「メリー号が直せねェってどういうことだよ!!」
いの一番に食って掛かったのは、人一倍メリー号に思い入れのあるウソップだった。
怒りの形相を見せ、フランキーを睨みつけるようにして言葉を畳みかける。
「直せるから修理を請け負ったんじゃなかったのかよ!? 適当なこと言ってるとブッ飛ばすぞテメエ!!」
「おいウソップ、落ち着けって!」
今にも殴りかかろうとするウソップをゾロが羽交い絞めにして抑えつける。ルフィやチョッパーも動揺していたが、ウソップが激昂している姿を見て顔を見合わせていた。
フランキーは動じた様子もなくそれを見ていたが、すぐに視線を外して目の前に座っているナミの方に話を振る。
「〝竜骨〟ってわかるか、姉ちゃん」
「……船底にある……」
「そうだ。船首から船尾まで、船を支える土台部分。基礎になってる場所さ」
人間で言うなら背骨に当たる。
損傷したからと言ってマストのように気軽に差し替えられるものではなく、また修理出来るものでもない。
そこが酷く損傷している、とフランキーは言った。
「その窓から後ろに載せた船が見えるだろ。船の真下にある竜骨部分が壊れてるのが見えるハズだ。普通はああはならないハズだが……高いところから船を落としでもしたのか、えらく損傷してる」
ウソップはバタバタと後ろの扉に飛びつき、ウソだと証明しようとメリー号を見る。
しかし──一味の中で誰よりも眼が良いが故に、一味の中で誰よりも船の修理に携わってきたがために……フランキーの言葉が事実だと理解できてしまう。
多くの海を越えて来た。
多くの旅路を歩んで来た。
けれど、メリー号は島を一つ越えるたびに損傷していき、完璧に直すことが出来ず今に至る。
「で、でもよ! ここまでメリーは元気に走って来たんだぞ!?」
「
「……!!」
そこなのだ。
どれだけルフィたちがメリー号のことを信じたところで、現実問題としてメリー号は限界だった。
そうでなければ打ち付ける波に外板を持って行かれることなどなかったし、帆を畳むためにロープを引っ張っただけでメインマストが歪むようなこともなかった。
ルフィたちは既に、どうしようもない現実を目の当たりにしている。これを覆すことは出来ない。
「ホントに、もう……メリーは走れないのか……?」
チョッパーの呟きを最後に、沈黙が落ちた。
誰も何も言えない重苦しい雰囲気の中、しかしフランキーはひとりの職人として真剣な表情で口を開いた。
「まァ、オメェらがおれの言葉を信じられねェって気持ちも理解は出来る。大事に乗って来た船だろう。受け止める時間も必要だわな」
「……じゃあよ、同じ船ってのは造れねェのか?」
「厳密に〝同じ船〟ってのは造れねェよ」
全く同じ成長をする木が無いように、どれだけ同じように造っても全く同じ船になることはない。
見た目だけ似せた船に乗ったとしても、それは数々の冒険を乗り越えて来たメリー号ではないのだ。航海の途中でついた細かい傷。誰が書いたか分からない落書き。そういったものもすべて消える……違う船だと肌で一番感じてしまうのは、きっとルフィたち自身だろう。
乗り換えることは薦めるが、別れの時間はどちらにしても必要になる。
フランキーたちの事を信用出来ないというならそれもいいだろう。
「お前じゃない、別の船大工に見せても同じことを言うのかよ!?」
「他の船大工に見せても結果は変わらねェよ、長鼻の兄ちゃん。だが気になるってんならウォーターセブンで好きなだけ探すといい」
ウォーターセブンは船大工が数多くいる島だ。最大手の〝ガレーラカンパニー〟を始めとして、腕のいい船大工もごまんといる。
信用出来る船大工が身内にいない、というのが麦わらの一味の判断を鈍らせる要因になっている以上、信用出来る船大工がいればその人物に説得させるのが吉だろう。
船造りもフランキーの飯の種であることは確かだが、そう切羽詰まった資金状況でもないのだし。
「……そうさせてもらう」
「重苦しい話にして悪かったな。だが、ここから先の海は一層厳しくなる。船大工としちゃ、デカくて頑丈で速い船に変えることを薦めるぜ」
今日は海列車の客もそれほど多くはない。最後尾の車両の一部を陣取る形で麦わらの一味とフランキー一家は座っていたが、フランキーはモズとキウイの2人を連れて前の車両へ移動する。
どうあれ、仲間たちだけで話し合う時間は必要だと考えたからだ。
ザンバイ達残りのフランキー一家は船をウォーターセブンへ回すためにここにはいないし、3人だけなら気楽に移動出来る。
愛されてきた船に「もう使い物にならない」と宣告するのは、船大工として心苦しいところはあるが……これも仕事だ。
フランキーは空いている席にどかりと座ってコーラをラッパ飲みし、ウォーターセブンまでの時間をゆったり過ごすことにした。
☆
〝ウォーターセブン〟
水の都と称されるこの島は、その言葉通り半分水に浸かった構造で街が造られていた。
道路より水路の方が多く、歩くよりも水路を使った移動の方が早いという特異な作りの島である。
港と海列車の駅はやや距離があるが、世界政府加盟国であるこの島で海賊船をまさかそのまま港に置くわけにもいかない。ウソップは不満はあれど、一時的に船を置く場所としてフランキー一家の作業場を借りることに渋々同意していた。
「ここがおれのウチ兼作業場だ」
ウォーターセブンは本島と下町に分かれている。海列車の駅──ブルー
正面には船を本島へ上げるためのドックが設けられており、1番から7番までの番号が振ってある。
その6番ドックの真横、下町と本島を繋ぐ橋の下に造られた隠れ家がフランキー一家の本社兼作業場だった。
「まァここに全員は入りきらねェんで、普段は裏町に造ったフランキーハウスの方にいるんだが……今回は作業する必要もあるからな」
巨大なガレオン船などなら無理だが、メリー号サイズの船なら本社でも十分入る。
水路を伝って船を中に入れると、フランキーは船が動かないようにロープでしっかり係留する。
「これでいいだろ。荷物までは面倒見切れねェから見張りくらいは自分たちでやってもらうが、基本はウチの関係者しか入って来ねェハズだ」
「ああ、ありがとうフランキー」
「いいってことよ。船を大事にするやつは嫌いじゃねェからな」
海列車でひと悶着こそあったものの、フランキーはルフィたちに親切にしてくれていた。ウソップはまだメリー号がもうダメだと言ったことに腹を立てているようだが、他の面々はそこまで嫌悪感丸出しと言うワケでもなかった。
何はともあれ、他の船大工にも一度見てもらってから考えよう。
ルフィたちはそう結論付け、この島一番の船大工たちが集まる会社──〝ガレーラカンパニー〟のある本島へ移動することにした。
とは言ったものの、全員でぞろぞろと連れ立って行くわけにもいかない。
いつも通りゾロが船番に残り、ルフィとナミ、ウソップがガレーラカンパニーへ。サンジとゼポは食料の買い出しに出て、ロビンとチョッパー、ペドロは町へ散策に出ることになった。
「スゲェ島だな」
フランキー一家の本社から出て本島──島の中心部へ向かって歩き出すと、すぐに水路に行き当たった。
あちらこちらに水路が張り巡らされており、メリー号を移動させる時にも見たが、水路を使うことが生活の前提になっているようにも思える。フランキーから事前に「移動にはブルを使うといい」とアドバイスを受けていたため、貸しブル屋で2匹のヤガラブルを借りて移動を始める。
「こりゃ快適だな!」
「そうね。自分で歩かなくていいのは楽でいいわ」
「……お前ら、楽しそうだな。メリー号が大事になってるってのに」
「ウソップだって本職じゃないんだし、自分たちで考えていたって仕方ないって結論を出したじゃない」
「だがよ、やっぱり心配するのが仲間ってモンだろ!? 〝
「そりゃ、私たちだってメリー号は好きだし、出来ればメリー号で旅を続けたいけど……」
実際問題、一度沈みかけた以上はナミだって不安なのだ。
ジャヤでベラミーたちに損傷させられた事はまだ記憶に新しく、空島から落ちて来た時の衝撃で船がやや浸水していたこともまだ先日の話である。
メリー号では今後の航海は厳しいというフランキーの言葉は正しいと、ナミは肌感覚で捉えていた。
「船が直せるならそれに越したことはねェんだし、今は造船所の船大工と会うことを一番にしようぜ」
「……そうだな」
ルフィの言葉に俯きつつも頷いたウソップ。
やや重苦しい雰囲気のまま1番と書かれた造船所の前まで来ると、何やら人々が集まって口々に話していた。
「何かあったのかしら」
「聞いてみよう」
ルフィが近くにいた男に聞いて見ると、1番ドック内で海賊が暴れたらしく、それを職人たちが
ガレーラカンパニーの職人たちはウォーターセブンの誇りで、皆の憧れなのだと。
俄然、会ってみるのが楽しみになってきたルフィ。だが、野次馬が集まっていて造船所の中に入ることは出来ないように見えた。
「どうするんだ? 中に入れそうにねェが」
「造船所と道の境目に柵も立ててあるし、部外者立ち入り禁止って感じね」
「お邪魔します!」
「コラコラコラ!!」
ウソップとナミが相談する横でルフィが柵を乗り越えようとして周りの人たちに止められていた。
ルフィはどう見ても職人では無いし、部外者が入るのはマズいと善意で止めたのだろう。
「勝手に入っちゃ駄目だよ! ここは関係者以外立入禁止なんだから!!」
「でもおれ、船大工に用があんだよ」
「だったらまずは正規の手続きをだね──」
ルフィと通行人の男の諍いになんだなんだと野次馬の目が向き始める。
今しがた海賊とガレーラカンパニーの職人たちがやり合ったばかりで、また海賊が何かしでかしたのかと興味が向いたのだろう。
ことが大きくなる前に止めようとナミが口を開こうとすると、柵の向こう側──つまり造船所の中から声がかかった。
「その麦わら帽子! 君、〝麦わら〟のルフィだろう!?」
ルフィたちが声のした方へ視線を向けると、スーツ姿の女性がツカツカと近付いてきているのが見えた。
「ああ、おれはルフィだ」
「やっぱり! こんなところで会えるなんて思ってもいなかったよ! ところで、何の騒ぎだい?」
「こいつらが勝手に造船所の中へ入ろうとしたので、思わず止めたんですが……」
「そういう事か。君、何か造船所に用事が?」
「うん。船を見て欲しいんだ」
「そっか! じゃあお客だね。でも中に入るのはちょっとまずいから、外で話そう」
ウェーブのかかった茶色の髪が笑うたびに揺れている。
女性は若干苦労しながら柵を乗り越えると、野次馬を散らしてからルフィたちの方へ向き直った。
女性は、ルフィたちが思わず見惚れる程の笑みを浮かべた。
「じゃあまずは自己紹介からしよう! 私はカテリーナ。〝黄昏〟の一員さ!」