ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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時系列は原作10年前頃

ちょっと長めです


番外 とある夏の日の思い出

 

 この海において、亡くなった人間の扱い方はおおむね決まっている。

 国によって宗教は違うために土葬や火葬といった違いはあるが、宗教が違えども海の上で死ねば棺に入れて海へと還すのが船乗りの習わしだ。

 船に冷蔵庫を付けるのも金がかかるし、何より遺体を冷蔵庫に入れて陸まで保管し続けるわけにもいかない。

 放置すれば腐って疫病の元になりかねないという事情もあり、遺品や遺髪などを残すのみとするのが基本だ。

 生まれた地が違えども、死ねば全て海へと帰る。

 海賊であろうと海軍であろうと、変わりなく。

 

 

        ☆

 

 

 宗教が違えば死者の扱いは当然異なるが、〝黄昏の海賊団〟においては遺品や遺髪は遺族の下へ届けられる。

 身寄りのない者の遺品は貴重品を除いて焼くのが基本だ。

 仕事柄危険も多く、どれだけ対策をしても海難事故で亡くなる者はいる。

 何事にも絶対はない。

 〝ハチノス〟においては海を見渡せる丘の上に慰霊碑が建ててあり、死んだ人間を思い出す、あるいは遺品や遺髪を焚き上げる時はここに来る。

 元々このような風習は無かったが、この島に居を構えた際にカナタが制定した。

 墓場の問題は常にある。陸地が限られている以上、今後増え続ける可能性が高い墓場のことはカナタの頭を悩ませていた。

 なので、陸で死のうと海で死のうと基本は水葬。遺髪や遺品のみ慰霊碑の前で焚き上げる、と言う風習を作り上げた。慰霊碑に名前を刻み始めるとキリがないのでこれは行われていない。あくまで故人を思い出すための場所を提供するだけだ。

 ……もっとも、年に一度、夏の時期に花と酒を手向けるカナタの行動まで新しい風習と化したのは、本人にとっても予想外だったのだが。

 

「よ~~し、酒は行き渡ったな!? これまで死んだ連中の貢献に、乾杯!!」

『乾杯!!!』

 

 更に予想外だったのは、「たまには死んだ連中の事も思い出してやらねばな」などと口走ったが故に、先の行動と合わせて〝集まれる者たちだけでも集まって酒を飲みながら故人を思い出す〟イベントになったことだろう。

 もうただ酒を飲みたいだけではないのか、とカナタは思うのだが、行動自体はそれほど悪いものでは無い。

 思い出すなら悲しい記憶より楽しい記憶だ。酒を飲みながらでも構うまいとカナタは許可を出した。

 

「結果がこれか……」

 

 執務室から見下ろす広場ではがやがやと多くの人々が騒がしくしている。

 カナタ達が〝ハチノス〟に拠点を構えてから15年以上。

 その間に色々と根付いた風習もあるが、これはカナタも根付かせようと思っていた風習ではない。

 カナタが長年のクセでやっていたことを、旅をするようになってから出来なくなっていたからと再びやり始めたら何故か根付いただけだ。

 食堂だけでは入りきらないほどの人数が集まり、酒を片手にあちらこちらで話しているのが聞こえる。

 来たい者だけ来いとお触れを出したら大多数が集まった。仕事の都合で来れない者は随分悔しがっていたらしい。

 そんなお祭りにした覚えは全くないのだが。

 

「まァ仕方ねェだろ。お前一応〝黄昏〟のトップだしな。野心あるやつは一度くらい酒飲み交わして顔を覚えて貰いたいんだろうさ」

 

 髪が後退し始めたのを気にしてスキンヘッドに刈り上げたスコッチが笑う。

 隣のジョルジュもオールバックに撫でつけた髪には白いものが交ざり始めており、否が応でも歳を取ったことを思わせる。

 

「支部長たちもわざわざこの時期に合わせて来るほどだしなァ。南や東は遠いだろうに、年に一度は顔を出さねェと不義理だーなんて言ってよ」

「映像電伝虫を使って顔を合わせているのだから、別に忙しい中無理して来ることはないと思うがな……」

「今は船の速さも昔と段違いだし、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越えるのもおれがいりゃァ簡単だからな。年に一回くらいはやっぱ顔出しときてェんだろ」

 

 ジョルジュの言う事も理解出来るのか、カナタは軽いため息を吐いて酒を煽る。

 仕事に差し支えないなら顔を出した方が良いのは事実だ。映像電伝虫では相手が入れ替わっていたり、心変わりをしておかしな真似をしていた場合に気付けない。

 定期的に顔を合わせたほうが変化を見抜きやすいのは確かだ。

 監視役に〝戦乙女(ワルキューレ)〟や〝戦士(エインヘリヤル)〟を常駐させても見抜けるとは限らないのだし。

 手元のコップを揺らしてなみなみと注がれた酒を見ながら、カナタは小さく呟く。

 

「……毎年、この時期になると歳を取ったと思うよ」

「デイビットとクロの野郎も死んでから8年かァ……早ェもんだな」

「まったくだ。クロを拾ったばっかりの頃、釣りしてて海に引きずり込まれてたのが懐かしいぜ」

「あったあった! カナタに向かって『助けてくれ! 〝闇水(くろうず)〟!』って引っ張って一緒に溺れてたな!!」

「カナタ、能力者のクセに海を凍らせられるから溺れねェのに、あの時は一緒にドボンだったもんなァ」

「あいつに触れられると能力が使えないんだ。あの時ばかりは本気で殺してやろうかと思ったものだ」

 

 ヤミヤミの能力は特殊で、能力者本人が能動的に引き込んだ場合、悪魔の実の能力が使えなくなる。

 クロが自分の能力の特性をまだ理解していなかった頃の話なので、どちらも海に落ちて溺れかけたのだ。

 今でこそ笑い話だが、当時は危うく死にかけたのでそれはもうバチバチにキレていた。

 肩をすくめるカナタにスコッチとジョルジュはげらげらと笑っている。

 

「今じゃおれらみんな能力者になっちまったから、溺れても助けてやれねェけどな!」

「おれはちょっとした裏技使えば助けてやれねェこともねェが……」

 

 フワフワの実は海にすら影響を及ぼせる能力だ。海に落ちてすぐなら海水ごと持ち上げてやることも可能ではある。

 普段ならともかく、戦ってる最中にそんなことをやる余裕があればだが。

 ここしばらくまともに戦ってこなかったので、覇気こそ使えるが随分鈍ったという自覚はある。多少なりとも鍛えなおさないと下に示しが付かない。

 

 

        ☆

 

 

 執務室のドアをノックする音がする。

 控えめなノックの後に現れたのは、カイエが連れて来た九蛇の面々だった。グロリオーサもいる。

 年に一度しか顔を合わせないグロリオーサに、カナタも口元を緩めて声をかけた。

 

「久しいな、グロリオーサ!」

「うむ。久しぶりじゃニョ、カナタ」

 

 〝黄昏〟を引退して故郷である〝アマゾン・リリー〟に戻ったグロリオーサは、現在九蛇海賊団のご意見番と新人の教導にあたっている。

 肉体は随分衰えてしまったが、それでも覇気の使い方は体に染みついている。教えることは難しくない。

 カイエはグロリオーサを親代わりに育ったので、時折〝アマゾン・リリー〟に顔を出しては後進の育成にあたっていた。

 今回もカナタに会わせるため、将来有望な戦士たちを連れてきていた。

 中には見覚えのある顔もある。

 

「ふむ……いつぞやの子たちもいるのか。逞しく育ったようだな」

 

 カイエとグロリオーサが将来有望と見立てるだけあって、戦士たちは覇気も肉体も鍛え上げられていた。

 中でも目を惹くのは、やはり数年前に一度グロリオーサが連れてきていたハンコックだろう。

 

「覇王色の持ち主と聞いたが、本当か?」

「は、はい!」

「そうか……覇王色の持ち主は往々にして他人の下には就きたがらない。自分の方が強いと思ったのなら、私はいつでも挑戦を受けよう」

「そ、そのような……」

「やめてやらニュか、カナタ。大体、おニュしは書類仕事したくないから誰かに譲りたいだけじゃろうて」

 

 海運の仕事は忙しい。物を運ぶだけではなく、需要と供給を考えて、船の行き来の回数も調整する必要がある。

 綿密な計算が必要な仕事であることとカナタ自身がきっちりした性格であることが合わさって、捌く必要のある書類は山のようになっていた。

 あまりに忙しいので誰も引き継ぎたがらないほどに。

 最近は教育の成果が出てきて多少任せられるようにはなってきたが、それでも一度は目を通さねばならない書類はあるので仕事の総量はほとんど変わっていない。

 涼しい顔をしているが、カナタは間違いなくこの分野でも超人であった。

 

「仕事したくないと言うより、属人化*1を解消するために書類仕事が出来る奴を探しているだけなのだがな。海運に集中するには兵隊を統率出来る者が欲しい」

「おニュしのそれは専門家を育てねばならニュじゃろ。この子らにやらせるにはまだ早かろう」

「……そうだな。少々性急だった」

 

 執務室のソファに深々と座りながら、カナタは手に持ったコップを傾けて酒を煽る。

 荷物を運ぶだけの人員はいくらでもいるが、それを調整するための人員は育てねばならない。

 大海賊時代が始まって以降、まともな教育を受けられなかったものも少なくない。

 〝ハチノス〟に居を構えて以降、あちこちから拾って来た子供ややる気のある若者に少しずつ教育を進めてはいるが……最近ようやく形になりだしてきている程度だ。完全に円滑に回せるようになるには経験を積ませることも考えて最低あと10年は必要と見ている。

 

「カイエは十分に知識と強さを得た。今のお前なら色々と任せられる……どうだ、支部長でもやってみないか?」

 

 そう言うと、カイエは困ったように笑う。

 

「勘弁してください。私に出来るのは戦う事だけですよ。戦闘は私が何とかするので、支部長には海運だけなんとか出来る人を選んでください」

「ふむ……やはり分業しかないか」

 

 時代が時代だ。あまり弱い者を選んでも何かあった時に困ると思っているが、常に複数人での護衛が出来るならそちらの方が効率はいい。

 

「……まぁ、その辺りはよくよく考えていくことにしよう」

「戦士たちは1人ずつ紹介しておこう。今後〝黄昏〟の方で面倒を見るやもしれニュしの」

「あまり引き抜くとアザミがうるさいのだが……」

「今や九蛇海賊団は黄昏の海賊団の傘下。文句など言えニュ立場じゃ──それに、ハンコックは今やアザミより強いぞ」

 

 〝黄昏〟が強く名を響かせれば響かせるほど、その庇護下にある〝アマゾン・リリー〟の安全も担保される。その辺りをわかったうえでの発言だ。

 伊達にご意見番をやっているわけではない。

 ガチガチに緊張しているハンコック達を紹介し、カナタと一言二言言葉を交わして退室していった。

 

 

        ☆

 

 

 再びノックの音。

 今度は扉を壊すつもりかと言わんばかりの音である。許可を出すと酒瓶片手にティーチが入って来た。

 後ろにはつい先日〝黄昏〟に入ったばかりのタイガーがいた。

 ──正確には()()()というより()()()()()、と言うべきかもしれないが。

 

「おう姉貴! 飲んでるか!?」

「また喧しい奴が来たな……」

「声がデケェんだよお前! ちょっと離れて座れ!!」

「おいおい邪険にすんなよスコッチ!」

 

 どかりとスコッチたちと同じソファに座り込むティーチと、ティーチに連れられて来た困り顔のタイガー。

 カナタはポンポンと隣に座るように促し、タイガーはちらりとスコッチとジョルジュの方を見てからカナタの隣に座る。

 居心地の悪さを若干感じているのか、微妙に顔が硬い。対照的にカナタはリラックスした表情で、酒瓶を取りながら問いかけた。

 

「どうだ、慣れたか?」

「まァ、慣れようと努力しちゃいるが……」

 

 あれだけのことがあった後だ。人間への不信感はどうしても残っている。

 それでも〝黄昏〟にいることを選んだのはタイガー自身だ。気持ちの折り合いがつくまでは時間がかかるだろうが、そう急くことはないとカナタは言う。

 手に持った酒瓶を傾け、タイガーのコップに酒を注ぐ。タイガーも同じようにカナタのコップに酒を注ぎ、一息に酒を飲みほした。

 焼けつくようなアルコールの感触が喉を通り過ぎる。

 タイガーは余韻を楽しむように天井を向いたまま、「そう言えば」と口を開いた。

 

「さっき、九蛇の戦士たちとすれ違った」

「ああ、有望な戦士たちと顔合わせをしていたところだ。グロリオーサの事は覚えているか?」

「忘れようにも忘れられん。あの女は強い戦士だ」

 

 当時、タイガーとグロリオーサが同じ船に乗っていた期間はひどく短い。カイエはその時のことを覚えていない可能性すらあるだろう。

 しかし、タイガーの方はシャボンディ諸島での大騒ぎもあって忘れようにも忘れられない記憶だ。

 鮮烈で、死ぬまで忘れないであろう旅の記憶である。

 

「その中の1人が、すれ違ったあとで追いかけて来てな……色々迷ったうえで、『ありがとう』とだけ言われた」

「…………」

「おれはその女に覚えはないが……何かやったんだろうな」

 

 カナタはその言葉を聞いて目を細め、対面に座っている3人を見る。

 酒が入っている上にギャーギャーと騒いでいる。対面で話している内容など聞こえていないだろうと判断し、タイガーに耳を寄せるよう手招きする。

 タイガーは眉をひそめながら屈みこんでカナタに耳を近づけた。

 

「あの子は元奴隷だ」

「……!!」

 

 カナタの言葉に、タイガーは目を見開いた。

 そんなことがあるのか、と言わんばかりの表情だ。

 

「背中に焼き印があった。今はタイヨウのマークで上書きしているが……なるべく人に見せないようにと言いつけている」

「……それがいいだろうな」

 

 タイガーが作ったタイヨウのマークは〝タイヨウの海賊団〟を示すマークでもあるが、同時に天竜人の奴隷であったことを隠すマークでもある。

 魚人や人魚ならともかく、何ら因果関係が無いハズの九蛇の戦士の背にそのマークが入っていたのなら、それは元奴隷であったと推測される可能性は高い。

 人間でもそのマークを持つ者はいるが、非常に少ないのである。

 それでもタイヨウのマークを上から焼き付けたのは、天竜人の奴隷であった証が心を蝕み続けるからだ。

 

「しかし、そうか……」

「前向きに考えろ、タイガー。お前は多くの奴隷だった者たちを救ったんだ。立場が悪くなったとかオトヒメ王妃の夢だとかはこれから考えていけばいい」

「なんだ難しいこと話してんのか? 今日くらいは気楽にいけよ! 酒飲んで楽しむ日だろ、今日はよ!!」

「死んだ奴を思い出す祭りだって言ってんだろこのバカ野郎!」

「ゼハハハハ!! 世の中後ろ向きに思い出すより前向きに忘れたほうが良いこともあらァな!!」

 

 酔っぱらって顔を赤くしながら、ティーチは笑う。

 陽気に笑うこの男に毒気を抜かれたのか、タイガーも小さく笑って再び酒を飲もうとして、コップが空であることに気付いた。

 酒瓶を持ったカナタはにやりと笑い、空のコップになみなみと酒を注ぐ。

 

「死んだ人間を思い出せとは言うが、無理に思い出す必要は無い。昔はああだったとか、バカな話に花を咲かせて酒を飲むだけでもいいだろう。誰も文句は言わんさ」

「……この祭り、お前が作ったんじゃなかったのか?」

「別に強制した覚えはない。酒を飲みたい奴らがあれよあれよとこういう形に作り上げていっただけだ」

「なんだそりゃ」

 

 〝ハチノス〟は夏島だ。

 夏島の夏ともなれば暑いので、酒も進む。つまみになりそうなものはあらかじめ用意しておいたので、タイガーもそれを食べながら酒をどんどんと飲み干していく。

 この時だけはかつて旅をしていた時のように、わだかまりもなく笑いながら。

 まぁ、あまりに早いペースで酒を飲むものだからタイガーはあっという間に潰れてしまったのだが。

 

 

        ☆

 

 

 またもやドアをノックする音がする。

 今度は規則正しい几帳面なノックの音だ。

 酔い潰れたタイガーはティーチとスコッチ、ジョルジュが3人で運んで行ったので、執務室にはカナタ1人だけが残っている。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのはエメラルドブルーの長い髪を括った女性、小紫だった。

 後ろには千代とイゾウ、河松……それにゼンである。

 

「今度はワノ国組か。入れ」

「カナタさん! 私はとても嬉しいです! おでん様の忘れ形見である日和様に、こうしてお酌をして貰う日が来るとは……ヒヒン!! もう涙ちょちょぎれますよ!!」

 

 ゼンは既にだいぶ出来上がっているらしい。顔は赤い上に足取りも微妙に不安定でイゾウと河松がサポートしている。

 カナタはゼンの様子に呆れていた。

 

「お前、飲みすぎじゃないか……?」

「何を言いますか! 今日は故人を思い出す日なのでしょう!? であれば長く生きたこの私が伝えずしてどうしますか!!」

「すみません。私が父上とお爺様の話を聞きたいと言ったところ、こんなことに……」

 

 恥ずかしそうに縮こまっている小紫に得心がいくカナタ。

 ゼンは小紫の祖父である光月スキヤキの代に仕えていた家臣である。紆余曲折あってワノ国を離れ、〝西の海(ウエストブルー)〟でカナタに出会い、以降共に旅をしているが……スキヤキへの忠誠心を無くしたつもりはないのだろう。

 と言うか、ゼンはおでんの事は幼少期しか知らないハズだが。

 その辺りを疑問に思って聞いてみると、イゾウが答えてくれた。

 

「おでん様の幼少期の破天荒な行動はご存じなので、その辺りを中心に聞いていました。全てを知っている人などほとんどいませんからね」

「康イエ殿であれば、と思いますが……あの方とておでん様が海に出ている間の事を知っているわけでもありませぬゆえ」

「つぎはぎでも、おでんの生きた旅路を知りたいか……」

 

 まぁロジャーの船に乗っていた時期だと小紫はまだ赤ん坊だったし、おでんとトキの馴れ初めなどもイゾウは知っているので話すことは出来るらしい。

 カナタにもおでんの事を聞きに来たらしいが、カナタは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「何でそんなに嫌そうなんですか?」

「私はあの男が嫌いだからだ」

「そんなハッキリ言わないでも……」

 

 首を傾げる小紫へきっぱり言い放つカナタに思わずイゾウがツッコむ。

 おでんの事は嫌いだが、小紫の事は別にそこまで嫌いではない。スキヤキ殿には恩も義理もあるし、多少話すことは出来るが、おでんに関してはもう悪口しか出てこない。

 なので聞かない方が良いとカナタは酒を飲む。

 目の前のソファに座ってもしゃもしゃとつまみを食べている千代に目を向けると、彼女もおでんの事にはあまり興味が無さそうだった。

 

「わし、別に光月おでんのファンとかでもないし……そりゃ家臣とかはカイドウに反抗した際に死んだ奴もおるが、話せる相手はわしについてきた家臣しかおらんからのう」

「光月モモの助の許嫁じゃなかったのか?」

「あー、そんな約束もあったような気もするのう。いや本人おらんのに結婚は無理じゃろ」

 

 本当に時を超えているならモモの助の年齢は8歳のまま。戻ってくる12年後には千代は28歳。年の差婚にしてもちょっと離れている。

 ナイナイと千代は手を振り、酒の代わりに持ってきたジュースをぐびぐびと飲んでいる。

 元々同い年の男女でおでんと康イエの間柄もあっての許嫁だったのだろうが、状況がこうなってしまっては諦めたほうが賢明と言えた。

 

「それに、ワノ国に留まる気もないしのう」

「え、千代ちゃんワノ国を取り戻しても帰らないんですか?」

「あの国に留まるよりこっちにいる方が性に合ってそうじゃし」

「えー……」

「好きにするといい。うちに残りたいと言うなら相応のポストもある」

「どうせワノ国に戻っても日和が将軍じゃろ。代理かもしれんが。まぁどっちにしてもわしは親父殿の跡を継いで大名じゃろうし、一番上になれんのなら〝黄昏〟でトップ目指した方が良さそうじゃと思わんか?」

 

 野心に満ち溢れた視線を受け、カナタは僅かに口元を緩める。

 こういう生意気な奴も近頃は少なくなった。

 カナタの強さを間近で見ても心が折れない者は少ない。特に小紫と千代はカナタが直に鍛えているので、その強さは身に染みている。それでもなおトップを目指すという千代には、間違いなく覇王の素質があった。

 

「では私が引退した後はお前に任せよう」

「いいんですか!?」

「お、ラッキー! 言ってみるもんじゃな! うっはっはっはっは!!」

 

 ゼン以外の面々がギョッとした顔でカナタを見ており、千代は笑っていた。

 実際のところ、カナタが一線を退くまではまだ相当時間があるだろうが……後継がいるのといないのとでは関係各所の動き方も違う。

 

「私は別に地位に拘りはないからな。問題があるとすれば、千代はそれほど強くないことくらいか」

 

 カナタとしては組織のトップが最強である必要は無いと考えている。

 だが、この時代において強さこそが絶対だ。弱いトップの下には弱者しか集まらず、強者に食い荒らされるのみ。

 それ故に敵を跳ねのけられる絶対的な強さが必要なのだ。

 とは言え、絶対的な強さの象徴を用意して、それを従えるカリスマがあれば上手くいくこともある。必要なのは組織を纏め上げるカリスマだとカナタは考えていた。

 

「若い連中には有望な者も多い。このまま鍛え続ければ十分な戦力になるだろう。それを従えられるようになったなら、お前に譲ってもいい」

「ほう、言ったな? では気張るとするか!」

「もう、千代ちゃんったら無理を言って……」

「お前も他人事ではないぞ。ワノ国に戻るにしても、あの国の侍衆もお庭番衆もカイドウの仲間だ。一度裏切った連中を戻すのはリスクが高い。斬り捨てて新しい臣下を用意するにしても、一から育てるのは厳しいところがあるからな」

「その辺りは我々も考えております。姫様のためにも、独自の兵力を持つことを許していただきたく」

「拙者たちとイヌアラシやネコマムシたちミンク族のみならず、ワノ国に駐留する戦力は必須なのです。どうか」

 

 イゾウと河松が頭を下げ、小紫が慌てたように視線を彷徨わせる。今初めて話したのだろう。

 オロチに逆らって処刑された侍は数知れず、小紫がこのまま戻っても今度は外敵から身を守るための戦力が足りなくなる恐れがあった。

 先を見据えた提案にカナタは思案し、どちらにしても人を使う経験は積まねばならないだろうと判断を下す。

 

「……良かろう。私の指揮下ではない、お前たち独自の戦力を持つことを許す」

「! では──」

「だが、特別扱いには相応の理由が必要だ。今の小紫の強さではまだ認められはしない」

「……ならば、どのようにするおつもりですか?」

「小紫自身が特別扱いされても仕方ないと言われる程度には強くなってもらわねばな。それまでは暫定的に私の指揮下で動く部隊を貸すだけだ」

 

 どちらにしても経験が足りていない。人を使う経験は一朝一夕で得られるものではないため、普段から訓練し、時に実践することで糧としなければならない。

 まぁ戦うだけなら小紫が1人で動いた方が早い場面もあるだろうが、為政者として立つならそれでは駄目だ。

 

「その辺りは千代の方が才能があるかもしれんな。あとは四皇相手でも戦えるような配下がいれば、もう私は不要だろうが……」

「そんなやつおらんじゃろ……」

「……協力すれば匹敵しうるようにはなるかもしれん。少なくともフェイユンが味方にいる間は易々と落とされることもなかろうさ」

 

 巨人族の寿命は長い。

 カナタが居なくなった後も、しばらくはフェイユンが巨大な戦力として残る。安泰とは言わずとも手を出しづらいは確かだ。

 その後のことまでは考えていられないが。

 

「ま、なるようになる。未来の話をすれば鬼が笑うと言うしな」

「そうじゃな。なるようになるじゃろ」

「そんな適当な……」

 

 開き直るカナタと千代に対し、小紫は困ったように頬をかいた。

 

 

        ☆

 

 

 昼から酒を飲み続け、既に日は落ちて暗くなっていた。

 小紫たちは途中から話さなくなったと思ったら寝ていたゼンを引きずって帰り、薄暗い部屋にはカナタが1人残る。

 窓から外を見れば、まだ夜は始まったばかりと騒いでいる。

 故人を思い出すというやや後ろ向きな祭りではあるが、笑っていられるのならそう悪いものでもない。

 そう考えていると、また部屋の扉がノックされた。

 

「儂だ」

 

 入ってきたのはジュンシーだった。

 髪は既に白いものが交じっており、深く刻まれた皺は否が応でも歳をとったことを思わせる。

 しかし肉体は今も鍛え続けており、生半可な相手なら容易く下すだけの強さが秘められていた。

 

「忙しいようだな、カナタ」

「まぁな。私に顔を見せたい連中はかなり多いらしい」

 

 小紫たちが出て行ったあとに支部長たちが挨拶に回って来たり、スクラが酒を飲みすぎるなと釘を刺しに来たり、フェイユンが外から直接声をかけに来たり。

 忙しいが、悪くはない一日だった。

 

「呵々。慕われているなら悪いことではなかろうさ」

「そうだな。常々命を狙われるよりはずっとマシだ」

 

 カナタの対面に座ったジュンシーは酒瓶を持ち、カナタのコップに酒を注ぐ。カナタもまたジュンシーのコップに酒を注ぐ。

 互いのコップを軽くぶつけてから一口煽り、外から聞こえてくる喧騒に耳をそばだてる。

 そうしているうちに、どちらからともなく口を開いた。

 

「多くの仲間や友人が死んだ」

「そうだな。これからも死ぬだろう」

「……お前も歳だ。引退したいとは思わないのか?」

「呵々。儂は死ぬまで現役だ。死ぬなら戦いの中でと決めている」

 

 静かに笑うジュンシー。カナタは視線をそちらに向け、真剣な表情をした。

 

「すべての準備が整うまで、恐らくあと10年は必要だ。長い計画になる……それでもついて来てくれるか?」

「何をいまさら。儂はお主以外のために拳を振るう気は無い」

「……そうか」

 

 リンリン、カイドウは今もなお勢力を拡大し続けている。

 止めるためには海軍との共同歩調は必須で、ニューゲートがどう動くか次第では状況も変わる。

 

「ロジャーは死んだが、その遺志はどこかに残っているだろう。あいつの言っていたことが本当なら、いつか子供が私の下に来るだろうが……まぁ、あの男の子だ。私の下に付くことはないだろう」

「あやつほど自由な男もいなかったからな。お主とは本来反りが合わんタイプだ」

「それならそれで構わんさ。受けた恩は一生だが、何も出来なくても地獄の底で愚痴を聞かされるだけだ」

「呵々、あやつはネチネチと愚痴を言う方ではなかろう。絡み酒ではあったがな」

 

 互いに笑い合い、酒を飲む。

 騒がしい一日だったが、やはりカナタ自身は静かに酒を飲む方が性に合っているらしい。

 

「……私はな、ジュンシー。ロックス海賊団の完全壊滅を考えている」

 

 相当な量を飲んでいるハズだが、やや顔に赤みが差す程度の酔い方しかしていない。だから、これは恐らく酔ったゆえに出て来た言葉ではないとジュンシーは考え。

 真剣な表情でカナタの目を見る。

 本気の目だ。

 やや薄暗い部屋の中で、彼女の赤い瞳だけが酷く目立つ。

 

「〝キャプテン〟ジョンは死んだ。シキもオクタヴィアも殺した。グロリオーサは私に降った。カイドウ、リンリン、ニューゲートは居所が分かっているから、いずれ殺す。〝王直〟と〝銀斧〟は居場所が分かり次第殺しに行く。バッキンガム・ステューシーはベガパンクと何らかの取引をしたらしいが、機を見て殺す」

 

 かつて、ロックス・D・ジーベックと言う男が率いた海賊団があった。

 誰も彼もが今なお名を馳せる怪物たち。当時海軍がロックスを倒して海賊団が壊滅したことが信じられないくらいだ。

 自らの父を殺したガープとロジャーへの恨みはない。死んで当然の人間だった。

 カナタは元来、秩序を保つことを良しとする女である。

 ロックスがやろうとしていたことは世界の転覆だ。阻止されたから良かったものの、阻止されていなければと思うとゾッとする。

 

「海賊などロクなものではない。私たちも含めてな……海の皇帝などと呼ばれている奴らを壊滅させても、恐らく雨後の筍のように後釜を狙う連中が出て来る」

「掃除が必要、と言うワケか」

「ロジャーも余計なことをしてくれたものだ」

 

 カナタは溜息をつく。

 どうあれ、ロジャーの一言が多くの海賊を生み出したことは間違いないからだ。

 しかし、考えなしに動くこともあるが、わざわざ海軍に自首してまであんなことをやらかした以上、彼にとってあれは必要なことだったのだろう。

 次世代の萌芽は徐々に出始めている。おでんが語った「20年後」についてもそうだが、ロジャー海賊団は〝ラフテル〟で何か重要なことを知ったのだ。

 だから、彼らはずっと先の未来を見据えて言葉を放った。

 

「……最後の島で、奴らは何かを見たんだ」

「儂らの知らぬ何か、か」

「何があったとしても、私たちがやることは変わらないがな」

「そうだな。難しく考えるより拳を振るう方が性に合っている」

 

 ロジャーたちが何を見たとしても、カナタたちには関係の無いことだ。直接頼んできたのならばまだしも、何も言って来ていないのに何かすることはない。

 一般的にそれは()()()()()()と呼ぶからだ。

 

「本格的に暴れるのはまだ先の話だが……背中は任せるぞ、ジュンシー」

「呵々。任せておけ」

 

 過去を思い出し、今を知り、未来を見据える。

 2人は小さく笑みを浮かべ、静かに酒を飲み交わす。

 

*1
特定業務に関する手順や状況などの情報が作業担当者しか把握できておらず、周囲に共有されていない状態

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