「大失態だな」
CP0のゲルニカが仮面の下でしかめ面をしながらため息を吐いた。
〝エニエスロビー〟の〝裁判所〟まで攻め落とされたことなど今までなかったし、それも実行したのが僅か10人にも満たない少数海賊という事実。
たとえ他の組織の手助けがあったと言えども、そう易々と落とされるような場所ではないのだ。上からの叱責は免れないだろう。
「ニ、ニコ・ロビンを早く〝正義の門〟の向こうへ連れて行けば、奴らだって追っては来れねェハズだ!! おれが連れて行く!!」
「好きにしろ。連中に取り返させる気は毛頭ないが──奴に暴れられると復興もままならなくなりそうだ」
ゲルニカはちらりと赤犬の方を見る。
赤犬は3人しかいない〝海軍大将〟の1人だ。当然ながらその実力は海軍でもトップクラスだが……その能力の性質上、暴れはじめると周りへの被害が甚大になる。
政府の島を更地にするのは最後の手段にしたいところだ。
バタバタと慌てた様子で走ってロビンたちのところへ行くスパンダムを見送り、ゲルニカは改めて電伝虫で繋がっているカテリーナと会話を始める。
「それで……宣戦布告と言ったか。正気とは思えんな。如何に〝黄昏〟が巨大な組織でも、この状況で世界政府を敵に回すのは愚策だろうに」
七武海脱退の事実が報道されれば、カイドウとリンリンはカナタを殺すために動き始める。
四皇同盟を相手にして、更に世界政府まで敵に回す余裕など〝黄昏〟には無い。それだけの戦力があったのなら、とうの昔に四皇同盟は壊滅しているハズだからだ。
『君たちに〝古代兵器〟を渡す方が悪手だと考えたからに決まってる。あるいは──そうだね。もしニコ・ロビンが政府に捕まってる、なんてカイドウ達に流したら、今度は四面楚歌になるのはそっちじゃないかい?』
情報が事実かどうか確かめるために多少なりとも出足は遅くなるだろうが、それでもその情報が事実だとわかればカイドウもリンリンも我先にとインペルダウンに殴り込むだろう。
彼らにとって、ニコ・ロビンという存在は〝古代兵器〟を手に入れるためのピースだけではない巨大な価値を持つ。
〝黄昏〟を出し抜いて彼女の身柄を押さえられれば、〝海賊王〟の座に座るのは両海賊団のどちらかになるのだ。
何十年もこの海に皇帝のように君臨する2人にとって、その称号は極めて重い。
最も近いとされながらもその座を求めなかった〝白ひげ〟と違い、またロジャー海賊団出身でロジャーの後継者と目されていながらも玉座を求めてこなかったシャンクスとも違い、カイドウとリンリンは座る者のいない玉座を求めている。
本当に求めているのは
『そうなればきっと、誰にも止められない。暴走する世界がやってくる──その時〝世界政府〟は勝てるのかい?』
「…………」
ゲルニカはカテリーナの言葉に沈黙で返した。
四皇同盟は対〝黄昏〟のためのものだが、20年に渡る共同歩調はそれ以外の部分でも極めて大きく絡みついている。
海軍と世界政府が全戦力を以てしても、打ち倒せると判断出来るのは〝四皇〟の一角のみ。2つが手を組んだ時点で、どれだけ手を尽くしても打ち倒すのは厳しいと言う他にない。
そうならないためには、ロビンから情報を得た段階で殺すしかなく、死体を晒して確実に死んだことを周知しなければならないだろう。
世界政府はそれで良くてもカナタもカテリーナもそれを望まない。
ロビンを生かして助け出すには、このタイミングで世界政府と戦うしかなかったのだ。
「……随分とニコ・ロビンに入れ込んでいるようだな」
『そう思うかい? でも、これは君たちに対する忠告でもある。〝古代兵器〟はきっととても強力で、対抗するには同じ〝古代兵器〟を持ち出さなければならないほどの代物だろう。だけど、何百年も前に放置されたものが現代でもきちんと動くかはわからないし、もしも〝四皇〟の誰かのナワバリにあれば総力戦での奪い合いになる。〝古代兵器〟を手に入れればすべてが解決するなんて、絵に描いた餅でしかない』
「だからニコ・ロビンを返せと? 馬鹿を言うな。あの女が
〝
何よりも。
「我々は〝世界政府〟だ。正義も大義も我らにある。海賊風情が道理を説くなど笑わせるな」
ゲルニカがそう言った直後、階下で何かが爆発した。
☆
フランキーは憤っていた。
ニコ・ロビンという女ひとりの人生のあらましを聞き、彼女が結果として〝古代兵器〟を手にする可能性が出たことであらゆる勢力から狙われることになった事実を知った。
それ自体はロビンの選択の結果だし、〝
では何に憤っているのかと言えば。
ルフィに会わせようと〝
「ロビ~~~~ン!! 無事で良かった!!!」
手錠こそかけられているものの、目立つような大きな傷の無いロビンにルフィが笑った。
些か以上に遠いが、何とか飛んで渡ってみると言い出したルフィを止めるように、ロビンが声を荒げた。
「待って!!! 私は助けてほしいなんて言っていない!!!」
「ロビン……?」
「おい、あいつら、お前を助けるためにこんなとこまで来たんだぞ!」
「……本当なら、彼らには来てほしくなかったのよ」
「……どういうことだ?」
「私のことを狙っている勢力は多いわ。政府は元より、アラバスタで居場所がバレた時には〝四皇〟さえ動いた!」
彼らは〝新世界〟において皇帝のように座する大海賊だ。
世界政府と海軍でさえ、どれか一勢力と戦争すれば大きな傷を負うことは免れない。居場所がバレることがどれほどのリスクか、ロビンは良く分かっている。
だからこそ、これまで短い間と言えども共に旅をして、笑いあった彼らにその矛先が向けられることが恐ろしかった。
「私と共にいれば、これからもずっと狙われる!! 今回の事だってそう。相手はあなた達が思っているよりずっと巨大なのよ!!」
故郷を滅ぼした〝バスターコール〟を知っている。
その〝バスターコール〟をたった1人で食い止めた女傑を知っている。
彼女と同格の海賊が少なくとも4人いて、うち2人は明確にロビンを狙っている。
それがどれほど恐ろしいことか、実際にカナタが戦っているところを見た事があるロビンは良く分かっている。
あれは、
まともな手段で対抗出来るようなものではない。
「…………」
「だから、助けに来て欲しいとは思わなかった」
ロビンだけなら──ゼポとペドロを含めても、逃げ出すだけなら簡単だった。あらゆる組織に潜り込み、〝
その都度隠れ蓑にしていた組織は壊滅していたが、どこも裏稼業に身をやつす者たちだ。罪悪感もわかないような悪党ばかりだった。
けれど、ルフィたちは違ったのだ。
陽気に歌い、冒険を楽しみ、未知を恐れながらもそれでこそと笑う彼らと共にいることが、どれほどロビンにとって楽しい時間だったか。
「ワハハハハ!! 良く分かってるじゃねェか、ニコ・ロビン!!!」
この事態に慌てていたスパンダムが、別室で休んでいたCP9たちが勢揃いすると同時に余裕を取り戻した。
それに気付いたフランキーがロビンとの間に入ろうとするも、カクに離れたところまで蹴り飛ばされる。
遠路はるばる助けに来た仲間に対し、最後の最後で助けられるハズの仲間に断られるという光景がツボに入ったのか、スパンダムは盛大に笑っている。
「さて、断られた船長はどんな顔して……」
「ロビン……何言ってんだァ、お前!!!」
「ええっ!? は、鼻ホジッとる!!?」
鼻をほじりながらロビンの言葉を一蹴するルフィ。
ロビンが何を言おうと、もう事態はここまで動いてしまっているし、ルフィたちだってここまで来てしまったのだ。ひとまず助けるところまでやり遂げるから、その後どうするかはその時決めろとルフィは言う。
それと同時に、〝麦わら〟の一味の面々が次々に屋上へと現れるのにカリファが感心した様子を見せる。
〝ウォーターセブン〟に数年いたのだ。〝アクア・ラグナ〟の猛烈な高波を知っているし、あれを越えて来たのだとわかれば相応に感心もするというもの。
相対する海賊と政府の諜報員。
互いに敵意を隠すこともなく睨みつけながら、ゾロたちはペドロとゼポが跳ね橋を降ろすのを待っていた。
「あ、あんなに海賊が……!! CP9!! 奴らの抹殺の許可は出すが、連中がここに来れる保証もねェ!! 〝司法の塔〟で迎え撃て!!!」
まず第一に自分の命を優先したスパンダムに、ルッチは視線すら寄越すこともなく息を吐いた。
それに気付く様子もなく、スパンダムはロビンの前に立つ。
「このタコ海賊団!! お前らがどれだけ足掻こうが、全部無駄だと知れ!! 人の力じゃ開かねェ〝正義の門〟然り、この〝殺し屋集団〟CP9の強さ然り!! 何よりこっちにゃあCP0に海軍大将に〝バスターコール〟を掛ける権限まである!!!」
〝バスターコール〟を掛ける、という言葉にロビンが顔色を変える。
それに気付いてか、スパンダムは覗き込むようにロビンに近付いて目を細めた。
「お前の故郷を滅ぼした〝バスターコール〟を知ってりゃあ、逆らう気もなくすってモンだよなァ!!」
「あなたは……発動したらどうなるか、わかって言っているの?」
「分かるとも……あいつらがこの島から出られる可能性が〝0〟になるんだ!!!」
〝バスターコール〟を発令する側の存在でありながら、あまりにも甘い認識にロビンは思わず眼を鋭くしてスパンダムを睨みつける。
嘲笑するようにロビンを見下すスパンダムは、ロビンの故郷であるオハラの事を思い出しながら鼻で笑った。
「あァ、なんだ。故郷の事でも思い出したか? 翌年の地図からは〝オハラ〟って名前が消えてたもんなァ……」
「地図の上から人が確認出来ると思っているの!? そんな目で世界を見ているから、貴方たちはあんな非道な真似が出来るのよ……!!」
「非道な真似とはまた、随分な言い草だな」
仮面を被ったサイファーポール──CP0の4人が現れ、立ち並ぶCP9同様に〝裁判所〟屋上にいるルフィたちを見る。
カテリーナの宣戦布告を受け、被害状況と攻め込んで来た海賊の実態を見るために来たのだ。
ゲルニカはロビンの言葉に肩をすくめ、「非道な真似」と罵るロビンに反論する。
「〝オハラ〟の件は我々としても残念だったと思っている。権威ある考古学者たちがああいう結末になってしまったからな……だが、世界政府の定める法を破ったのだ。仕方のないことだった」
「あれだけ無慈悲に人を殺しておいて、
「そうとも。お前が何を叫ぼうと、実際に彼ら考古学者は法を破り、数々の警告を無視した。ならば、あれも当然の結末だろう?」
五老星は価値ある学者が死ぬことに残念な様子を見せたが、
人間など放っておけばすぐにまた増える。一つの島で一族郎党皆殺しにしたところで、そのうちどこかから入植して人が住むこともあるだろう。
次は法を破らないことを期待する、と……その程度の考えだった。
もっとも、そんな理由で学者とは関係のない一般人まで皆殺しにされた方はたまったものではない。
逃げられたハズの避難船に撃ち込まれた砲弾が爆発、炎上する有様は、今なおロビンの脳裏に焼き付いている。
それを引き起こせる〝ゴールデン電伝虫〟は、今まさにゲルニカの手の上にあった。
「どのみちお前たちを誰一人逃がす気はない」
「……ここで〝バスターコール〟をかければ、貴方たちも一緒に消し飛ぶわよ」
「何を馬鹿な……!! 味方の攻撃で消されてたまるかってんだァ!!」
「…………」
慌てるスパンダムと違い、ゲルニカは肯定も否定もしない。
このボタンを押した瞬間から、対象の殲滅は確定事項になることを良く知っているからだ。
対象となったものの末路も、良く知っている。
「その〝バスターコール〟が、気を許せるようになった仲間たちに向けられる……そうなるくらいなら──あなた達が無事でいられるのなら、私の事は見捨ててくれて構わない」
ロビンの敵はどこまでも巨大で、悪辣だ。
今は良くても、これが続けばどれほど気の良い仲間でも重荷になり、裏切って捨てられる……バロックワークスを始めとして様々な組織に入っては
カナタはきっと助けに来るだろう。ロビンの知る限り、この海で最強に近い彼女の庇護下に戻れば安全は担保される。
けれど、それはこれまでのように海を渡って冒険する事と引き換えになるだろう。
政府にここまで執拗に狙われ、カイドウとリンリンに襲われる可能性が高まっている現状、ロビンを自由にさせておくのはリスクが高すぎる。オルビアだって心配しているハズだ。
「だから、逃げて!!」
危険を承知でロビンは海へ出た。
だから危なくなったら助けてもらう事がどれほど都合の良いことかはわかっている。カナタとて海賊の船長だ。良いように使われているのでは部下に示しも付かないだろう。
ロビンの冒険はここまでだと──そう思っていた。
「ワーッハッハッハ!!! そりゃあそうだ!! テメェみてェな女、重荷に思わねェ奴なんざいねェよ!! あれを見ろ、バカ海賊ども!!!」
スパンダムが笑いながら指差したのは、〝司法の塔〟の天辺に立つ旗だった。
四つの海と〝偉大なる航路〟 にある170国以上の加盟国の〝結束〟を示すもの。
どれほど巨大な存在か。
どれほど偉大な存在か。
スパンダムはその威光を知らしめようと、語り続けた。
「これが〝世界〟だ!! 楯突くお前らがどれほどちっぽけな存在か、わかるか!!?」
「ロビンの敵は良く分かった」
多くの国がその旗の下に頭を垂れている。それは良く理解した。
だが、
「ウソップ。あの旗、撃ち抜け」
「了解!」
これまで使っていたパチンコでなく、背丈ほどの大きさの巨大パチンコ。名を〝カブト〟──。
ギリギリと引き絞って狙いを定め、ウソップはルフィの指示の通りにその旗を撃ち抜かんとする。
「必殺──〝火の鳥星〟!!!」
その弾丸は火の鳥の形を取り、〝世界政府〟の
「や、やりやがった……あいつら、本当に!!」
「旗への攻撃の意味がわかってんのか……!!?」
政府、海軍のどちらもが驚愕する。
何なら、味方のハズのカイエだってまさかそこまでやるとは思っておらず目を瞬いていた。
しかし、カイエは同時に小さく笑みを浮かべて、ロビンを見る。
「……良い仲間を見つけたようですね、ロビン」
その小さな呟きは誰にも聞こえることなく露と消え、スパンダムがルフィたちの取った行動に驚愕したまま叫ぶ。
「正気か貴様らァ!!! 全世界を敵に回して、生きていられると思うなよォ!!!」
「望むところだァ────!!!!」
誰も、ルフィの行動を咎めることはない。
仲間1人のために世界を敵に回すことを、仲間全員が了承している。それほどの結束を誇る海賊団が、世にいったいどれほど存在するのか。
「ロビン!! お前はおれ達の仲間だ!!! 重荷になんてならねェ!!!」
「──だけど!!」
「信じろ!!」
反論しようとしたロビンの言葉を、ルフィは敢えて遮った。
そんな言葉が聞きたいわけではなかった。
聞きたい言葉は、もっと別にある。
「──おれは、〝海賊王〟になる男だ!!!!」
刀を使えず、航海術もなく、料理も出来ず、医術も持たず、ウソもつけないその男は──しかし、誰よりも自信に満ち溢れていた。
多くの敵に狙われても、それが原因で危ない目に合うとしても、それで構わないと。
故にこそ、ルフィは問う。
「お前の口から聞かせろ、ロビン!! お前はどうしたい!?」
「私、私は──」
自由には相応の責任が伴う。〝黄昏〟にいれば安全なまま、大好きな母と共に研究に没頭出来ただろう。
だがそれでも海へ出たのは、自身の目で様々な場所を巡り、多くのモノを見て歴史を感じたいと考えたからだ。
ここで助かっても、〝黄昏〟に庇護されればもう海へ出ることはないだろう。与えられたものを読み解くだけの存在になるくらいなら、自身の手で過去の歴史を解き明かしたい。
彼らと共に、まだまだこの海を冒険したい。
「──私も、海へ連れてって!!!」
ロビンの返答に、ルフィは笑みを浮かべて頷いた。
「任せろ!!!」