カラァーーン。
カラァーーン。
海原に響くように雄大に、鐘の音が響き渡る。
祖先の魂が迷うことなく戻って来られるようにと願いを込めて。
あるいは、海へと出る友が再びこの地を訪れることが出来るようにと思いを込めて。
「うむうむ。良い別れであったのう」
「おれはしれっとこの船に乗ってるお前に驚いてんだがよ。なんでここにいるんだお前」
「何を言う。この島に来るにあたっても乗っていたであろうに」
「だからよ! おれは提督が死にかけてるところを横で見てただけって言ってたお前が! 何食わぬ顔でここにいることに疑問を覚えてんだよ!!」
「おうおう、吼えるではないか。肝心の提督殿はあそこで感じ入っておるようじゃが」
「提督ーっ!! 良いんですか、こいつ乗せて!?」
船員の1人が声を荒げる。
それに対する女は笑うばかりで、図々しくも船に乗ると言って憚らない。
今しがた大事な友と別れたばかりで色々と思うところもあった〝提督〟と呼ばれた男──モンブラン・ノーランドも、この騒がしさに涙も引っ込んでしまった。
鼻をすすりながら振り向き、ノーランドは女の方を見る。
「ずずっ……私は、お前は残るものだとばかり思っていた」
「何故じゃ? わえはお主の旅路をこそ見届けたいと思っておる。中途半端に降りるなど、勿体無いにも程があろう?」
「あの時、お前は私を
ジャヤに来たその日、村で行われていた儀式を無理矢理止めて〝コナの木〟を探し、見つけた帰り道で地震による地割れに呑まれた。
そこに現れたこの女は、助けるどころか横でニヤニヤと笑いながら眺めていたのだ。
ご丁寧に「がんばれがんばれ」と声をかけながら、である。
「見捨てたとは心外な。お主が自身の力であの苦難を乗り越えると信じていたからこそよ」
「……結局、私一人ではどうにもならずにカルガラに助けてもらったが」
「そこはほれ、ああいうテイストもたまには悪くないというものよ。き、ひ、ひ……!」
「人が苦しんでいるさまを見て喜ぶなど、悪趣味にも程があるだろうに……」
「お主等が苦しんでいるさまを楽しんでいるのではない。苦しんで地にまみれて、それでもなお立ち上がる様をこそわえは見たいと思うておる」
ノーランドからしても、この女の趣味の悪さには閉口する。
人を探している、と言うから船に乗せてやったというのに、やったことと言えば危ない時に一番近いところで観戦するばかりで手伝うこともしない。
親切心で船に乗せたが、失敗だったかもしれない。
「……それで、結局お前の探し人は見つかったのか?」
「いいや、ここにもおらなんだ。やっぱり壁の向こう側かのう……」
「〝
「うむ。わえは元々あちら側から来ておるからのう。トキもミオも、あちらにいる可能性が高いが……まァミオはさておきトキははぐれた時点でもう会うことは無かろうと思っておる」
「? 何故だ? あちらもお前の事を探しているんじゃないのか?」
「き、ひ、ひ。あやつはわえと違って弱いからのう。
目を細めて笑う女性に、ノーランドは何か言葉をかけようとして……今しがた再会を誓った親友の事を思い出す。
彼はいる場所がわかっているだけマシなのだろう。
偶然離れ離れになり、その後の行方も知れないまま当てもなく探し続けることはとても疲れることだ。
ゴールの見えない旅路ほど疲弊するモノは無い。
「サヘル。君は──」
「同情なら不要だ。わえにはわえの目的があって彼奴等と共にいたに過ぎん」
ノーランドの言葉を遮り、サヘルと呼ばれた女は歯を見せて獰猛な笑みを浮かべる。
長い金髪をなびかせて背を向け、船室へ向けて歩き始めた。
「少なくとも、わえは〝ジョイボーイ〟を見つけるまでは死ぬ気は無いのでな」
──それが、ジャヤを出航したモンブラン・ノーランド一行の船で行われた、記録に残ることのない会話。
その後の顛末は絵本にある通り、ウソツキと呼ばれてノーランドが処刑されることとなる。その逆境をはね返せなかったことを残念に思いながら、サヘルもまた歴史の闇の中に姿を消した。
☆
空島からやや離れた空域。
〝焔雲〟を手繰って船を運ぶ巨大な狐の姿があり、徐々に高度を落として着水する。
巨大な狐──マラプトノカは疲れた様子で人型に変わり、船の中に入ってソファにぐったりと倒れ込む。
「お疲れだな」
「全くです。割に合わない仕事でした……」
声をかけた子供姿のマーティンはと言えば、盗んできた資料を適当に確認していた。
「そちらの出来はどうでした?」
「重要な資料と呼べるものは無かった。オハラと関連付けられそうなものも、無いでは無いが……これはちょっとこじつけが過ぎるな」
歴史的な資料も普通に世に出回っているようなものばかりで、オハラと〝黄昏〟の関係性を客観的に示せそうな資料は見つかっていない。
貴重な資料などはきっちり隠されているのか、あるいは
政府には文句を言われるだろうが、マラプトノカはもうサイファーポールでも動かして勝手にしろと考えていた。
特に今回は、不死鳥の能力が無ければ何回死んでいたか分からないほどの傷を負った。あんなバケモノがいるとは少々予想外である。
「現在こちらの海にいる中でマークするべきは数年前に〝黄昏〟の傘下に入った〝冒険男〟や、〝ミズガルズ〟にいる〝魔眼〟くらいのものだと思っていましたが……今回の小紫と言う人は完全にノーマークでしたね。わたくしがここまで良いようにやられるなんて」
「
「今回はこの情報を高く売ることで補填としましょう」
〝黄昏〟の情報は表に出ているものが少ない。特にカナタの隠している存在ともなれば、政府も無視は出来ないだろう。
さぞや高値を出すだろうと皮算用しつつ、しばらくは休養を取ろうと考えていた。
人の体を障子紙のように切り裂く剣士の相手など、なるべくならもう見たくもない。
☆
黄金郷を見つけて数日後。
シャンディアの面々は黄金の鐘以外の金銀財宝を納めることで〝黄昏〟の庇護下に置かれることとなった。
マラプトノカの襲撃もそうだし、村を焼かれたことによる食糧難と住居の確保が急務だったからである。
ガン・フォールは忙しそうに各所へ指示を出している中、小紫はカイエと連絡を取っていた。
『……状況はある程度カナタさんから聞いています。土地の調査は行っておきたいとのことですし、近いうちに調査班を組んでおきましょう。方舟のテストには問題が無かったのでしょう? 近いうちに〝ミズガルズ〟との間で航行試験をやって、必要な食料や資材はその時に運ばせましょう』
「ジョルジュさんはいないんですか?」
『丁度いますが、うるさいのがいますからね……準備に数日は必要でしょうし、これ以上待たせて暴れられると手に負えないんですよ』
「そうですか……こちらも急ぎで必要な物は無いですし、その手筈でお願いします。カイエさん」
カナタが忙しいため、物資の補給などはカイエが引き継いで対応することになっていた。
空島との行き来はフワフワの実による移動しか方法が無いが、方舟マクシムが稼働すれば空を移動する方法が増えることになる。
動力に悪魔の実の能力を使っているとはいえ、これが完成すれば今後の移動に革新的な変化が起きる事だろう。空島との行き来は元より、〝
カイエとの話し合いが終わり、突発的に行われているシャンディアの受け入れ作業を見る。
住居は元々観光のために用意してあった宿を開放しているので問題はない。着るものも古物であれば数多く残っている。食料も備蓄があるのでしばらくは大丈夫だ。
問題は……住民間の軋轢である。
「長年対立してきて、突然それが解消される……混乱もまた必然、ですか」
小紫とて他人事ではない。
ワノ国内部ではオロチが自身におもねる者とそうでない者を明確に分けて暮らしに差を付けている。仮にワノ国を取り戻せたとして、この対立は残るだろう。
執政に関わってきたのなら全員斬れば済むという話ではない。
お庭番衆も侍衆も、ワノ国の軍事力として必要な存在だ。小紫1人の力で世界ににらみを利かせられるわけでは無い以上、彼らを従える必要がある。
……もっとも、これをスムーズに進めるための小紫
「小紫ちゃん!」
「ソラさん。どうされました?」
考えるだけで頭が痛くなるワノ国の内憂を振り払い、小紫は小走りで近付いて来るソラの方を見る。
「サンジたち、もうそろそろここを出るらしくて! 荷物を急いで運ぼうと思ってるの。手伝ってくれない?」
「ええ、いいですよ」
大きめのリュックに着替えなどを入れて荷造りは終わっていたため、後は運ぶだけ……らしいのだが、非力なソラでは数が多く運びきれない。
オハラに来る際も手伝って貰っていたので、小紫も「まぁそうでしょうね」と言わんばかりの表情である。
☆
ところどころ黒く焼け焦げた跡が残るメリー号が簡単にとは言え修繕され、これでもかとばかりに金銀財宝が積み込まれていた。
食料や水などの必需品を除いて載せられるだけ載せたのだ。換金出来れば良かったのだが、現在のオハラは観光地である。多数の金銀財宝を換金出来るほどの現金など置いていない。
量が量なのでナミも満足そうに頷いており、これで貧乏海賊脱却だと鼻を鳴らす。
多くの〝
「出発はまだなのか?」
「サンジの母ちゃんがまだ来てねェんだ。どこ行ったんだろうな?」
「ソラさんなら荷物を取りに行くって言ってたわよ」
言うが早いか、大荷物を抱えた小紫と身軽なソラが港を歩いているのを見つけた。
ルフィが声をかけると、ソラが手を振って応える。
ソラの荷物でまた船が狭くなるが、こればかりは仕方ないので文句など誰も言いはしない。
「じゃあ出発……あれ? ナミはどこだ?」
「あいつならあそこだ」
ゾロが指差した先ではウェイバーを乗りこなすナミの姿があった。
この島に来た初日にパガヤへ渡してそのままだったウェイバーの修理が終わったので貰って来たらしい。その際現金が無かったので宝石で支払ってきたのは余談である。
「これサイコー!」
「楽しそうだなー……いいなー! なァ、おれでも乗れるやつ買わないか?」
「置く場所ねェだろ」
ゾロにばっさりと切り捨てられ、ルフィはブーブーと文句を言いつつ口をとがらせる。
一方のゾロは、荷物を船に載せ無理矢理部屋の中にリュックを押し込んでいる小紫をじっと見ていた。
アッパーヤードでマラプトノカと戦っているのを見た時から、ずっと気になっていることがある。
「お前、あの時刀が黒く染まってただろ。あれはいったい何なんだ?」
「あれは覇気によるものです。〝黒刀〟は恐竜が踏んでも一ミリも曲がらないと謳われる刀ですが、それは過去に卓越した覇気使いによって〝成った〟刀。使い手次第で普通の刀もまた〝黒刀〟足り得る」
〝春雷〟を引き抜いた小紫は、手の上に載せたそれに覇気を纏わせて刀身を黒く染めあげる。
覇気の練度次第で出来る事出来ないことがある。自身の肉体ではないものに覇気を纏わせるのは難しく、並の覇気使いでは出来ない者もいる。
そもそも覇気を扱う事自体難易度が高いので、やるならまずそこからだ。
「あなたがより強い剣士になるかどうかは今後の修練次第です。今はまだ地力を付けることを考えて良いと思いますよ。何事も基礎あってのものですからね」
「……ああ。そうだな」
「詳細はペドロとゼポに聞くと良いでしょう。彼らも覇気使いですし、基礎くらいなら教えられるハズです」
目指すべき先が明確に見えてきたのなら、基礎的な鍛錬にも力が入るというもの。
ゾロは自分の掌を見て、必ずあの域まで行ってみせると拳を握り込む。
2人が話している間にナミはウェイバーを手に戻ってきており、ルフィとチョッパーが引き上げていた。
準備は出来た。小紫も小舟に乗り込み、ルフィたちを先導するように船を出す。
「ついて来てください。案内しましょう」
普段は警ら隊が担当しているのだが、彼らは現在マラプトノカに手酷くやられて入院中である。
仕方が無いので小紫が代わりに出国の手続きを担当していた。
行先はオハラやアッパーヤードがある上層〝白々海〟の下、〝白海〟の端。人呼んで〝
「は~~……長いようで短かったなー」
「白い海ともお別れか。いざ降りるとなると、確かに名残惜しい……」
「また来れるかな?」
「ここばっかりはな……」
各々が雑談している中でも、船はゆっくりと進んでいく。
〝
「ここからは青海一直線です。帆を畳んで船内に物を運んでおいてください」
「だいぶ高速で行く見てェだな! 7000メートルの坂道だ、それも当然か!」
「飛んでいきそうなものは全部中に入れちまえ!」
「小紫ちゃん、色々とありがとう。カイエちゃんへの手紙もちゃんと持ったから、向こうで渡すわ!!」
「ええ、良い旅路を」
次の島はソラが持つ
小紫はここに来てようやく狐の面を外し、二コリと笑って門を開ける。
そのまま吸い込まれるように門へと入っていくルフィたちを見送り、手を振って。
「よーし!! ここを降りたら、また新しい冒険が始まるんだ!! 行くぞ、野郎ども!!!」
「おお!!!」
ルフィが次なる冒険に心を躍らせ、仲間たちもそれに拳を突き上げる。
そして。
「──では、落下中お気を付けて」
「──落下中??」
スポーン、と門から投げ出される形になったメリー号と麦わらの一味は、急な坂道どころか垂直落下で青海に向かうことに気付いて目玉が飛び出る程驚く。
ちょっと待ってと言わんばかりに門のところにいる小紫に手を伸ばすが既に遅い。
雲を切り裂くように重力に包まれ、真っ直ぐ青海へと落ちていく。
それを見届け、小紫は懐から出した笛を口に咥えた。
「最後のサプライズです。楽しんでいってください──空島名物、〝タコバルーン〟です!」
ポ~~~~ッ!! と笛の音が鳴り響くと、雲の海の中から飛び出た巨大なタコが横からメリー号に絡みつく。
こんな時にとゾロは思わず刀を抜こうとするが、ソラがそれを制止した。
「うべっ!?」
「な、なんだこれ!?」
船が襲われているのかと思いきや、絡みついたタコはバルーンのように膨らんで船が急激に減速する。
特に襲ってくる様子もなく、船は先程までと違って風に乗りながらゆっくりと落下していく。
「はーっ! スゲーなこれ!!」
「面白ーっ!」
「……アンタ、これ聞いてたのか?」
「一応ね。船を飛行させて移動する時以外はこれしか降りる方法がないから、推測でしかなかったけれど」
「し、心臓が止まるかと思った……」
「人が悪いぜ姫様……」
「全くだ……」
先に教えてくれても良かったのに、とぼやく2人を尻目に、ルフィはゆっくり落下していくこの状況を楽しんでいた。
ナミとウソップとチョッパーはやや腰が抜けたようにぐったりしていたが、ソラが懐から
次なる目的地を示す指針である。特にナミは航海士として気になるのだろう。
「それがソラさんの目的地?」
「ええ。〝
「〝ミズガルズ〟……」
「まァ、本当はこれを使わなくてもこの島で
アラバスタを出て、航海の途中で空島に
「そこに何かあるの?」
「……サンジは本当なら会いたくないかもしれないけれど。あそこには今ジャッジがいるの」
「…………」
サンジはしかめっ面のまま、ソラの言葉を聞いても口を開くことは無い。ある程度想像はしていたのだろう。
ソラの目的地がそこなら、どうしたって会うことになる。正直気は進まないが……無理矢理針路を変えろなどと言うことも出来ない。
ルフィの決めたことだ。後からあれこれ口を挟む真似はしない、とサンジは自分の意見を事前に言っていた。
「それに、黄金もこのまま船に載せておくわけにはいかないでしょう? あそこなら換金もしてくれると思うわ。紹介状も書いてもらったし」
「あ、その手紙ってそのための?」
「そうよ」
ソラの知り合いに換金所をやっている者はいないので、小紫に事前に仲介してもらうための手紙を書いて貰っていた。
懐に手紙を仕舞いなおすと、青海に降りるまでの間にサンジの仲間と親睦を深めておこうと、ナミの下へ行く。
必要なことがあれば都度話す。そうしなければ忘れてしまうだろうし、ルフィとしても事前に知っているより一度見てからの方が良いだろうと考えての事だった。
青海に向けて落下する中、耳朶に響く雄大な音が鳴る。
カラァーーン。
カラァーーン。
友を送り出す鐘の音は途切れることなく、祖先より続く灯は絶えていないと示すように。
ここは空島。海抜10000メートルにある、雲の上の神の国。
今日も明日もそのまた明日も。
鐘の音は大地を誇るように歌う。
次章予告!
「次の島は──巨大な城塞商圏!
城塞と巨人の守る最大規模の貿易拠点! あらゆる海から集まる酒! 食料!! 美人!!!
島を統率する魔眼の女王!
世に名高い九蛇の姫!
更にはルフィの幼馴染ィ!?
ここがこの世の楽園か!!? あわよくばお近づきになりてェ~~~~っ!!!
次章! 巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇
恋はいつでも!! ハリケーン!!!」
次章予告その2
「10人の巨獣に守られた城塞。10の城塞に守られた人工島。あらゆる品物が集まり、世界中の交易の大部分を担う一大拠点。
〝楽園〟と〝新世界〟にしかない貿易拠点に役者は集う。
古代種の力を得たエルバフの戦士。
妻の体を今なお保存し続ける亡国の王。
科学の力によって強靭な肉体を得た姉弟。
海軍、海賊の区別なく交易を行うこの都市ではトラブルが絶えることは無い。身の程知らずなど最たるもの。
次章、巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇
この都市で無用なトラブルを起こすなら石にしてしまいますよ?」