ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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幕間 エレジア

 

 ──10年前。偉大なる航路(グランドライン)、〝エレジア〟。

 およそ10日前、赤髪海賊団の手によって滅ぼされた島である。

 音楽の都とまで呼ばれ栄えた街並みは見る影もなく崩壊しており、今を以てなお遺体があちこちに打ち捨てられている。

 腐敗の始まった遺体は悪臭を放っており、思わず顔をゆがめてしまうほどだ。

 

「うえ、酷い臭いだな」

「生き残りがいるとは聞いていたが、遺体の埋葬が間に合っていないのだろう。何人いるかわかるか?」

「ん~~、1人?」

「残念。正解は2人だ」

「チクショウ! やっぱ見聞色はまだまだだなァ」

 

 青い髪を首の後ろで纏めた少年を連れたカナタは、船から降りて市街地を通り、城を目指す。

 特に武器も持っていないが、この島にカナタを害せるような人物も動物もいない。警戒するだけ無駄なことだ。

 美しかった街並みは焼け落ちて瓦礫の山となっており、鳥の鳴く声だけが木霊する。

 程なく辿り着いた城も、形こそ保っているが人気があるようには見えない。

 だが、そこには確かに人がいた。

 

「……あなた方は、いったい?」

 

 つぎはぎの残る突き出た頭に貴族然とした服装の男が、困惑した様子を見せながら2人を見る。

 

「〝黄昏の海賊団〟だ。少々訊ねたいことがあってここへ来た」

「おれは付き添い」

「訊ねたいこと……この島がどうして滅んだか、ですか?」

「それもある。が……まずは、この島で打ち捨てられている亡骸を埋葬する手伝いから始めようか」

 

 城の裏手には墓地が出来ていた。

 ゴードンの服も、よく見れば裾や指先が土で汚れている。きっと1人で淡々と埋葬していたのだろう。

 彼はこの国の王だったと言う。総人口数百人程度の小さな島の王で、音楽家として名高いのなら……国民ひとりひとりの顔を覚えていても不思議は無い。

 辛く、苦しかったハズだ。

 それでもゴードンは、弱音ひとつ吐かずに淡々とスコップで穴を掘っては埋葬していた。

 

「遺体は焼いた方が良い。伝染病など、病気の感染源になる」

 

 ゴードンは迷っていたようだが、カナタの言葉に最終的に同意した。

 遺体を一か所に集めて燃やし、灰となって煙が立ち上る。

 カナタが連れてきていた人数はそれほど多いわけでは無かったものの、()()()()には慣れたものばかりだ。一、二時間もすれば作業は終わった。瓦礫の撤去など、やることは山積みだったが……キャンプ場を作り、そこでの食事ついでに、カナタはゴードンから事の次第を聞き出すことにした。

 

「世経はシャンクスたちがこの島を滅ぼしたと報道していたが」

「……事実です。彼らは初め、友好的に接してくれた。我々も歓待したが……結果として、彼らは夜のうちにこの国を滅ぼし、あらゆる金品を奪って逃げた」

()()()()()()()()()

 

 ゾワリ、とゴードンの背筋に冷たいものが走った。

 真っ赤な瞳が真っ直ぐにゴードンを射抜く。有無を言わせぬ覇者の圧力に、ゴードンの額に玉のような冷や汗が浮かんだ。

 ともすれば、シャンクスたちの罪を減らすために無理矢理言わせようとしているようにすら見えるが──カナタはそんなことを一切考えていない。

 ただ純粋に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 シャンクスが本当にそういうことをしたのなら、カナタの中で評価が変わるだけの話。信じたくないから無理矢理別の事を言わせる、などと迂遠なことをやる女ではない。

 

「事実だけを話せ。それ以外に興味はない」

「……っ!」

 

 喉元に鋭い刃を突きつけられているような感覚に陥る。

 手も届かない距離で、視線だけを向けられているに過ぎないこの状況だとしても──ゴードンひとり殺すのに、カナタは一歩も動く必要は無いのだとわかる。

 だが、それでも。

 ()()()()()()()

 

「…………」

「話す気は無い、か。それならそれで構わん。雄弁は銀、沈黙は金、だ。お前の選択を尊重しよう」

 

 どうせ島を隅々まで調べ上げれば何かは見つかる。これだけ派手にやっているのなら、何かしらの痕跡は残っているものだ。

 調べることをゴードンに伝えれば、何かを言いたそうに何度か口を開いたものの、最終的に「……好きにするといい」と答えた。

 何かを隠していることはわかる。

 だがそれを無理に聞き出すことは無い。それが手っ取り早いことだとわかっていても。

 

「……行くぞ」

「あいよ、師匠」

 

 散策がてら、島を回ってみるのも悪くない。

 

 

        ☆

 

 

 少年──レインはひとりで海岸沿いを歩いていた。

 師であるカナタは城を見て回ると言ってどこかへ行ってしまい、彼はやることもなく暇そうに島を歩き回るしかなくなっていた。

 この島にいる生存者は2人。

 ゴードンともう1人いるハズだからと、レインは散歩ついでに探していた。

 生物の気配を掴むことは、見聞色の覇気が使えれば難しくない。戦闘中でもなく、気配を追う事だけに集中すればなおさらである。

 それほど時間もかからず、目的の人物を見つけることが出来た。

 

「……オイオイ、小さい気配だとは思ってたが……まだガキじゃねェか」

 

 自身よりも更に幼い。

 頭部の右側は赤い髪、左側は白い髪のツートンカラーの少女だ。

 ゴードンから聞いていた特徴にも一致する。

 砂浜に座り込む彼女は、足音を隠そうともしないレインに気付いて視線を向けた。

 

「……誰?」

「おれはレイン。〝黄昏の海賊団〟の見習いだ」

「海賊……!」

 

 少女──ウタは呆けたような表情から一転、怒りの表情を浮かべ、しかし諦めたような顔をしてまた海の方を向いた。

 

「……私を殺すの?」

「殺さねェよ。おれ達を何だと思ってんだ」

「海賊でしょ。信じても裏切って、皆を殺して全部奪っていった……彼らと同じ、海賊」

「…………」

 

 詳しい事情をレインは聞いていないが、この島を襲撃したのがシャンクスたちで、生き残りがゴードンとウタの2人だけなら確かにそう考えていても仕方がない。

 もう、怒ることすら出来ないほどにこの少女は憔悴している。

 放っておけばこのまま死んでしまいそうだとすら感じる程、ウタは死んだ目で海を眺めていた。

 レインは何を言うべきか悩み、頭を掻き、面倒くさくなってウタの隣に腰を下ろす。

 レインは声をかける事なく、ウタも口を開かず、2人は沈黙を保ったまま海を眺める。

 時刻は既に昼を回って長い。

 ウタは昼の食事の時間にも姿を見せていなかったため、空腹だろうとレインは視線を向けた。

 顔立ちは整っているが、こけた頬からロクに食事を取っていないのがわかる。目元のクマもそうだが、全体的にやつれた印象が強い。

 

「……お前、メシちゃんと食ってんのか?」

「……アンタには関係ないでしょ」

「メシを食わねェと気分が悪い方向にばっかり行っちまう。師匠がいつも言ってるぜ、体は食事から作るものだってな」

「だから何? 私に構わないで──ちょっと!?」

「ごちゃごちゃとうるせェやつだな。飯食って寝ろ! 疲れた時には休むのが必要なんだ」

 

 レインはウタを軽く担ぎ上げ、肩に乗せて無理矢理連れていく。

 バタバタと暴れるウタのことなど意にも介さず、レインはキャンプ場までずかずかと歩く。

 ゴードンも精神的に追い詰められているのは同じなのだ。これまで治めて来た国が一晩で無くなり、どういう訳か本当の事を誰にも話さず背負い込み、死んだ国民の皆を埋葬している。

 これに幼いウタの世話まで付いてきては、ゴードンとて倒れてしまってもおかしくはない。

 だから、レインはお節介を焼くことにした。

 

「辛気臭い顔しやがって。おれがいた村の連中と同じだ。何もかも、全部諦めた顔してやがる。海賊に何を奪われたかはおれは詳しいこと知らねェけどよ、まだ残ってるモンはあんだろ」

「残ってるもの、なんて……」

「何でもいい。〝音楽の都〟にいるんだ、音楽は好きだろ?」

「……好き、だった」

「だった、って」

「私は〝赤髪海賊団〟の音楽家だった。だから、歌は好きだったの。でも……今は歌いたくない」

「そりゃ……悪かったな」

 

 よりにもよってエレジアを滅ぼした〝赤髪〟の一員だったとなると、流石にレインも言葉に詰まる。

 色々と疑問はあるが、ウタから聞き出すのも躊躇われるし、ゴードンは何が理由か分からないが詳しいことを説明する気が無さそうだった。

 こりゃ難題だな、とレインは思いつつ、ウタを連れて城跡のキャンプ場へ足を運ぶ。

 

 

        ☆

 

 

 一方、カナタは城の中を探索していた。

 色々と気になることが多い事件だ。シャンクスが島を襲撃して滅ぼしたということもそうだが、この国に伝わる〝魔王〟の事はカナタの耳にも入っている。

 シャンクスの事はそれなりに信用している。あの男がこんな事件を起こしたのなら、そこには何かしらの理由があってもおかしくはない。

 普段起きないようなことの原因は、根元が一緒であることも多いものだ。

 

「……〝人の恐れ、人の迷い。トットムジカの名のもとに。怯えよ、逃げよ〟──か」

 

 城の地下、厳重に封じられた資料室をこじ開けた場所で、カナタは()()を見つけた。

 古い文字で書かれたものだ。カナタは「オルビアを連れて来るべきだったかな」と思いつつ、天井に描かれた壁画を読み解く。

 ウタウタの実の能力者に楽曲を歌わせることによって顕現することや、その成り立ちを描いているようだ。

 総じて〝触れてはならないもの〟としか描かれていないため、古代兵器に類するモノかどうかは判断が付かない。

 

「シャンクスが滅ぼしたのでないとすれば、原因はこちらか……?」

 

 ゴードンは口先でシャンクスを貶めてこそいたが、その言葉に悪意はなかった。

 むしろ、感じ取れるのは罪悪感や悲壮感のみで……こんな真似をされれば、ウソをついているとすぐにわかる。

 

「見るべき資料は山のようにあるが……」

 

 資料室の中には山のように本がある。あるいはこの中にトットムジカに関する資料も埋もれている可能性はあるが……これを調べるのは流石に手間だった。

 カナタとて暇ではない。今回は無理矢理時間を作って〝エレジア〟を訪れている。人を使って調べるのが最善だろう。

 〝黄昏〟の直轄地にすれば海賊や海軍が横槍を入れてくることも無いだろうし、トットムジカの事に関しては五老星に情報を共有することを約束すれば大人しくしているハズだと判断していた。

 古代兵器に類するものだとしても、そうでないとしても、トットムジカは厄介事の匂いがする。触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「ん?」

 

 本棚の資料を確認していると、携帯していた子電伝虫に連絡が入る。

 多数の部下を投入して色々と現場検証をさせていた。何かしらの成果が出たのだろうと報告を受けて見れば、全くの別件だった。

 

「映像電伝虫だと?」

『はい。どうも普通のものでは無いようで……見た事のない規格です。海軍の保有する特殊科学班(SSG)のものでは無いかと』

「ベガパンクの作った代物か。なぜこの島にそんなものが……?」

『浜辺に落ちていたことを考えると、どこかから流れ着いたものだと思われますが……映像が残っているようなので、ひとまず報告をと』

「……私も確認しよう。すぐに戻る」

 

 気になることはいくつかあるが、すぐに戻るべきだと資料を本棚に戻し、部屋を出て外へと出る。

 城の中は明かりが届きにくいためか薄暗かったが、外はまだ明るい。

 それでも時間は常に有限である。

 カナタは足早にキャンプ場へと戻った。

 

 

        ☆

 

 

「これは……」

「オイオイ……これ、本当かよ?」

 

 残っていたのは、10日ばかり前の映像だった。

 〝赤髪海賊団〟が〝エレジア〟を訪れ、結果として〝エレジア〟を滅ぼした夜の映像。

 顕現するトットムジカが町を破壊し、人を殺し、月明かりの下に全てを灰燼へ帰す決定的な証拠。

 抵抗するように戦うシャンクス率いる〝赤髪海賊団〟と、体力が尽きたが故に姿が宵闇に溶けていくトットムジカの姿。

 映像を確認していたカナタとレインを始めとして、〝黄昏の海賊団〟の面々は誰もが口をつぐんだ。

 

「……どうするんだ、師匠?」

「ゴードンを連れて来い。話はそれからだ」

 

 レインはいつになく真剣な表情のカナタに従い、ゴードンを呼びに城へと走る。

 ウタは離れたところで食事をして眠らせている。〝黄昏〟の船員が様子を見ているため、間違っても抜け出してこの映像を見ているということはない。

 レインはゴードンを連れて急いで戻ってきた。

 息せき切って走ったゴードンは、トットムジカと戦うシャンクスの映像を見て隠し通せぬと諦めた様子を見せた。

 

「話す気にはなったか?」

「……ああ。貴女には全てを話そう」

 

 事の始まりは、そう──〝赤髪海賊団〟が〝エレジア〟を訪れ、仲良くなり、出立するという日にパーティを開いたこと。

 ウタの音楽家としての才能は飛び抜けており、ゴードンは是非とも〝エレジア〟で教育を受けさせるべきだと提案したが、ウタはそれに乗らなかった。

 残念に思いつつも、これが最後だからとパーティでウタに歌ってもらおうと皆が楽曲を持ち寄り、歌ってもらうことになった。

 しかし──その中に、どこかからトットムジカの楽曲が紛れ込んでいた。

 

「……あとは、映像の通りだ」

 

 トットムジカは顕現した直後にウタを呑み込み、その悪意のままに町を滅ぼし、シャンクスと戦い、ウタが力尽きて眠るその時まで暴れ回った。

 ゴードンは当初、自らの責任であると言ったが……シャンクスはそれを良しとせず、〝エレジア〟を滅ぼしたのは〝赤髪海賊団〟だったとするべきだと言ったらしい。

 海賊が憎まれるのは当然のことだから、と。

 

「……ふん。あの男らしい言い分だ」

 

 自らが泥を被れば丸く収まるとでも思ったのだろう。

 結果的に自分を父親と慕う娘を置いていき、心を傷つけ、目を離せば死んでしまいそうなほど憔悴させている。

 

「あの男は少々()()()()()()のが瑕だな。どうせ『離れていてもおれの娘だ』とでも思っているのだろうが、思っているだけで伝わるはずもない」

「……師匠、なんでそんなに〝赤髪〟に詳しいんだ?」

「シャンクスとは長い付き合いだからな。あの男がお前より年若い時分から知っている」

「何歳だよアンタ」

「女性に年齢を訊ねるのはモラルに欠けるぞ、レイン」

 

 軽く小突かれるレインを尻目に、カナタはゴードンへと手を差し出した。

 差し伸べるための手ではない。カナタの求めるものを出せ、と言う意味の手である。

 

「トットムジカの楽譜を持っているだろう」

「確かに持っている。あの事件以降、安置しておくのが不安だったのでね……今も肌身離さず持っている」

 

 ゴードンが取り出した数枚の古い楽譜。

 トットムジカを呼び出すための歌が書かれたそれをざっと確認したカナタは、これは本物かとゴードンに問いかける。

 もちろんだ、とゴードンは頷いた。この言葉に嘘はない。

 何か力を感じるという事こそ無いが、不快な〝声〟は確かに楽譜から聞こえる。ロジャーが生きていれば同じ意見だったことだろう。

 カナタは一切の躊躇なく、その楽譜を爪で切り裂いて発火させた。

 

「な──何を!?」

「こんなものを残しておく精神が理解出来んな」

「これは古くから残っている、貴重な楽譜で──!!」

「だから何だ」

 

 相談もなく行われた事にゴードンは慌てたが、カナタは一切頓着していない。

 

「人間の手によって確実に管理され、使われるだけの兵器だと言うのなら、私にも一考の余地があった。だがこれは駄目だ。トットムジカ自身が意思を持ち、出現したが最後、ウタウタの実の能力者が力尽きるまで暴れ続けるだけの現象。こんなものの存在を許すことは絶対にない」

 

 何しろ管理が出来ない。

 未だ年若いとは言えシャンクスが苦戦し、ウタの体力が尽きるまで暴れ回ることを許すことになった以上、カナタとて苦戦するだろう。

 管理出来ない兵器など単なる危険物に過ぎず、兵器自体が意思を持っているなら言うに及ばない。

 使用に条件があり、限定的に利用が可能だとしても──今回のようなことが起きないとは限らないのだ。

 

「お前は今回、()()()()()()()()()。結果がこれだと、お前は身を以て知っただろう。二度目が無いと何故言い切れる」

「それ、は……」

 

 総人口300人以下の小国だったが、音楽を通してゴードンは皆と繋がりがあった。

 平和な国。穏やかな営み。奏でる音楽は水平線のどこまでも響き渡り、夜の闇さえ照らしてしまうような輝かしい日々だった。

 それら全てが、一晩で灰燼と化したのだ。

 カナタの言葉はどこまでも正論で、それ故に残酷である。

 

「行動が性急だったことは謝罪しよう。だが、過程がどうあれ私は同じことをした。それとも、お前は同じ悲劇を繰り返したかったのか?」

「……そんな。そんなことは、決してない!!」

「では文句は無いハズだ。──だが、これが貴重な楽譜で価値があったことは私も認めよう。この楽譜の価値として、私はこの国の復興に出来る限りの手を貸す」

 

 必要な物資があるなら用意しよう。

 人が必要なら集めよう。

 この国が再び音楽の都として世界に名を轟かせるその日が来ることを願い、援助を惜しむことはない。

 ──どうあれ、楽譜の価値を深く理解するゴードンではトットムジカの楽譜を処分することなど、到底出来る事ではなかった。

 恨まれようと憎まれようと、カナタは「これは自分がやるしかない」と判断したからこそ拙速だと思いながらも楽譜を焼き捨てたのだから。

 

「……この国に用は無くなった。復興のための支援はなるべく早く行う。必要なものがあれば書面か電伝虫で連絡を入れてくれ」

 

 やることが決まれば行動は早い。

 設営していたキャンプをテキパキと片付け始め、ゴードンとウタの2人がしばらく困らないように保存食と飲み水を置いていく。

 やや性急ではあるが、カナタがこの場にいてもゴードンとウタには良くないだろうと考え、カナタは一足先に船へと戻った。

 レインはそれについて行き、船に用意された談話室で一息を吐く。

 

「なァ師匠、あれで良かったのかよ?」

「構うまい。あの男にトットムジカの楽譜を焼き捨てる真似など、出来はしないだろうからな」

「だからって、アンタが泥被ることは……」

「決断する事と責任を取るのが上に立つ者の仕事だ。お前が気にすることは無い」

 

 それに、カナタは音楽だけは少しだけ齧っているのでわかるのだ。それ以外の芸術は疎いが。

 談話室に置かれているピアノを撫で、彼女にしては珍しく感傷に浸るような目をしていた。

 

「……私はピアノが弾けるんだ。さして興味も無く、『嗜みだ』と言って教えられた事ではあるが」

「…………」

「習ったのは、もう何十年も前になる」

 

 習っている時はとにかく講師の女が嫌いだった。早く終わらせようと、許される範囲で演奏を早く弾いていたものだ。

 そのせいか、今でもスローテンポよりテンポの速い曲の方が好みだし、クラシックよりロックの方が性に合っているとさえ思っていたほどである。

 前世(むかし)から、他人がやっていることは一度見れば大体の事は真似出来た。才能の差を見せつけられている気分にでもなっていたのか、講師の女からも嫌われていたが……音楽そのものは嫌いではなかった。

 だから──貴重な楽譜で、音楽そのものに罪はないと考えるゴードンにトットムジカを処分させるのは、気が引けたのだ。

 

「ゴードンの噂は時たま聞いていた。優秀な音楽家だとな。彼が負い目から音楽家として折れるようなことがあれば、それは勿体無いだろう?」

「……だからって、アンタがそこまでやるかよ」

「私は別にこの程度で折れるような矜持は持っていないからな」

 

 そもそも音楽家でもない。

 それに、ゴードンの下でウタが育つなら、彼女も優秀な音楽家になるだろう。カナタは嫌われるだろうが、価値はある──と、そこまで考えて思い出す。

 

「……ウタに事の全てを伝えるべきか?」

「いや止めてやれよ。まだおれより年下のガキだろ?」

「そうだな……もう少し精神を成熟させてからの方が良いか」

 

 伝えるまでシャンクスは嫌われたままだろうが、そこはそれ。最初から間違えていたのだからそれくらいは背負って貰わねば困る。

 2人がいずれ再会することもあるだろうが、まだ先の話だろう。

 それまではシャンクスにも伝える必要は無いと考えていた。

 

「用事は全て済んだ。お前も手伝ってくるんだな、見習い」

「わーったよ。精々頑張らせてもらうさ」

 

 レインが部屋を出ていくのを見送り、カナタはピアノを弾こうと席に座る。

 椅子には浅く座り、足をペダルに添えて細い指で鍵盤をなぞる。

 もう何十年も弾いていないが、幼いころから染みつかせた動きを体は覚えているものだ。

 じきに日が落ちる。

 茜色に染まる部屋の中、水平線に沈む太陽を背にカナタはピアノを弾く。

 

 

        ☆

 

 

 ──10年後。

 ルフィたちが空島からの落下をしている頃、〝エレジア〟を訪れる一隻の船があった。

 船を曳くのは遊蛇(ユダ)と呼ばれる巨大な海蛇だ。彼らは海王類さえエサにするため、滅多なことが無い限り海獣の類は近寄らない。

 船に張られた帆にはドクロとその周りに蛇が描かれており、〝九蛇海賊団〟の存在を周囲に知らしめていた。

 

「そろそろ船を出さねばならん時間だが……あの子はまだか?」

「まだよ、姉様。ゴードンさんと話し込んでるんじゃない?」

「妾の時間は貴重だというのに、あの娘は何を考えている!!」

「落ち着いて! マリーが迎えに行ってるから、きっとすぐに連れて来るわ!!」

 

 定めた時間に現れない少女に対し、九蛇海賊団の船長──ボア・ハンコックは怒りを露にする。

 妹のサンダーソニアがなんとか宥めていたが、もうそろそろ限界だと思っていた頃。

 末の妹、マリーゴールドが後ろに2人を連れて戻って来た。

 

「ごめんなさい、姉様。遅くなってしまって」

「全くだ! 早く乗船せよ!」

「ええ。さァ、貴女も」

「うん」

 

 右側に赤い髪、左側に白い髪のツートンカラーが特徴的な少女は、最後に振り返って付いて来たゴードンにハグをする。

 今生の別れではない。だが、長くここに住んだ彼女としては一時とは言え離れるのが寂しくも思うのだ。

 ぎゅっとハグをする少女にゴードンもまた抱きしめ返し、数秒の後に引き剥がす。

 

「さァ、彼女たちも待っている。行きたまえ」

「……うん。私、頑張ってくるね!」

「ああ。私もここで君のライブを楽しみにしているとも」

 

 精一杯の笑顔を浮かべ、ウタは手を振って九蛇海賊団の船に乗る。

 最終的な行先は〝アラバスタ〟での慰問ライブだが、道中いくつかの島に立ち寄る予定だ。

 離れたところから港を囲み、盛大にウタを送り出そうとする〝エレジア〟の国民たちもまた、寂しさを打ち消すように声を上げた。

 

「頑張って来いよ、ウタ!!」

「あんたならきっと世界一の歌姫になれるよ!!」

「旅の話も楽しみにしてるぞー!!!」

 

 一時はウタとゴードンしかいなかったこの島には今、多くの人が住んでいる。

 〝黄昏〟の移住計画に乗ってこの島に来た者もいれば、音楽を学ぶために再建した音楽の都を訪れたいという者まで、数多くの人が。

 帆を張り港からゆっくり離れる船の上で、ウタは去り行く島に寂しさを感じ、だがそれを悟らせまいと笑顔を見せてぶんぶんと大きく手を振る。

 

「──行ってきます!!!」

 

 彼女の名はウタ。

 〝赤髪海賊団〟の元音楽家で、〝赤髪〟のシャンクスの娘。

 いつか彼らに再び会う日を夢見て、大海原に踏み出した歌姫だ。





END 黄金失墜樹海スカイピア/猛き雷鳴

NEXT 巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇
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