──時間は少し巻き戻り、〝黄昏〟の援軍が〝エニエス・ロビー〟に到着した時刻。
時刻としては夜中にも関わらず、昼日中のように明るい周辺海域を不思議そうに見るユイシーズと〝祭り屋〟ブエナ・フェスタ。
本来、海賊であれば近寄ることのない場所だ。〝
もっとも、今回の目的は観光ではない。
昼日中のように明るい海の中に目的地の島があり、その向こう側に存在する〝門〟を見てフェスタがゲラゲラと笑った。
「ハッハァ!! ハハハハハハ!! 見ろよユイシーズ、〝正義の門〟が開いていくぜ!! 珍しいモンを目の当たりにしたもんだ!!!」
通常、エニエスロビーからインペルダウンへ移送する際に少しだけ、この場所にある〝正義の門〟は開かれる。
しかし、今回は事情が違う。
エニエスロビー目掛けて発令された〝バスターコール〟を実行するため、軍艦10隻が通るために門が全開になっていく。
普段エニエスロビーに務めている衛兵たちですら、その光景を目の当たりにするのは初めての事だ。
「門が開いたということは、遠からず軍艦が来るぞ。笑っている場合か」
「ハハハ、そりゃそうだな! おい、島を取り囲む柵をぶっ壊せ!」
フェスタの指示を受けた船員たちが足早に駆けていき、放たれた大砲の弾が直撃して柵を破壊した。
〝黄昏〟の船団は大小合わせて軍艦4隻。人数にしておよそ1000人をやや超える程度。
人数だけで見るなら〝黄昏〟の不利は覆らない。
しかし、戦いとは数だけで決まるものではない。
「ディルス! そっちはどうだ! 準備出来たか!?」
「当たり前だ。久々に暴れられると聞いてうずうずしている奴らばかりだぞ」
最大級の軍艦に乗っているのは、複数人の巨人たちである。
元来、〝黄昏〟の保有する最大規模の商業地である〝ミズガルズ〟防衛のために常駐している者たちだが、力の限り暴れられると聞いて一も二もなく船に乗り込んで来た。
血の気の多い元〝巨兵海賊団〟の一員にして、例外なく
「結構! 正面から攻め込んで、先行した死に急ぎ共の帰り道を作ってやらねェとな!!」
フェスタは嬉々として軍艦を正面に回せと指示を出し、今か今かと待ちわびている巨獣たちを解き放とうとする。
だが、そこでユイシーズが待ったをかけた。
「フェスタ、今回の作戦ではニコ・ロビンの身柄をこちらで押さえる必要がある。敵が向かう場所がわかっている以上、先回り出来るならしておくべきだ」
「あァ? つったってオメェ、護送船の近くは渦潮があるんじゃ……ああ、そうか」
渦潮は〝正義の門〟と〝司法の塔〟の間に生まれる海流が原因であるため、〝正義の門〟が全開になっているのなら渦潮が発生しない。
ならば最大の目的であるロビンの確保に動くのは至極当然と言えよう。
敵の方が数が多いとわかっているのに戦力を分けるのは悪手としか言えないが、帰路の確保とロビンの奪還の両方を達成するにはそうする以外にない。
フェスタは顎をさすりながら考え込み、ユイシーズはディルスへと声をかけた。
「おれは先回りする。ディルス、お前も来るか?」
「いいだろう。そちらの方が強い奴がいそうだ」
戦士としての血筋ゆえか、あるいは獰猛な肉食獣の能力者であるがゆえの血の気の多さか、ディルスはユイシーズの提案に笑みを浮かべて頷いた。
フェスタは葉巻に火を点け、煙をくゆらせて別の軍艦へ乗り換える2人を見送りつつ、部下へ尋ねた。
「おい、カテリーナの奴から連絡は来てねェのか?」
「〝司法の塔〟へ侵入することを告げる報告を最後に、連絡は途絶えています。ただ、信号は常に拾っていますので無事ではあるかと」
「そうか。ま、あの女は頭が良い。下手を打つことはねェだろう……カイエの奴もいるしな」
強さだけで語るならカイエは〝黄昏〟でも上位だ。あれでも五指には入らないが、フェスタから見れば十分すぎる程の強さを持つ。
海軍大将でも出張ってこない限りは負けないだろう、と考えているが……〝バスターコール〟はそもそも海軍大将か元帥にしか発令出来ない作戦命令だ。
この場に大将が来ている可能性は十分にある。
ユイシーズは大将相手でも戦えるが、やはりそれだけでは心もとない。
「……小紫から連絡は?」
「ありません。最後の連絡で『少し遅くなります』と伝えられたきりです」
「何が『遅れます』だ。間に合わなけりゃ全部パァだってのによ」
「仕方ありません。試作の新造船を使うそうですし、そうでなくとも道中で何人か拾ってくると仰っていましたので」
「時間をかけても戦力を整える方を選ぶのは、まァカナタの教育の成果だろうさ。あいつはやれると思ったなら単独でも乗り込んでくるが、基本は保険を掛けるタイプだからな」
だがそれでは遅い。
事が起きているというのに、それに間に合わないのでは準備をいくら周到にしようと意味がないのだ。
まぁ、だからこそフェスタがこうして後詰に動いているわけだが。
「〝ジェルマ〟どものケツを叩いて急がせろ!! 遅れるつもりならテメェらから滅ぼすぞってなァ!!!」
これは世界を巻き込む熱狂の予兆だ。
フェスタはそれを感じ取り、思わずぶるりと身を震わせる。
腹の底から笑い声が漏れる。口が勝手に弧を描く。目はギラギラと輝いて、今にも笑い転げたい衝動に駆られる。
「あァ、面白くなってきたじゃねェか!! ことを起こしたのがあのガキ共ってのがちと納得いかねェが、火種は点いた──あとは燃えるだけだ!!!」
政府は無視できない。
海軍は軽視できない。
黄昏は動かざるを得ない。
ひとりの女と、それを取り巻く状況が──世界を揺るがす大火に燃え広がる。
その状況を間近で見られるのだ。これが楽しくないわけがない。
戦火が世界中に広まることを想像して笑うフェスタは、どこまでも騒ぎが好きな〝祭り屋〟であり、裏社会を動かす〝世界最悪の戦争仕掛け人〟だった。
☆
赤熱するマグマと拳が衝突する。
通常であれば容易く人を呑み込んで焼き殺す自然の猛威も、覇気という力の前では人に止められる現象にまで成り下がる。
それはぶつかっている2人の実力が近しいものであるとの証明でもあったが、同時に赤犬と言う男を止めるにはユイシーズの力が不足していることの証明でもあった。
覇気とは、あくまでも能力者の実体を掴むことが出来るだけ。能力の行使そのものを止められない以上、環境に影響する
「流石に厄介だな、海軍大将!!」
狭い橋の上で衝突すれば、当然ながら影響は近くで戦うルフィたちにも及ぶ。無茶な戦い方は誰にとっても得にはならない。
いっそのこと海に叩き落せれば楽なのだが、そう簡単に無力化出来るなら海軍大将など務まらない。
「粘るのォ、海賊風情が……!」
未だ年若いユイシーズが赤犬に匹敵する覇気を扱えていること自体が驚愕に値するし、まともに打ち合えている時点で異常だった。
赤犬はマグマグの実を食べたマグマ人間──超高温のマグマを利用した攻撃は人体など容易く破壊するし、そうでなくとも副次的に発生する熱で敵を追い詰められる。
天敵はマグマさえ凍らせるカナタくらいのもので、いくら覇気で防御をしていると言っても限度がある。
ちらりとロビンの方を確認すれば、スパンダムがおろおろしながら退くも進むも出来ずに頭を抱えていた。あれに期待は出来ないが、かと言って本気で戦えばロビンまで巻き込む。
ここまで来たからには〝古代兵器〟の知識を持つロビンを失う訳にはいかない。
「〝
沸き立つマグマに変化した腕でユイシーズに掴みかかろうとする赤犬。
咄嗟に距離を取ってこれを回避したユイシーズは、追撃に走った赤犬のもう片方の腕を回避するために体勢を低く保って腹部へと打撃を撃ち込んだ。
だが、これも効果はない。
流体の肉体を持つ
この狭い橋の上では逃げ場も限られ、〝黄昏〟の中でも上位の実力者であるユイシーズも徐々に追い詰められていく。
「ユイシーズ! 手伝うか!?」
「不要だ! 向こうの手助けに行ってやれ!!」
ディルスがいたところで赤犬相手では有利にならない。
それよりも、ルフィたちの方は状況が最悪に近くなっている。助けるならばそちらだ。
☆
ルフィとロブ・ルッチはほぼ同等の強さだ。
身体能力は同程度、能力の相性で打撃が効かないルフィが一部有利、しかしネコネコの実の能力者であるルッチは
問題はむしろ、そのそばで戦うペドロとゼポの方だった。
「ぐ……」
「かはっ……!」
「粘るな。実力はあるが、我々に敵うほどではない。諦めろ」
「私たちに勝てるつもりだったのかしら。おバカさんたち」
サイファーポールは0から9まであるが、9は表向き存在せず、0は天竜人の命令でのみ動くとされるある種のジョーカーだ。
最強の名をほしいままにするCP0の強さは尋常ではなく、たとえペドロとゼポが相打ち覚悟で戦っても勝つことは不可能に近い。
嵐脚による飛ぶ斬撃。指銃による飛ぶ刺突。
ミンク族特有の〝エレクトロ〟という技能は確かに強力だが、触れずに攻撃する手段など彼らにはいくらでもある。
ダメージを受けて集中が途切れれば直接触れての攻撃も可能なのだ。単純な身体能力と技巧に差がある以上、この差が縮まることはない。
「ロビンは……渡さん……!!」
「ゆガラたちに負けることは……出来ん……!!!」
「……気合は買うけれど、そのざまで何が出来るのかしら」
ステューシーは呆れ顔でゲルニカの方へと視線を向ける。どうするのか、と目で問いかけると、ゲルニカは肩をすくめてみせた。
手早く始末し、次いでルフィを仕留めてロビンを連行する。
護送船そのものはまだ使えるため、ユイシーズとディルスを片付けなければならないが……赤犬と協力すれば、それはさほど難しいことではない。
「手早く始末しろ。これ以上の厄介事はごめんだ」
「同感ね。すぐにでも──ッ!!?」
肌を打つ雄叫びと共に、巨大な狼がステューシーを叩き潰そうと前足を振り下ろした。
間一髪でそれに気付いたため紙絵〝残身〟によって回避できたが、殺す気で振り下ろされた一撃にステューシーをして冷や汗を流す。
獣形態から人獣形態へと変わるが、狼男の大きさはCP9のジャブラとは比較にならない。
「巨人族の能力者……! あなたの事は知っているわよ。
「CP0に知られているとは光栄なことだ、なっ!!」
横薙ぎに振るわれた拳を回避しようとするも、巨人族の腕を高速で振るうことによる風圧でバランスを僅かに崩した直後、もう片方の腕で派手に弾き飛ばされる。
ゲルニカがその隙に嵐脚による斬撃を見舞うが、これは武装色による防御で防いでみせた。
元々10メートルを超える巨体だ。人獣形態になったことで更に体躯は巨大になり、元々頑丈な肉体が
武装色を纏わせた打撃も通りが良くない。
「これは良くないな……」
負けはしないが、
ステューシーとゲルニカ2人がかりでも、これを打ち倒すのは少々時間がかかるだろう。
「〝黄昏〟の援軍に来る可能性は考えていたが、実際に戦ってみるとこれ以上に厄介な敵もいないな」
「最大の貿易拠点を守る〝巨獣〟の一角だもの。あの〝魔女〟が十分な戦力になると判断したのなら、厄介になるのは当然よ」
「こうなる前に仕事を終えたかったのだが……仕方ない」
ゲルニカは溜息を吐いて気合を入れなおし、ステューシーもまた先程殴られた場所の調子を確認しつつディルスの様子を見る。
黒い毛並みを持つ狼男は、戦いに高揚するように口元に笑みを浮かべて雄叫びを上げた。
〝ためらいの橋〟の上で戦うには余りにも巨大だったが、そのような些末事を気にも留めずに、ディルスは2人に襲い掛かる。
☆
そして。
前門の赤犬、後門のCP0に挟まれた状態で逃げるに逃げられないスパンダムの背後にて──〝ためらいの橋〟の側部を両手両足につけた〝オクトパ靴〟で引っ付きながら移動していたウソップが、そーっと顔を出していた。
(こ、コエ~~~~!!! 海軍大将とかCP0とか、とんでもなくヤベー奴ばっかりじゃねェか!!! 本当に大丈夫なのか!!?)
マグマを沸き立たせながら攻撃する赤犬も、巨大な狼男と戦うゲルニカとステューシーも、ルフィと戦うルッチも、ウソップからして見れば全員ヤバい敵だ。
逃げ足だけが取り柄だと思っている彼に出来ることなどほとんどなく、実際戻って援軍を呼ぶべきだと思っていたが……それはトビが行ったし、そもそも〝司法の塔〟側の地下通路の入口ではCP0のヨセフとマハがカイエと戦っている。
その間をすり抜けて戻る自信もなく、そもそも戻ったところでこの面子相手に援軍になりそうな仲間に心当たりがない。
ゆえに。
(いやいやいや!! 男ウソップ、覚悟決めてここに来たんじゃねェか!! そ~~っと行ってロビンを背負って、気付かれないうちに逃げ出す!! それで行こう!!)
あちらこちらで戦っている影響で橋の上も揺れており、あまり大丈夫とも思えない。
抜き足差し足忍び足。橋の真ん中でルッチたちの方を見て、「いけっ! やれっ! そこだ、ぶっ殺せ!!」と叫んでいるスパンダムを見ながらゆっくり近づいていく。
ロビンは油断なく周りを見渡して逃げ出す隙を伺っていたため、ウソップの事には早くに気付いている。
手招きしてこちらへ来るようにとジェスチャーするも、スパンダムの視界の端にいるため動けば気付かれる。
だったら先にスパンダムを気絶させるしかない。
トンカチ片手にそろそろと近付くと、スパンダムの背負った剣の柄部分にパチリと開いた目が現れた。
(……目!!?)
なんで剣に目が、などと考えている暇もなかった。
「パオオオオン!!」
「あん、なんだファンクフリード……!? テメェ、いつからそこに!?」
「ゲェッ! 気付かれた!?」
背にした剣を抜き放ったスパンダムは、背後に現れていたウソップを見て警戒を露にする。
ロビンを助けに来た海賊の1人で、なおかつ目の前で世界政府の旗を撃ち抜いた狙撃手だ。遠目であってもその顔を忘れるはずが無い。
「世界政府の旗を撃ち抜いた長鼻だな……? せいぜい後悔しながら死ねェ!! いけ、ファンクフリード!!!」
明らかに剣の間合いではない距離から振ったと思えば、剣がゾウの姿に変化して距離を詰めて来た。
ゾウの鼻の部分だけが刀身になっており、勢いと重量に任せた斬撃はウソップの体を簡単に貫くかに見えた。
「ワハハ!! 死ね、〝エレファント・チョ~~ップ〟!!!」
「長鼻君!!」
ロビンは悲痛な叫び声をあげてウソップの身を案じ、スパンダムは勝ち誇って笑う。
だが、ゾウ──ファンクフリードはウソップに当たる直前で身を止めていた。
より正確に言えば、刀身である鼻を回避したウソップはファンクフリードの突進を
「ハァ、ハァ……! あ、危ねェ……死ぬかと思った……!!」
「何やってやがる、ファンクフリード!! その長っ鼻なんぞ踏み潰しちまえ!!」
たとえ剣が避けられようとも、ゾウの重量で突進されれば人間などひとたまりもない。
なのになぜ止まったのか。ファンクフリードは奇妙な感触に疑問を覚えつつも、スパンダムも命令通りに踏み潰そうと両方の前足を上げ──。
その直前に、ウソップの手で弾き飛ばされた。
「〝
突如として発生した巨大な衝撃を腹に受け、ファンクフリードは弾き飛ばされる。
前足を両方とも上げていたのが仇になったのか、ファンクフリードは一番弱い腹を衝撃で打ち抜かれてひっくり返り、スパンダムは唖然とした顔でそれを見ていた。
当のウソップは〝
「ロビンは、返してもらうぞ!!」
「な、おい嘘だろ!? やめ──」
「〝ウソ~~ップ・ハンマー〟!!!」
「ぶべら!!!」
カナヅチで強かに殴られたスパンダムはあっという間にノックアウトされ、ウソップは勝利の錦を飾るように片手を上げた。
「ロビンは返してもらったァ!!」