ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百二十一話:反撃の狼煙

 

 ウォーターセブン周辺は風が強いだけで雨は降っていないが、島を渡ってくる途中で雨に降られたのだろう。じっとりと濡れた髪は煽情的だが、カイエの覇気に合わせてうぞうぞと蛇のように髪がうごめいていた。

 人獣形態のルッチは部屋の天井に届こうかという身長だが、カイエはそれ以上に高い。狭そうにやや屈む彼女は、カテリーナを背後において周りを囲む諜報員たちを見る。

 

「CP0にCP9……なるほど、確かにこれは中々の大物が出て来たものです」

「〝魔眼〟のカイエか……面倒な奴が来たな」

 

 白塗りの顔を歪めて嫌そうな顔をするゲルニカ。ヨセフの顔は仮面の下に隠されているが、全くの同意見だった。

 ルッチは2人の考えなど露知らず、カイエと一戦交えようと構え──ゲルニカにそれを制された。

 

「待て、ルッチ。奴とは戦うな」

「……何故です? 敵でしょう?」

「〝魔眼〟のカイエはお前の勝てる相手ではない。無駄な損害はなるべく避けたいところだ」

 

 カイエが懸賞金を懸けられたのは十代後半に差し掛かろうかという時だ。

 当時まだ若い彼女に対し、政府は6600万の懸賞金を懸けた。〝黄昏〟の戦闘員の中でも突出した強さだったこともあるが、何よりも政府が重く見たのはその能力である。

 格下相手に一方的ともいえる強さを叩きつけるカイエの厄介さは、一般に知られていなくともゲルニカは知っていた。

 懸賞金を懸けられた当時でさえそうだったのだ。20年の歳月は、カイエの強さをより確かにしている。

 

「七武海の部下は懸賞金を凍結されるとは言え、()()で1億未満は詐欺だな……」

 

 カイエの覇気を感じ取って思わず呟いたゲルニカ。実力は四皇の幹部と比肩しても劣らないと思えるレベルだ。

 しかし、状況は決して〝黄昏〟が有利とは言えない。

 カイエは確かに強いが、それでもCP0を4人も相手にして大立ち回り出来る程隔絶したレベルではないし、CP0はトム、アイスバーグ、カティ・フラムの3名は既に身柄を抑えている。

 カテリーナの身柄を押さえられていないのは残念だが、設計図を持つ可能性が限りなく低いことを考えれば放置しても影響は少ない。

 

「カイエ、勝てるかい?」

「厳しいですね。ですが、死力を尽くせば2人くらいならなんとか相打ちまで持って行けるでしょう」

 

 だがCP0は1人いるだけでカイエ以外の全員を上回る。加えてCP9もいるのだ。

 カイエが数人道連れにしたところで結果が変わらないのであれば意味はない。

 

「互いにここで戦っても利は無さそうだな。退く気はないか?」

「……どうしますか、カテリーナ」

「トムさんたちを置いていってくれるならそれもいいけど──」

「それは出来ない相談だな」

 

 トムたちの身柄を確保することそのものは副次的で、設計図さえ手に入れば用はないが……手に入った場合、今度は生かしておく理由が無くなる。

 〝アクア・ラグナ〟が接近している現状では〝黄昏〟の援軍も望めず、あえなく全滅する可能性は非常に高い。

 加えて、この面々が本気で戦うとウォーターセブンの町もタダでは済まない被害を受ける。

 であれば。

 

「……カテリーナ、おれ達のことは気にするな。設計図の在処を教える気はないんだ。お前だけでも逃げろ」

「でも!」

「私も賛成です。ここでは全力で戦うことも出来ませんからね」

 

 アイスバーグは自らがどうなったとしても、せめてカテリーナだけは逃がしたいと考えていた。

 トムとカティ・フラム……フランキーは逃げ出すのは難しい。それに、自分たちには軍を動かす伝手も何もないのだ。

 現状、最も助かる可能性が高いのはカテリーナを逃がして()()()に賭ける事だった。

 もちろんカテリーナもアイスバーグの思惑を理解しているが、CP0でさえそれは百も承知である。

 

「ふむ? やる気でここに来たのだと思ったが、違うのか」

「どうする、ゲルニカ」

「〝魔眼〟のカイエがここに現れたのは想定外だが、〝黄昏〟の全戦力が使えるわけでもあるまい。少なくとも戦力の大半は〝新世界〟にいることは確認済みだ」

 

 カナタを始めとして、過去に賞金を懸けられている幹部たちはほとんどが〝新世界〟にいる。

 これから〝エニエスロビー〟へ連行するとして、その後戦力を整えて攻め込んでくるまでにどれほどの日数が必要になるのか。

 少なくともカナタが七武海の座を剥奪されると周知されれば、四皇同盟はこれを好機と見て手を出してくる可能性が高い。海軍の協力なしで百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手に手を抜く真似など出来るはずもないし、上手く衝突してくれればそれだけ政府は時間と利を得られる。

 〝楽園〟にいる面々だけで攻め込んできたとしても、CP0側には既にこれに対応するためのカードがあった。

 

「この島はじきに〝バスターコール〟の対象として消されることになっている。ニコ・ロビンを奪いに来たとしても、この戦力はそのままインペルダウンの防衛戦力に回されるだろう。〝魔女〟無き〝黄昏〟にこれを突破出来るのか?」

「〝バスターコール〟だって!!? 本気でこの島を消すつもり!?」

「この島には不都合なものが多すぎるからな」

 

 ロビンの居場所をカイドウとリンリンに知られるのも厄介事にしかならないし、ロビンを手中に収めている今、プルトンの設計図など余人に渡すくらいなら消した方がマシだ。

 その道中でどれだけの人間が死のうと、命令を下した五老星にとっては興味の対象にすらならない。

 既にウォーターセブンと海列車で繋がっている島々には海軍の検閲が入っているし、船の出入りはサイファーポールが全て確認している。

 ロビンが所属していた麦わら海賊団も政府にとって見れば邪魔でしかなく、居合わせた海賊諸共消した方が何かと都合が良い。

 優秀な船大工が失われるのは残念だが、五老星からすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから構わないというスタンスである。

 

「……腰の重い政府にしては、随分性急な行動ですね。七武海の剥奪といい、何やら焦っているようにも見えますが」

「あなた達が()()()()()のよ」

 

 カイエが吹き飛ばしたステューシーが戻ってきて、簡潔に答えた。

 先の四皇同盟との衝突で、〝黄昏〟は各地に戦力を残したままこれを撃退してみせた。海軍との共同作戦だったとはいえ、相手は四皇の一角を占める大海賊である。

 海軍が中将、大将のほとんどを動員した大規模な作戦を取ったのに対し、カナタは戦力は精鋭たちを少数集めて後方支援に人数を割いた。

 実際、カイドウが現れるまで百獣海賊団はカナタ1人になすすべなく壊滅しかかっていたし、カイドウが現れて以降も〝飛び六胞〟や〝災害〟を含む多数の戦闘員たちは抑え込まれていた。

 百獣海賊団も全戦力ではなかったとはいえ、ここまで綺麗に抑え込まれては危機感の一つも抱いて当然だろう。

 

「先の戦争で出て来た主要な幹部は〝巨影〟くらいだったでしょ? あのキングを止めた子だって、表向きは懸賞金も懸かってない無名の海賊なのよ」

 

 ラグネルの存在自体は政府も把握している。

 2年前に一時は七武海入りを検討したエースと戦い、これを圧倒したことまで含めて情報はあった。それでも、実際に目の当たりにすればラグネルに追随するように実力のある者たちが表に出てきたのだから驚きは相当なものだっただろう。

 アラバスタで将星を相手に立ち回っていたリコリス。マラプトノカから報告のあった空島にいる小紫。そして何より、単独で動くダグラス・バレットをある程度コントロール出来ること。

 これらを勘案し──〝黄昏の魔女〟は実質的に五番目の皇帝であると、政府は認識している。

 

「もうコントロールは不可能だ、って五老星が匙を投げたの。そうなったらもう、海が荒れるとしても他の四皇と潰し合って貰った方が色々と都合が良いじゃない?」

「政府の考えそうなことです。我々の刃がそちらに向けられない保証もないでしょうに」

「その時はその時よ。少なくとも〝ビッグマム〟と〝百獣のカイドウ〟は〝魔女〟と敵対の姿勢は崩していないもの。大なり小なり、どちらも削れるでしょうね」

 

 問題は〝白ひげ〟と〝赤髪〟がこの戦争に介入するかどうかだが……前者は消極的敵対状態、後者は経済的な付き合いのある友好関係だ。

 シャンクスがロジャー海賊団に在籍していた過去があり、ロジャーとカナタが仲の良い間柄だったことを考えれば、政府の知らないところで何かしらの密約が結ばれていても不思議は無いと考えていた。

 どちらにしても、カナタが七武海から外れる時点で〝黄昏〟は政府に敵対する余裕などなくなる。

 政府と海軍、百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手取った二正面作戦など、夢物語にしても出来が悪い。

 

「〝エニエスロビー〟へ連行されても助けられる、なんて甘いことは考えないようにね。もちろん、〝バスターコール〟を相手に正面から戦う気があるなら構わないけれど」

「ご忠告どうも」

「……本当にここで争う気はないのね。残念」

 

 ステューシーの私怨交じりの煽りを受けても、カイエはカテリーナの前から動く気はなかった。

 ここでCP0の4人を相手取っても、勝率は限りなく低い。防衛に回ってやり過ごせるならそうするべきだと判断していた。

 

「……時間だ。トム、アイスバーグ、カティ・フラムの3名を連行しろ」

 

 ブルーノ、ルッチ、カクの3人がそれぞれ担ぎ上げて連行する。

 ペドロ、ゼポ、トビの3人は意識がないままで、唯一意識のあるサンジは立ち上がろうとしてカイエに手で制されていた。

 今手を出すべきではない、と。

 

「それでは御機嫌よう。もう会わないことを願っているよ」

 

 ゲルニカがそう告げて窓から出て行くと同時に、屋敷に仕掛けられた爆弾が作動して瞬く間に建物全域を炎上させ始めた。

 

 

        ☆

 

 

 建物の中で倒れているガレーラカンパニーの職人たちを根こそぎ回収して外へと担ぎ出す、と言う実に単純な重労働を僅か10分もかからずに終えたカイエは、この先の事を相談するためにカテリーナの下へ戻ってきていた。

 この島に来るにあたって乗って来た天馬(ペガサス)は非常に目立っていたが、カテリーナの傍で静かに身を伏せている。

 カイエに代わってカテリーナを守ろうとしているのだ。

 

「倒れていた職人たちはあらかた外へ連れ出しました。逃げ遅れている人はいないハズです」

「そっか、良かった」

「それで、これからどうするんです?」

 

 気絶しているペドロ、ゼポ、トビの治療をするチョッパーとカテリーナ。ナミとウソップはサンジから中で何があったのかの説明を受けていた。

 ナミとウソップ、チョッパーの3人は自分が足手纏いになると判断し、〝ミズガルズ〟から向かって来ているカイエが見えた段階でカテリーナに合図を送る役割を担っていた。あれだけタイミングよく信号弾を上げられたのは彼らが準備をしていたからだ。

 投げ飛ばされたルフィ、蹴り飛ばされたゾロの捜索も必要だろう。

 連れ去られたロビン及びトムズ・ワーカーズの3人も、それほど時間はかからず海列車で〝エニエスロビー〟へ連行される。

 そしてウォーターセブンは〝アクア・ラグナ〟で出入りが不可能となり、嵐が収まり次第〝バスターコール〟が発令されて軍艦がやってくる。

 悪いことは重なるもので、これ以上は中々ないと思わず笑ってしまうほどの酷い有様だ。

 それでも。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カテリーナの目はまだ死んでいない。

 死んでいなければ、ゾロとルフィは見聞色を使えるトビとカイエなら探すのは容易だ。

 ロビンたちを連れ去ったとしても、〝正義の門〟を越えて〝海底監獄インペルダウン〟まで連行されなければ目はある。

 そして、ウォーターセブンへ向けて発令される〝バスターコール〟も、恐らくは〝海軍本部〟からウォーターセブンへ最も近い〝エニエスロビー〟を通ってやってくる。

 つまり、ゾロとルフィを回収した後で〝エニエスロビー〟へ攻め込んで〝バスターコール〟諸共CP0を粉砕しなければならない。

 

「君たちだって、ロビンを諦める気はないだろう?」

「当たり前だ!」

「助けを待つロビンちゃんを見捨てて、このまま海賊やれるかよ……!」

「でも、具体的にどうするの? ゼポもペドロもやられて、ルフィもゾロもいないんじゃ、何をどうすれば勝てるのか……」

「策はあるから大丈夫。心配しなくていい」

 

 心配そうなナミに笑みを浮かべ、カテリーナは力強く頷いた。

 

「任せてくれたまえ! 何しろ私は天才だからね!」

 

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