ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二十二話:リトルガーデン

 〝ウイスキーピーク〟での用事は全て終わった。

 医者であるスクラを仲間にし、水と酒も補充出来た。記録指針(ログポース)も溜まっている。

 これ以上この島に留まる理由もない。

 

「この島に思い残したことはあるか?」

「ないな」

 

 カナタの質問をばっさりと切るスクラ。

 この島で生まれ育っていても、理解者がいない以上は特段思い入れもないらしい。

 考えてみれば、悪魔の実の能力者は偉大なる航路(グランドライン)以外では化け物扱いされているのだ。入口であるこの島でも似たようなものだとすれば、それを治療したいと考えているスクラは異端と言ってもいいだろう。

 そういう意味では、確かに変わり者だ。

 

「元より、いつかは島を出るつもりだったんだ。それが早まっただけにすぎない」

「海に出るつもりだったのか?」

「当然だ。あの島にいたところで何も研究は進まない。それに、能力者への偏見だけで僕まであの扱いだ。あの愚かさは治療できない」

 

 スクラ自身は能力者ではないが、化け物を治療したいなどと言えば住人からよく思われなかったことは容易に想像できる。

 カナタもそういった扱いを受けてきたから理解できる。化け物だからと忌避されるのはいろんな面でデメリットも多い。

 もっとも、カナタはそういったデメリットがあってもうまく商売を続けていたわけだが。

 

「言ってなかったが、私たちは……もとい、私は賞金首だ。海軍本部から追われている」

「何? それを今更言うのか……僕は戦いなんてまっぴら御免だぞ。戦いなど生まれてこの方したことがない」

「だろうな。お前は治療に専念してくれればいい。戦うことが出来る奴は他にいる」

 

 だが治療が出来るのはスクラしかいない。簡単な応急処置ならカナタやジュンシーも出来るが、本格的な処置は本職に任せられるなら安心感が違う。

 海軍本部の中将、大将に追われている現状を考えれば、怪我をする機会も多かろうというものだ。

 任せられることは他人に任せるのがうまく生きるコツだ。

 専門職は特に。

 

「しかし、だいぶ顔が知られているようだ。この分だと偉大なる航路(グランドライン)に入ったことがバレるのも早いかもしれんな」

「あの街は特別だろう。街ぐるみで賞金首などの情報をすぐに仕入れるからな」

「新聞にデカデカと載せられている顔を知らないお前もどうかと思うが」

 

 知られていてはデメリットが多いのも事実だ。

 もっとも、顔が広く知られているのはカナタのみなので変装か何かで誤魔化す手もないではない。最悪船から降りずに過ごす手もあるが、それは避けたかった。

 追われているからとつまらない人生を送る気は毛頭ない。戦うときは戦うのがカナタの流儀だ。

 

「では出航しよう。最初の海ほどではないだろうが、全員気を引き締めるように」

 

 

        ☆

 

 

 数日の航海が終わり、船は無事に〝リトルガーデン〟にたどり着いた。

 〝ウイスキーピーク〟と違い、人の住んでいるようには見えない島だ。加えて川幅が狭いため、船は海辺に停泊させておくしかない。

 人が住んでいれば〝記録(ログ)〟が何日で溜まるか聞けるのだが、望みは薄そうだ。

 自然あふれるジャングルに、遠目に見える恐竜。

 航海の困難さ故に他の島との交流もなく、文明が築かれることもないままに今に至る太古の島。

 珍しいものは多々あるだろうが、食料はともかく情報は手に入りそうもない。

 

「ひとまず島を調べてみるか」

「そうだなァ。誰か住んでいれば御の字だけど、期待出来ねェな」

 

 ジョルジュはタバコを咥えながら島を見ている。双眼鏡を使ったところで木々が邪魔で見えないのだが、島の真ん中にある火山はよく見えるらしい。

 島の中を探索するにあたって誰が行くかという話になるわけだが、今回は能力者三人で行くことにした。

 すなわち、カナタ、フェイユン、サミュエルの三人だ。

 

「ウハハハハハ!! 冒険か! イイな!」

「人がいればいいがな……最悪人じゃなくても意思疎通さえできれば」

「見聞色でわからないんですか?」

「この島は結構広い。特に強そうな反応は二つあるが、人とも限らないからな」

 

 自分を基点として強いか弱いか、どれくらいの距離の位置にいるかくらいはわかるが、どんな生物かまでは判断できない。

 見聞色とはそういうものだ。あるいは類まれなほど鍛えられた見聞色であれば、そういったことまで知覚できるようになるのかもしれないが。

 少なくとも今必要とはしていない。

 弁当と連絡用の子電伝虫を携えて三人は探索に出た。コンパスが使えないのが地味に面倒くさいが、何とかするしかないだろう。

 船に残った面々は海辺でキャンプの用意をしておくように指示した。今日の探索は軽く見て回るだけに留める予定だからだ。

 

「珍しい植物、珍しい動物とくれば、病気も珍しいものがあるかもしれないな。出来る限り肌の露出は抑えたいが」

 

 カナタはともかくとして、フェイユンとサミュエルは難しいだろう。湿度の高い熱帯林で探索用の装備は体力の消耗が激しい。

 もっとも、それを見越しての巨人と動物(ゾオン)系の能力者なのだが。

 サミュエルは忠告を無視して長袖を腕まくりして露出させている。

 思わずため息をつくが、言っても聞かないなら言うつもりもない。逆にフェイユンはきっちりと着込んでいる。

 

「なァボス、あの果物食えそうじゃねェか?」

「あんな毒々しい色の果物を食う気かお前」

「悪魔の実だってあんな感じだったぜ? 食ってみればわかるだろ。フェイユン、一つ取ってくれよ!」

「これですか?」

 

 フェイユンが背の高い木に生っている紫色の丸い果実を一つもぎ取ってサミュエルに渡す。

 見た目明らかに毒がありそうだが、全く気にせずかぶりつこうとするのを寸前で止めた。

 サミュエルの顔面にアイアンクローを決めながら額に青筋を浮かべるカナタは、ミシミシと頭蓋から嫌な音を立てているサミュエルに言い聞かせるように耳元で告げる。

 

「余計な仕事を増やすな」

「……す、すぴばせん…」

 

 カナタが放した後もしばらく痛みで悶えていたサミュエルだが、復活するなり名残惜しそうに紫色の果実を捨てた。

 食べられそうなら持って帰って調べてもいいが、何日滞在するかもわからないのだ。時間がかかりそうなことは後回しにするべきだろう。

 時折現れる恐竜を蹴り飛ばしながら、カナタたち三人はジャングルの奥へと進んでいく。

 

「結構な距離を歩いたはずだが、対岸には出ないな」

「海から一周した方が早かったんじゃねェか?」

「外を見て回るだけならな」

 

 どのみち海岸線には誰かが住んでいる風でもなかった。見聞色で調べても人がいるようには思えなかったし、それなら中を調べたほうがまだ有意義だと判断しただけだ。

 遠目に見える火山といい、我が物顔で歩き回る恐竜と言い、この島は人が住むにはいささか厳しい環境だ。

 島の中心付近まで歩いたところで、カナタとフェイユンが同時に足を止めた。

 

「どうしたよ、ボス」

「……何者だ?」

 

 臨戦態勢で視線を横に向けるカナタ。それに合わせてフェイユンもグッと拳を握って構えるが、相手はそれを一切気にせず現れた。

 使い古した剣と兜を身に纏い、長いあごひげが特徴的な男。何よりも特徴的なのは、フェイユンよりも一回り大きい体躯の巨人族だということ。

 すわ敵かと構える三人を前に、男は高らかに剣を掲げる。

 

「我こそはエルバフ最強の戦士、ドリー!! ゲギャギャギャギャギャ!! よく来たな人間。久しぶりの客人だ、歓迎しよう!!」

 

 名乗りを上げるドリーに目を丸くし、ひとまず敵ではなさそうだと敵意を収めるカナタとサミュエル。

 フェイユンはと言えば、目をキラキラと輝かせてドリーを見ていた。

 

「ド、ドリー!!? まさか、巨兵海賊団の!!?」

「なんだ、おれのことを知っているのか?」

「も、もちろんです!! 私もエルバフの村の出身ですから!」

 

 エルバフの村の巨人たちにとって、巨兵海賊団は伝説の海賊だ。

 過去に世界中の海を豪快に荒らして震撼させた海賊たち。その二人の頭目のうちの一人、〝青鬼〟のドリー。

 六十六年前に活動していた海賊たちだが、かつての船員の多くはエルバフの村に戻っているし、巨人族の寿命からすれば六十六年など大した年数ではない。

 もっとも、フェイユンにとっては生まれる前の出来事であるが。

 

「ゲギャギャギャギャギャ!! そうか、エルバフの出身か! 珍しいこともあるもんだ!!」

 

 招待するという言葉に偽りはないのか、後をついてくるようにと背を向けるドリー。

 道中で首長竜を一刀のもとに切り伏せて持ち帰り、手際よく肉をさばいて火にかける。丸焼きが美味いらしい。

 カナタとサミュエルはドリーのことをよく知らなかったが、エルバフの村の者にとってドリーは伝説の人物に等しい。憧憬を向けながらいくつか質問しているのを静かに聞いていた。

 

「そうか、海軍に追われて偉大なる航路(グランドライン)に来たのか」

「そうなんです。この島で〝記録(ログ)〟はどれくらいで溜まるんでしょうか?」

「一年だ」

 

 さらりととんでもないことを聞き、カナタは思わず飲んでいた水を吹き出した。

 

「一年だと!? そんなにかかるのか……」

「その辺にチビ人間どもの骨が転がっているだろう? この島に来た奴らは大抵〝記録(ログ)〟が溜まる前に死んじまうのさ」

 

 巨人族にとって一年などあっという間だが、普通の人間にとって一年は相当な長さだ。

 ある者は飢えに。

 ある者は恐竜の餌に。

 ある者はドリー、あるいはもう一人の巨人に攻撃を仕掛けたために死んでいく。

 人間と巨人の時間に対するスケールの違いを感じさせるな、とカナタは口元を拭きながら思った。

 

「だがまぁ、幸い目的を急ぐ旅じゃない。永久指針(エターナルポース)があるわけでも無し、海軍から身を隠す意味でも一年ここに留まるか」

永久指針(エターナルポース)ならばある」

「あるのか?」

「ああ。だが、行先は我らの故郷エルバフだ。おれともう一人の男がそれを巡って決闘しているわけだが……強引にでも奪ってみるか?」

 

 にやりと笑いながらカナタに問いかけるドリー。

 対して、カナタは肩をすくめて答えた。

 

「あいにく、巨兵海賊団の頭目を相手にしようとは思わないな」

 

 見聞色で探ってみればわかるが、ドリーともう一人の巨人は流石の強さだ。あまり相手にしたいとは思えなかった。

 これは船に戻って要相談だな、と恐竜の肉にかぶりつくカナタ。

 首長竜の肉は非常に美味く、サミュエルが食べ過ぎて動けなくなっていた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、船で待機していたジョルジュたちの方には、もう一人の巨人──ブロギーが現れていた。

 

「ガバババババ!! 我こそはエルバフ最強の戦士、ブロギー!! 客人よ、酒は持っているか!?」

「でかいな……フェイユンより一回り以上デカいとは。巨人族というのはみなここまで成長するのか?」

「さァな。成長しなくてもあいつはとんでもなくデカくなれるだろ……酒ならある! 分けてもいいが、少しばかり話をしようぜ!」

「おお、構わんぞ! それくらいはお安い御用だ!」

 

 ジョルジュはビビっていたが、ジュンシーとクロは今更巨人だからと驚くこともなかった。

 今夜は海岸でキャンプの予定だったため、機材は全て船から降ろしてある。そこで話をすることにして、まずは飯だと用意をすることになった。

 昼食のついでに酒と情報を交換するということで決まり、ジャングルの中でブロギーが狩ったトリケラトプスの肉を焼く。

 豪快に捌いて丸焼きにし、その肉にかぶりつくブロギー。

 巨人族にとって普通の人間族のサイズに調理することは難しいため、そこはコックが腕を振るうことになった。

 肉を焼くだけなら料理の腕もクソもないのだが。

 

「ほう、こりゃうめェ」

「ガババババ!! だろう! この恐竜の肉は実に美味い!」

 

 物怖じしないクロを気に入ったのか、ブロギーは非常に機嫌良さそうに話している。

 〝記録(ログ)〟を溜めるのに一年かかるという話も当然聞いたが、流石に一年同じ島は飽きるなァと考えるだけだった。

 恐竜がいることは問題だが、それとてカナタやジュンシーたちにとっては大した敵ではない。食料の確保は簡単だと言えるだろう。

 飲み水の確保はスクラの指示の元で行うことになったが、問題は病気や怪我をした際の医薬品があまり多くないということだ。

 

「予防が大切になるわけだ。太古の島となれば過去に絶滅した伝染病などもあるかもしれない。注意しておこう」

「オレたちって一応海賊になるわけだし、この島に来る船を襲って医薬品とか奪えねェかな」

「難しいな。七つある航路のうち、〝ウイスキーピーク〟を選んでこの島に辿り着く者たちがどれだけいるか」

 

 ただでさえ常識が通用しない海で消えていく船は多いというのに、多少賞金がかけられた程度の海賊なら〝ウイスキーピーク〟で狩られるだろう。

 そう考えると、偉大なる航路(グランドライン)というのは実にシビアな海だ。

 運、航海術、強さを最低限備えていなければ、先に進むことすらままならない。

 

「そうだな。この島に来るのはお前たちが久々だ」

 

 簡単に進める海ではないことは最初からわかっていたが、二つ目の島でこうも足止めをされるとは思ってもいなかった。

 だが、逆に考えれば海軍さえほとんど寄り付かないこの島なら身を隠すにはもってこいでもあるということ。

 

「事のついでだ。この島に一年滞在する間に、全員最低限戦えるように体を鍛えておくか」

「そうなるか……流石に戦いをお前らだけに任せるのもなって思うしよ」

「それはいいが、いざというときに逃げられるようにだ。心構えを説くだけではどうにもならないこともある。体で覚える必要があることもある」

 

 大抵の敵ならどうにかなるだろうが、最低限戦えるラインに鍛えておけば逃げるときにパニックを起こさずに済む。

 もっとも、スクラを除いて一度も戦ったことがないわけではない。これから相手をすることになるであろう海軍本部の佐官や将官を想定してのことだ。

 佐官を超えると、流石にレベルが桁違いに上がるゆえに。

 

「しばらく修行だ。カナタも儂も、今のままでは海軍大将を相手にしたときになすすべもなくやられる可能性もある」

「ガバババ!! 向上心があっていいことだな!」

 

 事情は知らずとも、逼迫した状況であることは理解できる。ブロギーは肉を食べながら、一つ提案をした。

 

「久しく飲んでいない酒を分けてくれるというのだ。礼と言っては何だが、修行相手になろう」

 

 手斧を片手に持ちながら、ブロギーはふんすと鼻を鳴らした。




カジノの正装はバニーですので…ってことで流行りに乗っかって水着海賊七色勝負とか考えてたんですけど、冷静に考えるとこの時代に名高い女海賊とかビッグマムくらいしかいないのでは説が出てきて諦めました。原作の時代でもいない?そうですね…。
でもブエナ・フェスタはどっかで出ると思います。あとバレット。

いきなり一年すっとばすのも何なので、多分次話は日記風に一年キンクリします。

オリキャラまとめとか必要?

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