ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百十七話:カテリーナ

 

「おめーも船大工なのか?」

「まぁね。腕は信用してくれていいよ」

 

 ルフィの無遠慮な質問にナミが横から拳骨を食らわせつつも、カテリーナは気にした風も無く返答した。

 とはいえ、基本的に男の職人ばかりが働く造船所でカテリーナのような女性が働いているのは、確かに違和感というか非常に浮いているようにも思うナミ。

 〝黄昏〟の関係者だと名乗ったあたり、図面を描いたり監督するのが仕事なのだろうかと疑問を浮かべる。

 

「それで、何の仕事だい? 船の修理? それとも新しい船の建造?」

「船を直して欲しいんだ。他所に行ったけど、もう走れねェって言われて……大事な船なんだ。少しでも可能性があるなら、それに賭けたい」

「ふーむ。じゃあ一度船を見てみないとね……船はどこにあるんだい?」

「フランキー一家の本社……で、わかるのかしら」

「フランキーの……なら橋の下の倉庫かな?」

「知ってんのか?」

「もちろんさ」

 

 カテリーナはフランキーと同じ師匠の下で造船業を学んだ仲だ。年齢こそカテリーナの方が上だが、順番的にはフランキーの方が先に学んでいたのでフランキーが兄弟子になる。

 倉庫として使っている場所はもちろん、その腕もよく知っているので、フランキーが駄目だと言ったのなら恐らく打つ手はないのだろう。しかし実物を確認もせずに判断するのは職人として避けておきたい。

 顎に手を当てるカテリーナは、まず目の前の3人がどこまで把握しているのか尋ねることにした。

 

「……フランキーからどこが壊れているとかって聞いてるかい?」

「確か、〝竜骨〟って部分が壊れてるって」

「あー、竜骨かぁ……」

「……やっぱり難しいのか?」

 

 フランキーにもうダメだと聞かされ、それでも信じ切れないからとここまで来たが……それでもやはりダメなのかと肩を落とすウソップ。

 そうだね、とカテリーナは肯定した。

 

「竜骨は船の土台だ。一度基礎の部分が壊れたら、もう船として走らせることは出来ない」

 

 実際に船を見ていなくても、船大工として基本は答えられる。

 こればかりはどうしようもない事実だ。

 だが、船を見ずに判断を下すのは良くない。

 

「どちらにしても一度船を見たほうが良いだろう? 今日は残念ながら用事がある。私は直接行けないけど、信頼出来る職人を派遣するよ」

「……ああ、頼むよ」

 

 たとえどれだけ望み薄だとしても、ウソップとしては縋らずにはいられなかった。

 物を大事にする彼の気持ちを理解してか、カテリーナは柔和な笑みを浮かべる。

 

「それだけ船を大事に思っているんだね。君たちに乗ってもらえた船も本望だろう」

 

 話が一段落したところで、ルフィがカテリーナへと質問した。

 

「そう言えば、おめーなんでおれの事知ってたんだ?」

「そりゃあ知ってるとも。君の麦わら帽子、シャンクスのだろう? 私はシャンクスの義手を作った職人でもあるからね! 君の事はよく聞いてるよ!」

 

 シャンクスの左腕はルフィを助けるために失ったものだ。

 腕を失った理由を聞けば、おのずとルフィの事も話題に上がる。

 そうでなくとも、ロビンとはそれなりに仲が良かった。彼女とルフィたちの旅はアラバスタの一件から始まり、その後の行方は〝黄昏〟のゆかりある地ばかり通っている。

 意識をせずともルフィたちの情報は耳に入って来ていた。

 

「へー! シャンクスの腕を作ったのかァ……元気にしてるかな、シャンクス」

「ピンピンしてるよ。たまに酒を飲みすぎるのが瑕だけどね」

 

 2人で和気あいあいと話していると、一番ドックの中からカテリーナを呼ぶ声がした。

 振り返って手を掲げ、こちらにいると示すカテリーナの下へ2人の人物が近付いてくる。

 

「ここにいたのか。探したぞ」

「準備は出来たのかい、アイスバーグ君」

 

 スーツを着て髪を撫でつけた男だ。胸ポケットには何故かネズミが入っている。

 その傍らには金髪を団子状に纏めた女性がおり、手にはいくつかの書類があった。

 

「そちらは?」

「ああ、彼らは麦わらの一味。海賊だよ。ちょっとした縁があってね」

「ふむ……カリファ?」

「調査済みです」

 

 船長である〝麦わら〟のルフィを始めとして〝海賊狩り〟のゾロ、ニコ・ロビンにペドロ、ゼポ。賞金首は5人ながら、内3人は億を超えている。

 総合賞金額(トータルバウンティ)は最近結成した少数海賊団にあるまじき9億オーバー。

 前半の海にいる海賊としては破格の金額と言えよう。

 ルフィたちがこの島に来てからそれほど時間も経っていないというのに、ここまで調べ上げているカリファも凄まじい。

 

「なるほど。よく来たな。おれはこの島のボス、アイスバーグ」

「彼はこのガレーラカンパニーの社長で、なおかつウォーターセブンの市長でね。まぁちょっと変わってるけど、凄い人だよ」

「ンマー、お前に変わってるとは言われたくねェな」

「えー、そう?」

 

 和やかに話す2人の会話を断ち切るように、傍に控えたカリファが今後の予定を話し出した。

 

「これから10分後にチザのホテルでグラス工場の幹部と会食。その後リグリア広場での講演会を終えましたら、美食の町プッチの市長ビミネ氏と会談。その場で新聞社の取材も受けていただきます。終わり次第本社に戻り、書類に少々お目通しをお願いします」

「いやだ!!!」

「ではすべてキャンセルします」

「えぇ!? いいのそれ!? 折角スーツ着たのに!!」

「いいんだ。権力者だからな、おれは」

 

 明らかに職権乱用だったが、アイスバーグは気にした雰囲気も無く堂々としている。カテリーナも呆れ顔だ。

 時々突飛な行動をする上にカリファも全肯定するのでブレーキ役がいない。困ったものである。

 カテリーナはアイスバーグと共に会食や講演会、会談に出る予定だったのでアイスバーグがキャンセルするなら必然的にカテリーナの予定もキャンセルになる。

 ぶーぶーと文句を付けるカテリーナだが、スーツのような堅苦しい恰好は個人的に苦手らしく、まぁいいやと肩をすくめていた。

 

「キャンセルしちゃったものは仕方ない。フランキーの顔を見るついでに、船を一度確認してみよう……本当に竜骨がやられてるなら、期待はしない方が良いけどね」

「……それでも頼む」

「任された!」

 

 カテリーナは着替えと道具を取りに行くため、造船所内へと歩いて行った。

 アイスバーグとルフィはそれを見送り、ふとアイスバーグが質問をする。

 

「船の査定に来たのか?」

「ああ。リューコツ? ってのが壊れてるらしいんだけど、大事な船なんだ。なんとか直してやりたくてよ」

「ンマー。船を大事にするのは良いことだが、身の安全を第一に考えることだな。お前も船長なら、船員の命を背負ってることを忘れるなよ」

「……うん。わかった」

「素直だな。……ところで、お前たちの船にはニコ・ロビンという女が?」

「ああ、いるぞ。頭いいんだ」

「……そうか」

 

 一番ドックの門前で雑談をしていると、あっという間にカテリーナが戻って来た。

 先程までのスーツ姿と違い、作業をしやすいように髪を首の後ろで束ねて纏めており、服装も作業着に変わっていた。

 ついでに人も増えている。

 

「やあ、遅くなってすまないね!」

「それはまァ構わねェけど……そっちは誰だ?」

「私の護衛だよ」

 

 カテリーナは〝黄昏〟の中でもそれなりに立場のある身なので、護衛のために常に1人は身辺についていることになっている。

 立場上海賊とも政府とも接することが多い分、身の安全には気を使わねばならない。

 黒い髪に金の瞳。年齢はルフィと同じくらいの、少女と呼んで差し支えない女性だった。

 少女は白いフードを目深に被ったまま、静かにカテリーナの背後に立っていた。

 

「護衛? ……おばちゃん、もしかして結構偉いのか?」

「あはは、気にしなくていいよ。私が好きでこういうことやってるだけだからね!」

 

 カテリーナの言葉に護衛の少女が肩をすくめる。それだけで何となく苦労しているんだろうな、とナミが察している横で、アイスバーグが声を上げた。

 

「ンマー……カテリーナが行くならおれも行くか。どうせ暇だ」

「今しがた予定を全部キャンセルした男の言葉とは思えねェな……」

「一緒に行く? 私は別に構わないよ。フランキーの作業場だけど」

「あいつのか」

 

 不仲、と言うほどではないのだろうが、アイスバーグは微妙に嫌そうな顔をする。

 それでもどういう訳かついて行くつもりのようだったが、カリファから呼び止められた。

 

「お待ちください、アイスバーグさん」

 

 どうした、と振り向いたアイスバーグの視界に入ったのは、黒いスーツを着た男たちだった。

 世界政府の役人である。

 海賊であるルフィたちが相手をすると面倒なことになるかもしれないと、小さくため息をこぼして体ごと向き直る。

 一番前にいたスーツの男が帽子を取って挨拶をした。

 

「こんにちは、アイスバーグ君。それにカテリーナ女史」

「おまえ、嫌い、帰れ」

「子供かっ! 全く……」

「久しぶりだね、コーギー君。前回発注を受けた家具はどうだったかな?」

「あァ、あれはとても評判が良かったですよ。天竜人の方々も満足されたようで……貴女さえよければ〝上〟に来て欲しいと仰せです」

「あはは、残念だけどそれは出来ないなあ」

「海賊など辞めて真っ当に生きる気はないと?」

「今でも真っ当に生きているつもりだよ。それに、私が〝上〟へ行くことはカナタさんに許可して貰えないと思うし」

「……貴女がどう生きようと、〝魔女〟に決める権利などないでしょうに」

 

 ちらりと護衛の少女を見て、コーギーは力づくは不可能だと確認する。どんな時でも抜け目のないことだと忌々しく思いながら帽子を被り直し、視線をルフィたちの方へと向けた。

 侮蔑と嫌悪を込めた、見下す視線だ。

 一応公的な立場は海賊であるカテリーナに配慮してか言葉にすることはないが、ルフィたちのような海賊を嫌っているのは嫌でもわかる。

 視線を遮るようにカテリーナが一歩横へと移動する。

 

「悪いけど、これから仕事なんだ。遠慮してくれるかい?」

「海賊など後回しで良いでしょう。貴女方にとって得な話を持ってきました。人目のないところで話をしたい」

「こっちはおれが受け持とう。カテリーナ、そっちは頼む」

「悪いね、アイスバーグ君。頼むよ」

「カテリーナ女史、それは──」

「公的には彼女も海賊だし、七武海の一角の傘下だが……〝黄昏〟だぞ。下手なことはしない方が賢明だと思うが」

 

 アイスバーグの言葉でコーギーは動きを止める。

 王下七武海は世界政府直下の組織だ。カナタがそこに所属している以上、世界政府からの要請であればある程度受ける義務が発生する。

 しかし、〝黄昏〟の機嫌を損ねると面倒なことになりかねないので、五老星でさえ下手につつくことはしない。一役人に過ぎないコーギーがつつくには余りにも巨大な組織だ。

 苦い顔でアイスバーグと睨み合うコーギーだが、やがてコーギーはため息をこぼして折れた。

 

「……いいでしょう。貴方と交渉出来るだけ良しとします」

「だそうな、カテリーナ。そちらは任せた」

「ありがとう、アイスバーグ君! 今度美味しいコーヒー奢るよ!」

 

 カテリーナは護衛の少女とルフィたちを引き連れ、チャーターしたヤガラブルの船に乗り込む。

 忌々しそうにルフィたちを睨むコーギーを尻目に、フランキー一家の作業場へと移動を始めた。

 

 

        ☆

 

 

「良かったのか? あのおっさんすげー睨んでたけど」

「良いのさ。彼、しつこいからね! 私は仕事なら受けるけどああいう交渉はあまり話したくないんだ。権限も無いし」

 

 アイスバーグとの交渉では彼が持っているであろう()()()()を狙っているようだが、カテリーナに関しては彼女の身柄を狙っている。

 芸術家にして建築家、職人にして研究者である彼女は世界政府としても喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 もっとも、〝上〟──聖地マリージョアになど連れて行かれては帰ってこれなくなるし、そもそも人間として扱って貰えるのかどうかさえ定かではない。

 天竜人の妻として扱われるならまだマシなほうで、最悪首輪を付けられて奴隷の扱いを受ける可能性さえあるのだ。喜んで行きたいとは思わない。

 

「君たちも世界政府には十分気を付けるようにね。特にロビンが仲間にいるのなら」

「……なんでロビンがここで出て来るの?」

「そりゃあ彼女、世界政府が躍起になって探し出そうとしている考古学者だからね。基本的に居場所が割れて良いことなんか一つも無いよ」

 

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が読めるということはそれだけ重い。

 〝黄昏〟の庇護下にあるならまだしも、ルフィたちは吹けば飛ぶような木端海賊団に過ぎない。政府と海軍が本腰を入れて捕まえに来たら抵抗など無意味だろう。

 だからこそ、カテリーナは警告する。

 

「気を付けたまえ。こういう言い方は好きじゃないんだけど、君たちは今、途轍もなく巨大な敵に狙われているんだ」

 

 20年前に起こった悲劇を知るカテリーナとしては、あの悲劇が繰り返されないことを願うばかりだった。

 

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