ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十九話:双子岬

 双子岬。

 偉大なる航路(グランドライン)の入り口となるその場所。

 初めに七つの島のいずれかへと至る航路を選ぶための灯台だ。

 

「ここが……偉大なる航路(グランドライン)……」

 

 誰かが呟いた声が響く。

 運河を登ってリヴァースマウンテンを越えた先にある大海原。この世界で最も偉大なる海に、誰もが感慨深いように視線を向かわせていた。

 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 まずは灯台守がいるはずだと、双子岬の船着き場に停泊することにした。

 

「こんなところでも人は住んでるんだなー」

「そうだな。暮らすには随分と不便だろうが……気候はかなり違うらしい」

 

 聞いた話によると診療所もやっているらしいが、ここまで人が来るのだろうかと疑問に思う。

 気候は安定しているようで、凍えるような寒さだったのが嘘のように心地良い陽気だ。

 ぞろぞろと全員で行くのもどうかと思い、カナタとジョルジュ、クロの三人で診療所を訪れることにした。

 数度ノックをして出てきたのは、手拭いを付けて頭の周りに花弁のように髪が生えた男性だった。

 

「なんだ、患者か?」

「いや、私のこれに関しての治療は終わってる。これから偉大なる航路(グランドライン)に入るのでな、少し話を聞きたい」

「良かろう。だが代わりに食料を分けてもらう」

「食料か。そう余裕があるわけでもないが……」

 

 ジョルジュにちらりと視線を向ける。

 食料事情に関してはカナタよりも把握しているはずだが、一人分分けるくらいは問題ないと頷いて返す。ここに来る前に海獣を一匹狩って食料自体は補充してあるから大丈夫なのだろう。

 

「問題ない。それくらいで良ければな」

「交渉成立だな」

 

 右手で握手を交わし、診療所の外にあるテーブルで話を聞くことにする。診療所の中は手狭らしい。

 「まずは何が聞きたい」という男に、ジョルジュは「あんたの名前から聞こう」と返す。

 

「名前を聞くのなら自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」

「そりゃそうだな。俺は──」

「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。年は三十九だ」

「お前今自分から名乗れって言ったよな!?」

 

 ジョルジュを笑いながらなだめるクロ。それを尻目に、カナタは一番聞きたいことを口に出す。

 

「船医を探している。我々は追われる身だが、それでも船医をやってくれる者に心当たりはないか?」

「何? お前たち船医もなしにこの海を渡ろうとしていたのか」

「ああ、何せ突発的に追われることになったのでな。人生は準備不足の連続だというが、今回ばかりは焦っている」

「ふむ……海賊か?」

「自発的に海賊を名乗った覚えはない」

 

 海賊と認識されているかどうかもわからない。

 広義の意味では海賊になるかもしれないが、海軍の判断は適当なところもある。カナタとしてはどちらでもいいことではあるのだが。

 クロッカスは少しばかり考え込むように腕組みし、カナタたちはクロッカスの言葉を待つ。

 数分して、静かに口を開いた。

 

「ここから行ける島の一つに、〝ウイスキーピーク〟という町がある。私の知り合いの息子がそこで医者をやっているのだが、かなりの変わり者でな」

「そいつなら私たちについてきてくれると?」

「可能性があるとしたらの話だ。断言は出来ん」

「だろうな。だが、情報が聞けただけありがたい」

「腕だけは保証しよう。それ以上のことは実際に行って確かめることだ」

「決まりだな。航路も自ずと決定したわけだ」

 

 目的地はウイスキーピーク。そこで船医になるかもしれない者を勧誘する。

 季節、天候、海流、風向き──すべてが出鱈目に巡るこの海では、島々の交流さえまばらで文化の止まった島さえ存在する。

 例えば〝太古の環境がそのまま保存された島〟。例えば〝独自の進化を遂げた島〟。

 そういった島々を訪れることになるのなら、風土病や感染症などにかかる可能性は十分考えられる。船医の加入は急務だ。

 

「ほかに何か聞いておくことはあるか?」

「そうだな……〝ウイスキーピーク〟の特徴でも聞いておこうか」

「あそこは賞金稼ぎどもが集まったゴロツキの街だ。懸賞金がかかっているなら気を付けることだな」

「懸賞金、ね……」

「お嬢の額聞いても立ち向かってくるくらい骨があるなら勧誘したいくらいだな」

「……そこの小娘の顔、どこかで見たと思ったが……もしや」

 

 クロッカスはカナタの顔を知っているらしい。

 ここ最近は世界を揺るがす大事件としてずっと報道されていたから、目の前の少女が()()賞金首だと気づけたのだろう。

 当の本人は包帯でグルグル巻きにされてうんざりした表情をしていた。

 

「〝竜殺しの魔女〟か……西の海(ウエストブルー)最悪の犯罪者とはな」

「間違っても海軍に通報なんて真似はやめてくれよ」

「この双子岬は様々な海賊が通る。一々通報などするものか」

 

 海賊に限らないが、この偉大なる海を踏破しようと訪れるものは古来より後を絶たない。それを毎回通報などしていてはキリがない。

 それでも未だ誰も踏破できていないのだから、この海の厳しさを物語っていると言えよう。

 だが、それはそれとしてクロッカスは気になったことがあるらしい。

 

「お前のその傷、海軍と戦った際の物だろう。船医がいないのなら誰が手当てを?」

「死にかけていたところをとある海賊に拾われてな」

「見せてみろ。私も医者だ、きちんとした手当てをしてやる」

 

 半ば無理やり診療所の中に連れ込まれたカナタを見送り、ジョルジュとクロは船に一度戻って食事の準備をすることにした。

 クロッカスに渡す分の確保もしなければならない。

 元々人数に対して大きすぎる船であることも相まって食料は十分すぎるほど積めるのだが、トロアでは食料の補充が出来なかったのが痛い。

 道中で狩った海獣の肉も、フェイユンという巨人族がいることを考えるとそれほど長期間は持たないだろう。

 

「どっかで補充してェがなァ……」

「〝ウイスキーピーク〟ってとこで補充できねェかな」

「それを期待するしかねェか。だが賞金稼ぎどもの巣窟だって話だからなァ」

 

 意気揚々と偉大なる航路(グランドライン)に入ってきた海賊たちをカモにする賞金稼ぎの集まる街なら、農業や漁業などは盛んでない可能性は多分にある。

 金を稼いで他所の街から買ってくるという生活スタイルなら、あまり期待しないほうがいいだろう。

 

「肉はいいんだが野菜なんかがな……ん?」

「どうした?」

「いや……あれ、見てみろ」

 

 ジョルジュが指さす先には、まだ子供のアイランドクジラが双子岬の近くを遊泳していた。

 子供と言ってもそこはアイランドクジラ。相当な大きさを誇っており、ジョルジュたちの船だけでも何か月分の食料になるのかというレベルだ。

 西の海(ウエストブルー)にしか生息していないはずのアイランドクジラがなぜここにいるのかはわからないが、食料補充にはちょうどいい。

 カナタが戻ってきたら仕留めて貰おうと思いつつ、二人は船に戻った。

 

 

        ☆

 

 

「駄目だ」

 

 飯の用意が出来たとジョルジュが診療所を訪れ、道中見たアイランドクジラのことを話すと、カナタの前にクロッカスが口を開いた。

 

「あのクジラはとある海賊たちから預かっている。捕鯨するのはやめて貰おう」

 

 治療を受けて新しい包帯に付け替え、ベッドの上で横たわっているカナタは「何をそこまで執着している?」と聞く。

 ペットとして飼うには、アイランドクジラは些か珍しい部類だ。いないとは言わないが、少なくともカナタは見たことがなかった。

 

「昔の話だ」

 

 気のいい海賊たちが偉大なる航路(グランドライン)に入ってきた。その際後ろからついてきた子クジラこそが遠目に見えるアイランドクジラ──ラブーンだった。

 西の海(ウエストブルー)で共に旅をして、今回の旅路は危険だからと置いてきたはずの仲間。

 アイランドクジラは本来群れを成して泳ぐ。ラブーンにとってはその海賊たちこそが群れの仲間だったということだろう。

 船が故障して修理のために数か月停泊し、その間に仲良くなったクロッカスは海賊たちからラブーンを預かったのだという。

 

「『二、三年預かっていてくれ。必ず世界を一周して戻ってくる』とな」

「なるほどなァ……大事な仲間って訳か」

「そうだ……もっとも、十六年ほど前の話だがな」

「十六年!? そいつは……」

「おかしくはあるまい。この海で名を馳せる〝白ひげ〟も〝ビッグマム〟も〝金獅子〟も、長い間この海で覇権を争い続けている」

 

 とはいえ、そのレベルの大海賊ともなれば噂くらいは届いていてもおかしくはない。

 ラブーンの仲間の海賊たちが紙面に載らなくなったというのは、そういうことなのだろう。

 だが、それでもクロッカスとラブーンは信じて待っているのだ。

 

「その海賊団の名前は?」

「ルンバー海賊団という。西の海(ウエストブルー)出身で、キャラコのヨーキという男が船長だ」

「ふむ……」

 

 聞き覚えはあるかとジョルジュに視線を向けるカナタ。向けられた当人は肩をすくめて首を振る。

 カナタにも聞き覚えはない。十六年前に活動していた海賊なら手配書を探せば見つかる可能性はあるが……これほどの時間が経って名を馳せていないというのなら、生存は絶望的というほかにないだろう。

 だが、手配書が残っているのなら海軍に捕縛、あるいは処刑されているわけでもない。

 探せばどこかで身を潜めていたりするのかもしれない。

 

「私もクロッカスには世話になった身だ。航海する傍らで情報を集めてみよう」

「そうしてくれるとありがたい。便りがないのは元気の証というが、流石にこれだけ情報がないと不安にもなるというものだ」

 

 何より、ラブーンが不憫だ。

 岬の近くまで来ていたラブーンを見て立ち上がり、カナタは外へと出る。

 自身の何倍もある大きさのクジラを前にして何を思ったのか、近寄ってきたラブーンを撫でながらつぶやいた。

 

「ずっと待ち続けているのか……寂しいだろうにな」

 

 仲間に見捨てられたのではないかという不安。

 待ち続ける意味を無くす恐怖。

 カナタとしては、少しばかり感情移入してしまっていた。

 カナタに続いて出てきたジョルジュたちに対し、ラブーンを撫でながら告げる。

 

「数日ほどここに停泊する」

「いいのか? 急ぎの旅じゃねェが、いつ追手が来るか分からねェぞ」

「構うまい。まだ海軍は私たちが西の海(ウエストブルー)にいると思っているはずだ」

 

 追われる旅である以上、ゆっくりと過ごす時間も今後あるかわからない。休めるうちに休んでおきたいというのも本音だ。

 この怪我ではカナタもまともに戦うことは難しいのだし、悪手と呼ぶほどではなかった。

 

「数日ほどクジラと遊んで癒されるとしよう。構わないか、クロッカス?」

「……ああ、ずっとこの辺りを遊泳しているだけだからな」

「決まりだな。今夜は宴にしよう。これからの私たちの旅と、ルンバー海賊団の無事を祈って」

 

 

        ☆

 

 

 騒がしい夜が始まった。

 星明りの下で焚火をしながら皆で騒ぎながら食事を食べて酒を飲む。

 英気を養うという意味では一番の薬だった。

 

「これは驚いたな。外から入ってくる船に巨人族が乗っているとは」

「元々はエルバフの村の出身なんですけど、色々あって」

「そうか、エルバフの……ラブーンとは、流石に比べるほどではないが」

 

 ここに来た頃は人間族が数人乗れるほどだったラブーンも、今や全長百メートルを超している。

 高さだけで言えばフェイユンとそう変わらないが、全長では比べるべくもない。

 

「フェイユンは能力者でな。ラブーンに負けないほどの大きさになれるんだ」

「何? そうなのか」

「はい! クジラさんには負けませんよ!」

 

 岬で一気に巨大化したフェイユンは、ラブーンの全長と同じくらいの大きさにまでなった。

 ラブーンもこれには驚いたのか、「ブオォォォ!」と叫びながらフェイユンに水をかけてくる。

 

「わぷっ! やりましたね! えいっ」

 

 バシャバシャと海水を手ですくってラブーンにかけ、水遊びを楽しんでいた。

 スケールが違いすぎるのでクロッカスも目を白黒させながら見ていたが、ラブーンが楽しそうに遊んでいるのを見て目じりを緩ませている。

 カナタはというと、片手が使えないので不便に思いながらも器用に食事をしていた。

 

「あの子は巨人族の年齢でいうとまだ子供なんだ。たまには遊ばせてやりたい」

「……ラブーンも楽しそうだ。子供の笑顔はいいものだな」

「ああ、活力がある」

 

 カナタも年齢的にはまだ少女というべきなのだが、これまでの生活で随分と擦れてしまっている。

 今更無邪気に、と言っても無理なのだろう。

 

「ここの〝記録(ログ)〟はどれくらいで貯まる?」

「ここではどの航路を選んでもそう時間はかからない。〝ウイスキーピーク〟は半日もあれば貯まったはずだ」

 

 では多少のんびりしたとて海軍本部の追手からは逃げられるだろう。

 酒を飲まずにジュースを口にしつつ、冷静に考えているとクロッカスから話しかけられる。

 

「お前たちは海軍本部から逃げ続ける事が目的なのか?」

「基本的にはな。だがそれだけでは面白くない。ついでに世界を一周でもしてこようかと思っている」

「困難な道のりだぞ」

「構うまい。逃げ続けるだけの人生より、挑戦し続ける人生の方が面白いというものだ」

「……そうだな。前向きに見るほうが良かろう」

 

 誰もが目指し、そして誰もが出来なかったことを成し遂げる。ついでに海軍本部の大将たちから逃げきる。

 何事も挑戦だとカナタは笑う。

 賑やかに夜は更けていく。宴はまだこれからだと、ジョルジュたちは大騒ぎしていた。

 


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