結局、ドレークが確認した限りだとサイファーポールは全滅したらしい。
チャンスだからとボニーは早々に島を出るらしく、サンジがナンパするよりも早く姿を消した。
最後に「世話になった。またな」とだけ残して行くあたり、またたかるつもりかとドレークは大きく息を吐いた。
サンジは男2人になって非常に残念そうだったが、それはどうでもいい話である。
「お前も仲間のところに戻るんだろう?」
「そりゃ戻るが……おめーはどうすんだよ」
「報告を上げてから次の指示が出るまでは待機だ。社畜なもんでね」
「大変だな」
時刻は昼過ぎ。
昨日の夜から食事を作っていないので、ルフィたちは腹を空かせているだろうとサンジは空を見上げる。
まぁ流石に外食か何かで済ませているとは思うが、迷惑をかけたことは申し訳なく感じていた。
ロビンの力になろうと気合を入れたが、結局特に何かをすることなく解散することになったので肩透かしを食らった気分でもある。
「……戻るか」
ドレークと別れ、足早に船へと戻る。
ロビンが追われていることやドレークのあれこれに関してはあまり気に留めていないが、サンジとしてはジェルマの事はずっと気にかかっていた。
超人とさえ言われる肉体強度は、確かに驚異的なほどで……それを一瞬で鎮圧したカイエの実力を見るに、この先の海にはこういう連中もそれなりにいるのだろうと察するには余りある出来事だった。
「…………」
ああいう存在がいるとわかったうえで、サンジには疑問が生まれていた。
イチジ、ニジ、ヨンジ、そしてレイジュ。姉弟全員が同じように頑丈な体と驚異的な怪力を持って生まれた。レイジュ以外は感情さえ操作されている始末。
どうやってそう言った力を得たのか、子供の頃は考えたことも無かった。生まれた時点で既に彼らはその力を持っていたからだ。
だが、先日のニジの言葉がどうしても気になる。
──おれたち兄弟は本来、生まれた時から超人なんだ。
かつてDr.ベガパンクと肩を並べて研究をしていたジャッジが、そういう風にデザインした子供がサンジたちだった。
ならば、確認しておかねばならない。
そう考えると、足は自然と船とは違う方向へ向いていた。
──ジェルマ王国の居城へと。
☆
この日、ジャッジの機嫌は最悪だった。
カナタとの協定も上手く行き、世界政府でさえ敵に回す覚悟があると示すためにサイファーポールを襲撃までして見せたというのに、結果としてイチジ達3人がカイエともめ事を起こしたためだ。
イチジたちがカイエに勝てなかったことそれ自体はどうでもいい……と、ジャッジは吐き捨てるように言うが、機嫌の悪さに拍車をかけているのは間違いなかった。
そんな中で現れたサンジに対して、ジャッジは極めて不愉快そうにしていた。
「ふん。今更何の用だ。あの日、お前とは親子の縁を切ったハズだが」
「ああ、おれだって今更親子の縁を戻そうなんて思っちゃいねェ。それでもここに来たのは聞きたいことがあるからだ」
「聞きたいことだと? 質問できる立場か、貴様!」
一国の王と木端海賊では本来会う事すら叶わない。こうして会っているだけでも破格の対応だと言うのに──と、ジャッジはイラついたように青筋を浮かべる。
サンジは睨みつけるジャッジなど意に介さず、単刀直入に聞き出す。
「おれたち兄弟のうち、おれ以外はどいつも人間離れした頑丈さや怪力を持ってる。お前はおれたち全員をそうするつもりだったのか?」
「そんなことか……」
「答えろ!」
「親に対して随分な口の利き方だ。所詮は海賊かぶれか……そうだ、と言ったらどうする?」
元々ジャッジには〝ジェルマの再興〟と言う目的がある。それを達成するためなら何でもやった。
サンジ達兄弟の血統因子を操作し、頑強な肉体を持ちながら感情の欠落を持って生まれてくるようにしたし、それぞれが能力者のような特異な力を持っているように操作した。
何も持たなかったのはサンジだけだ。
何をわかり切ったことを、とジャッジは鼻を鳴らす。
「だからお前は失敗作なんだ。頑強な肉体の元となる外骨格も持たず、特異な力も発現していない。感情の欠落さえ見られない」
ジャッジの傑作の中で唯一の失敗作。
それがサンジという存在だった。
「理解したならとっとと失せろ。私は忙しい」
「……それは」
「なんだ、まだ何か──」
「それは、生まれた時に持ってなかったら
背を向けて去ろうとしたジャッジは、サンジの言葉を受けてピタリと足を止めた。
それは、サンジが生まれた時に考えたことはあったものの、結局確かめる機会が訪れなかったことでもあったからだ。
同じ胎から生まれ、同じ血を流し、同じ育ち方をした……途中から別の道を歩んだとはいえ、イチジたちと同じ血が流れていることは覆しようがない事実。
「お前の生み出した技術に頼るつもりなんざ毛頭ねェ。だが、そのせいで
小紫やカイエが使っていた〝覇気〟と言う技術をものにすれば、サンジはまだ強くなれる。安易にジャッジの技術に頼るつもりなど最初からない。
それでも確かめておかねばと思ったのは、結果としてジャッジの埋め込んだ力が発現した時、サンジが本当に元のままでいられるのか保証がないからだ。
外骨格の発現と同時にイチジ達のような冷徹な心を持つようになったのなら、サンジは自分自身を許せなくなる。
それは、育ての親であるゼフの教育の全てが無為に帰すことになるからだ。
「……ふむ」
一方で、ジャッジはサンジの言葉に思案する。
確かに気になることではある。外骨格や特異な能力は生まれた時点で発現するものだが、何らかの形で外部から刺激を与えれば目覚める可能性はあった。
ソラの妨害で発現していないだけで、血統因子の中に存在はしている。現在はいうなれば休眠状態に過ぎない。
だが、可能性の話でしかないものだ。
「ゼロではなかろうな。何らかのきっかけで外骨格が発現する可能性はある」
「……! それを抑えることは出来ねェのか?」
「さて……調べてみないことにはわからんが」
背を向けていたジャッジは振り向き、視線をサンジに向ける。
どこまでも冷徹で、どうでも良さそうな顔をしていた。
「
「……なんだと?」
「外骨格が発現するにせよしないにせよ、縁を切ったお前がどうなろうと知ったことではない」
サンジに使い道はない。
現状ではイチジ達のような力を持たず、命令を遂行するための冷徹な心もない。王族に生まれたというのに料理を作る奉仕の精神を持つなど、ジャッジからしてみれば言語道断だ。
婚姻外交でもする機会があれば復縁の道はあったかもしれないものの、カナタとの協定にそんなものは必要なかった。
それゆえに、サンジの事は放置したとて何の問題もない。
睨みつけるサンジの視線など意にも介さず、フンと鼻を鳴らして歩き去っていく。
それ以上話すことなど無いと、拒絶するように。
「…………」
サンジはジャッジの後姿をジッと見つめ、苦々しそうな表情をしていた。
2人に血のつながりはあれど、親子としての繋がりなど
サンジもまた、ジャッジに背を向けて歩きだす。
もう、関わることなど二度と無いとでも言うように。
☆
サンジはそのまま船に戻った。
心配した、どこ行ってたんだ。そういう言葉を投げかけられ、サンジはあいまいに誤魔化しながら謝りつつ、身だしなみを整えていつものように食事の準備をする。
日は既に傾きかけている。換金は既に終わっているらしく、莫大なお金が手に入ってご満悦のナミに食費を分けて貰って急いで買い物し、食事を作る。
この島での目的は既に終わった。次の島への出発をどうするのかを話しつつ食事をするみんなの中で、サンジはどこか上の空だった。
急ぐ旅じゃない。もうちょっと観光していこう。
ルフィがそう主張し、特に反対意見も出ないので決まりとなったところで、各々が食後に好きなことをし始める。
サンジは片付けを終わらせて船の外に出ると、港に降りて散歩をし始めた。
少し、夜風に当たって考えたいことがあった。
「…………」
月明かりの下を歩き、潮風と潮騒に酒場の喧騒の奏でる音を聞きながらタバコを咥える。
〝ミズガルズ〟には灯台がない。
外側である〝ロングリングロングランド〟には大きな城壁のようなものがあったし、似たような設備はあるのかもしれないが、少なくとも内側の島には不要だとして建てられていない。
それでも、波止場で月と星の明かりで暗い海を見る分には十分と言えた。
「……〝外骨格〟に〝氷の心〟か……」
発現するかどうか不明な今、悩むだけ無駄と分かってはいるが……それでも考えざるを得なかった。
強くなれるに越したことはないが、それでルフィの夢を邪魔するようなことになれば意味がない。
イチジ、ニジ、ヨンジのように、人の心が分からないようなことになれば、あるいは女性に手をあげる真似さえしでかすかもしれない。
そうなってはゼフに顔向けが出来ない。
いっそ発現しないならしないで確証を得られるようなことがあればいいのだが──そう考えて空を見上げていると、ふと隣に誰かが立っていた。
見上げるほどの長身に紫色の髪が特徴的な女性……カイエである。
「こんばんは。ドレークが迷惑をかけたようですね」
「……いや、あいつは別に……」
全面的に悪いのは人違いで襲い掛かったボニーだが、サンジはボニーの悪口を言うことなく口を閉じる。
女性の悪口を言うつもりはないとでも主張するように頭を掻くサンジに、カイエはくすくすと笑った。
「悩み事ですか? これでもあなたより長生きしてるので、多少は相談に乗れますよ?」
「悩みってほどじゃ……」
サンジはカイエの事を昔から知っていた。
ジェルマが〝黄昏〟と過去に何度か取引していた時、カイエは王国を訪れていたし、その時にサンジは何度か姿を見ている。
当時から若いながらも幹部として活動していたこともあり、その凛とした姿には幼いサンジの目を惹く存在だった。
普段は流れるように口説くサンジも、今はたじたじである。
「……カイエさんは、ジェルマの事をどこまで知ってるんだ?」
「それなりに、ですね。なんだかんだと付き合いも長いので。あなた達兄弟の特異性についても耳にしています」
「そう、か……」
取引の中でジェルマの兵士を鍛えたこともある。誰ひとりとしてカイエを倒すことが出来たものはいないが、〝レイドスーツ〟を纏ったイチジたちはそれなりに手強い。
協定を結んで味方にするカナタの意見に賛成する程度には、彼らのことを認めていた。
「ジャッジは頭の固い男ですが、科学者としては出来る男です。ソラとは何かと反発していますがね」
「母上と、か」
「あなた達兄弟を生む際にもひと悶着あったと聞きます。ソラがわざわざ劇薬を口にしてまで、血統因子に影響を及ぼそうとしたと」
「……血統因子に?」
「ええ」
思えば、サンジがジェルマにいた頃に見たソラの姿は、いつだってベッドの上だった。元気に歩き回っている今の方が違和感があるほどに。
それがサンジ達四兄弟を生む際に飲んだ劇薬の影響だとすればそれも当然。
ソラに連れられて見た元々の肉体──ミイラのようになった彼女の肉体を思い出し、サンジは口元を押さえて顔色を悪くする。
彼女があんな思いをしたのは、全て自分たちのせいだったと気付いたからだ。
「そんな、事を……」
「あなたが気に病むことはないでしょう。心無い兵士を生み出そうとしたジャッジへ、ソラが行ったせめてもの抵抗ですから」
「……だが、母上は実際に死ぬ寸前まで行ったんだ。おれの、せいで──」
「
その2つは似ているようで全く違う。
ジャッジにとっては些細な抵抗で、影響が出たのはサンジだけだったとしても。ソラにとってはとても大事なことだったのだから。
自らの命を縮めることになったとしても顧みることはなく、我が子の事を一心に思って行動する。
人は、それを〝愛〟と呼ぶ。
カイエは背を屈め、サンジに目線を合わせて微笑みを浮かべた。
「誇ってください。あなたは望まれて生まれてきたのですから」
ソラにとっては外骨格も氷の心も不要だった。
感情の無い人形のような超人であることよりも、心優しいただの人間であることを望んだ。
目を丸くするサンジは、しかしどうしても気になっていることを口にする。
「だが、もしイチジたちみてェになっちまったらと考えたら、おれは……」
「人間、そう簡単に変わりはしませんよ。それに、あなたには仲間がいるでしょう」
三つ子の魂百までと言うし、殴ってでも止めてくれる仲間がいるのならそれで十分だ。
大抵のことはそれで何とかなる。
本当にそうなるかどうかも分からないことに対して、不安を感じる必要など無いのだから。
「…………」
「少しは元気が出ましたか?」
「ああ……ありがとう、ございます」
「ふふふ、礼は不要ですよ」
いたずらっぽく笑うカイエに、サンジも思わず口元を緩める。
「何か、色々と世話になっちまったみてェで……」
「ソラはいい友人ですからね。母親の気持ちと言うのはわかりませんが、血のつながった親子では話しにくいこともあるでしょう」
「カイエさんは母親と上手くいかなかったのか?」
「私は……どうでしょうね。幼い頃に悪魔の実を食べてしまって、殺されそうになって逃げて……それきりですから。もう顔も覚えていません」
悪魔の実は種類にもよるが1億は下らない。食べた後に分かったとはいえ、
子供が口にしたせいで数十億にもなるような取引が消えたとなれば、怒る気持ちも今では理解出来る。
億、と言うのは容易に人の首が飛ぶ金額だ。当時は理不尽に思ったことでも、理解出来れば怒りようがない。
困った顔をするカイエに、サンジは非常に気まずそうな顔をした。
「そりゃあ……あ~、すまねェ……」
「いえ、構いません。養母はとても良くしてくれましたから」
それに、〝黄昏〟の幹部には親がいないとか孤児だった者が多い。初期メンバーのほとんどは〝バスターコール〟で親類縁者どころか友人まで皆殺しにされているし、カナタだって親はわかっているが孤児として育った。
カイエとしても疎外感などを感じる環境ではなかった。
「海賊稼業も悪いものではありませんでしたからね」
「思ったより逞しいなアンタ……」
「そうでなければ今こうしてはいませんよ」
ともあれ、サンジの悩みはある程度払拭出来たらしい。
外骨格など発現するかどうかもわからないもので悩む必要は無いし、実際にそうなってから考えればいいのだ。
無駄に心配しても疲れるだけだと、サンジは肩をすくめる。
「折角ですし、少し話していきましょう。普段のロビンの事を教えてくれますか?」
「ロビンちゃんの……あ~、そっちで世話になってたんだったか」
「ええ、可愛い妹分です」
「ロビンちゃん、意外と兄貴分とか姉貴分とか多いな……ティーチって奴もそうだって言ってたが」
「ああ、彼に会ったんですか。普段はちゃらんぽらんの馬鹿ですが頭は悪くないですし、色々と趣味は合いますからね」
同じ考古学を学んでいることもあって仲はそれなりに良かった。
夜が徐々に更けていく中、2人は潮騒の音を聞きながら遅くまで話していた。
☆
一方、その様子を波止場の岩場に隠れながら見ている者が3人いた。
ルフィ、ウタ、ハンコックである。
夜になってどこかに出ていくサンジを見て、またどこかに行くのかと気になって付いて来たルフィとウタ。
普段はこの時間は王城にいるはずのカイエが外に行くのを見かけてコッソリついて来たハンコック。
波止場の外で出会った3人は、サンジとカイエにバレないように岩場に身を隠しながら話を聞いていた。
「なァ……帰って良いか?」
「今の話を聞いて出て来る言葉がそれか貴様!?」
サンジがまた行方不明になるのではと思ったから付けて来たのであって、ルフィとしては会話の内容それ自体には興味がなかった。
ハンコックはカイエの過去の話を聞いて思うところがあったらしく、拳を握って怒りに震えていたが。多分カイエの親に対して怒っていたのだろう。
小声で怒鳴ると言う器用な真似をするハンコックに、ルフィは面倒くさそうな顔をする。
「おれはサンジがこれからも一緒に旅をしてくれるなら、事情とかどうでもいい。助けてほしい時は言ってくるだろ」
1人で抱え込むのが良いことだとは思わないが、無理に聞き出したところでいい方向に転がるとは限らない。
ルフィはちらりとウタの方を見て、そう言った。
何より、男が決めた事に対してあれこれ口出しするのは違う。
「……そういうの、誰に教わったのさ」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもなーい」
ハンコックとの会話に集中していたせいか、ウタの小さな呟きはルフィには届かなかった。
この調子ならサンジがどこかに行くことはないだろうと判断したルフィは、そろりそろりと足を忍ばせて船へと帰ろうとする。
ハンコックはまだ盗み聞きをしたそうにしていたが、どうもルフィとウタが話している間にカイエと目があったらしく、同じように背を向けて帰ろうとしていた。
九蛇の女帝代理もカイエには勝てないらしい。