サンジが戻ってきた翌日。
朝食を取ってまったりした空気の中、サンジが改めて頭を下げた。
「今回は迷惑をかけた。色々あったとはいえ、心配かけちまってすまねェ」
各々心配したことは事実だが、戻ってきた以上はとやかく言うつもりもない。
仲間たちなら特に何も言うことはないとわかっていても、サンジなりに迷惑をかけたケジメだ。そのままにしておくわけにはいかなかった。
その上で、ドレークからの情報を伝える。
「ロビンちゃんが世界政府に狙われてる。この島に居続けるのはちょっと危ねェ。早めに離れたほうが良い」
ロビンはドレークからの情報だと言うと納得した顔をした。
ゼポもペドロも驚くことはなく、難しい顔でロビンを見ている。
「まァそういう事情なら、早めに島を出たほうが良いだろうな。次の島への
「そっちは大丈夫だけど……」
「次の島は〝ウォーターセブン〟って島で、造船業で成り立ってる島らしい。だが、そろそろ嵐が来る時期なんだと。だから、どこかで経由してから〝ウォーターセブン〟で船を見てもらった方がいいと思うぜ」
「じゃあ市場で
「ちょっといいかしら」
次の島についてウソップとナミ、サンジが話しているところで、ロビンが真剣な顔をして遮った。
ペドロとゼポはロビンの後ろに控えたままだ。
「……どうしたんだ?」
その様子を察したルフィが、こちらも真剣な顔でロビンを見る。
「私たちはここで船を降りるわ」
その言葉に驚いたのは、ナミとウソップ、チョッパーとルフィの四人。
ゾロとサンジはむしろわかっていたような雰囲気さえ出していた。
ルフィは驚きつつも、しかし冷静に理由を問いただす。
「何でだよ」
「私たちがこれ以上ここにいると迷惑になるからよ」
「迷惑なわけねェだろ!? おれ達、ロビンにもゼポにもペドロにも色々助けてもらったしよ……!」
「そ、そうだぞ! おれだって空島で助けてもらったし! 他にも!」
動揺したウソップが慌てたように立ち上がり、それに続いてチョッパーも立ち上がった。
2人の言葉に笑みを見せながらも、ロビンは静かに告げる。
「それでもよ。私たちはアラバスタから逃げる時にあなた達を利用させてもらっただけ……それに、私を狙っているのは世界政府だけじゃない」
アラバスタでロビンを狙って四皇が動いたのは記憶に新しい。
ルフィたちは直接その勢力と敵対したわけでは無いし、その戦いを見た訳でも無いが、連日のように報道されていた新聞で何度も取り沙汰されていた。
国土のほとんどが砂漠で大きな影響が出なかったことは幸いだったが、それでも無視できない被害はあったのだ。
そのレベルの組織に狙われている以上、ルフィたちが巻き添えを食えばタダでは済まない。
ルフィたちの事は気に入っている。気の良い仲間だし、陽気で楽しい船旅が出来る相手だ。
だからこそ、巻き込めない。
「一味を抜けるなら船長に言うのが筋……でしょう?」
「……ああ」
海賊に限らず、組織においてはそういうものだ。ロビンは少しだけ寂しそうな顔をしてゾロに視線を向けると、ゾロは特に感情を見せないまま頷いた。
サンジも同様に、ロビンが自身の存在を重荷として捉えているために一味を抜けようとすることは想像していた。
きちんと説明をしたうえで、船長に認めてもらうつもりなら2人から言うことは何もない。船長の言葉とは、それほどに重い。
船長であるルフィは腕組みしたまま告げた。
「ダメだ」
ロビン、ペドロ、ゼポの3人は目を丸くした。
「……どうして? 理由は今説明したでしょう?」
「色んな奴に狙われてて、おれ達が巻き込まれるから船を降りるって言ってるんだろ」
「わかってるなら、何故?」
「
ルフィはロビンの言葉をすっぱりと切り捨てた。
そもそも、ルフィは利害関係の結果としてロビンたちを船に乗せたわけではない。
確かに危ないところを救って貰ったし、世話になった。だがそれはそれとして、ルフィは3人の事を仲間として気に入っている。
3人がルフィと折り合いが合わなくなって、仲間としてやっていくのが難しくなったのなら、船を降りることを認めたかもしれない。
だが、そうなっていない以上はルフィが下船を認めることはない。
「おれはよ、〝海賊王〟になるんだ」
言葉を失っていたロビンたちに対し、ルフィは続けざまに告げる。
「この広い海の偉大な王になるんだ。そんな男が、相手が強いからって背を向けて逃げると思ってんのか?」
ピリピリと肌に威圧感さえ感じられる。
「でも……」
なおも食い下がろうとするロビンを、ペドロが制止する。
「ロビン。恐らくルフィは何を言っても聞きはしないだろう」
「何をする気だ、相棒?」
「何もしやしない。だが、力無き信念など何の役にも立たないと知っていて欲しいだけだ」
信念無き力は危ういものだが、力無き信念など踏み潰されるだけの雑音に過ぎない。
どれほど大言壮語を吐こうとも、伴う力がないのなら笑い飛ばされるだけだ。
空島での戦いで、ルフィは自身の力が通用しない相手がいる事はわかっただろう。小紫が居なければ空島で全滅していても不思議ではなかった。
「ロビンを匿い続けるのはリスクがある。それでも仲間として居続けたいのなら、ルフィ。お前はもっと強くならなければ」
「ああ。おれは強くなるぞ」
仲間は一緒にいて楽しければそれでいい。強さやリスクとリターンを考えて仲間にしているわけでは無いのだ。
たとえ弱くても、たとえ何の役に立てなくても、ルフィにとって仲間は一緒にいて欲しい相手だ。
そのためなら、ルフィは命を賭けて強くなる。
「……ペドロ」
「もうしばらく世話になろう、ロビン。どうしても駄目だったら、またおれ達3人に戻ればいい」
「でもそれは」
最悪の事態になれば、ルフィたちは生きてはいないだろう。
ロビンは口にしないが、押し黙った表情からゾロとサンジは何となくペドロの言う〝どうしても駄目〟な状況が想像出来た。
それくらい、ロビンを追っている相手は強大だ。
だが、ペドロはそう悲観的な見方はしていない。
「おれはルフィならば大丈夫だと思う」
「……どうして?」
「勘だ」
だがただの勘でもない。
前者はどんな経緯があれ七武海の一角であるクロコダイルを落としたことで証明され、後者は自らの運だけで到達さえ難しい空島へ到達したことで証明されている。
実力はともかく、運は誰もが持つものでは無い。
どれほど強くとも、引き当てた航路ひとつで壊滅することだってあり得る。
引き当てたのが〝スカイピア〟への
「おれはおれの直感を信じようと思う。ロビン、ゼポ。ゆガラらはどうだ?」
「おれは良いと思うぜ。直感ってのは大事だ」
「…………あまり気は進まないけど……あなたがそこまで言うのなら」
「話は纏まった。悪いな、ルフィ。こちらから言い出したことだが、下船の話はなかったことにしてくれ」
「ああ! これからもよろしくな!」
ししし、と笑うルフィ。
ウソップ、ナミ、チョッパーは話の流れが良く分からないまま纏まったことに疑問を抱きつつも、取り敢えずロビンたちが残ることを喜び。
ゾロとサンジは互いに示し合わせたわけでもないのに、同じように安堵したように頬を緩める。
と、空気が若干緩んだところで、今日も今日とて遊びに来たウタがバーン! と扉を開けて船内へ入って来た。
「おっはよー! ……あれ、何この空気」
普段はうるさいくらい騒がしい船内が静かだったことを不思議に思いつつ入って来たウタ。
彼女は当たり前のようにルフィの隣を陣取ると、今度はサンジが自然な動作でウタの前に紅茶を置く。
「ありがとう、サンジさん!」
「いえいえ、レディのためならこれくらいお安い御用です」
ウタのお礼に鼻の下を伸ばすサンジ。
ウタの乱入で先程の話の続きをする雰囲気ではなくなったが、ひとまずロビンたちは残ることで一致したので問題は無いだろう。
話すべきはこれからのことだ。
「それで、何の話してたの?」
「次の島のこと話してたんだ」
「すぐにでも出たほうが良いだろう。そうだな、サンジ」
「ああ。世界政府が動いてるみてェだし、早い方がいいだろ」
「……次の、島?」
笑顔で紅茶を飲んでいたウタの動きがぴたりと止まった。
昨日の段階では、急ぐ旅でも無いしあと数日は留まると言う予定だったが……急遽変わった予定に、ウタは視線をルフィへ向ける。
「もう、出ていくの?」
「ああ。でも、次の島はもうすぐ嵐が来るらしいから、どこの島に行ったらいいか話してたんだ」
「……そっか」
見るからにテンションが下がっており、ウタの気分の落ち込みに合わせてピンと立っていた後ろ髪も垂れ下がっている。
「いつ出るの?」
「早い方がいいんだろ? じゃあ今日だな」
「今日!? そんな急に!?」
必要なものは大体既に買っているし、食料と酒、それから次の島への
ここで決めるべきは次の島だけだ。それさえ決めてしまえば船旅の期間に合わせて食料を調達出来る。
ドレークの言葉を思い出し、サンジは天井を見ながらタバコをくゆらせた。
「確か……ここから近いところだと、美食の町〝プッチ〟にカーニバルの町〝サン・ファルド〟に賭博の町〝バナロ島〟だったか」
「美食の町!? そこに行こう!!」
「即決かよ!!」
まぁルフィならそうなるだろうとサンジも思っていたが、個人的にも興味があるのか、意見としてはルフィ寄りだった。
ナミとウソップはカーニバルの町に興味を抱いていたようだったが、ルフィが頑として意見を曲げないので次の島は〝プッチ〟に決まった。
そうと決まればやることは自ずと決まる。
サンジはウソップを連れて食料の買い出しに出掛け、チョッパーとゼポは医薬品の調達に。ナミとロビンとペドロは
残ったのはルフィとウタ、それにゾロである。
「お前はいかなくていいのか、ルフィ」
「おれはいいや」
「……そうか」
ゾロは特段興味も無いのか、甲板に出て昼寝を始めた。
船内に残ったルフィとウタは、特にどちらが話すという訳でもなく、静かに時間が過ぎる。
ふと、ウタが口を開いた。
「……もういなくなっちゃうんだね、ルフィ」
「海賊だからな。
「うん。わかってたつもりだけど、いざいなくなると思うと、ね」
少なくとも、昔とは違う。
ウタが居なくなったあの日、ルフィはフーシャ村に置いてけぼりで何も知らされず、シャンクスたちとケンカした。
シャンクスたちに置いてけぼりにされた時、ウタは裏切られたと思って、もう知り合いには会えないと思っていた。
けれど、またこうして会うことが出来た。
それ自体はきっと、とても良いことだ。
「なァウタ。お前、おれと一緒に海賊やらねェか?」
「え?」
「ずっと欲しかったんだ、〝音楽家〟! 海賊は唄うもんだろ? だからよ、一緒に冒険しようぜ!!」
ウタと一緒に冒険出来るなら、それはきっととても楽しいだろう。
ルフィは横に座るウタに手を差し伸べ、ウタは差し伸べられた手を驚いたように見る。
ここでこの手を取れば、昔のように一緒に──と、考えて、ウタはその考えを振り払うように首を横に振った。
「……ダメだよ、ルフィ。私は一緒には行けない」
「…………そっか」
ウタは泣きそうな顔で笑い、ルフィの背中をバンバンと叩く。
ルフィは顔にも態度にもその胸内を出さないまま、ウタにされるがままだった。
「もー、びっくりしちゃった! でもやっぱり、私は〝世界一の歌姫〟になるって夢があるから。アンタは〝海賊王〟になるんでしょ?」
「ああ、おれは〝海賊王〟になる!」
「だったら、今度はどっちが夢を叶えるのが早いかの競争! 昔は色々勝負したけど、結局私の勝ち越しだったし、今度もまた勝つけどね!」
「何ィ!? 待てよ、勝負はおれの勝ち越しだっただろ!? 卑怯な手段使ってなけりゃおれの勝ちだった!!」
「へへーん、負け惜しみィ!」
騒がしくあれこれと言い続け、最終的に2人とも疲れたように背中合わせで座り込んだ。
「……ねェ、ルフィ」
「なんだよ」
「また会えるかな」
「会える! ウタだって色んなところを回って歌うんだろ? おれ達も世界を回るんだ。そのうちまた会えるさ」
「……会えると、いいね」
会いたくても簡単に会えない相手もいる。ウタはもうすぐライブで、そのライブに呼んでいるシャンクスと会うのが少しだけ怖かった。
〝エレジア〟の惨劇がかつてのウタのせいで、シャンクスたちはそれを庇ってウタをエレジアに置いていったことも理解はしている。
今でもウタの事を娘だと思ってくれているだろう。
けれど、やはり。
あの日、あの時にウタを置いていったのは間違いなくシャンクスで──
「ねェ、ルフィ」
「なんだよ」
「ルフィは……置いて行かないでよ」
「置いていくって……どこにだよ」
「分かんないけど……」
「なんだそりゃ」
膝を抱えて座るウタを背中で感じながら、ルフィは呆れたような顔をする。
お互いに振り向くことはない。
今はただ、背中に温もりを感じるこの瞬間が続けばいいのにと、ウタは思った。
☆
夜の航海は危険だ。なるべくなら避けたほうが良い。
それでも理由があれば仕方なく行うこともある。
日が傾き始めた時間になり、荷物の準備が終わってあとは出航するだけとなった。
港には見送りに来た人物が4人。
カイエ、ハンコック、ウタ、ソラである。
「ロビン、体には気を付けて。慌ただしくて話す時間も取れませんでしたが……貴女の航海が無事に終わることを祈っています」
「ええ。ありがとう、カイエ姉さん」
なるべく〝黄昏〟と密接な関係であることを周りに示さない方が良いと頭でわかっていても、ロビンはカイエにされるがままに抱擁されていた。
カイエは血の繋がりを重視しない。かつて長く一緒に過ごした妹分の旅の無事を願い、静かに頭を撫でる。
ハンコックはそれを羨ましそうに後ろから見ていた。
「カイエ姉さまにあれほど大事そうにされるとは……! 羨ましい!!」
「おめー、なんで来たんだ……」
「ハンコックさん、一応私の護衛だからね」
ハンコックの美貌に当てられたサンジは再び石になる一幕があったが、二度目ともなれば皆慣れたものである。
そのうち治るだろうと甲板に放置され、ソラの姿が見えると元に戻っていた。
「サンジ。ジャッジと話したって聞いたけど……」
「ああ、ちょっと気になることがあったんでな」
「そう……体には気を付けるのよ? 私はずっと、あなたの味方だから」
「わかってるさ」
「分かってるならいいけど……そうだ」
忘れないうちに、とソラは何やら頑丈そうな箱を取り出した。
それをサンジに手渡し、しっかりと持たせる。サンジは妙な物を持たされて怪訝な顔である。
「なんだ、これ?」
「大事な物よ。あなたが本当に危ない時に助けてくれるわ」
とは言え、いつでも持ち歩けるような大きさの箱ではない。どうしても必要になった時に開けて欲しいとソラは言う。
上下左右からその箱を見回し、中身を推測していると、ソラはサンジに抱き着いた。
ソラの身長はサンジよりやや小さいくらいで、それほど変わらない。
これで最後とばかりに力強く抱き着くと、数秒して離れた。
「元気でね、サンジ。あなたも私の大事な息子だもの。元気でいてくれればそれ以上の事は無いわ」
「……ああ。母上も元気で」
今生の別れと言うワケではないとしても、海を渡るのはいつだって命懸けだ。
ふとした瞬間に不幸が訪れる可能性だって、決してゼロではない。
ソラはそれを良く知っている。
そして最後に、ウタがルフィの前に立った。
「…………」
「…………」
「……元気でね」
「お前もな。ライブは見に行けねェけど、ラジオでも聞けるんだろ?」
「うん。そのハズだよ」
「おれはもっと強くなって、〝海賊王〟になる。ウタも頑張れよ」
「言われなくても!」
互いに拳をぶつけ合い、別れを済ませる。その際にルフィはハンコックへと視線を向けた。
「ウタのこと、よろしく頼むな、ハンモック」
「
「ああ、ありがとう」
各々別れを済ませ、船に乗り込む。
日が徐々に落ちていく中で、船は桟橋から離れ、帆は風を受けて大きく開く。
「出航~~~~!!!」
ルフィは麦わら帽子を押さえ、桟橋で手を振るウタを見る。
後ろ髪が下がっていて泣きそうな顔が見えるが、ウタはそれでも笑顔で見送ろうとしていた。
サンジはソラが手を振っているのを見ていたが、ふと視界の端に見覚えのある男がいるのに気付いた。
ドレークはサンジと目が合ったことに気付くと、片手を上げて別れの挨拶をする。短い間だったが、何かと世話になったと苦笑するサンジ。
「またね、ルフィ」
既に船は離れた。声は届くことはないだろう。
それでも、ウタは「さようなら」ではなく「またね」と、再会を願うように零した。
──次に向かう島は美食の町〝プッチ〟。何が待ち受けているかは、神のみぞ知る。
☆
──時を同じくして、新世界〝ハチノス〟。
〝黄昏〟の幹部たちが常にいるこの島だが、この日は特に緊張が走っていた。
〝アラバスタ〟へ派遣されていた戦力であるジュンシーとリコリス、ジェムとミキータ。〝ミズガルズ〟で相乗りしたティーチとその仲間。それに〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。
加えて先日強襲した〝パンクハザード〟からシーザー・クラウンを連行して戻って来たフェイユン。
ともすればこれだけで国一つは落ちかねない戦力がほぼ同日に戻り、部下たちはその威容に緊張を隠せずにいる。
彼らは報告のために〝ハチノス〟内部に作られたカナタの執務室へと集まり、顔を揃えて報告のために並ぶ。
カナタは静かに笑みを浮かべた。
「おかえり──良く戻った、勇士諸君」