ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百三十二話:逃げろや逃げろ

 

 返してもらった、とは言ったものの、ロビンの手には相変わらず海楼石の手錠が付いたまま。

 これを外せない限りロビンは戦力にならないため、ウソップはロビンの手を取ってとにかく急ぎ来た道を戻り始めた。

 

「長鼻君!?」

「話は後だ! とにかく逃げねェと──」

「わしが逃がすと思うかァ!!」

 

 橋が大きく揺れる。

 赤犬がロビンを逃がすまいと動き、それに先んじて動いていたユイシーズが赤犬とぶつかった衝撃で橋が揺れたのだ。

 赤犬はマグマの能力者。並の人間なら触れた時点で終わりの不可触存在。

 ウソップは顔を引きつらせながら、それでもロビンを連れて走り出した。

 

「ルフィ~~~~!!!」

「任せろ、ウソップ!!!」

 

 ギア2による蒸気が体から発生し、ルフィの攻撃がルッチを吹き飛ばす。

 同時に襲い掛かって来たゲルニカとステューシーの攻撃をディルスが防ぎ、ウソップとロビンの2人は命からがら死地を脱する。

 だがこれで終わりではない。追撃に走る赤犬も、ゲルニカも、ステューシーも、ルッチも、まだ諦めてなどいないのだ。彼らからロビンを守りつつ、この島から逃げ出さねばならない。

 

「先に行け、ウソップ!! 後で追い付く!!」

「わかった!! 遅れるなよ、ルフィ!!!」

「ああ!!」

 

 人獣形態になったルッチと正面からぶつかりつつ、地下通路へと降りていくウソップを見送る。

 なりふり構わずそれを追う赤犬を止めることなど、この場にいる誰もが不可能だった。

 橋を砕くような威力の巨大なマグマの拳が発されようとして、その直前でユイシーズがなんとか方向をずらすことで事なきを得ても、赤犬は隙を晒したユイシーズへと強烈な殴打を繰り出す。

 バゴン!! とおよそ人体が衝突したとは思えない音と共に海へ叩き落され、赤犬はロビンを追いかけて橋の支柱へと向かう。

 

「逃がさんぞ、ニコ・ロビン……!!」

「ペドロ!! ゼポ!!」

「ッ!!」

 

 ルフィの声掛けと同じタイミングで赤犬目掛けて斬撃が放たれる。

 直接触れれば攻撃した方がダメージを受けるため、飛ぶ斬撃での攻撃になるが……それでも、一瞬意識を逸らすことは可能だった。

 ペドロが目を引いた瞬間にゼポが先んじて支柱の下部目掛けて飛び降り、ロビンたちに追いつこうとする。

 

「鬱陶しいのォ、覇気使いが……!」

「おれ達の仕事はロビンを生きて逃がすことだ! ゆガラ、あの子を殺す気だろう!?」

「当たり前じゃろうがィ……逃げられるくらいならここで消すまで!! この世にオハラの生き残りなんぞ要らん!!!」

「ゆガラたちがそう思っていようと、おれ達はあの子に生きていて欲しいと思っている!! 死なせはしない!!!」

 

 ペドロでは時間稼ぎさえロクに出来ないだろう。

 だが、そうだとしても、()()()()()()()()()()()()

 

「だったら貴様からここで焼くまでじゃァ!!」

 

 赤犬の赤熱する拳を防ぐも、ペドロはその威力をほぼ殺すことが出来ずに剣を砕かれつつ橋の支柱の下部へと吹き飛ばされる。

 かろうじて生きてはいるが、まともな戦闘など望めないほどのダメージだ。

 本来なら殺して進むところではあるが、ロビンを追うのに一秒も無駄に出来ない。

 赤犬は一息に最下層まで飛び降り、〝司法の塔〟方面へと逃げたロビンを睨みつけるように視線を向ける。

 

「絶対に逃がさんぞ──!!」

 

 海軍において、将官クラスの海兵は総じて六式を体得している。どれだけ逃げ足が速かろうと、一直線のトンネルでは逃げ場もない。追いつくまでそれほど時間はかからない。

 邪魔さえ入らなければ、という前提の話だが。

 

「──!?」

 

 〝ためらいの橋〟の支柱は海底に基礎を作っており、水圧に負けないために相応の頑丈さになるよう作られている。

 その壁が、()()()()()()()()()

 壁を破壊した勢いのままに赤犬へと蹴りかかってきたのは、先程海へと叩き落したはずのユイシーズである。

 

「また、邪魔を……!!」

「何度でも邪魔をするさ!! お前がどれだけ強かろうと、おれ達が諦める理由にはならない!!!」

 

 外から入り込んでくる海水は勢いを増し、じきに海底トンネルを海水で埋め尽くすだろう。

 そうなれば能力者であるロビンはもちろん、非能力者のウソップとゼポも逃げ場がなく窒息する。

 それが分からないユイシーズではない。

 だがそれでも、これが一番確率の高い生存策だった。

 

「まともに戦っても勝ち目がないのはおれにだってわかるさ。なら、策を弄するのが海賊の戦い方だ」

「貴様ァ……!!」

 

 能力者である赤犬は、海水で埋め尽くされた海底通路を通れなくなる。

 ここで時間を稼げばロビンたちが逃げる時間が稼げるし、あるいは赤犬を倒すチャンスが生まれる。

 そう判断したが──しかし、想定が甘い。

 

「舐めるな、海賊風情がァ!!」

 

 赤犬から発されたマグマはユイシーズが開けた穴に直撃し、海水によって急激に冷やされて固形化する。その際に水蒸気爆発が発生したが、赤犬は気にした様子もない。

 全身から赤熱するマグマを生み出すことが出来るなら、その温度を多少調整することで壁の応急処置すら可能とする。

 赤犬はただ強いだけで海軍大将まで上り詰めたわけではない。

 敵をどこまでも追いかけて仕留める執念。あるものを利用しつくす戦い方。とっさの判断力。何より己の能力で何が出来るかを熟知していなければ、海軍大将になどなれない。

 わずかに隙間から海水が漏れ出ているが、それでも先程の勢いと比べれば大したことはない。これなら海底トンネルが水没するまで数時間はかかる。

 

「なるほど、流石に海軍大将……この程度では対応されるか」

 

 だが、それならそれでも構わない。

 千日手になろうと、支柱の壁に穴を開けてやれば赤犬はそれに対処せざるを得なくなる。

 この場所での戦いならユイシーズの方が圧倒的に有利だ。これを利用しない手はない。

 

「さあ、遊んでもらおうか。海軍大将!!」

 

 ユイシーズは再び壁に穴を開け、赤熱する赤犬へと文字通りの冷や水をぶっかけた。

 

 

        ☆

 

 

「オイオイオイ!! ちょっとまてゼポ!! 足元に海水が流れて来てんだが!!? 派手な音もしてるし、もしかして水攻めされてるんじゃねェか!?」

「ハァ、ハァ……追いかけて、きてるのは、赤犬だ。能力者がわざわざ、海水に溺れる、危険な状況の中で、追いかけて来るとは、思えねェ」

 

 CP0との戦いのせいで酷いダメージを負ったゼポは、痛む体を押さえながらロビンを抱えて走っていた。

 海楼石を付けられた能力者は弱体化する。元の身体能力が優れていれば多少落ちても走れるが、ロビンはそれほど優れている方ではない。痛みに耐えてゼポが抱えて走る方が速かった。

 

「それに、足元に流れて、来てるだけだ! 足を取られるから、走りにくいが、これくらい、なら!」

「お、おいゼポ! 無理すんな!! お前だってボロボロじゃねェか!!」

「ハァ、ハァ……相棒が決死の覚悟で残ってくれたんだ……! その想いを、無駄には出来ねェだろうが……!!」

 

 ルフィたちは全員で生きて戻ることを目的にしているが、ゼポとペドロは最悪()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えていた。

 カナタに、小紫にその役割を求められてロビンと共に海に出た以上、ここがその命の使いどころだと。

 ゼポが息を整えている間、ロビンはその背で難しい顔をしていた。

 海楼石さえなければ、自力で走るにしてももう少しマシな動きが出来ていたハズなのだ。足を引っ張っていることが、酷く歯痒い。

 

「……! 待て、誰か来た!」

「く、こんな時に……!」

 

 ロビンを背から降ろして戦闘態勢を整えると、〝司法の塔〟方面から誰かが走ってくるのが見えた。

 黒い髪をポニーテールに纏めた女性──伝令に走っていたトビである。

 

「! ご無事でしたか!! それに、そちらが──」

「ああ、ロビンだ。なんとか取り返したが、後ろから赤犬が追って来てる」

「赤犬が!? なんと……ではすぐに移動しましょう!」

「そうしてェのはやまやまだが……」

 

 ゼポの体力の消耗が酷い。ウソップはまだ走れるが、ロビンとゼポに合わせて移動していては遠からず赤犬に追いつかれる。

 トビはひとつ頷き、「では失礼」と声をかけ、ロビンを背に乗せ、ゼポを肩に担いだ。

 万が一にも落とさないよう、ロビンは後ろからしっかり抱き着き、ゼポはトビに任せて脱力する。

 

「大丈夫なのか?」

「拙者、鍛えておりますゆえ。しかしウソップ殿までは手が回りませぬ。申し訳ありませんが、自力で走っていただきたく」

「そりゃ構わねェが……」

「では、お先に失礼」

「えっ」

 

 ひゅん、と風切り音と共にトビが物凄い速度で駆けて行く。

 ウソップが全力で走るよりも更に速い。

 背後からは誰かが戦っている轟音が少しずつ近付いて来ており、ウソップは遅まきながら顔を青くさせてトビを追いかける。

 

「ま、待ってくれェ~~!!!」

 

 このままでは赤犬と誰かの戦いに巻き込まれてしまう。巻き込まれたら死ぬと確信しているウソップは、これ以上無いほど必死に足を動かして走った。

 

 

        ☆

 

 

 CP0のヨセフとマハは、狭い部屋の中で終始有利に戦っていた。

 元々体技だけならカイエとそう変わらないか、あるいは2人の方が上回っている。能力が使えない状況なら追い込むことは難しくない。

 二度、伝令のトビが行き来したことには気付いていたが、流石にカイエを相手取っている時にそちらに意識を割いていてはこちらがやられる。

 それでも徐々に追い詰め、かなり体力を削った。

 度重なる殴打と嵐脚による斬撃はカイエの体を傷つけており、至る所から血を流しているのがわかる。それでもカイエが諦めないのは、ここで倒れれば勝機が消えてしまうとわかっていたからだ。

 

「もう少しで倒せるか。まったく、動物(ゾオン)系というのは頑丈で困るな……」

 

 カイエは中でも特異な〝幻獣種〟だ。

 頑丈さ、回復力では古代種に及ばないものの、動物(ゾオン)系の頑強さに加えて超人(パラミシア)系を彷彿とさせる能力まで扱う。

 実質的に2つの能力を持っているのに近い。そのため、ヨセフとマハはカイエが人獣形態になれない小さな部屋で待ち構えていた。

 動物(ゾオン)系が如何に頑丈でも限度がある。油断せず、慢心せず、ここでカイエを仕留めて万全を期すのが役目だ。

 しかし──流石に、ロビンが奪還されて戻ってくるとは予想外だった。

 

「カイエ殿!! ロビン殿の救出に成功!! 赤犬が追ってきまする!!!」

「──ええ、わかりました」

 

 背にロビン、右肩にゼポを抱えたトビが視界の端を走っていく。

 流石にそれは見過ごせないとヨセフが手長族特有の長い手を伸ばせば、口元を歪めたカイエがその腕を掴んでいた。

 

「ええ、ええ。流石に私もストレスが溜まる戦いでした。全力を出せない状況で耐える、というのは訓練したことがありますが、その経験が無ければ体力を使い切っていたでしょうね」

 

 隙を晒したカイエの背にマハが嵐脚を放つ。

 しかしカイエは冷静にそれを回避し、腕を掴んだヨセフごとマハを天井へ叩きつけた。

 天井を砕くその一撃に続いてカイエはヨセフを殴りつけ、更に上へ上へと昇っていく。

 やがて広い部屋に出たと思えば、各自CP9を倒したのだろう麦わらの一味が集まっていた。相応に怪我は負っているようだが、脱落者はいない。

 

「カイエ!!」

「ロビンは助けたようです。すぐに上がってきますから、すぐに脱出を。赤犬が追ってきているそうなので、チンタラしてると全滅もあり得ますよ」

「君は?」

「どのみち彼らを押さえる役目が必要でしょう? それに──」

 

 バキバキと部屋を破壊しつつ、カイエは笑みを浮かべて人獣形態へと変化する。

 両手両足は蛇の鱗に覆われ鋭い爪が生え、腰からは蛇の尾が生え、長い髪は蛇の頭のように。

 散々にやられたのだ。多少なりともやり返してやらねば気が済まない。

 

「──私、これでもしつこい性格なんです」

 

 立ち上がったヨセフの顔面目掛け、強烈なパンチを食らわせて吹き飛ばした。

 

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