が一と言うこともある。客人に怪我をさせたとあっては貴女の怖い夫に怒られてしまうのでね」

「ふふ、そうね」

 

 肩をすくめるエネルに笑う女性。

 ふと監視映像の一つを見ると、女性は何かに気付いた様子で目を見開いてモニターに駆け寄り、ジッと覗き込んだ。

 小紫の戦っている映像ではない。麦わらの一味が5人の敵と戦っている映像だ。

 

「……まさか、サンジ?」

 

 驚いた様子で、女性は小さく呟いた。

 

 

        ☆

 

 

 森を抜け、海岸へと走るルフィたち4人。

 チョッパーの背中にゾロを乗せ、ロビンはルフィが背に抱えて移動していた。

 

「ゾロ、大丈夫か!?」

「心配すんな。かすり傷だ」

「かすり傷じゃねェよ!! 普通に腹撃たれてるんだぞ!? 本当はすぐにきちんとした手当がしたいんだ!!」

「分かってるよ。騒ぐなチョッパー。おれはそう簡単に死にやしねェ」

 

 マラプトノカに撃たれた腹部からは、応急手当こそしたものの血が滴っている。

 弾丸は貫通していたので摘出の必要はなく、また内臓に当たっているわけでも無かったので運が良かったが、それでも本来なら重傷だ。

 チョッパーは心配そうにチラチラと背中を見ていたが、「危ないから前見てくれるか」とゾロが言うので前を見ていた。

 

「船長さん、もうすぐよ」

「おう! あの火が出てるところだな!?」

 

 近付けばわかる、木々の焼ける臭い。

 移動している途中でも焼けている木々があり、ロビンが示す方向も同じなのでこれが正しい道だと理解出来る。

 

「急がねェと……!」

「……雨?」

 

 ぽつぽつと肌を打つ雨が降り注ぎ、燃えていた木々は僅かに鎮火していく。

 雲よりも高い位置にある島なので雨は降らないはずだが、空を見れば局所的に雲が発生して雨が降っている。そういうことが出来る人物がいたとはロビンの記憶に無いが、ルフィたちは知っているのか。

 そう思って聞いてみると、元気よく「知らねェ」と声をハモらせて返答する3人。

 誰かの仕業であることは確かだが、これはルフィたちにとって運がいい。

 

「森を抜けるわ! 多分、敵はすぐ近くにいるはずよ!」

「よーし! ブッ飛ばしてやる!!!」

 

 鼻息荒くルフィが勢いづく。

 敵に近付いている事を示すように炎上の勢いは強くなっており、それに呼応するように雨もまた強くなっていく。

 

「抜けた!!」

「あれが……!!」

 

 炎上する木々の横を走り抜け、船の止まっている岸辺に辿り着いた。

 そこには前線で戦うサンジ、ゼポ、ペドロの3人と、後ろで援護するようにパチンコを構えるウソップ、天候棒(クリマ・タクト)を振り回して泡のようなものを生成し続けるナミの姿があった。

 

「ルフィ!」

「気を付けろ、敵がすぐそこにいるぞ!!」

 

 喜色満面のナミと警告を飛ばすペドロ。

 2人の言葉に反応するよりも早く、ロビンを背負ったルフィにマーティンが殴りかかった。

 ロビンは咄嗟にルフィの背中から飛び降り、ルフィはそのまま顔面で拳を受けて勢いをつけ、反動で戻ってくる頭をマーティンにぶつける。

 

「〝ゴムゴムのォ〟~~〝鐘〟ェ!!」

 

 マーティンの腹部に直撃するも、僅かに押し返したばかりでダメージを与えたようには見えない。

 チョッパーから飛び降りたゾロもまた同じように殴りかかってきたマーティンの拳を刀で受け止め、その横で人形態になったチョッパーが腹部を殴る。

 だが、こちらも全くダメージが入っているようには見えなかった。

 

「どうなってんだ!? 全然効いてる気がしねェ!!」

「そいつらの背中の炎が消えている瞬間を狙え! 攻撃が通るかもしれん!」

「背中の炎!? んなこといったって、いつ消えるのか……」

 

 能力者だとするなら、海に叩き落した方が対応としては簡単かつ確実なようにも思える。

 もっとも、それが出来るならやっているという話なのだが。

 

「よ~~し、とにかく背中の炎が消えている間ならブッ飛ばせるんだな!」

「相手は同じ顔が5人……厄介な相手のようだが、仕方ねェな」

「ロビンちゃ~~ん!! 無事で良かったよォ~~!!!」

「ゼポ、チョッパー。ゆガラたちはルフィのフォローに回ってくれ。おれはゾロとサンジの2人をフォローする」

「分かったぜ相棒。とにかく相手は5人いる! しかも声一つかけずに連携する! 全員気を付けろ!」

「が、頑張る!!」

 

 ナミとウソップは後ろから援護しつつ、前に出る6人を見る。

 ロビンも同じように後ろに回り、能力を使って妨害と援護を担当しながらチャンスを見つけようとしていた。

 

「長鼻君、これを」

「? なんだこれ?」

「〝(ダイアル)〟の一種よ。〝炎貝(フレイムダイアル)〟と言って……()()()()()()()()()()()()()の」

「ちょっとロビン、こんなものいつの間に!?」

「小紫とさっき会った時、ちょっとね」

 

 詳しく話している暇は無かったので物を手渡されただけだが、渡してきた意図はわかる。

 小紫は先日、一度敵の一人を撃ち落としている。炎を生み出し操る、と言う性質を見て、森の炎上を塞き止める、あるいは攻撃を止められるようにとの意図だったのだろう。

 だが、今の状況であれば別の事に使える。

 一人でも落とすことが出来るなら、状況は劇的に変わるのだ。

 

「貴方にお願いしたいの。出来る? 長鼻君」

「お、おう!! 任せろ!! この勇敢なる海の戦士、キャプテ~~~~ン・ウソップにな!!!」

 

 膝は明らかに笑っているが、ウソップはそれでも男を見せようと二つ返事でロビンの言葉に答えた。

 

 

        ☆

 

 

 雷が奔る。

 立ち昇る/降り注ぐ雷の柱は世界を覆う天蓋となり、逃げ場を塞ぐ必中の領域を作り出す。

 物理的な壁を生み出すわけでは無いが、今なお大気を焼く雷に自ら身を投じるのは強靭な肉体と再生能力を持つマラプトノカを以てしても避けたい所業と言えた。

 

「これは……!」

 

 自然(ロギア)系は自らの肉体を自然と化す能力だ。

 自己の領域を広げれば能力を活用できる範囲が広がるが、同時に覇気使いにとっては的が増えることになる。

 覇気さえ纏ってしまえばどこに攻撃しようと攻撃が当たることになるからだ。

 

「的を広げるだけの所業……だけとは思えませんが、これではどこを攻撃しても当たるだけ。わたくしの方が有利になったのではありませんか?」

「そう思うのならやってみれば良いでしょう。貴女に私を打ち破れるだけの力があると思うのであれば」

 

 弱点を織り込んで自己の領域を広げたとなれば、それ相応の意味がある。

 人獣形態のまま放たれた〝熱息(ボロブレス)〟は真っ直ぐに小紫へと向かい──小紫本人ではなく、その背後の立ち昇る雷から放たれた雷の槍によって相殺された。

 

「っ!!?」

 

 本来、自然(ロギア)系の能力は自身の肉体を変化、あるいは放出させることで現象を引き起こしている。

 両手に刀を握る小紫にとって、自身の肉体を基点として能力を発動させるのは使い勝手が悪い。

 それ故に、彼女は考えた。

 剣術と能力の両方を最大まで活用するには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「対象を逃げ場のない自己の領域内に捉え、能力の発動を自身の肉体に制限しない。私にとってはこれが最適でした」

 

 カナタの〝白銀世界(ニブルヘイム)〟は敵を物理的にドーム状の氷の中に閉じ込めるもので自己の領域を拡大しているわけでは無いが、小紫はそれをヒントに構築した。

 雷の能力の性質上、物理的に閉じ込めることは出来ない。だが、出られない状況にしてしまえば同じこと。

 能力発動の基点が無数にあるのなら、雷もまた無数に放つことができる。

 

「滅茶苦茶な人ですね!? 本当に、〝魔女〟の関係者と来たら……!!」

 

 能力による青白い雷と覇王色の覇気を纏うことによる黒い雷が入り混じり、小紫の持つ二振りの刀を覆う。

 マラプトノカは状況の不味さに冷や汗をかき、先んじて小紫を倒そうと覇気を纏った爪を振るった。

 しかしそれは容易く防がれ、マラプトノカの死角になる位置から雷撃が走る。

 斜めに撃ち抜かれて落とされたマラプトノカ目掛け、あらゆる方向から雷の槍が放たれた。

 

「くっ──!?」

 

 咄嗟に生み出した焔雲を掴んで空中を移動し、間一髪で回避するも、それさえ予測していた小紫は雷の槍の中を真っ直ぐに突き抜けてくる。

 ここは小紫の領域。自身の生み出した雷で怪我をすることなど無く、迸る雷に乗って移動することさえ可能だ。

 

「おでん二刀流──〝仙境草那藝(せんきょうくさなぎ)〟」

 

 連続して斬撃を飛ばし、逃げるマラプトノカを追い詰めていく。

 身体能力では上回っているものの、強力な覇気とそれに付随する雷の能力にダメージが蓄積するマラプトノカ。

 マズイと思ったのか、肉体に強烈な冷気を纏って氷の鎧を生み出した。

 ガキン! と爪と刀が衝突した瞬間、背後から雷の槍が狙い澄ましたかのようにマラプトノカの背中を撃ち抜く。

 

「がァッ……!」

 

 一瞬の痺れと激痛に動きが止まり、目の前に小紫が居るにもかかわらず、無防備を晒した──その一瞬。

 

「──〝神戮(しんりく)〟!!」

 

 覇王色の覇気と能力を刀に纏わせ、真っ直ぐにマラプトノカへと振り下ろした。

 斬撃は纏っていた氷の鎧ごと肉体を深々と切り裂き、地面へと叩き落す。

 完全には両断出来なかったことに舌打ちしつつ、未だ〝声〟の消えないマラプトノカへ追撃を狙う。

 

「まだ生きているとは……!!」

 

 頑丈にも程がある。

 意識があるならまだ再生されるだろう。下手に時間を置けば長引くことになるため、急ぎ狙いを定めた。

 

「残念ですが、貴女を倒すのは無理なようですね。ムカつく話ではありますが、仕方ありません──逃げさせていただきましょう」

「この領域内で貴女の逃げ場などありません! ここで、死んでもらいます!!」

「いいえ、ありますとも。一つだけ、ね」

 

 地面に叩きつけられたマラプトノカはボロボロの体でそう言い、追撃を放つ小紫を見て笑った。

 何か行動を起こす前に、と小紫は判断し、空中から〝寂滅無縫〟を解除すると同時に収束させた雷を地面目掛けて放つ。

 

「10億V──〝雷槍〟!!!」

 

 最大火力による攻撃は確実にマラプトノカを捉え、〝アッパーヤード〟を貫通するほどの威力をぶつけた。

 手応えとしては十分。相手が多少強くとも、今のを受けて生きていられるとは思えない。

 が、小紫は釈然としない様子だった。

 

「……逃げられましたか」

 

 最後の一瞬、相殺ではなく防御をしていた。あの状況で防御を狙うなら、小紫の攻撃を誘発して下へ逃げることを視野に入れていたのだろう。

 かなりのダメージを与えたことは確かだが、死んだとは思えない。

 小紫は溜息をついて〝閻魔〟と〝村正〟を納刀し、一息つく。

 覇気は相応に消耗した。やはりこの二振りを使うなら長期戦は厳しい。ここは改善の余地ありと見るべきだ。

 

「さて、後は……」

 

 ルフィたちの船を狙っていた5人について、後始末を付けねばならない。

 




 〝寂滅無縫〟
 小紫がカナタの〝白銀世界〟を見て思いついた技。
 自己領域の拡大により、物理的な壁ではなく雷で空間を分かつ。我慢して受ければ出れないことも無いが並の覇気は貫通してダメージを与える。外壁代わりに使っている雷に攻撃しても小紫にダメージが入るが、小紫自身の覇気がとんでもなく強いので四皇最高幹部か海軍大将並でも無ければダメージはほぼ入らない。
 この領域内では周りを覆う雷から雷が飛んでくる。ほぼ無制限の手数を捌きつつ、小紫本人の剣技を受けねばならないので大体の敵は死ぬ。
 カナタも流石に手こずって手傷を負ったほど。

 ルフィには効かない。

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