ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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私のハートがパラディオンされました。これは引かざるを得ない……。


第二十一話:ウイスキーピークの変わり者

 〝歓迎の街〟ウイスキーピーク。

 双子岬から続く一つ目の島として存在するこの場所は、〝新入り〟を文字通り歓迎するための街だ。

 様々な場所から集った賞金稼ぎ達が偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりの海賊たちを騙し、捕まえ、海軍に引き渡して懸賞金を得ることで成り立っていた。

 農業はお世辞にも向いていると言えない土地だが、最低限賄える程度には食料もある。

 酒造を得意とし、その酒で海賊たちを酔わせて油断させ、捕らえることが常套手段である。

 とはいえ。

 

「お、億超え……!? なんでそんな大物がこんなところに……!!」

「お、おれが知るか! 〝魔女〟っていえば、最近噂になってる西の海(ウエストブルー)最悪の犯罪者だぞ! 絶対に手を出すなよ!?」

 

 あくまでも入り口で浮かれた海賊を狩っているだけの者たちなので、億超えの賞金首など相手にしようとも考えていなかった。

 この場所で一千万を超えていれば十分大型ルーキーの部類だというのに、三億など想定外にもほどがある。

 夕刻に停泊して夜は泊まるからと宿を取り、宿にいる者たちが顔を確認したが、やはり間違いではなかった。

 別の建物の中で数人集まり、全員が頭を抱えている。

 

「冗談じゃねェぞ……海軍中将とやりあうような化け物、おれたちの手に負えるわけがねェ」

「むしろ海軍に連絡したら情報料貰えるんじゃねェか、これ……」

 

 護衛を撃退し、天竜人を殺害しているのだ。海軍の面子のために全力で追いかけているようだし、情報を高値で買ってくれる可能性は十分にあった。

 だが、そうなると次に恐ろしいのは報復だ。

 

「あの仏のセンゴクから逃げきってるんだぜ。また捕まえられずにこの街に報復に来たらどうすんだ」

「その時はこの街を捨てて逃げるしかないんじゃねェか……?」

「命あっての物種だしなァ」

 

 そもそも海賊が来る頻度自体そう多くはない。あくまで賞金稼ぎは街ぐるみの副業に過ぎなかった。

 掃いて捨てるほど海賊が出るならまだしも、この時代にそれほど多くの海賊はいない。

 

「じゃあそういうことで決定だな。下手に手を出したら街が壊滅しかねない」

「「「異議なし」」」

 

 自らの本能が危機を訴えていると判断し、誰一人として異議を上げることなくカナタたちへの襲撃は中止された。

 

 

       ☆

 

 

 次の日。

 船を降りて宿で体を休めたカナタたちは、大半は船に残って待機することになった。

 そもそもの話、この街は基本的に食料はカツカツなので余所者に売るほど余裕があるわけではない。あるのは精々住人に対して数の多すぎる酒造で作られた酒くらいのものであった。

 もちろん酒が好きな船員たちはこぞって酒を買うと言っていたが、買うにしても限度はある。

 水と違って腐りにくい酒は航海するうえで必須であるため、ジョルジュが必要量を計算して買い足しておくことになった。

 その間にカナタたちはクロッカスから言われた医者の勧誘だ。

 場所は住人から聞き出した。

 

「さて、どんな奴が出てくるか」

「オレとしちゃあ面白いやつなら何でもいいけどな」

「変わり者だと言っていたからな。具体的なことは聞かなかったが、折り合いがつけられるなら何でもいいさ」

 

 ジュンシー、クロを引き連れて街から少し離れた場所に構えられた大きめの建物を目指す。

 医者というなら普通町中にいるものだと思うのだが、副業の性質上巻き込まれる可能性があるから離れた場所に建てたのだろうか。

 まぁ、その辺りはどうでもよかった。

 

「ここだな」

 

 病院として建てられたのか、個人宅というにはいささか大きい建物だった。

 早速ドアをノックしてみる。

 パタパタと誰かが小走りで駆けてくる音がした後、かわいらしい声と共にドアが開く。

 

「はーい、どちら様ですかー?」

 

 ピンク髪の少女がナース服を着ていた。

 看護師の一人だろうかと思いつつ、ここの医者に用があると告げる。

 

「先生ですか? 病人でも怪我人でもなければお会いにならないと思いますがー」

「そういうタイプか……どちらかといえばその息子に用がある。そちらは?」

「ご子息様は……」

 

 一瞬嫌そうな顔をした後、取り繕うように笑顔で「呼んできますー」と間延びした声で返答して扉の奥へと消えていった。

 しばらく外で待っていると、白い髪をぼさぼさにして目の下にクマのある男が出てきた。

 身長は二メートルを超えるくらいで細身。目つきは悪いが、本人はどうでも良さそうにしている。

 

「僕に用があると聞いた。患者でないなら帰れ」

「そうもいかん。私たちは船医を探しているのだが」

「船医? 何故僕にその話を?」

「双子岬のクロッカスから聞いたのだ。お前ならばあるいは私の船に乗ってくれるとな」

「ふん……僕にメリットはあるか?」

 

 じろじろとカナタたち三人を見る男。

 あまり期待していないと言いたげな顔だったが、カナタが「大概のことなら叶えよう」と告げると、眉をピクリと動かした。

 

「……なら、悪魔の実の能力者と出会ったことは?」

「いくらでもあるさ。私も能力者だ」

 

 右手で簡単に氷を作ると、男はその手を掴んで様々な角度から観察し始めた。悪意を感じなかったためか、カナタは振りほどくこともせず好きにさせる。

 やがて納得したのか、手を放して何やらメモを取り始めた。

 

「興味は引けたようだな」

「ああ、十分すぎるほどにな。僕は医者だ。()()()()()()()()()()()だと考えている」

「能力者が病人、ね」

「何かに憑かれているというべきかもしれない。クソ不味い果物を食べただけで泳げなくなるなんて、そんなもの病気以外に何だというんだ」

 

 なるほど、とカナタは納得する。

 これは変わり者だ。悪魔の実は偉大なる航路(グランドライン)であろうと簡単に手に入る代物ではないし、手に入れようと思うと莫大な金がかかる。

 軍か国の研究者でもなければそれほどの資金など手に入りようもないだろう。個人の道楽でやっているなら十分すぎるほど変わっている。

 

「能力者を解剖させてくれるなら船に乗ってやる」

「私はダメだが、これから能力者の敵がいたら生け捕りにしてやる。それで勘弁してくれ」

「……いいだろう。抵抗できないようにしてくれるならそれでいい」

 

 準備をしてくるといい、建物の中へと戻っていく男。話はスムーズだったが、勢いに押されて結局名前も聞けていない。

 戻ってきてからでいいかと思っていると、建物の中で怒号と悲鳴と何かが割れる音が断続的に続く。

 しばらくして手荷物一つ持たずに出てきたかと思えば、「ちょっと手伝え」と手招きをしてきた。

 

「なぁ、オレ嫌な予感するんだけど」

「儂もだ。帰っていいか?」

「駄目に決まっているだろう」

 

 三人とも嫌な予感を覚えながら建物の中に入る。

 病院なだけあって中は非常に清潔で、手招きされるままに奥に入っていくと薬品の臭いが鼻についた。

 中には先程話したピンク髪の少女を含めた数名が机の下に隠れており、カナタと目が合うと何とも言えない顔で目をそらす。

 いなくなってくれたほうがいいのに、という小さい声が聞こえてきた。

 

(……父親の方はともかく、息子の方はあまり歓迎されていないのか?)

 

 ずかずかと奥へ踏み入っていくと、先程の男と同じ白髪の男が椅子に座っていた。父親だろう。髭がある以外は顔がよく似ている。

 目つきの悪さも遺伝だな、とくだらないことを考えながら視線を息子の方へと移す。

 

「それで、何を手伝えばいいんだ?」

「僕は海へ出る。こんなつまらない島で医療の発展は望めない。ドラムにでも行けばより優れた医術が学べる。連れて行くことは出来るか?」

「どこかで永久指針(エターナルポース)を手に入れる必要はあるが、不可能ではない」

「ということだ。文句はあるかクソ親父」

「大ありだバカ息子」

 

 「クロッカスめ、余計なことをしてくれる……」と小さくぼやく男。

 まずは名前を知りたいのでそれを尋ねると、クロッカスはそれさえ教えなかったのかとまたため息をつく。

 息子はスクラ、父親はクラテスと言うらしい。

 

「僕は医術を発展させたい。ちまちま病人や怪我人の治療をやっていたところで進歩はない」

「それでも医者は必要だ。患者を放って好き勝手にやるつもりか?」

「クソ親父一人いれば医者は足りているだろう。僕は海へ出る」

「悪魔の実の研究のためか? そんなものを研究して何になる」

()()()()()だ。それ以上でもそれ以下でもない。どんな病気でも、どんな怪我でも治すには医術が必要だ。それを進歩させることの何が悪い」

 

 互いに睨み合い、ついにクラテスが折れて「勝手にしろ」と言って机に向かってカルテを見始めた。

 スクラは鼻を鳴らして部屋を出た後、カナタたちを伴って別室へと移動する。

 自室だという場所には様々な薬品や機材が置かれていた。

 

「これらすべてを運ぶ。少し時間が必要になるが構わないな」

「ああ。必要な物は全て持っていけ。私たちの命に関わる」

 

 薬品は特にそうだ。病気になって、それを治すための薬剤が足りないなどということになっては困る。

 買い揃えられるものがあれば街で十分に買い足していく必要もあるだろう。

 ともあれ、人手は必要だ。

 

「薬品と機材は僕が梱包する。それ以外の服なんかは適当に詰め込んでいい」

「ジュンシー。船に戻って四、五人ほど連れてこい。荷物をまとめる手伝いをさせる」

「フェイユンも呼んでこよう。この手の仕事ばかりで悪いが、一番向いているからな」

 

 巨人族のフェイユンなら運べる量は普通の人間の何倍も多い。何度も船と病院を往復するのはジュンシーも御免なのだろう。

 そそくさと部屋から出ていき、クロとカナタは私物を、スクラは薬品と機材を適当な箱に梱包し始めた。

 黙々とやっていても良かったが、同じ船に乗るに当たって聞いておきたいことがある。

 

「お前にとって能力者は患者なのか?」

「そうだ。海に嫌われただの呪いだの、非科学的なことをのたまう馬鹿が多いがな。あれも一種の病気だ」

「病気だと判断する根拠はあるのか?」

「根拠だと? そんなものはない。だが、果物一つ食べただけで泳げなくなるなど病気と呼ばずして何と呼ぶ」

 

 最終的には、一度食べれば取り返しのつかない悪魔の実を食べても分離することを目指しているという。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()と言うのだ。

 そんな技術が開発されれば、カナタとしても自身の身が危なくなるだろう。だが、それを補って余りあるメリットでもある。

 可能か不可能かはさておき。

 

「なるほど……よかろう。船医として必要な物があれば用立てよう」

「理解があって何よりだ。それと、僕が船医として船に乗る以上病気や怪我をしたときは僕が絶対だ。医者の言うことに従わない患者の面倒など見切れない」

「それは徹底させよう」

 

 専門分野は専門家に任せるのが一番だ。それをわかっていない阿呆も多いが、信用できない専門家ならそう言いたくなるのもわかる。

 クロッカスのお墨付きである以上、医者としての腕は信用できる。ゆえに今回は大丈夫だとカナタは判断しているが。

 変わり者だと聞いていたが、この程度なら許容範囲だろう。

 

「うちの船には巨人族もいるが、そちらの治療も出来るか?」

「巨人族だと? 僕の医術は基本的に人間族のためのものだが……いや、船医としてついていく以上、巨人族であっても治療しよう。少し研究は必要だがな」

「それくらいは構うまい」

 

 単純に体の大きさが違うだけ、というわけではないのだ。

 そのうち巨人族の島にでも行ってみなければわからないこともあるだろう。巨人族以外の種族も船に乗せることになるかもしれないが。

 その時はその時だ。規律を守れるなら、人間だろうが魚人だろうが種族が何であろうと関係ない。

 

「種族が増えるのはいいことだ。サンプルが増える」

 

 その種族しかかからない病気もあるだろう。スクラとしては様々な病気を解明出来れば何でもいいらしい。

 

 

        ☆

 

 

 結局夜までかかって荷物をまとめ、フェイユンにまとめて船へと持って行ってもらうことにした。

 船医を無事確保できたということでジョルジュも安堵していた。心配していた変わり者という話も、その程度ならと安心したらしい。

 ジョルジュは関係ないと言わんばかりの顔をしているが、そのうちスクラの患者の対象に入る可能性は十分にある。

 この海を乗り越えるために、力を得ようと悪魔の実を食べることは決して少なくない事例だからだ。

 

「ともあれ、無事に船医は勧誘できた。心配事が一つ減ったな」

「ああ。病気は全滅の危機にもつながる。最優先で何とかしなければならなかった」

 

 目的地の一つに医療大国ドラムが入ったが、それくらいなら特に支障もないだろう。

 どこかで永久指針(エターナルポース)を手に入れなければならない。

 ジョルジュは気になっている次の島についてカナタへと質問する。

 

「次の島についての情報はあんのか?」

「不思議な話だが、誰も知らんらしい」

 

 最初に選べる七つの島はそれぞれほど近い距離にあるため、交流するならそちらとおこなうだけで充分らしい。

 過去に次の島に行ったものがいないわけではないが、〝ウイスキーピーク〟から次の島に行って戻ってくるための方法がないのだ。

 それこそ永久指針(エターナルポース)でもあれば話は別なのだが。

 

「一方通行ってわけか」

「戻る理由もないだろう。拠点にするならまた別だが」

「こんな街を拠点にしてもなァ……追われてる身でもあるし、とっとと先に進むとするか」

 

 賢明だな、とカナタはグラスを傾けて琥珀色の液体を飲む。

 出発は明朝になるだろう。特に物資の補給も出来ていないが、こればかりは仕方ない。次の島で食料を補充する必要がある。

 スクラに確認して、必要なら医薬品の類もいくらか買い足さねばならないだろう。専門家が必要だというなら必要なのだ。

 

「次の島の名前くらいはわかるのか?」

「あぁ、それはわかった。〝リトルガーデン〟と呼んでいるらしい」

 

 どういう意味かは行けばわかるだろうと、カナタは再びグラスに琥珀色の液体を継ぎ足し、月見をしながら消灯時間まで過ごしていた。




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