フランキー一家の本社である橋の下の倉庫に戻ってくると、フランキーが驚いた顔でカテリーナを迎え入れた。
「アウ! 久しぶりだなカテリーナ! こっちに来てたなら言えよ水臭ェ!!」
「私も色々忙しいんだよ? 〝麦わら〟の彼が仕事を持って来なかったらここに顔を出す暇もないくらいにね」
実際、アイスバーグが今日の予定をキャンセルしなければあちらこちらに連れまわされているハズだったのだ。
フランキーとて救難の仕事があって家にいないことも多いので、ここ最近は顔を合わせることも少なかった。
フランキー一家の作業場となった橋の下の倉庫に足を踏み入れ、久々の場所に「ここは変わらないねえ」と見回すカテリーナ。
「職人の仕事場だ。受け継いだ以上は綺麗に使わなきゃバチが当たるってもんよ。掃除も欠かしてねェ──モズとキウイがな」
「そこは人任せなんだ……」
「冗談だ。ちゃんとおれもやってる」
まぁ救難関連の仕事でいないことも多いので、残っている者に掃除を任せることはそれなりにあるのだけれど。
それはともかくとして。
カテリーナは道具を片手に倉庫の水路に浮かべてある船へと視線を移す。
「あれが彼らの船だね。なるほど……」
メリー号の酷い傷み方を見て、船大工が乗っていなかったことを察したカテリーナ。
マストは折れかけ、舵も壊れ、おまけに竜骨が破損。なるほどフランキーが匙を投げるのも理解出来る。
ひとしきり調べ終えると船を降り、待っていたルフィたちのところへと近付く。
祈るように項垂れていたウソップは顔色が悪く、彼に配慮してかルフィたちの口数もまた少ない。
「やあ。ひとしきり確認させてもらったよ」
「……どうだった?」
「結論から言うと、フランキーの査定に誤りはない。破損個所は多々あるけど、致命的なのはやっぱり竜骨の損傷だね」
こればかりはどれだけ腕のいい船大工でもどうしようもない。
上っ面だけ整えて出航したとしても、基礎部分がガタガタなので打ち寄せる波に崩されるのがオチだろう。
「………………そう、か……」
絞り出すような声で呟いたウソップに、ルフィたちの誰もが声をかけられない。
ここから先の話は彼らだけで決めることだ。フランキーやカテリーナの首を突っ込むことではない。
困った顔をするナミをちょいちょいと手で呼び出し、フランキーは小声で尋ねる。
「お前ら、宿はどうするんだ?」
「宿? 取り敢えず今日はメリー号で寝るつもりだけど……」
「まァ大事なモンはおいてねェからここで寝る分には構わねェがよ、どっちみち宿を取ることになると思うぜ」
船を新造するにせよ中古で買うにせよ、もう乗れないメリー号をそのまま置いておくわけにはいかない。
走れなくなった以上は廃船として解体することになるだろうし、しばらくウォーターセブンに留まることになるのだから宿を押さえておくのは必須になる。
この雰囲気で直接言うのは憚られるが、後々面倒になるより先に準備だけさせておく方がいい。幸い金はあるようだし、少々グレードの良い宿に泊まれば荷物の盗難なども警戒しなくていいハズだ。
フランキーの言わんとすることを何となく理解し、ナミはコクンと頷いた。
「明日探しておくわ」
「時期的に〝アクア・ラグナ〟が近い。万全を期すなら裏町じゃなく本島の宿を取った方が良いぜ」
「わかったわ。ありがとう、フランキー」
「いいってことよ」
ウォーターセブンに来るまでに何度か聞かされた〝高波〟──〝アクア・ラグナ〟が近いとフランキーは言う。
毎年来るもので地元民なら被害規模もおおよそわかっているが、ナミたちは初めてだ。海賊でも取れるなら、という条件こそあるが、本島のそれなりのグレードの宿屋に泊まった方がトラブルも無いだろう。
「とにかくよく話し合う事だな。船員の意思統一が出来ねェからって、
「うん……とにかく、全員でちゃんと話さないといけないわね」
「倉庫の中の物はなるべく触るなよ。貴重なモンはねェが壊されると困るからな」
「わかったわ」
「よし。そんじゃカテリーナ、これから飲みに行こうぜ!!」
「えぇ? まだ日は高いよ?」
「バカ野郎! 旧交を温めるのに日が高いもクソもあるか! いいから行くぜ!」
仕方ないと渋々ついて行くカテリーナに、その後ろを歩く護衛の少女。フランキーもモズとキウイの2人を連れて倉庫から出てどこかへ向かう。
気を利かせて出て行ったのだろうとナミは考え、ルフィに目配せした。
どうせなら、船の中で話し合いをするべきだと。
☆
話し合いと言っても、仲間全員が揃わないまま決めるわけにはいかない。
しばらく待っているとサンジとチョッパー、ゼポとペドロが戻って来た。しかし、チョッパーとペドロと共に出て行ったはずのロビンの姿がない。
「いなくなった?」
「うん……ごめんよ。おれ、本に夢中になっちゃって……」
「チョッパーはまァ仕方ねェが、ペドロがいて見失うのか」
「彼女が本気で姿を隠せばおれでも追うのは難しい。なにしろ腕のいい暗殺者に色々と仕込まれているからな」
ジュンシーがあれこれ教えているので、ロビンはその辺り色々と器用なのだ。
だが、それはそれとしてロビンが姿を消す理由については誰も心当たりがない。
近くにいたはずのペドロとチョッパーに何も告げず、いきなりいなくなったことには困惑するしかないが……何かあったのなら、むしろペドロに助けを求めなかったことに疑問を抱く。
麦わらの一味の中では恐らくペドロが最も強い。彼に頼らなかったということは、それなりの理由があるのだろう。
「戻って来ねェモンは仕方ねェ。ルフィ、話を進めろ。いつまでも先延ばしに出来る話じゃねェ」
「ああ」
ゾロの意見に同意なのか、ルフィもロビンがいないことを気にしながらも話を切り出す。
「メリー号のことだ」
ウォーターセブンでも腕利きの船大工に、もう一度船を見てもらう。それが当初の目的だったし、ルフィだけならともかくナミもいたならちゃんとやり遂げたのだろうとサンジは考えた。
だが、結果はウソップの消沈した顔を見れば聞くまでもない。
「メリー号は、もう走れねェ」
「……!」
「そんな……ほ、本当にもうダメなのか? メリーは──」
「ああ……船大工のおばちゃんに見てもらったけど、ダメだって」
チョッパーは縋りつくようにウソップを見るが、ウソップは俯いて視線を合わせない。
きょろきょろと見回しても、誰もチョッパーと目を合わせてはくれない。
それで、本当にどうにもならないと理解して、ぽろりと涙を零す。
「そんな……ここまで来れたのに……直してもらえるんじゃなかったのか……?」
「…………」
フランキーに事前に言われていても、チョッパーだってもしかしたらと考えていたのだろう。この島に来れば、きっと直してもらえると。
けれどそれは不可能で。
誰もが口を閉ざす重苦しい雰囲気の中、それでもルフィは口を開いた。
「メリー号とは、ここでお別れだ」
メリー号を誰から貰ったのか、それを知っている面々は意識せずともウソップの方へと視線を向けていた。
誰から貰ったのかという経緯を知らずとも、誰より船を大事にしていることを知っている者たちもまた、自然と視線をそちらへ向ける。
「ウソップ、それでいいな」
「……良くは、ねェよ」
今でも納得はいっていない。メリー号は強い船だ。上空一万メートルの空島へも航海したし、〝
その強さを疑うことはしないし、感謝もしている。
だけど。
ずっとそういられるかどうかは、別の話だ。
「良くはねェ。けどよ……考えたんだよ。おれが無理言って、このままメリー号に乗り続けて……先の島に辿り着く前に、この間みてェにどんどん壊れてよ! 皆を乗せたまま沈むなんてことになったら……おれは、死んでも死にきれねェ!!」
愛着がある船だ。大事にしたい気持ちはある。
故郷の島の、大事な人から貰った大事な船だ。きっと大丈夫だと思う気持ちもある。
それでも──ついこの間、その船が限界を迎えて壊れかけたその時の光景が脳裏を過ぎるのだ。
船は大事だけど、仲間だって大事だ。我儘を言って船をそのままにして、もし大事な仲間を殺すようなことになれば──ウソップはきっと死んでも死にきれないほど後悔するし、無理をさせたメリー号にも、メリー号をくれたカヤにだって顔向け出来ない。
それだけは、駄目だ。
「だからよ、納得なんかしたくねェけど! ……メリー号とは、ここで別れよう……!!」
涙と鼻水でグズグズになった顔で、ウソップはそう言う。
ウソップのことだけが気がかりだったため、どことなくホッとした表情を見せるルフィたち。
「じゃあ……ロビンはいねェけど、今後の事を考えよう」
資金はある。どんな船にするべきか、メリー号の遺志を継ぐ船ならどんなものがいいのか。
それを話し合うことにした。
☆
とある酒場にて。
フランキーとカテリーナは酒を片手に夜遅くまで旧交を温めていた。
「おめー、最近はこっちにめっきり顔出さなくなったけどよ。そんなに忙しいのか?」
「まーね。私自身に来る仕事の量も多いけど、アイスバーグ君と仲良いアピールして、
「ほー。まァいいことなんじゃねェの?」
「〝
「アイスバーグの奴も市長と社長を兼任してるが、あいつも大概忙しそうだしなァ。その辺おれは気楽でいいぜ」
笑いながらグビリと酒を飲むフランキー。
むう、と頬を膨らませつつも、ため息をこぼしてカテリーナもまた酒を煽る。
フランキーはあれこれ指示を出すトップには向いていない。現場では人気があるだろうが、基本的に金勘定はザルだし喧嘩っ早いので任せられないのだ。
もう少し任せられる人がいればなー、などと考えるも、そうそうそんな人材は降っては来ない。
「おうお前ら、飲んでるか!?」
「飲んでるわいな!」
「やっぱり地元のお酒が一番だわいな!」
「拙者は酒ではなくジュースですが……」
「気にすんなガキンチョ。酒場に来る歳じゃなくても、カテリーナの護衛なら仕方ねェしな」
少女が酒を飲まないのは歳が問題ではなく護衛の仕事中に酒に酔わないためなのだが、フランキーが納得しているなら口を挟むことでもないと口を閉じる。
ちびちびとジュースを飲む少女は庇護欲を誘われるのか、モズとキウイがあれこれ頼んでは世話をしていた。
当の少女はそれを気にした様子もなく。酒場の雰囲気を楽しみ──しかし視線は油断なく店主の方へと向けられている。
「ブルーノ! 酒を追加だ! どんどん持って来い!!」
「へへ、毎度」
「頼むのはいいけどさー、君お金持ってるの?」
「バカ野郎!! おれが宵越しの銭なんざ持ってるわけねェだろ!! ツケだツケ!!!」
「ツケって君さぁ……」
呆れた様子のカテリーナは懐から財布を取り出し、中身を確認する。
普段あまり使う機会がないのでいくら入っているのかあんまり把握していないのだ。
「うん、大丈夫そう。仕方がないからここは私が奢ってあげるよ」
「何ィ!? 馬鹿言ってんじゃねェ!! 兄貴分として奢られたとあっちゃあ男が廃るってもんよ!!」
「お金持ってない兄貴分とか何も尊敬出来ないと思うけどなー……」
それでも仕事が入って金がある時はきちんと清算しているので、ブルーノもツケを認めているのだろう。義理人情に厚いのは確かなので踏み倒しはしないらしい。
カテリーナは普段こういった店を利用しないので、きちんと清算するつもりだったのだが……どうしてもとフランキーが聞かなかったので、開き直って甘えることにした。
どうせ困るのはフランキーなのでカテリーナの知ったことではない。
まぁお金が無いと泣きついてきたら仕事の斡旋くらいはしてもいいかな、と思っていると、護衛の少女がいつの間にかすぐ傍に来ていた。
「どうかした? あ、ジュースのお代わり?」
「いえ、そうではなく。緊急事態のようです」
表情を一切変えずに告げる少女の言葉に目を丸くし、「何があったの?」と小声で問い質す。
少女はちらりとブルーノの方を見て、酒を取りに裏へ引っ込んでいることを確認してから答えた。フランキーは酒を飲んで騒いでいるので気を向けずともこちらの様子には気付いていない。
「──アイスバーグ殿が襲撃を受けたようです。至急戻って容体を確認して欲しいと」
「すぐ戻るよ。酒を飲んだのは失敗だったかな……フランキー! ちょっと用事が出来たから、私は帰るよ。今日はありがとう!」
「あん? なんだせわしねェ奴だな。また今度飲もうぜ!」
「うん、その時はまた誘っておくれ」
表面上はにこやかにしつつ、カテリーナは少女を引き連れて店を出る。
ここからブルに乗って移動していては手遅れになる可能性もある。飲み食いした後では少々辛いものがあるが、少女に背負って運んで貰うのが一番早い。
いそいそと荷物を纏め、落とさないように括りつけてから少女の背に乗る。
「それじゃ、頼むよ」
「承知」
人ひとり背負っているとは思えないほどの身軽さで走り出したかと思えば、民家の屋根や空さえ駆けてアイスバーグの住むガレーラカンパニーの本社へと急いだ。
酒場の店主は仕事中だったので秘書が内から手引きしました。
ペドロは巧妙に撒かれたと思ってますが、実際は「チョッパーが迷子にならないように見てあげて」と言われてちょっと離れた隙にいなくなってます。