とん、とん、とん、と軽快に空を駆けて移動するカイエ。
ルフィとゾロがガレーラカンパニーの本社から投げ飛ばされたので、探すために裏町の方へと移動しているのだ。
本当ならカテリーナの護衛であるトビも捜索に当たるべきだったが、見聞色の覇気が広範囲に使えるカイエひとりいれば十分だと判断していた。
加えて、トビには今夜出る〝エニエスロビー〟直行の海列車を監視するように言いつけてある。
海列車を襲撃してロビンを取り戻す──などと言う手段は流石に力技が過ぎるので不可能にしても、敵戦力はある程度把握出来る。
〝エニエスロビー〟に常に配置されている戦力と海列車に乗っている面々で、おおよそ人数が把握出来れば必要な人数も割り出せる。
(……とは言え、CP0が4人もいては望み薄ですね)
サイファーポール〝イージス〟ゼロ。
天竜人の指示でのみ動く、政府の諜報員の中でも最高峰の実力者たち。
カイエは四皇幹部であるジャックやクラッカーに勝るとも劣らない実力を持つと自負しているが、それでも相手出来るのは2人が限度だ。
カテリーナは策があると言ってたが、果たして通用するのかどうか。
各地から戦力を集めてきても、ロビンたちが〝エニエスロビー〟から〝インペルダウン〟へ移動するのに一日もかからない。
〝インペルダウン〟へ移送されたなら、海軍も本腰を入れて防備を整えるだろう。〝黄昏〟の全戦力を傾けなければ突破は出来ない。
〝白ひげ〟との戦争を間近に控えた今、果たしてそれをやるだけの余裕があるのか。
(最悪、ロビンの事は諦める他ないかもしれません)
百獣・ビッグマムの海賊同盟は確実に〝インペルダウン〟へ襲撃をかけるだろう。〝古代兵器〟とはそれだけ価値のあるものだ。
合理性だけで考えるなら、海軍と海賊同盟が衝突してくれれば黄昏は漁夫の利を得られる。
だが、黄昏の協力を得られない海軍と政府のみで海賊同盟を止められるとは到底思えず、なおかつ〝インペルダウン〟に幽閉されているのが名のある賞金首ばかりであることを考えると、最悪の場合海賊同盟の勢力が増強される可能性まであるのだ。
〝黄昏〟側からケンカを吹っ掛けた以上は〝白ひげ〟相手の戦争を今更踏みとどまることなど出来るはずもなく、ロビンの優先度はひとつ落ちる。
カイエたち幹部にだけ知らされていることではあるが、カテリーナが言うほど易々と戦力を動かせる状況ではないのだ。
「──っと、この辺りですね」
〝声〟が僅かに聞こえる裏町の屋根に降りる。
裏町の住人たちは本島の工場に仮設で作られた避難所に移動しているため、〝声〟が聞こえるならそれはルフィかゾロだ。
荒れ狂う風になびく髪を手で押さえながら、カイエは細かい位置を探っていく。
「…………?」
確かに〝声〟は2つある。生きていたことは喜ばしい。
だがどうにも場所がおかしい。
一つは建物の中、もう一つは建物の屋根の辺りだ。
とにかく急いで連れて行かねば、裏町は〝アクア・ラグナ〟による浸水範囲内だ。波に飲まれてしまっては助からない。
そこでカイエは見た。
建物の煙突に頭から突っ込み、イソギンチャクのようになっている男の姿を。
「……いやそうはならないでしょう」
「!? だ、誰かいるのか!? 悪ィが引っ掛かって出られねェ! 助けてくれ!」
「何をどうやれば煙突に頭から……いえ、それはいいでしょう。とにかく、引っ張りますからね」
ゾロの両足を持って引っ張るも、煙突に引っ掛かっているらしく中々抜けない。力ずくでやってもいいが、それで怪我をされても面倒だ。
既に雨も降り始めて天気が怪しい。油でもあればするりと抜けそうなものだが、生憎とそんなものを持ち歩いているはずもなく。
さてどうしようかと思っていると、沖の方から巨大な津波が迫っているのが見えた。
この高さに留まっていては到底助からない。
「少々急ぐ事情が出来ました。無理矢理行きますが、体に力を込めて衝撃に備えてください」
「あァ!? 無理矢理って、引っ張る気か!?」
「いえ、建物を砕きます」
カイエは言うが早いか、レンガ造りの煙突を蹴りひとつで粉々に砕いた。
中への衝撃はそれほど大きくならないよう気を使ったつもりだが、それでもゾロは息が止まるほどの衝撃を食らって咳き込んでいる。
むんずとその首根っこを掴み、カイエは急いでルフィの下へ移動する。
「ゲホッ、ゲホッ! む、無茶苦茶しやがって、何をそんなに──うおおおお!!? なんだあの波!?」
「だから急いでいるんですよ! 動かないでください、滑って落としかねませんから!」
ルフィは大きめの建物の中にいる──と思いきや、どうにもおかしい。
位置的に二つの建物が隣り合っている丁度中間地点だ。カイエは急ぎつつも建物と建物の間を覗き込むと、そこに挟まっているルフィの姿を見つけた。
2人揃って妙なところに……と感想を抱いたが、考えるのは後回しだ。急がなければここも波に呑まれてしまう。
波はもう目の前だ。四の五の言っている場合では無いし、あとで謝ればいいと考えてカイエはルフィが挟まっている建物に飛びついた。
「〝麦わら〟のルフィ! 少しそこで大人しくしていてくださいね!」
「んぇ!? だ、だれかいんのか!?」
カイエが一息に力を入れて建物の壁を壊して中へ入り、おおよそルフィがいるであろう位置を確かめて再び壁を破壊する。
話そうとするルフィの言葉を無視し、ルフィの首根っこを引っ掴んでゾロの下へと急ぐ。
巨大な津波はもう目と鼻の先まで来ていた。
ゾロ一人では建物の屋根を飛び移って逃げることも出来ないため、大人しく待っていたゾロの腕を掴んでカイエは最速で本島へと駆ける。
街を呑み込み、大橋を砕き、造船島に食らいつく大波からギリギリで逃げ切ったカイエは、大きく息を吐いてルフィとゾロから手を離した。
「うべっ」
「いてっ」
3メートルを超す長身のカイエに無造作に手を離されたため、足が付かないまま宙ぶらりんだった2人は投げ出される形になって地面に落ちる。
轟音と共に津波は裏町と造船島本島を繋ぐ大橋を砕き、飛沫を上げて瓦礫を作り上げていく。
「間一髪でしたね」
「いやまったくだ……悪ィな、助かった」
「ありがとう! 危なかったな!」
「2人揃って妙なところに居たものですから、無駄に時間がかかりましたよ全く」
無事だったから良かったものの、少し遅れていれば見捨てて逃げなければいけなくなるところだった。
ゾロもルフィもカイエのことは少しだけ見覚えがあるのか、「どっかで会ったよな」と首を傾げている。2人にとってはその程度の印象なのだろう。
カイエもいちいち説明するのは面倒なので、「あとで仲間に聞いてください」とだけ告げ、胸元に入れていた子電伝虫を繋ぐ。
「カテリーナ。こちらカイエ、行方不明だった2人は回収しました」
『ありがとうカイエ! こっちはもうすこしかかりそうだから、2人を連れてこっちに合流してくれる?』
「わかりました」
合流場所は事前に聞いている。
カイエは先導しても迷子になるゾロと勝手に移動しようとするルフィを脇に抱え、移動を開始した。
☆
ゴミ処理場裏、レンガ倉庫。
そこがカテリーナの指定した合流場所だった。
「ここにみんないるのか?」
「そのハズですよ。必要なものがあれば取ってここへ合流する手筈になっています」
No.2と書かれた倉庫の中へ入り、地下へ続く扉を開ける。
中にも鍵のかかった扉があったが、鍵は既に開けられて半開きになっていた。
3人が中へ入ると、中には一台の海列車が鎮座していた。ルフィたちが乗って来たものと違いを上げるとすれば、鮫のヘッドが使われている事だろうか。
「海列車!? これでロビンを追いかけるのか?」
「そうでしょうね。海列車は複数台あると聞いていますし、これもその一台でしょう」
「残念だけど、稼働してる海列車は今この島には置いてないよ。〝エニエスロビー〟へ向かったのが最後の一台さ」
海列車の中からひょっこり顔を出したカテリーナは、煤でところどころ汚しながら言葉を続ける。
「これは最初に造った試作品でね。どんな方法を使ってもスピードがフルスロットルから下がらない失敗作なのさ。廃棄するのは忍びないってことでここに置いてあったんだけど、〝アクア・ラグナ〟を越えられて尚且つ最速で〝エニエスロビー〟へ向かうならこれが一番だからね」
かつて〝トムズ・ワーカーズ〟の3人とカテリーナが技術の粋を集めて作った海列車の試作品──それがこの〝ロケットマン〟である。
並の船では〝アクア・ラグナ〟を越えられず、しかも時間をかければかける程ニコ・ロビン奪還の可能性は低くなる。全てを賭ける気があるのなら、この海列車を使う以外の選択肢はなかった。
もちろん使われていないのは相応の危険があるからだ。
けれど、そんなことは一々問うまでもないだろうとカテリーナはパチンとウインクした。
「命を賭けてもロビンを助けるんだろう? だったら、多少危険でもこれくらいやらないとね」
「ありがとう、おばちゃん! これならいけるぞ!!」
「何をもって、行けるって思ったんだよ」
勢いだけで話すルフィに冷静にツッコむゾロ。
そうこう話しているうちに、正面の扉から他の面々が入って来た。
時刻は既に11時を過ぎている。ここから突貫でロビンを助けに行くなら、それ相応の準備と休息が必要だと動いていた。
酒、食料、それに武器と医薬品。最低限揃えられるものはすべて揃え、麦わらの一味とカイエは〝ロケットマン〟に乗り込む。
「ペドロ、ゼポ。怪我はどうですか?」
「多少痛むが問題はない。休めばすぐに治る」
「同じく」
「そうですか。では、トビ。報告を」
「海列車は規定時刻より早く〝ウォーターセブン〟を出発し、〝エニエスロビー〟へ向かいました。メンバーはガレーラカンパニー本社で見たCP0とCP9が共に4名ずつ。正確な数は分かりませぬが、他のサイファーポールから応援と海軍からも兵士がいました。総数は500を下回ることはないと思われまする」
「……海列車だけでその人数ですか。厄介ですね」
雑兵が何万人いようと物の数ではないが、そうであったとしても数の暴力は常に強い。
本命相手に戦うまでに体力を削らされては、こちらの勝率は下がるばかりだ。
「取り戻すべき対象は4人」
ニコ・ロビン、トム、アイスバーグ、フランキー。
カテリーナが奪還に動くことを知ってパウリーたち職長が同道しようとしたが、カイエに止められている。
ここから先は本物の戦争だ。荒事に慣れているとはいえ、貴重な船大工を連れて行って失うのは痛い。
細かい説明をするにしても時間がないので無理矢理納得させたが、あの調子では密航してでもついて来かねない。カイエの見聞色を欺けるなら戦力になるのでそのまま放置しているが。
問題はもう一つ。
「おれ達も一緒に連れて行ってくれ!」
出発する段階になって突撃してきた、フランキー一家である。
棟梁であるフランキーが連れ去られ、彼をアニキと慕うモズとキウイ、ザンバイたち総勢50人が武装して連れて行ってくれと頼み込む。
多少なりとも戦力になるのなら連れて行くのもやぶさかではないが、カイエが見るまでもなく彼らは役に立たない。
本職は船大工であって、戦闘員ではないからだ。普段から多少の荒事には慣れているとしても、その程度で政府の玄関口である〝エニエスロビー〟へ攻め込むのは自殺志望と言われても仕方がない。
カイエは再び諦めさせようと腰を上げたが、カテリーナが手で制した。
「ザンバイ、君たち、フランキーを助けたいんだろう?」
「ああ! アニキには数えきれないほどの恩がある!! アニキを助けるためなら命だって惜しくねェ!!」
「じゃあ駄目だよ。命を捨てる気で付いて来るなら許可出来ない」
「っ!? なんでだよ!! このまま、アニキが〝エニエスロビー〟へ連行されるのを黙って見てろってことか!!?」
「あのね。私は船大工だけど、同時に医者だし、海賊でもあるんだよ。君たちみたいに死ぬ覚悟で戦いに赴く人の顔ってさ、前にイヤって言うほど見て来たんだよね」
こんな嵐の夜には、思い出したくもないことを思い出してしまう。
仲間を助けるために自らを省みずに突っ込んでいって、致命傷を負って、カテリーナではどうしようもなくなった仲間の事を。
あれからしばらくは雷の音を聞くたびに悪夢に苛まれたものだ。
だから、ザンバイたちの願いは聞けない。
「君たちが助けに来るのをフランキーは……まぁ彼はバカだから喜ぶだろうけど、でも、死んで帰ってこれなかったら悲しむよ」
「……けど、フランキーのアニキは、おれ達も行って助けねェと人手が足りねェんじゃ……」
「私たちを誰だと思ってるのさ」
腰に手を当て、呆れたようにカテリーナは言う。
私たちは〝黄昏〟だ、と。
「心配しなくても、フランキーはちゃんと連れて帰ってくるよ。君たちがやるべきことは、この嵐の日にこんなことになったココロさんの傍にいて安心させてあげるコト! それと、帰ってきたら皆で宴会をするからその用意!! いいね?」
「……──わかった……アニキを頼みます」
ザンバイは武器を置き、土下座してカテリーナに頼み込む。
フランキー一家の面々はそれに続き、モズもキウイもそれに続いて土下座して頼み込んだ。
カテリーナは胸をドンと叩き、安心させるように笑う。
「任せて。皆連れて帰ってくる。トムさんも、アイスバーグ君も、フランキーもね」
──そうして。
フランキー一家が見守る中、蒸気が溜まった海列車〝ロケットマン〟は嵐の夜を超えるために走り出した。
原作 麦わらの一味、ガレーラ3人、フランキー一家50人、ココロ、チムニー、ゴンベ、ヨコヅナ
本作 麦わらの一味(+2)、黄昏3人+追加