ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二十話:一つ目の航海

 双子岬での停泊は一週間ほどになった。

 食料に余裕がないと言っていた割には随分長い滞在となったが、元々逃走のための長期航海を想定しての食料不足だ。数日から一週間程度なら問題なかった。

 クロッカスの腕がいいのか、カナタの生命力が強いのか、滞在している間にカナタの怪我もすっかり治っていた。

 久々に包帯が取れてすっきりした様子のカナタは、ジュンシーと軽く手合わせをして体の調子を把握していた。

 ガキンゴキンと到底人体がぶつかっているとは思えない音を響かせ、肩慣らしをしている。

 

「ふむ、問題ないようだな」

「ああ。流石に一週間程度で腕が鈍るということもなかろう」

 

 骨折が治るには些か早すぎる気もするが、クロッカスはこの手の回復力が強い者がこの海にはいくらかいることを知っていた。

 カルシウムを取れば骨折などすぐ治るなどとうそぶいている者もいたくらいだ。

 

「しかし、おぬし……また覇気が強くなってないか?」

「センゴクとの戦いの賜物だな。強者との戦闘こそが覇気を成長させる最速の手段だ」

 

 覇気とは極限状態にこそ開花する力でもある。実戦に勝る鍛錬もないだろう。

 そういう意味では、格上の覇気使いであるセンゴクとの戦いはカナタにとって有益でもあった。

 だが、まだこれで満足するわけにもいかないのがこの海の厳しいところでもあるのだが。

 

「休養も取れた。怪我も治った。これ以上留まる理由もないな」

「そろそろ出航か。ラブーンも寂しくなるだろう」

 

 「がおー、食べちゃうぞー」と言いながらラブーンと遊んでいるフェイユンに視線を向けながら、クロッカスはそう言った。

 元より追われる身だ。一か所に留まることは難しい。

 世界政府や海軍が容易に手出しできないほどの勢力であれば、また話は変わってくるが。

 この広い海を見渡してもそれほどの勢力は片手で数えられる程度だろう。

 

「世界を一周して戻ってくるさ。逃亡生活だからな、また会うこともあるだろう」

「であればいいがな。気軽に言うが、この海はそう簡単に行き来できるほど容易いものではないぞ」

「覚悟の上だ」

 

 双子岬にまた戻ってくることのできる海賊など今までいなかった。

 だからこそ、未だ踏破出来ぬこの海を〝偉大なる航路(グランドライン)〟と呼ぶのだ。

 

「昼には出航する。準備を整えておくように」

「準備っても、精々下ろした荷物を片付けるくらいだからな。そうはかからんだろ」

 

 あとはクロッカスに渡す食料くらいだ。あまり長いこと滞在する予定もなかったのだから、そんなものだろう。

 フェイユンは名残惜しそうにラブーンと別れの挨拶をしており、随分と仲良くなったことがわかる。

 それ以外にやることは特にないが、一つだけ決めかねていることがあった。

 

「悪魔の実が一つだけ手元にある。誰か食べたい者はいるか?」

 

 トロアで戦ったジャガー人間。カナタに一瞬で沈められたあの男の持っていた能力だ。

 双子岬に来た最初の夜、宴が終わって皆が寝静まっている間に寝首を掻こうとしていたので手早く始末していた。

 人手が足りないので配下につくならばと生かしていたが、女の下にいるのはプライドが許さないと反抗してきた。

 

「随分と珍しいものを持っているな」

「まぁな。私は縁があるのか、悪魔の実が結構手に入る」

 

 嘘ではない。能力者がいれば殺して奪うというだけの話だ。

 それがカナタにとって有益な能力であれば何であれ嬉しい。動物(ゾオン)系は身体能力が上がってその動物の特性を得る能力なので、純粋に近接戦をやるものに食べさせたいところだ。

 そう考えると一番に候補に挙がる人物は二人。

 

「ジュンシー、ゼン。お前たちは食べる気はあるか?」

「不要だ。儂は能力に頼らず強くなりたいのでな」

「私も特には必要とは思いませんね。泳げなくなるのも少々……」

「そうか。ではほかに食べたい者はいるか?」

 

 ジュンシーは単純に能力に頼らない強さを得るために能力を得ることを拒み、ゼンはカナヅチになることを嫌った。

 手っ取り早く強くなるなら食べたほうがいいのだろうが、二人とも今はそれを必要とはしていないのだろう。

 だが、二人が拒んでチャンスが来たと思ったのか、数人手を挙げた。

 

「カナタ、こいつは相談なんだが」

「どうした」

 

 ジョルジュは手を挙げたので実を食べたいのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 曰く、「船のルールとして明確にしておくべきだ」と。

 

「悪魔の実ってのは貴重だ。同じ時代に同じ能力者はいない以上、得られる能力は限られる。今後手に入れた場合、誰が食べるかルールを決めておかないと遺恨を残すぞ」

「……一理あるな。だがどうしたものか」

 

 見つけたものが食べていい早い者勝ちのルール。

 船の中で誰が食べるか船長のカナタが決める下賜(かし)するルール。

 あるいは実を見つけるたびに船の中で食べたい者を募ってバトルロワイヤルをやる、強さこそが正義のルール。

 どれにしたところで完全に異論が出ないということはないだろうが、カナタとしては二つ目と三つ目の混合したルールを制定したい。

 

「非常に貴重、あるいは強力な能力だとわかっていた場合は私が決める。それ以外はお前たちで争って食え」

 

 強力な力を持たせる場合、使い手はカナタこそが見極めたい。

 裏切りは海賊の華だが、カナタはそれを許さないために。

 逆にカナタの興味をひかない能力などであれば、船内で告知したうえで欲しいもの同士で戦って奪い合う。

 やや横暴かとは思うが、船長であるカナタを絶対とする規律を作っておかなければならない。組織における規律とは、統制を取るためにも重要な要素だ。

 

「ついでだ。お前たちで実を取り合っている間に船内でのルールを明確化しておこう」

「そいつは名案だな。何事もルールがあってこそだ。無法者のおれ達が言っても説得力ねェけどな」

「無法者でも規律は必要だ。破ったものは私が殺す。覚悟しておくがいい」

 

 覇気こそ発していないが、赤い瞳で睨みつけられて肌を刺すような殺意に思わず黙りこくる一同。

 理解したと判断し、カナタは悪魔の実をゼンに預けてジョルジュ、ジュンシーと共に船室へ戻ることにする。

 素手によるバトルロワイヤルで勝ち残ったものに実を与えるようにと言い残し、三人で船のルールを明確化しに行ったのだ。

 

「いやはや、恐ろしい方だ……もっとも、あれくらいきちんとしていた方がいいでしょうね」

「うん。私もそう思う。でも、ゼンは馬なのに虎っぽくなるとどうなるのか興味もあるよ」

「絶対食べませんからね?」

 

 世にもおかしな珍生物が出来上がったことだろう。

 フェイユンは残念そうに眉尻を下げ、ゼンはそっぽを向いてバトルロワイヤルを始めさせていた。

 

 

        ☆

 

 

 一時間後、丁度昼の時間のこと。

 バトルロワイヤルを勝ち抜いて悪魔の実を勝ち取った、筋骨隆々とした大男──サミュエルが雄叫びを上げていた。

 顔面青あざだらけでパンパンに腫れていたが、本人は全く気にした様子もなくゼンから悪魔の実を貰ってかぶりつく。

 

「ウハハハハハハ!! ──うっ」

「どうしました?」

「ま、不味い……」

 

 顔色を青くしたり赤くしたりしながら飲み込み、疲れと達成感をない交ぜにしながら仰向けに倒れた。

 体の変化が起きるのはまだ後になるだろう。今は青あざだらけで倒れこむ四人の治療をしなければならない。

 クロッカスに頼んだところ、「最後まで騒がしいやつらだ」と笑いながら治療を受け持ってもらえた。

 

「終わったのか」

 

 カナタたちが船から出てくるころには治療もある程度終わり、サミュエルも能力でジャガーに変身したり人に戻ったりを繰り返していた。

 

「お、勝ったのはサミュエルか」

「使いこなせるように修行を積ませねばな」

「それはあとだ。まずは明確化したルールを発表しておく」

 

 航海中の飲酒は時間を区切って数名ずつ。

 仲間内での賭博、金品の窃盗・横領の禁止。

 銃や剣の整備の徹底。

 女性や子供への乱暴目的で船に乗せる事の禁止。

 などなど、決定した規律に一部の者がうへぇと嫌そうな顔をする。特に飲酒の制限や賭博などは慣れ親しんだものであるがゆえに反発も覚える。

 だが、命を懸ける航海で全員同時に飲酒で酩酊するなど話にならないし、賭博は仲間内であっても悪感情を起こす。

 必要な規律だ。

 

「破ったものは私が処刑する。具体的には──」

「ん?」

 

 わかりやすくジュンシーに視線を送り、カナタは武装色で黒く硬化した足を振りぬく。

 同時にジュンシーも武装色で腕を硬化させて蹴りを防ぐが、衝撃で空気が爆発したような音が響いた。

 これでも手加減していたのか、二人とも涼しい顔をしている。

 蹴った相手がジュンシー、あるいはゼンでもなければ今の一撃で体が吹き飛んでいるだろう。

 

「こうだ」

「いや死ぬわっ!!」

「処刑なんだ。当たり前だろう」

 

 ジュンシーとゼンが破った場合は少し手間だが殺せないわけじゃない。

 出来るだけやらせるなよ、と皆によく言い聞かせておく。皆首が取れるのではないかと言わんばかりにぶんぶん首を振って肯定していた。

 ともあれ、これで船に関することは問題ない。問題が起こったら都度解決していけばいい。

 

「さて、世話になったな、クロッカス」

「ああ、退屈しない一週間だった」

 

 握手を交わし、別れの挨拶を告げて全員船に乗り込む。

 ラブーンが見送るように声を上げ、フェイユンが甲板でラブーンの姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

        ☆

 

 

 リヴァースマウンテンの麓、双子岬を出て〝ウイスキーピーク〟を一路目指す。

 現在の気候、冬──時々春。

 先程までは雪が降りしきる冬の海だったのが、今は気持ちのいい陽気の春一番が吹いている。

 偉大なる航路(グランドライン)の出鱈目な天候とはこういうものをいうのだろうな、とカナタはぼんやり考えていた。

 

「さっきからずっと記録指針(ログポース)見てるな」

「目を離すとあっという間に指針がずれるのでな。目を離せないと言った方が正しい」

 

 ふと目を離すと船が逆走していた、なんてこともザラだ。

 天候も、波も、風も、すべてが出鱈目で常識が通じない──ここはそういう海なのだと、あらためて思い知らされている。

 先程も霧だ突風だ虹だ氷山だと大騒ぎしていた。いや虹だとはしゃいでいたのはサミュエルの阿呆なのだが。

 

「さっき氷山にかすってたが、大丈夫だったのか?」

「水漏れはなかった。島に着いたら一度点検するさ」

 

 ジョルジュは珈琲を飲みながらそう言う。

 何かあった時の対処、という意味では船大工も必要になるだろう。大工をかじっていた者ならいるが、元々まともに仕事が出来なかったならず者だ。

 腕に期待など出来るはずもない。

 

「船大工も必要だな……」

「そうだなァ……水漏れを防ぐくらいなら出来るが、それ以上ともなると専門知識が必要だろ」

「あと必要な役職は何だ」

「船医、はこれから交渉するとして。船大工……それくらいじゃねェか?」

 

 お世辞にも腕がいいとは言えないにせよ、コックはいる。

 航海士はスコッチとカナタの二人体制で、必要な役職といえばそれくらいだろう。あとはジョルジュが金庫番をやっているくらいで、それ以外はみんな戦闘員だ。

 操舵士くらいはいてもいいかもしれないが、この海をそれだけ深く知っている者などそうはいない。

 

「焦る必要はあるまい。必要なら船は買えばいい」

「最悪どっかで奪えば何とかなるわな。海上で沈みさえしなけりゃ」

「海上でやられても私さえ生きていれば次の島まで歩きで移動できる。問題ない」

 

 船で数日かかるような距離を歩きで移動など、考えるだけで嫌になる。

 だが最悪を考えればそうなるのだろう。保険があるというのはいいことだ。

 

「優先度は高いが、船大工か……またどこかで探さねばならんな」

 

 探せば船作りで有名な島くらいあるだろう、とカナタは思っている。

 ぼんやりと覚えているが、ウォーターセブンで船大工が仲間になっていたはずだと。その辺りで探せば手の空いた船大工の一人や二人は見つかるだろう。

 それまでに船が沈まなければいいが。

 

「……気候が安定してきたな。そろそろ島が見えてくるはずだ」

「意外と早いな」

「最初の島はそれほど離れていないから、最初の海はこれだけ荒れるんだ」

 

 クロッカスからそう聞いていた。

 七つの島の磁場がそれぞれ干渉して海が荒れるため、一番最初の海が一番の難関なのだと。

 それ以降でも難関と言える場所はゼロではないにせよ、この海に慣れていない者にとって最初の航海が一番難関だというのは厄介だ。

 

「見えてきたぞ! 島だ!」

「着いたか。うまく船医を乗せることが出来ればいいがな」

「変わり者って話だったが、どんな男なんだろうなァ……またぞろ厄介な性格してなけりゃいいが」

 

 疲れたように言うジョルジュを放って甲板に出たカナタ。

 徐々に輪郭が見えてきたその島には、特徴的なサボテンのような山がある。海につながる大きな川があるが、船は海側の港に着けるよう指示を出す。

 こうして、偉大なる航路(グランドライン)一つ目の航海が終わった。

 

 

 

 




海賊船での規律に関する資料はバーソロミュー・ロバーツを参考にしました。

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