ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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幕間 魚人島

 

 魚人島──〝魚人街〟。

 魚人や人魚の中でも一際はみ出し者たちが住まうその街に、ひとりの男が足を踏み入れた。

 元々この街の出身でありながら、様々な功績によって城勤めとなった男──奴隷解放の英雄、フィッシャー・タイガーである。

 

「…………」

 

 この街は本来リュウグウ王国の孤児院などが集まった複合的な福祉施設だったが、次第に荒廃していき、ギャングや海賊の住処と成り果てた。結果的に管理者の手に負えなくなり、この場所は貧民街として魚人島の本島からも忌避されているのが現状だ。

 タイガーはその危険な場所を堂々と歩き、真新しい建物の中へ入る。

 他の建物は基本的に初期に造られた施設の残った部分を活用しているだけなのだが、タイガーの入った施設だけは妙に新しい。

 中にいたのは数人の魚人や人魚たちで、タイガーの姿を見るや否や姿勢を正して挨拶をし始めた。

 

「お疲れ様です、タイガーさん!」

「おかえりなさい!」

「おう、お疲れ。アーロンの奴は変わりないか?」

「ええ、今のところ誰も行動を起こそうとはしてません」

 

 それだけを聞くと、タイガーは奥へと入っていく。

 廊下を歩いた先、複数ある扉の中の一つに入れば、そこには何をやるでもなくベッドの上で寝転がっているアーロンの姿があった。

 

「……何の用だ、アニキ」

「随分腑抜けたと聞いて見に来たんだ。弟分を心配するおれの気持ちが分からねェか?」

「放っておけよ。おれに出来る事なんざもう何もねェ」

 

 〝東の海(イーストブルー)〟の島を根城に、少しずつ勢力を増やして地上を支配することを目論んでいたアーロン。

 だがその野望はルフィの手によって打ち砕かれ、〝東の海(イーストブルー)〟から魚人島まで連れて来られて軟禁状態にあった。

 とは言え、見張りを付けているだけで特に手錠などがしてあるわけでもない。

 人間の10倍もの腕力を誇る魚人が相手では、単なる手錠や檻は用意したところで容易く破壊される。加えて深海だろうが構わず海中を自由に移動できる以上、閉じ込めておくことは極めて難しい。

 海楼石の手錠であれば壊すことも出来ないが、能力者でもない魚人を相手に使ったところで大きな意味はなく、そもそも海楼石自体がまだ貴重な代物だ。

 そう言った諸々の理由で、アーロンは現状軟禁状態となっていた。

 完全に腑抜けてやる気のないアーロンに対し、タイガーはため息をこぼす。

 

「キレたナイフみたいなやつだったお前がこうなるとは。ジンベエの奴も驚きだろうな」

「……結局、おれの独り相撲だったみてェだからな」

 

 アーロンは人間に対して怒り、魚人と人魚の楽園を地上に造りたかった。

 これまで虐げられてきたのだから今度は自分たちが虐げるべきだと、アーロンはそう考えて行動してきた。

 尊敬するタイガーを奴隷にしていたことも、200年前まで魚人と人魚は魚類に分類されて非人道的な扱いを受けていたことも、これまでの歴史から学んで来たこともすべて含めて。

 アーロンには、人間が許せなかったのだ。

 

「アーロンパークだったか。あの建物を見た時は納得したよ。お前、結局()()()()()()()んだろう?」

「……おれが、誰を、羨んでたって?」

 

 ギロリと睨みつけるアーロンに対し、タイガーは涼しい顔だ。

 

「シャボンディパークは多くの魚人や人魚にとって憧れだ。あそこはキラキラしてて、楽しそうで……おれ達は特に貧民街で育ってきたからな。憧れも人一倍あっただろうさ」

 

 魚人街に住む者たちは自分たちで子供の教育を行う。最低限の数字と文字を教え、後は本人が知る限りのことを、出来る限り。

 それ故に語られることは怒りと嘆きに満ちた過去の歴史であり、濃縮されていく悪意は際限がない。

 時には自身が迫害されていた経験さえ語り継ぐため、人間に対する憎悪だけは高まりやすい環境だった。

 その中で唯一、人間の造った物の中でも明確に憧れを抱いた建物──それが〝シャボンディパーク〟と呼ばれる遊園地である。

 

「オトヒメ王妃だって、根底にあるのは憧れだ。()()()()()()()()()()()()()()()()……おれにはもう持つことの出来ねェ願いだが──他人がそう思うことを否定する気は毛頭ねェ」

「憧れてなんざいねェ!」

「アーロンパークってモン自体がお前の考えそのものだろ。他の奴がそう造りたいって言ったところで、結局許可を出したのはお前なんだからな」

「……!」

「憧れは止められねェ。恥に思う必要はねェさ」

 

 アーロンはベッドから降りて、今にも殺しそうな程ギラギラとした視線を向けている。

 タイガーは既に齢58。衰えの見え始める年齢である。

 だがそれでも、今のアーロン相手に遅れを取るとは思っていなかった。

 

「地上で暮らせるようになることはオトヒメ王妃の悲願で、多くの魚人や人魚たちの悲願でもある。そうやって腐ってる暇があるなら、昔みてェにおれの下で働く気はねェか?」

「……結局、勧誘かよ」

「当たり前だ。働かねェやつに食わせる飯もねェし、お前を見張っておく人員だってタダじゃねェんだからな」

「おれは人間が嫌いだ。一緒に地上で暮らしたいとも思わねェ。奴らを奴隷として扱うならともかくな」

「お前の考えはお前の考えだ。()()()()()()()()()()()()()ってんなら、それ以外は好きに考えてろ。頭の中は自由だ」

 

 怒りも嘆きも、アーロンの根底にある恨みの全てはアーロンが背負って死ねばいい。過去の歴史として学ぶことはあれども、憎悪の連鎖を止めることが出来るのならばタイガーは何でもする覚悟だった。

 元々タイガーとてそうするつもりだったのだ。

 奴隷にされた過去も、その怒りと恨みも、全て誰にも話さず胸の内に秘めて生きて死ぬつもりだった。打ち明けたのは怒りに同調して欲しかったのではなく、そうしてでも人間と共に歩む道を作りたいと考えたタイガーの考えを理解してもらうためだった。

 タイガーの理想は、オトヒメ王妃が叶えてくれる。そう思ったから、タイガーはオトヒメ王妃に付き従っている。

 働きの分のメシは出す、というタイガーの言葉に渋々アーロンは頷く。ここにいても食事は出るが、〝東の海(イーストブルー)〟で強権を振るっていた頃に比べれば質素で酒も出ない。アーロンとしては耐えがたかった。

 

「だが、働くっつったって何すりゃいいんだよ。言っとくがおれァ荒事以外の仕事なんざ出来ねェぞ」

「よくぞ聞いた! これを見ろ!」

 

 タイガーが懐から取り出したのは、一枚の設計図だった。

 眉をひそめながらそれを受け取って確認すると、覚えのある形に頬がひきつった。

 これは、〝シャボンディパーク〟だ。

 

「憧れが地上にあって、それを見に行こうとして捕まる奴もいる。だったらこっちにも造っちまえばいい! 人間に造れておれ達に造れねェって道理もねェんだ! だが造るのには当然それなりの人手が必要でな」

「オイ、アニキ……これどこに造るんだ?」

魚人街(ここ)だ」

 

 真下を指差したタイガー。

 魚人街はほぼ全域が海中にある。造れたとしても、人間が遊ぶことは出来ないだろう。

 というか、そもそもこの魚人街に住む人々の事をどう考えているのだろうか?

 

「おれ達の故郷だぞ!?」

「貧民街は悪意の巣窟だ。お前らみてェな海賊連中もいるし、良くねェこと考えてる連中もいる。なるべくなら潰しちまった方が良い」

「残ってる連中はどうなる! 行き場のねェ奴が最後に行き着いたのがここだぞ! それすら奪おうってのか!?」

「今の魚人島本島の事を知らねェ奴の台詞だな、アーロン」

「あァ……?」

 

 タイガーの言葉に訝しげな表情を浮かべるアーロン。

 どういうことだ、と呟き、「実際に見たほうが早いだろう」と背を向ける。

 ついてこい、と言っているのだ。

 

「少し出て来る。アーロンも連れて行くからお前たちも準備してくれ」

「了解です!」

 

 良く分からないまま、アーロンはタイガーに連れられて魚人島本島へと向かうことになった。

 

 

        ☆

 

 

 本島に着いたアーロンが見たのは、建ち並ぶ巨大な工場だった。

 魚や貝など海産物の加工品を作る工場らしく、凄まじい人数の魚人や人魚が働いている。

 本島に寄らず真っ直ぐ魚人街の収容所に送られたアーロンは、覚えのない景色にあんぐりと口を開けていた。

 

「〝黄昏〟の影響下にあるってのはこういうことだ」

「……またあの女か」

 

 ラジオの普及により、魚人や人魚の情報は身近になった。

 時折ゲストとして招かれる魚人や人魚たちの話を聞いて、人間は彼ら彼女らが自分たちとそれほど大きく変わらないことを知り、興味を持った。

 興味を持ったのが国の上層部なら、〝黄昏〟を通じて海運を始めることも可能となり、少しずつ互いの交易を始めていく。

 当初はまだ数が少なかったから良かったものの、魚人島は観光立国である。交易として出せる品が少ない。

 深海に住むという環境を考慮すると作物を育てることは難しく、それならばと海中で魚や貝の養殖を始めてそれを加工しているのだ。

 

「これが当たりでな。結構な稼ぎになって、王国も潤ってる」

 

 最近では新進気鋭のデザイナーがファッションブランドを立ち上げるなどの動きも出ており、魚人島内の経済も活気づいている。

 元々の観光業も、海賊ばかりが客だったのだが外国の富裕層も来るようになっており、魚人島は一種のバブル状態だ。

 おかげで人手不足に頭を悩ませているくらいであり、忙しい兵士たちに建設業を手伝って欲しいなどと言うワケにもいかないので、タイガーとしてはアーロンに手伝って貰えるならありがたい限りだった。

 

「……おれの知らねェ間に、魚人島はこうも変わってたんだな」

「ああ。交易で稼いだ金で国の事業も動いてるし、遅かれ早かれ魚人街にも手を入れることになる。行き場のねェ奴は国が受け入れてくれるよう、ネプチューン王に頼むしかねェだろう」

「最初からそのつもりだったのか?」

「〝リュウグウパーク〟の案はお前のアーロンパークを見てから考え着いたことだがな」

「早速名前つけてんじゃねェよ!」

「次は王宮だ。行くぞ」

「聞けよ!」

 

 先触れを出してから竜宮城に向かうと、城の入口でジンベエが待ち構えていた。

 どうやらネプチューン王と何か話をしていたらしく、タイガーが来ると聞いてどうせならと一緒に聞くことにしたらしい。

 城の兵士と共に竜宮城へ入り、応接間へと歩を進める。

 

「ワシはここ最近の海賊の動きなどを報告していたんじゃ。アニキは?」

「魚人街を潰して遊園地を造ろうと思ってな。ネプチューン王に陳情に来た」

「魚人街に遊園地!?」

「ジンベエのアニキもなんか言ってくれよ。タイのアニキ、何言っても止まる気配がねェ」

 

 目を見開くジンベエ。うんざりした様子のアーロンは何とかタイガーを止めてくれと言うが、易々と止まるような男でないことはわかっている。

 うーむと頭を悩ませているうちに応接間に辿り着き、3人はネプチューン王とオトヒメ王妃の前で立ち止まった。

 ジンベエとタイガーは礼儀正しく膝をついてやや頭を下げるが、アーロンはその手の礼儀とは無縁の男である。手持無沙汰に仁王立ちするばかりだ。

 タイガーはため息をこぼし、「申し訳ない、ネプチューン王」と頭を下げる。

 

「構わんのじゃもん。海賊に礼儀は求めぬ。して、今日は何用で来たんじゃもん?」

「実は──」

 

 タイガーは魚人街を潰して遊園地を造りたいと発言し、ネプチューン王とオトヒメ王妃の目を丸くさせる。

 だが2人としても魚人街は頭の痛い問題だったらしく、現在住んでいる人々をどうにかする手立てがあるのなら許可を出すと頷いた。

 貧民街など、基本的には無いに越したことはない。

 

「今、この島は急速に発展しつつあります。人手が足りていない職種も多い……特に交易用の加工品を作る工場は毎日フル稼働しています」

「うむ。お主の言うとおりだ。工場で加工品を作っている者たちからは休みをくれと陳情が来ているくらいなんじゃもん」

「カナタと相談した結果、交易で出す加工品の量を減らす方向で話が纏まりました」

「輸出品を減らすのか? しかしそれでは……」

「ええ、多少は交易による利益は減るでしょう。しかしネプチューン王、過労で工場が止まってからでは遅いのです。それに、魚人島の海産物は既に多くの島々へ行き渡り、その品質の高さは知れ渡りました。これからは少し輸出量を絞り、魚人島の名前をブランドとして使っていけば多少の金額は補填出来るかと」

 

 より良い品質の物を知れば、品質の下がった物では満足出来なくなる。量だけに頼るよりもブランドとして価値を出し、そうやって稼いだお金で新しい交易品を開発していくことが、島を発展させるためには良いことだとタイガーは語る。

 ネプチューン王は納得したように頷き、髭を撫でた。

 

「なるほど……そういうやり方もあるのか。お主も商人として逞しくなったものじゃもん」

「いえ、おれなどまだまだです」

「お主でまだまだなら他の者たちはひよっこになってしまうのじゃもん」

 

 ともあれ、労働環境が改善出来たならその間にやるべきことがある。

 

「浮いた人手を使って新規に人手を募り、その教育に当てます。魚人街の者でもきちんと教育を受ければ工場で働かせることが出来るでしょう」

「そうなれば魚人街は必然的に不要になるか……その者たちが住む場所も必要じゃもん」

「試算する必要はありますが、段階的に移住させれば1年から2年ほどで現魚人街はすべて解体出来るハズです」

「……お主、随分魚人街を気にしているんじゃもん。何か、あそこにあるのか?」

「……具体的に何かある、と言うワケではないのです。ただ、あそこは人間への恨みが募りすぎている。人間と共存することを願うのなら、一刻も早い解体が必要でしょう。でなければ取り返しのつかない事態になりかねない」

「ふむ……」

 

 何か具体的な予想があるわけではない。だがそれでも、あの街で生まれ育ったタイガーとしては思うところがある、というだけだ。

 それに、魚人街という魚人族の負の一面を取り潰し、遊園地という希望に生まれ変わらせるのは良いことだと信じているからでもある。

 タイガーから言えることはこれくらいだ。

 それと、最も重要な情報がひとつ。

 

「ネプチューン王。おれとジンベエ、それとオトヒメ王妃以外の人払いをお願いしたい」

「む……? 人払いをせねばならないほど重要な話か?」

「ええ。魚人島の行末すら左右する話です」

 

 タイガーの真剣な表情にネプチューン王は自然と引き締まった顔つきになり、同席していた王子や大臣たちを人払いする。

 アーロンさえタイガーの部下たちと共に退席させられており、応接間には4人のみが残った。

 

「──して、何があった?」

「カナタが〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートに戦争を仕掛けるそうです」

「なんじゃと!?」

 

 一番に驚きの声を上げたのは、タイガーの後ろにいたジンベエだった。

 かつて大海賊時代が始まった折、ネプチューン王との友誼を理由に魚人島をナワバリにすると宣言したことから、現状のねじれた関係は始まった。

 荒れる海を押さえつけながら魚人島へ向かったカナタは一歩遅く、その後にタイガーが海軍に追われるようになってから魚人島の立場を向上させるために手を貸し始めて利権が二分されることとなったのだ。

 ジンベエはその両者と関わりが深く、それ故に2人が戦争をすると言われて動揺を見せた。

 

「何故あの2人が……!?」

「まァ確かに、あの2人の不仲は有名な話ではあるが……確かに唐突じゃもん」

「具体的に何か動きがあったのかはわかりません。おれも連絡を受けたばかりなので──しかし、宣言した以上はやる女です。どうあれ、魚人島は揺れるでしょう」

 

 魚人島をナワバリとしている〝白ひげ〟の名とて、今では有名無実に等しい。

 市民たちでさえ、富をもたらし、安寧をもたらしているのは〝黄昏〟であるという認識している者も多い。大海賊時代が始まった直後の惨劇を知らぬ若い者たちは特にそうだ。

 魚人島を庇護する2人の戦争など、穏やかとは言えない大事である。ネプチューン王もオトヒメ王妃も、難しい顔で顔を見合わせている。

 

「どちらが勝つにせよ、魚人島は立場を表明せねばならぬか……タイガーとしては、どう考えている?」

「カナタが勝つでしょう。あの女は無茶だろうが無謀だろうがやり遂げる女です。戦争を仕掛けると言った以上、十分な勝算を持っているハズ」

「カナタさんが強いとはいえ、白ひげのオヤジさんと戦って無事で済むとは思えんが……」

「あのレベルになると、我々では見当がつきませんものね。ともあれ、報告ありがとうございます。我々も備えておかねばなりませんね」

 

 オトヒメ王妃の言葉に頷き、タイガーは2人に挨拶をして背を向ける。

 報告することは以上だ。王族の2人は忙しい身である。あまり長居をするべきではないと、ジンベエと共に席を辞した。

 

「タイのアニキ、先の話じゃが」

「誰がどこで聞いているか分からねェ。迂闊に話すな……それに、おれもあれ以上の情報は知らねェ。どうしても問い質したきゃァ、カナタ本人に聞くことだな」

「それしかないか……」

 

 タイガーが城門前で待つアーロンたちと合流する頃には、難しい顔で何かを考え込むジンベエが〝新世界〟側の海へ向かって泳ぎ出していた。

 

 

        ☆

 

 

「ところでアニキ、おれの同胞たちはどうしてるんだ。おれと同じ扱いか?」

「基本的にはな。体が鈍るから働かせてくれと言ってきた奴もいるし、そういう奴は力仕事を任せてる」

「そうか……」

 

 アーロンのように鼻っ柱を圧し折られてすべてにやる気がなくなった者ばかりではなかったのだ。

 言い出した者たちは港の荷運びをさせている。交易が増えて積み下ろしの仕事が増えているからだ。人の10倍の腕力を持つ魚人たちは、普通の人間よりも効率的に荷物を運べるので重宝している。

 海賊もそれなりに魚人島を訪れるが、港にはネプチューン軍の兵士や〝黄昏〟が雇った魚人島一の剣士であるヒョウゾウなどもいる。今のところ滅多なことは起きていない。

 まぁハチは人(デ)に助けを求められて友達の人魚を助けに走り回っているようだが。

 

「仕方ねェ。おれも働いてやるよ。酒くらいは出るんだろ?」

「あァ。最初の給金が出るまではおれが酒くらい奢ってやる。金はあるんだ」

 

 アーロンが迷惑をかけたことでココヤシ村などに迷惑料を支払ったが、タイガーの資産はまだまだ潤沢にある。〝黄昏〟の幹部としてあれこれ仕事をしているが、本人は酒と食事以外には特に金を使わないので貯まる一方なのだ。

 魚人街の件に関しても、大規模な工事は私財を使ってでも早々に進めるべきだと考えており、既に試算を始めている。

 かつて魚人街のリーダー格だったタイガーとアーロンが声をかければ、それなりに人数は集められるだろう。海中での作業になるので人間の職人が手伝うのは難しいだろうが、それでも解体の方は人数が居れば居る程助かる。

 交易のために多くの人手はそちらに割かれているが、職人たちは国の事業くらいしかない。ネプチューン王の許可を得れば、金と人手を集め次第事業は動く。

 

「……金ってのはいいモンだな」

「なんだ、いきなり。アニキらしくねェな」

「いや、やりたいことが出来た時にこれほど頼もしい武器もそうそうねェと思っただけだ。世の中、金さえあればどうにかなることの方が多い」

 

 金の力で奴隷として買われたタイガーに、アーロンは苦い顔をして口を噤んだ。

 何はともあれ、タイガーの理想はまだ先にある。生きているうちに達成できるかどうかも分からない理想だ。立ち止まっている暇などありはしない。

 

「やるぞ、アーロン。しっかりついて来いよ」

「言われなくてもやってやらァ!」

 

 馬鹿をやらかし、それでも見捨てることなくこうやって世話を焼く馬鹿な兄貴分にこれ以上迷惑をかけられないと、アーロンも腹に力を入れて返答した。




END 海賊強奪遊戯バナロ島/冒険男

NEXT 白夜司法機関エニエスロビー/悪魔の子

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