第二百十五話:ウォーターセブンへ
新世界、海賊島〝ハチノス〟。
ドクロ岩をくり貫いて造られた城塞にある会議室にて、カナタは今後の動きを説明するために幹部を呼び出していた。
ジュンシー、フェイユン、スコッチ、ジョルジュ。
旅を始めてから30年余り経つが、その中でカナタが最も信頼を置くのがこの4人であった。
……本来ならもう1人いるのだが、歳が歳なので既に前線を退いて久しく、今は故郷で暮らしている。
それはともかくとして、集められた4人は真剣な表情でカナタを見ており、見られているカナタだけがリラックスした表情で笑みを浮かべていた。
「そう固くなるな。今後の動きを先に伝えておこうというだけの事だ」
「……ならいいがよ。おれらだけを呼び出すってのはあんまりねェから、どうしてもな」
「しかしなんで今なんだ? なんかデケェ事でも起こすのかよ」
「まぁ事を起こすのはそうなのだが……私が動けない状況が増えて来るだろうからな。最終的な目的と、最低ラインを共有しておけばお前たちで判断してくれるだろうと思ったからだ」
「動けないィ?」
スコッチが訝しむように眉根を寄せる。
指示を出せない、という状況ならこれまでにも何度かあった。カナタに指示を仰がねばならないほどの大事など、ここ最近ではほとんど起こっていないが……直近でも数年前の〝王直〟襲撃事件くらいだろう。
海運は既にカナタの細かな指示が必要な状態ではなく、最終的な報告が上げられているに過ぎない状態だ。
「まず、ニューゲート率いる〝白ひげ海賊団〟に戦争を仕掛ける」
「ハァ!?」
「その前段階の準備としてバレットを叩き潰し、無理矢理にでも
「あァ!?」
「大々的にやるつもりだが、ニューゲートとは
「「ハァァァァァ!!?」」
スコッチとジョルジュが声を揃えてカナタの言葉に反応する。
大事も大事、とんでもない大事件に匹敵する事態だ。2人の困惑も当然のものと言えよう。
「色々と言いてェことはあるけどよ! 相談無しに全部決まった後かよ!?」
「そうだ」
コクリと頷くカナタにガクリと肩を落とすジョルジュ。ポンポンとジョルジュの肩を叩き、「こいつはこういう奴だ」と慰めるスコッチ。
大仰なリアクションが一段落付いたところで、今度はフェイユンが訊ねた。
「カナタさんが動けないというのはつまり、そちらにかかりきりで細かな指示を出せないということですか?」
「ああ。バレットとの戦いは今から船で出て……明日には始めているだろう。その時に何かあれば私は対応出来ない」
「なるほど……」
仮に何か事件が起こったとしても、カナタはいないし対応出来ない。ここにいる4人で差配して対処しなければならないと言うワケだ。
深々と椅子に座るジョルジュはタバコの煙をくゆらせ、思案する。
四皇クラスの戦いは一種の災害、天変地異にも等しい被害をもたらす。近場の無人島を使うとしても、2人が戦い始めれば終わるまで近付くことさえ困難になるだろう。
どこまでの事が許容出来るかはカナタの感覚次第だが、それを事前に伝えておけばジョルジュたちでも判断が出来る。
「基本的には一日二日で大きく事態が動くことはないと思うが……」
〝黄昏〟の規模は巨大だ。敵対する海賊同盟が攻め込んでくるにせよ、政府が動きを見せるにせよ、何かしらの前兆は必ずある。
後手を取ることはないと考えているが、固定観念は時に初動を鈍らせる。警戒をするに越したことはない。
ニューゲートとの決闘に関しても、「勝者が総取り」という点を周知させておく。事前に伝えておかねば、万が一カナタが敗北した際に混乱が起きるからだ。
カナタ自身は負けることはないと考えていても、周知しておかない理由にはならない。
「政府や海軍はウチが〝白ひげ海賊団〟を取り込んで最大勢力になることを嫌がるだろう。七武海の座は返上するものと考えておけ」
「まァそりゃそうだな……」
四皇と七武海と海軍は世の三大勢力と称されるが、実際は四皇の一角に対して海軍と七武海が組んでいる。そのバランスを崩して〝黄昏の海賊団〟が〝白ひげ海賊団〟を取り込むのなら、単一の組織では事実上の世界最大勢力と言えるだろう。
政府としては嫌がるハズだ。
元々カナタとしても七武海の座をこれほど長く保つつもりはなかった。商人として勝手な契約反故は〝黄昏〟のイメージを悪化させるので機会があればと思っていたくらいである。
「五老星から話を持ち掛けられた時、余計な色気を出さなければ七武海になどならなかったのだがな……」
「〝聖地マリージョア〟の通行許可なんて普通出ねェからな」
タイガーの件で疑われて喪失した許可だが、当時はそれなりに有用だった。今ではフワフワの実の能力があるのでそれほどでもないが。
ともあれ、今や七武海の座を返上したところでさして困ることはない。
世界経済に深く食い込んでいる〝黄昏〟の排除など今更不可能だし、自滅覚悟で排除にかかるならそのまま政府を丸ごと踏み潰すくらいのことはやるつもりでいた。
と、そこでふと革命軍の事を思い出す。
「そう言えば……革命軍のことだが」
「革命軍? これまで通り協力体制でいいんだろ?」
物資の横流しはこれまでも細々とやってきた。表立って助力をするのは色々と問題があるので陰ながらになるが、その甲斐あって多くの王国で革命を成功させている。
とはいえ、革命の結果として民主主義になると言うワケではなく、別の王が立って政治をおこなっているのだが。
バーソロミュー・くまが反乱を起こした結果王になったソルベ王国と事情はほとんど同じである。
「基本はな。ドラゴンなら上手くやるだろうが……組織が大きくなると、どうしても一部が過激に動くようになる。ここ最近、貧困の全てを王のせいにして王を倒せば自分たちが豊かになると勘違いした連中も出始めていると聞く。気を付けておけ」
基本的に労務を行う農民まで教育が行き届くことはなく、スラム街に住むような貧民ならなおのことだ。
政治の知識の無い者が全ての原因を王に押し付けて王制打倒を掲げることもある。ドラゴンならきちんと下調べをしたうえで判断するハズだが、肥大化してドラゴンの目が行き届かなくなると、革命軍は大義無きテロリストになる。
今のところは大丈夫だが、外側から見えることもある。気にかけるだけ気にかけておいた方が良いだろうとカナタは言う。
「火中の栗を拾うような真似はしたくないものだが」
「呵々、あの男は中々の器だ。そう簡単に手綱を離すようなことにはなるまい」
「ならいいがな。この手の事は大抵、統率している者からは見えないところで起こる。外部の監視は必要になるハズだ」
格差の是正を行うために悪政を行う王を倒す程度なら手伝ってもいい。それは結果的に経済を回すことになるからだ。
これが行き過ぎて全ての民のために富を分配するなどと言いだすなら、カナタはドラゴンを殺すだろう。その思想はカナタにとって到底受け入れがたいものだからだ。
カナタには嫌いなモノが三つある。ドラゴンにはそのうちの一つになって欲しくないものだが、と小さくため息を吐いた。
☆
同日、〝バナロ島〟にて。
ユイシーズと戦った翌日には既に全員目を覚ましており、現在はウォーターセブンへの移動のためにバタバタと準備をしていた。
海列車に船を載せるために港から駅近くに移動させ、列車の到着を待っている。
「楽しみだなー、〝海列車〟!」
「楽しい旅になるぜ。船とは段違いの速度で海の上を走る爽快感! 中々味わえるもんじゃねェ!!」
「あと、駅弁が美味しいから買っておくのをおすすめするわいな」
「うちらのおすすめは水水肉を使った唐揚げ弁当だわいな」
「んまほー!!」
涎を垂らしながら猛ダッシュで駅弁コーナーへ走るルフィと、同じように駅弁を見に行くウソッチョコンビ。負けた当日はウソップもチョッパーも青い顔をしていたものだが、今ではすっかり元気なものである。
負けた当人が気にしていないのが大きいのかもしれないが。
「おばちゃん、弁当! あるだけ全部くれ!」
「ちょっとまてルフィ! 全部食う気かよオメェ!?」
「金はあるし良いじゃねェか」
「まだ分配されてねェだろ!」
メリー号の修繕にいくらかかるかわからないので、諸経費を除いてお小遣いはまだ分配されていない。下手に大金を使うとナミが怒りのゲンコツを振り下ろすので、ウソップとしても必死でルフィを止めていた。
せめて一つか二つくらいにしてくれ、と。
ルフィたちが駅弁に頭を悩ませている横で、ナミはフランキーとこの先の話をしていた。
「ウォーターセブンへ移動した後は島を外回りに移動してウチの工房に運ぶ。ひとまずはそれでいいな?」
「ええ。問題は船の修理にいくらかかるかって話よね。なるべく安くしてくれると嬉しいんだけど」
「残念だが、ここまででも結構な額がかかってる。金がないんならとっくに見放してるレベルだぜ」
「そうよね……」
ケチって船の修理をおろそかにされても困る。船乗りにとって船とは文字通りの生命線なのだ。手を抜いて命を失ったのでは割に合わない。
大金を持っているとはいえ、出て行くのは精神的に来るものがある。
今後同じように大金を得られる保証も無いので、余計に惜しく思うのだろう。それでも死ぬのは嫌なのでちゃんとお金を払って修理してもらうつもりだが。
そうこうしているうちにポッポー! と汽笛の音が響き渡り、海列車が駅に到着する。
波をかき分けるパドルは甲高い音を立ててブレーキをかけ、ゆっくり速度を落として停車した。
「よし、それじゃ船を最後尾の真横につけろ」
フランキーの言うとおりに移動させると、職員と思しき数名がフランキーと話し、あっという間に重機を使って船を荷台に載せた。
落ちないようにロープなどで頑丈に固定されたのを確認すると、フランキーはルフィたちを一つ前の車内へと案内する。
「好きに座れよ。あとはのんびり窓の外でも見てれば、昼には〝ウォーターセブン〟だ」
現在の時刻は早朝。〝ウォーターセブン〟まではそれほど時間がかからないため、昼過ぎには着くだろうとフランキーは言う。
駅弁をいくつも積んでいるルフィは「じゃあメシにしよう」と列車が動く前から弁当に手を付けようとしてサンジに「朝食っておいてまだ食う気かよ」と呆れられていた。
船を積んでいるために発車に少し時間がかかりつつも、海列車は動き出す。
黒煙を吐きながらパドルを回し、波をかき分けて海原を渡る。
船で海を渡るのとはまた違う感覚に、ルフィ、ウソップ、チョッパーの三人は窓ガラスに顔を引っ付けながら「スゲー!」と連呼していた。
「……ところでフランキー。メリー号なんだけど、修理には実際いくらくらいかかるの? 一昨日予約をしてから船を点検して、そのあと見積もりをだすって言われてからずっと待ってるんだけど……」
「……それなんだがな」
フランキーはサングラスをかけたまま、真剣な表情でナミを見る。
嘘や誤魔化しは一切ない、職人として──事実をありのままに、依頼者に告げた。
「──あの船はもうダメだ。直せねェ。たとえ無理に直したところで、次の島まで持つ確率は……〝0〟だ」
カナタの嫌いなモノ アカ
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