ジェルマの居城の一室にて。
ジャッジは機嫌よく、カナタからの連絡を受けていた。
「我々の準備は既に出来ている。〝
『そう急くな、ジャッジ』
〝黄昏〟と〝ジェルマ〟の間には協定が結ばれている。
物資の融通をする代わりに戦力を。
機材の用意をする代わりに科学力を。
ジャッジはカナタの最終的な目的を聞いてはいないが、その道中で〝
〝
麻薬、奴隷、武器に兵器などが流れる場所。世界最大規模の海運を営む〝黄昏〟に敵対する、裏世界の者たちによって営まれるブラックマーケットなど最たるものだ。
『こちらも準備は進めているが……予定外の動きがあったのでな』
「……七武海が1人落ちたくらいでどうなるものでもないだろう」
『クロコダイルそのものは別にどうなろうと関係ないが、結果としてカイドウたちと一戦交えたのは事実だ。戦力の再配置と物資の配分を計算しているところだ』
戦争とは突発的に起こすものではない。
入念に準備を整え、これならいけると判断を下した場合にのみ打つ一手だ。
以前から準備をしていたとは言え、突発的に起こった百獣・ビッグマムの海賊同盟との戦闘は少なからず影響が出ている。
特に〝
新世界で睨みを利かせつつ〝
『またカイドウとリンリンを相手にする以上、万全に備えねばな。勝てたとしても被害は大きいだろう』
〝黄昏〟と海軍の協定は存在するとしても、カナタの一存で自由に動かせる戦力ではない。
肩を並べているとはいえ、センゴクは出来る限りカナタに被害を押し付けようとするだろう。智将と称される男は伊達ではないのだ。
敵はカイドウとリンリンだけではない。有象無象の海賊たちもまた、カナタが弱ったと見れば隙を突こうとあれこれやり始める。
弱肉強食のこの海で弱みを見せることなど出来はしない。
「……いいだろう。しばらく待機でいいのか?」
『そうだな。また追って連絡を入れるが……別件で連絡を入れることがあるかもしれん』
「別件だと?」
『シーザー・クラウンとベガパンクも交えてな』
見知った名前の2人が出てきたせいか、ジャッジはイヤそうな顔をして電伝虫を睨む。
その雰囲気が伝わったのか、カナタは小さく笑った。
『そう嫌な顔をするな。何もお前たちの旧交を温めるためと言うんじゃないんだ』
「……何をさせるつもりだ?」
『人工悪魔の実──〝smile〟に関する研究だ』
シーザーの作った人工悪魔の実の出来の悪さには辟易するばかりだが、その後遺症をどうにか治療するために色々と手を尽くしている。
作った張本人を捕らえられたので、ベガパンクとジャッジを交えて討論する予定だとカナタは言う。
医者であるスクラも同席しての討論なので、研究の方向性はあらかた決めてしまうつもりらしい。
「ふん。相変わらずロクなものを作らん男だ。出来の悪い失敗作ばかりとは、科学者として底が知れるな」
『文句は本人に直接言ってやれ。多少痛めつけてあるが、話せる程度には加減しているだろう』
ジャッジはシーザーのやったことを詳しくは知らないが、どうせまたロクでもないことをしたのだろうと考えていた。
かつて〝MADS〟に所属していた科学者たちは誰も彼も頭のネジが飛んでいた。カナタの部下に拷問されたと聞いても同情することはない。
「だが、悪魔の実に関する研究など我々はやっていない。役に立つとも思えんが」
『──
カナタの言葉に、ジャッジは目を見開く。
スクラの能力による〝人格移植〟とジェルマの研究による人間の〝
人工悪魔の実も同様だと考えるなら確かに有効な手段と言えるし、それ故に人工悪魔の実を研究しているシーザーとベガパンクを呼ぶ。
連鎖的に理解が及び、ジャッジは腑に落ちたと言わんばかりに頷いた。
「なるほど……そういう事か。どこまで研究が進んでいるんだ?」
『まだ理論を固める実験段階ではあるが、〝smile〟も通常の悪魔の実と同様の性質を持つと考えれば有効なハズだ。悪魔の実そのものを取り出せれば話は早いが、まだそこまで特定出来ていない』
「だろうな。ベガパンクは好かんが、あの男は本物の天才だ。奴でもまだ実現出来ていないのなら、現状はかなり厳しいハズ」
ジャッジはベガパンクの事が嫌いだが、科学者としては認めている。〝MADS〟においても一位ではなくベガパンクに次ぐ二位の座を争っていたほどなのだから。
久々に研究者としての血がうずいたのか、ジャッジは話を聞きながら頭の中で過去の論文を思い浮かべ始める。
どこかにヒントがあれば、と思うが……未知の領域に足を踏み入れることに昂るこの感覚は、歳をとっても己を科学者なのだと思わせる。
『研究は遅々としたものだが、副産物は幾つかある。無駄な研究ではない』
「副産物だと?」
『ああ、お前は能力者ではないから興味は薄いかもしれないがな』
どこで盗み聞きされているか分からないので具体的な名称は出せないが、カナタ曰く「面白い欠陥品」だと言う。
場合によっては使い道のある、悪魔の実の研究をしている最中で生み出された副産物。
ジャッジは分野が全く違うので想像出来ないが、どうせロクでもないものなのだろうと考えていた。
『どうあれ、また連絡は入れる。少しはこちらに興味を持ったか?』
「……ああ。興味が湧いて来たところだ」
ジャッジ自身の研究は子供たちが生まれ、育ち、その力を示すことで既に完成している。
だが、それでも。
〝黄昏〟がスポンサーとなって研究をするなら、その最中により良い研究結果が出る可能性もある。ヴィンスモークの血筋はより強くなれるのだ。
そう思えば、カナタの無茶ぶりもそう悪いものではない。
ジャッジは薄く笑みを浮かべていた。
☆
サンジが見つからない。
結局当てもなく、ジェルマの船から戻って来たロビンたちはサンジが見つからなかったことに消沈しながらメリー号へと乗り込む。
そこには、空島で手に入れた黄金を並べて鑑定し、その金額に目をベリーにしたナミの姿があった。
鑑定していたのであろう老人も興奮を隠せていない。
「こんな素晴らしいものを生きているうちに見られるとは……! 長生きはしてみるもんじゃのう!」
「8億! そんな金額になるなんて、サイッコー!!」
あまりの金額にナミ以外は唖然としていた。
帰って来たばかりのルフィたちは状況が分からず、近くにいたウタに話しかける。
「なァ、どういうことだ?」
「あ、ルフィおかえり。ルフィたちが持ってきた黄金、8億ベリーだって」
「8億!? そんなスゲー額になったのか!?」
「マジで!?」
ルフィとウソップが揃って驚く。
これで肉食べ放題だのウソップ工房大回転だのとテンションが上がっており、肩を組んで踊り始めた。
ウタは呆れたような目でそれを見ており、「私これ聞いてよかったのかな」とちょっと心配しているほどである。
金額が金額なので、ルフィたちが海賊であることも相まっていらぬトラブルが増えそうではあった。
「あ、そうだ。さっきまでカイエさんがいたんだけど……」
「カイエさんが? ……ああ、〝王城〟にいなかったのはここに来たからだったのね」
「うん。それで、ロビンさんに伝言なんだけど……『しばらくは〝王城〟にいるから、もし会いたいなら都合を付けるから連絡をして欲しい』って」
「そう……ありがとう」
ウタは伝言と電伝虫の番号が書かれたメモを手渡す。ロビンは少しだけ口元を緩め、それを受け取った。
伝言を麦わらの一味の面々ではなくウタに頼んだあたり、黄金の査定額で意識が全部そっちに持って行かれるだろうと思っていたのだろう。
ウタだって相当驚いているが、やはり他所の海賊船なので一線を引いてしまう。
たとえそれが幼馴染の船だったとしても、
「サンジさんの事も、見つけたら連絡くれるって」
「分かったわ。こっちは残念ながら何もなくて……」
「あガラ、本当にどこに行ったんだろうな」
ペドロとロビンは揃って首を傾げていた。
☆
ミズガルズ、とある港。
ルフィたちのいる港とは中央にある〝王城〟を挟んで反対側の港にて、サンジは両手両足を椅子に縛り付けられていた。
服はよれよれでところどころ汚れてはいるが、目立った傷は無い。
麦わらの一味でもルフィ、ゾロに並ぶ実力者のサンジを捕らえることなど容易ではないが──少なくともこれをしでかした者にとってはそう難しくなかったのだろう。
ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、目元に眼帯を合わせたような帽子を被った男と、ホットパンツに丈の短いシャツを着た女の2人組だった。
男の方はサンジの顔を見るなり、ため息を吐いた。
サンジの視線は女の方に釘付けである。
「……話を聞いた時はまさかと思ったが、〝麦わらの一味〟か……」
「仕方ねェだろ。政府の下っ端連中とやり合ってるとこ見られちまったんだから」
「……おれの事を知ってんのか?」
「ああ、よく知っている。なるべくなら敵対するな、と言われているんでな」
男の方は困ったような顔をしているのに比べ、女の方は気にした様子もなくサンドイッチを頬張っている。
「最初は政府の仲間かと思ったけど、そんな感じでもなかったしな。とりあえず連れて来たけど、どうする?」
「おれに聞くな。よりにもよって……」
「おい、とりあえずこれ外せ! 敵対するつもりがねェってんならそれくらいしろ! 大体テメェら何なんだよ!!」
「おれ達は……目的が一致してるから手を組んでるだけだ。先に自己紹介をしておこう。おれはドレーク。
「あたしはボニーだ。よろしくな」
自己紹介をすると、ドレークは縛り付けていた縄を解いていく。
サンジは手足の調子を確認するように軽くさすり、懐からタバコを取り出して一服を始めた。
自分を落ち着かせるように煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。その後で、サンジは視線をドレークに向ける。
「一体なんだってんだ。ケンカに巻き込まれたと思ったらこんなところにいるなんざ、意味が分からねェ」
「まァまずは前提から話していこう。すり合わせは大事だ。前提条件が違うと話も噛み合わねェ」
ドレークは床に腰を下ろし、ボニーは壁に背を預けたままテンガロンハットをかぶりなおす。
「お前、〝麦わらの一味〟だろ?」
「そうだが……なんで知ってんだ?」
サンジは未だ手配書も発行されていない。顔はほぼ知られていないハズだが、ドレークは確信をもってサンジを麦わらの一味だと発言していた。
理由は簡単だ。ドレークは懐から写真の束を取り出すと、一枚の紙に麦わらの一味が全員顔写真付きで載っていた。
ロビン、ペドロ、ゼポは別の紙に載っている。
「これは〝黄昏〟の要注意リストだ。この場合の要注意ってのは、下手に手を出すと面倒になるから上に連絡を入れろ、と言う場合の要注意だな」
「なんでそんなモンにおれたちが……」
「
彼女1人の存在で四皇が2人も動いたのだ。動向を気にされて当然と言える。
船の針路、訪れる島、接触した人物。なるべく事細かに情報を集め、その後の対応を決めるために走り回るのがドレークの仕事だ。
「なるべくならこっちから手出しはしないで情報を得るだけに留めたかったが……」
「悪かったよ」
ギロリと後ろの壁に寄りかかるボニーを睨みつけるドレークに、ボニーも謝罪の言葉を出す。
この島では出入りが見張られているため、本来ならドレークの監視も必要なかった。事情があって政府に追われているボニーを匿ってあれこれやっていたら、政府の手先と間違えたボニーがサンジを連れて来ただけだ。
サンジはやすやすと気絶させられるほど弱くはないが、相手が女性だと何も出来ないのでなす術などなかった。
特にボニーの能力は肉体年齢を操作出来るという能力だ。子供にされては抵抗も難しい。
「……それで、帰っていいのか?」
「良いか悪いかで言えば悪いんだが、手出しのしようがない。おれはお前にこのことを黙っていてくれと頼むことしか出来ねェ」
「…………」
随分潔いと言うか、諜報員のような役割の割にペラペラと情報を話す男だ。
サンジは訝しみつつタバコを吸い、ジッとドレークを見る。
「えらく簡単に話すじゃねェか。おれ達とそれだけ敵対したくねェってことか?」
「それもある、が……おれはロビンとはそこそこ長い付き合いでね。あいつが楽しくやってる船の一員なら、誠実でありたいと思っただけだ」
今現在、ルフィとウタのせいもあってサンジの中で〝幼馴染〟と言う言葉ががっちり噛み合い嫉妬の炎がメラッと燃え上がった。
「ロビンは追われる身だし、この島でも安全とは言えねェ。政府の手先を始末するのも簡単じゃねェ」
「だったら手伝ってやるよ」
「……は?」
燃え上がった嫉妬心はロビンに良く思われたいと言うスケベ心を強くし、サンジを奮い立たせる。
ロビンが追われているのはわかっていた。ペドロとゼポも同じようなことを口にしていたし、それは事実なのだろう。
どのみち必要なことなら、自分がやってロビンに褒められたい──と、サンジは燃え上がった。
「ロビンちゃんに手を出そうとする不届き者はおれがブッ飛ばしてやるよ」
「……お前はロビンの仲間だろうが、一時的に同じ船にいるだけだろう? 何故そこまで親身になる?」
「決まってる──恋はいつでもハリケーンなんだよ!!!」