ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百九十八話:ソラの秘密

 

 ソラとサンジが足を運んだのはジェルマ用に整備された港だった。

 ジェルマ王国は国ではあるが、明確に国土を持つわけでは無い。

 巨大な電伝虫を模した船を仮の国土として、世界中の海を渡る海遊国家である。

 

「……変わらねェな」

「見た目はね。でも、中身は意外と変化があるものよ」

 

 ソラが指差した先にあるのは研究棟の一つだった。

 

「あそこは元々あなた達の身体能力を計測するために用意された場所だったけれど、今は植物や家畜の品種改良を行う研究棟になってるわ」

「……品種改良?」

「〝血統因子〟と呼ばれるものを知ってる?」

 

 かつてジャッジと共に研究していたDr.ベガパンクが発見した、〝生命の設計図〟。

 そこに人工的な変化を加えることで、生まれてくる植物や動物に様々な変化を起こすことが出来るというものだが……現在はそれを利用してよりよい品種の植物や動物を生み出そうとしていた。

 病気に強い種。冷害に強い種。繁殖力の強い種。旨味を強く持って生まれてくる種。

 変化の方向性は多種多様だが、ある方向に強くすれば別の方向に弱くなることもザラだ。研究は長い目で見る必要があり、優秀な科学者が必要だった。

 

「あの男が進んでやってることとは思えねェが」

「ジャッジひとりならやらないでしょうね。ジェルマは国土を持たないから、育てる場所も限られるもの」

 

 だが、〝黄昏〟と手を組んだなら話は別だ。

 元より海遊国家であるが故に物資は不足気味で、金で買うしかなかったジェルマ王国である。

 その類の事には手を付けてこなかったものの、カナタの要望で品種改良した植物の種などを生み出していた。

 広大な領地(ナワバリ)があればあるほど優秀な品種の効果は高い。少ない人手でより多くの作物を育てられるなら、その分の人員を別の事業に振り分けられる。

 加えて、莫大な量の穀物を安価に作れるようになったなら牛や豚などの家畜も安価に育てられるようになる。

 牛肉1キロを生産するのに必要な穀物はおよそ11キロ。

 穀物1キロ当たりの値段が100ベリー下がれば、牛肉1キロを作るのに1100ベリー安くなる。

 単純な計算ではあるが、細々としたコストが下がれば安価に買えるようになって餓死者は減っていく。

 金持ち相手には高価なブランド品などを別途用意してやれば良いので住み分けも出来ていた。

 

「より良い品種を作れば作るほどジェルマは富む。戦争屋をやるよりよっぽど良いことよ」

 

 元よりジャッジはベガパンクと肩を並べていた科学者である。

 血統因子をコントロールするのは極めて難しい技術だが、それを利用していたジェルマにとっては専門分野だ。

 〝珀鉛病〟の一件から始まった交流ではあるものの、今では互いに良い取引が出来ていると言っていい。

 

「こっちよ」

 

 ソラが入ったのは研究棟のひとつ。

 厳重に管理されている場所だが、ソラは一声かけるだけで中へと入って行き、サンジもそれに続く。だがタバコだけは駄目らしく、咥えていたタバコの始末とタバコの入った箱を預けて中へと入る。

 多くの機械が置かれている場所だ。

 それなりに長い通路の先にあったのは、棺桶のようにさえ見える白いベッドだった。

 

「…………」

 

 サンジはこの場所の異様さに足を止めるも、ソラは気にせずベッドへと進む。

 ベッドの横には冷蔵庫よりも大きな機械がいくつも並べられており、そこから出たケーブルのようなものがベッドへとつながっている。

 普段はタバコの一つでも吸って気分を落ち着けるサンジだが、生憎この部屋へ入る前に取り上げられている。

 首筋に一筋の冷や汗を流して、サンジは意を決したように足を踏み入れた。

 

「──……これ、は」

 

 消毒液の臭いと、機械の放つ定期的な音。

 ガラスのようなカバーで覆われたベッドの中に横たわっていたのは、一人の女性──痩せ細り、ミイラのようにさえ思えるその人。

 意識せずに出たサンジの言葉に、横に佇むソラは考え込む。

 

「……そうね。何と言ったらいいかしら」

「……見間違えるハズがねェ。()()は、母上だ」

 

 髪の色は抜け落ちて白くなり、頬はこけてもはや骨と皮だけになってしまっている。

 口元には呼吸器を補助するための機械が。腕には何本ものケーブルが。腹には良く分からない太いケーブルが何本も繋がっている。

 およそ、生きているとは思えない人間だ。

 おぞましいものを見たかのように、サンジの額には冷や汗が浮かんでいる。ソラは感情を見せることなく、淡々と答えた。

 

「それが分かるなら話は早いわ。これは間違いなく私よ。ただ()()()()()()()の私」

「どういうことだ。母上がここにいるなら、アンタは……」

「私もソラよ。ちゃんとあなたを育てた記憶もある……まァあれを子育てと呼んでいいのかはわからないけれど」

「だったら、これは!」

 

 いったい、何なんだ。

 サンジの言葉にならない疑問が、視線となって真っ直ぐソラに向かう。

 ソラは目を瞑り、何かを考え──ゆっくりと、口を開いた。

 

「最初から話しましょう。あなたが知っている私は、少なくとも死にかけでベッドの上から動けない状態だった。そうね?」

「……ああ。〝東の海(イーストブルー)〟でレイジュの手を借りて逃げ出した時、母上はもうベッドの上から動けなくなっていたと……おれはレイジュから聞いた」

「レイジュの言っていたことは正しかったわ。実際、あなたと会っていた時も弱っていたから」

 

 転機となったのはそれよりも後の事。

 誰が言い出したのかは分からないが、ジャッジはソラの()()()()を生み出した。

 

「クローン?」

「さっき話した血統因子を利用したのよ。生命の設計図をコピーして、全く同じ人間を生み出す──それがクローン計画」

「じゃあ、アンタは母上のクローンなのか?」

()()()

 

 当然ながら、単なるクローンなら同じ肉体を持つだけで記憶を引き継げるわけでは無い。

 記憶を移植する方法は、現在考えられる可能性として2つ。

 

「記憶に干渉する悪魔の実は確認されているから、これで記憶を移植する方法。もうひとつは、オペオペの実による()()()()

「人格、移植……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。だから、ここにいる私の人格は〝ヴィンスモーク・ソラ〟本人で、肉体はクローン」

 

 逆に、目の前にベッドの中で横たわっているソラの肉体は本人のものだが人格はクローンのものだ。

 だが、クローンの人格は表に出てこない。元より欲したのは肉体だけで、知識を植え付けなければ人格は赤子と何ら変わりは無いので常に眠らせている。

 ソラの元の肉体はサンジ達を生む際に飲んだ薬の影響でボロボロだった。

 内臓の代わりに冷蔵庫よりも大きな機械を取り付け、話すことも出来ず、自発的な呼吸さえままならない。

 それでも生かしているのは、移植した人格に影響がないと完全に断言出来ないからだ。

 

「人格移植したあと、元の肉体が死亡しても人格は残るのか……オペオペの実の能力者であるスクラは幾つかの研究結果から残ると結論付けてはいたけれど、ジャッジは私の肉体を生かしたままにしているの」

 

 理由まではわからない。

 けれど、結局のところジャッジはソラを見捨てることが出来なかったというだけの話なのだろう。

 サンジ達を生む際に薬を飲んだ後も、生まれた子さえいればソラは不要だった。それでも見捨てず治療を受けさせたのは──。

 

「……悪魔の実ってのは、常識に囚われねェ力だと思っていたが……想像以上だったな」

「でもクローンだから、肉体の寿命はそれほど長くはないわ」

「そうなったらまた人格を移植するのか?」

「ううん。もうするつもりはないの」

 

 子供たちが立派に育ったことを見届けることが出来た。ソラ自身も研究者として〝黄昏〟に協力している身ではあるが、肉体を移し替えながら長生きしようとは思っていない。

 ほんの少しだけ、寿命を先延ばししたに過ぎない。

 事情はあらかた理解したので、サンジとソラは病室を出る。

 これは流石にチョッパーには話せねェな、とサンジは頭を掻く。単なる治療と違い、今回の案件は悪魔の実も関わっている。能力者以外に再現出来ないのなら話しても意味がないのだ。

 適当に誤魔化すしか無いだろう。

 

「サンジ、船に戻る?」

「ああ。もう用事はねェ」

 

 食料は空島でこれでもかと積んでいるので、ひとまず買い足す必要は無い。

 適当に市場を見ながら船に戻るつもりだった。

 

「そう……寂しいけど、あなたにはあなたの冒険があるものね。ルフィ君たちによろしく言っておいて頂戴」

「わかったよ。母上も元気でな」

 

 返してもらったタバコを咥え、火を付けながら背を向けて歩き出す。

 ソラが生きていたのは良いことだ。だが、だからと言ってジャッジと顔を合わせたいとは思わない。

 一度親子の縁を切った以上、それまでの関係だ。

 

「もし……もし、あなたがいいのなら。いつでも戻ってきていいのよ」

「──いや、もう戻らねェよ」

 

 ソラの投げかける言葉に、振り向きもせずサンジは答えた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、チョッパー、ロビン、ゼポの3人組。

 島を回りながら本を探し、珍しい品物に目を惹かれるチョッパーが迷わないよう足並みを揃えて歩いていた。

 〝黄昏〟の誇る最大規模の貿易拠点だけあって、扱っている品物は多岐にわたる。本も例外ではなく、医学書も数多く取り扱っている。

 まだ黄金が換金されていないので現金が無いため、目ぼしいものをピックアップしてあとで買いにこようと必死にメモを取るチョッパー。

 ロビンとゼポはそれを見ながら小さく笑い、小さく言葉を交わす。

 

「──後ろに3人。政府の諜報員にしちゃおざなりだ、海軍か賞金稼ぎだな」

「海軍も海賊も、この島で補給することは多いもの。見つかるのは仕方が無いわ」

「この島では手出しされないだろうが、島の外で待ち伏せされると面倒だぞ」

「なるべくどこかで撒いてから船に戻りたいわね」

 

 ロビンは世界政府にマークされている賞金首だ。億こそ超えていないものの、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読めるという事実は政府にとって重い意味を持つ。

 優先的に監視を付けられていても決して不思議ではないし、懸賞金の額ゆえに賞金首に狙われることも多い。情報だけでも政府は高値で買うのだ。

 もっとも、ロビンとてその手の連中から何年も身を隠し続けて来た。ゼポ共々慣れたものだ。

 問題はチョッパーなのだが……。

 

「……小さくなってもらって、おれが担いで移動するか」

「それが手っ取り早そうね」

 

 人獣形態時の大きさならそれほど重荷にもならない。この島にいる以上また見つかる可能性はあるが、船さえ見つからなければ出航のタイミングはわからないだろう。

 やや足早に大通りを抜け、チョッパーに人獣形態になってもらう。

 

「船医さん、少しの間ゼポに乗っててもらえるかしら?」

「? いいけど、何するんだ?」

「海軍か、あるいは賞金稼ぎに追われてるみたいなんでな」

「追われてる!?」

「しーっ。静かにね」

「ゆガラを抱えて連中を撒く。いいか?」

 

 チョッパーは両手で口元を抑え、ゼポの言葉にこくこくと頷く。

 なるべく普通にしたまま、路地を曲がって一瞬視線を切る。

 その瞬間にゼポはチョッパーを抱え、建物の壁を蹴って屋根へと上る。ロビンも自分の能力を駆使して屋根へと上り、追ってきた相手を確認しておく。

 服装はバラバラ。動きもそれほど良くはない。賞金稼ぎだ。

 

「クソッ! どこ行きやがった!?」

「まだ近くにいるはずだ! バラけて探せ!!」

 

 怒鳴り散らしながらバラバラに散っていく3人。

 それを見送り、ロビンとゼポはどうしようかと顔を見合わせた。

 ロビンの手配書は20年前のものだ。写真が更新されていないのでバレる可能性はそれほど高くないと思っていたが、ここではそうでもなかったらしい。

 海軍にロビンの情報を売ればそれだけでも多少金になる。この島には海賊が訪れることも多いため、そうやって生計を立てている者もいるのだろう。

 小銭稼ぎのチンピラだが、面倒な存在であることに違いはない。

 

「海軍にチクるつもりでおれ達のことを嗅ぎまわってんのかもな」

「カナタさんは情報の取り扱いに厳しいし、この島はあの人の直轄地よ? あんまりそういう事を許すとも思えないけれど……」

「あー、〝黄昏〟に情報売ってる連中の可能性もあんのか」

 

 賞金首の情報は何も政府や海軍ばかりが集めているわけでは無い。

 懸賞金が高いということはそれだけ強さと危険度があると言う事であり、客観的な目安になり得る。海運をやるうえで危険度の高い海賊が今どこにいるのか、位置を把握しておくことは決して無駄ではないだろう。

 ロビンも高いが、ゼポの懸賞金は3億を超えている。事情を知らない下っ端なら確かにマークしていてもおかしくはない。

 ないが、〝ミズガルズ〟においては出入りを外周部の島で監視されているので今回に限っては別勢力だろう。

 細々とした諜報員は時折潜り込む。情報は武器になることを五老星も良く知っているのだ。

 

「……どっちにも情報売って小銭稼いでるかもしれねェけどな」

「そうね。なるべく見つからないに越したことはないけど、難しいでしょう」

 

 この島は広いが、人の数も多い。特にゼポとペドロは目立つので外に出ればすぐに見つかってしまうだろう。

 開き直って堂々としていた方が楽ではあるが、ルフィたちに世話になっている身である以上、迷惑をかけるのも心苦しい。

 アラバスタから海軍の包囲を抜けるために同乗しただけなので、ここまで来たらルフィたちから離れてもいいのだが……。

 

「……その辺は戻ってから考えたほうがいいと思うわ。船に戻りましょう」

「そうだな。チョッパー、しっかり掴まってろよ」

 

 こくこくと口を押えたまま頷くチョッパー。もう喋ってもいいのだが、ゼポはひとまず目立たない路地に降りて周囲の確認を済ませる。

 次いでロビンが路地裏に降りてくると、何事も無かったかのように表通りに出た。

 先程の3人組は既にいない。

 ロビンたちは来た道を戻るように船へと帰っていると、ちょうど同じように戻って来たルフィたちと鉢合わせになった。

 

「あ、ロビン! 今帰りなの?」

「ええ。そっちは収穫はあった?」

「一応カイエさんに話は通したわ。人を派遣するとは言われたけど、明日になるか今日中かはちょっとわからないわね」

 

 まだ日中ではあるものの、日は傾き始めている。船に戻って全員に周知しておいて、誰でも対応しておけるようにしなければならない。

 ロビンはカイエと顔馴染みなので一度は会いに行きたいものだが、現状海軍と政府に追われる身である。〝黄昏〟との関係性はなるべく伏せておきたい面もあるので、会うのは難しいだろうと今回も別行動をとったのだ。

 ハチノスにいた頃はなにかと気にかけて貰った姉のような人なので、挨拶の一つでも……などと考えるとどこかから情報が漏れるのが世の常である。

 

「あれ、お前誰だ?」

 

 チョッパーが見覚えのない人物がいることに気付いた。

 赤と白のツートンカラーの髪の少女は、チョッパーを見てにっこり笑う。

 

「初めまして! ウタだよ! ルフィの幼馴染なんだ。あなたもルフィの友達?」

「へー、ルフィの幼馴染なんだ。おれはチョッパー! 医者だ!」

「医者なの!?」

 

 びっくりしているウタを尻目に、ウソップが「まずは船に戻ろうぜ」と提案する。

 船の近くで立ち話もなんだと思ったのだろう。

 全員同意して船に戻ると、ゾロとペドロが向かい合って刀を構えていた。

 

「何してんだおめーら」

「ああ? 戻ったのか」

 

 ケンカしている、と言う風でも無い。

 ウソップは疑問をぶつけるも、ゾロは「何でもねェ」と答えるばかりだ。

 良く分からないがケンカじゃないならいいとルフィは言うので、ウソップもこれ以上口を挟まなくてもいいかと楽観的に捉えた。

 

「ウタとも久々に会えたし、宴やろうぜ宴!」

「まだ換金出来てねェだろ」

「すぐだろ? それに食いもんはいっぱいあるじゃねェか」

「つっても、サンジが戻って来ねェことにはなァ」

 

 料理が出来るのはサンジかゼポかナミだ。

 ナミに料理をさせると金を取られるので除外するとして、ゼポも下手ではないとか食べれはするというレベルでサンジ程料理上手ではない。

 それ以外の面々に料理させると大抵酷いことになる。ペドロとロビンはゼポに任せきりだったので上記の3人ほど上手くは出来ないのだ。

 

「じゃあサンジが戻って来てから宴をしよう!」

「まァ良いんじゃねェか」

「アンタは酒飲みたいだけでしょ」

「よーし、だったら私も宴に花を添えるために歌っちゃうよ!」

「他の船の迷惑にならない程度にしないとね」

 

 ワイワイガヤガヤと宴をやる方向で盛り上がりつつある一行。

 まだ日は高い。酒を飲むには早すぎると言いながら、酒を飲む準備だけは早かった。

 サンジはいつ戻ってくるんだとぼやきながら、ウタにルフィの幼少期の事を聞いたりあれこれ勝負をしていた話をしたり。

 日が落ちてもまだ、あれこれと話題が尽きることなく話し続けて。

 

 ──そして、サンジはその日戻ってこなかった。

 




次回投稿は7/17の予定です
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