ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百三十三話:追わせない

 

 互いの拳が衝突し、同時に吹き飛ばされる。

 一瞬早く体勢を立て直したルッチは、橋の上を滑るルフィを追って〝剃〟による高速移動で肉薄する。

 ルフィはそれに気付くと、止まるのではなく橋梁に自らぶつかりに行って回避した。

 普通の人間なら余計なダメージを負うだけの行為も、ゴム人間なら何の痛痒もなく耐えられる。

 ついでのように体をそこで止めると、片手で狙いを定めて拳を撃ち込んだ。

 

「〝ゴムゴムのJET(ピストル)〟!!」

 

 前のめりになっていたルッチはこれを回避しきれず、肩にかすりながらも横に転がってダメージを最小限に減らす。

 幾度となく衝突する2人は互いに攻撃をくらいつつも立ち上がって戦っており、息を切らしつつも倒れることはない。

 

「ハァ……ハァ……!」

「ゼェ……ゼェ……中々粘るじゃないか、海賊風情が……! だが、お前たちの命運も尽きて来たな」

 

 ルッチは敢えてルフィから視線を外し、〝正義の門〟の方を見る。

 ルフィも釣られてそちらを見ると、門の向こう側から次々に軍艦が姿を現すのが見て取れた。

 〝バスターコール〟により出動した10隻の軍艦である。

 

「軍艦が到着した……じきに砲撃が始まる。この島にいるお前の仲間も、〝黄昏〟の連中もまとめて砲撃の雨に晒されるだろう」

 

 海兵や世界政府軍も島には残っているが、〝バスターコール〟がかかったことは恐らく知らされていない。

 どちらにしても進軍してくる〝黄昏〟とぶつかってやられているだろうが、逃げ場のない島で砲撃の雨に晒される兵たちには同情を覚える。

 中将5人に軍艦10隻。海兵の総数はおよそ一万を超える国家級戦力。

 〝黄昏〟の軍艦も来ているが、数の上での有利は海軍にある。

 この状況では、いち海賊に過ぎないルフィの仲間たちが生きて帰ることなど不可能に近い。

 

「諦めろ、〝麦わら〟。こうなった以上、お前たちの仲間が生きて帰ることはない」

「それは、やってみなきゃ分からねェだろうが!!」

「いいや、わかるさ」

 

 チラリと赤犬にやられて倒れているペドロを見る。

 ゲルニカとステューシーを相手取るディルスも、体力的には余裕そうに見えるが、実のところ押され気味だ。倒すのに時間がかかっているだけで勝てるわけではない。

 この状況でまだ勝てると豪語するルフィの見通しの甘さに、ルッチは溜息を漏らした。

 

「仮におれを倒せたとしても、地下の道は既に水没しつつある上、CP0の2人もいる──それに、ニコ・ロビンを追っているのは赤犬だ。おれが言うのもなんだが、あの男の執念は凄まじいぞ」

 

 あらゆる海賊を追い詰めて来た赤犬の戦果はルッチも良く知っている。

 あの男に追われて無事だった海賊などほとんどいないだろう。それこそ、〝四皇〟と呼ばれるような者たちくらいだ。

 しかしそれでもルフィの目は諦めていない。

 それでも、と──気炎を吐く。

 

「お前から目を離す理由にはならねェ。おれは、お前が仲間たちを殺しに行かないようにここで止める」

「……フフフ。いいボスの器だな。どっかのバカにも聞かせてやりてェ台詞だ……」

 

 赤犬が相手でも逃げ切れると信じている。

 だから、ルフィがやることはここでルッチを逃がさないことだ。

 CP0もいる。海軍大将もいる。〝バスターコール〟だって本格的に発動している。

 それでも。

 ルフィは自分がやるべきことを見失うことはなかった。

 

「そら──喋っているうちに軍艦が来たぞ」

 

 ガレオン船クラスの軍艦は相応に足も速い。門から〝ためらいの橋〟を越え、〝司法の塔〟まで進むのにそれほど時間はかからない。

 何より、この距離まで近付いたなら砲撃の射程範囲だ。

 まず初めに狙われたのは島を覆う柵。ついで〝ためらいの橋〟から〝正義の門〟へ向かうための護送船だった。

 万が一にもルフィたちを逃がさないために、海軍は()()()()()()()()()()()()。〝バスターコール〟とは、()()()()()()なのだ。

 それを見ていたルフィたちのいる場所もまた、砲撃の対象である。

 

「っ!?」

「おっと」

 

 ルフィたちが主戦場にしている第一支柱は、〝司法の塔〟と地下通路で繋がっている。地下の状態はわからないが、上から見た限りではまだ大丈夫そうだったその場所が砲撃に晒される。

 地下通路は瓦礫に埋まって使用不可能になった。仮に誰かが下にいたとしても、その誰かごと生き埋めにするために。

 

「ハァ、ハァ……あいつら、ちゃんと逃げ切れたよな……?」

「人の心配をしている場合か?」

 

 呼吸を整えたルッチが高速で接近し、鋭く伸びた爪で貫こうと〝指銃〟を振るう。

 ルフィはそれを回避し、〝JETスタンプ〟で追撃しようとする腕を弾く。体勢を整えたルフィは即座に〝JET(ピストル)〟で反撃に移るも、ルッチはこれを身を低くして回避しつつ〝嵐脚〟による反撃をした。

 

「先程のドーピングが効いているようだな! 息が荒れているぞ!」

 

 ルッチはただ煽るためだけにおしゃべりに興じていたわけではない。僅かな時間でも呼吸を整え、疲労した体でもまだ動けるようにしていたのだ。

 それはルフィとて同じだが、明らかにルフィの方が体力の減りが速い。

 体から蒸気のような、煙のようなものが出ている技のせいだということはルッチにもわかる。

 体力──あるいは寿命を削っていると言ってもいい技だ。ゴム人間だからこそ耐えられる技ではあるが、本来多用するようなものではない。

 ルッチの〝嵐脚〟が体を掠めて体勢を崩したルフィは、続けて放たれた飛ぶ〝指銃〟を受けて倒れる。

 流した血も多く、体から出ていた蒸気も徐々に消えていた。〝ギア2〟を維持出来なくなったのだ。

 

「ハァ、ハァ……クソッ!!」

「ドーピングを使ってもその程度……骨のある男だと思ったが、所詮はこの程度か」

 

 〝ウォーターセブン〟から〝エニエス・ロビー〟に辿り着き、そこからずっと戦い続けているのだ。体力が続くこと自体が驚異的と言う他にないが、ルッチにとってそれは考慮に値しない。

 目の前に立ったのなら、状態がどうだろうと本気の戦いを、血を求める。

 息を切らしつつも再び立ち上がったルフィは、ならばと右の親指を噛む。

 

「だったら、見せてやるよ──()()()()()()()!!」

 

 〝ギア〟──〝3(サード)〟。

 

 

        ☆

 

 

 ゴン、ガン、とおよそ人体がぶつかっているとは思えない音を出しながら、カイエとヨセフが殴り合う。

 覇気の強さも、六式の練度も、決定的と言えるほどには離れていない。技量が同程度であるならば、勝利の趨勢を決めるのは肉体の強さだ。

 この点において動物(ゾオン)系の能力者であり、更に幻獣種として持つもう一つの能力がある故にカイエは極めて有利な状況にあった。

 

「クソ、厄介だな、その眼は!!」

 

 神話に語られる〝ゴルゴーン〟は見た者を石に変えてしまうという。

 その能力者であるカイエもまた、視界内に収めた相手を石化させるという極めて凶悪な能力を持っていた。

 覇気を纏えば弾ける程度の事ではあるものの、カイエの能力に抵抗するために覇気を集中させれば物理的な防御がおろそかになる。

 ヨセフとマハは出来る限りカイエの視界に同時に入らないよう注意しながら、片方が落とされないように立ち回っていた。

 

「〝魔眼〟と呼ばれる理由を身を以て理解したよ。格下はもちろんだが、同格や格上相手にも通じるなら厄介なことこの上ないな」

「ええ、あなた方のような相手に対して使えるよう訓練していますので」

 

 最初からこうやって使えていたわけではない。

 視界内の全てを石化させるが同格以上には全く通用しない広範囲石化と、極めて狭い範囲に作用させるが同格以上でも動きを鈍らせる程度には効くように出来る局所石化。

 元々は前者のみしか使えなかったが、長い鍛錬と能力に対するアプローチを経て変化させたのだ。

 実際のところ、2人同時に視界に入っても片方に集中しなければ動きを鈍らせることすら出来ないのだが、それを教える義理もない。

 空気を裂くような音と共に振るわれる拳は鋭く重く、ヨセフは受け止めはするも大きく弾き飛ばされた。

 

「カイエ! ロビンたちが上がって来た!! 私たちは海列車の駅を目指すけど、君はどうする!?」

「先に行ってください!! ここで彼らを押し留めます!!」

「時間がない! 〝バスターコール〟は既に発令されてるんだ、このままここに居ても砲弾の雨を受けるだけだよ!?」

「砲弾くらいで私は死にませんよ。それより、ここで彼らから目を離す方が問題です!」

 

 CP0は暗殺が専門ではないが、極めて高いレベルの六式を使える以上、先回りされてしまう可能性もある。

 カイエが目を離せば、彼らは別の誰かを襲いに行くし、それがロビンを逃がす上で致命的な失敗に繋がるかもしれない。

 ならばここでギリギリまで抑えつけておくのが最善と言えるだろう。

 

「……わかった! ここは任せたよ!!」

「……ッ!!」

 

 ロビンが何か言いたげにするも、それすら時間が惜しいのだと急かされて走っていく。両手に嵌められていた海楼石の手錠は既に外されているようで、動くのに支障はないようだった。

 カテリーナがロビンたちと共に〝司法の塔〟を脱出していくのを尻目に、カイエは軽く両手の調子を確かめる。

 まだ十分に動く。覇気も目減りしているが致命的なまでではない。

 高速で肉薄するマハの蹴りを伏せて回避し、死角から拳を振るう。しかしそれは即座に回避され、上空から〝嵐脚〟による斬撃の雨が浴びせかけられる。

 カイエはそれをバックステップで回避しつつ、マハと対角を成すように地面を走って移動するヨセフへ視線を合わせた。

 

「ぐっ」

 

 僅かに動きが鈍り、そちらに意識を割いたと見たマハが上空から襲撃をかける。

 カイエは速度の乗った蹴りを片手で防ぎ、空いたもう片方の手でマハの腹部目掛けてフックを振り抜く。

 派手な音と共に吹き飛ばされたマハから視線を切り、わざと建物を切るように放った〝嵐脚〟で建物を崩し、巻き上がった埃でカイエの視界を塞いだ。

 ヨセフとて無策で戦っていたわけではない。視線が通らなければ〝魔眼〟は通じないと理解し、何らかの手段で視界を塞げば戦いやすくなると考えたのだ。

 果たして結果はその通りとなり、ヨセフは動きを阻害されることなくカイエと衝突した。

 

「随分嫌がっているようですね。動きを阻害されるのは困りますか?」

「当然だ。余計な手間ばかりかかって困る」

 

 とは言え、視界が塞がれたところで見聞色の覇気が使えれば相手の位置を知るのに不自由はしない。

 互いに目隠しをした状態で戦っているようなものだが、カイエもヨセフもマハも、誰もそれを苦にした様子を見せずにぶつかっていた。

 そうしてぶつかっていると、〝司法の塔〟が一際大きく揺れた。

 外から聞こえて来た砲撃音と今の揺れを考えるに、〝バスターコール〟が本格的にこの島を焼きに来たらしい。

 

「余りグズグズしていると厄介なことになりそうですね……」

「それはこちらの台詞だ。いい加減諦めて欲しいものだがな」

「出来ない相談です。ロビンの事を諦めて、尻尾を振って帰るなど──後でカナタさんに殺されても文句は言えませんからね」

「……ニコ・ロビン個人に対する執着か、あるいは〝歴史の碑文(ポーネグリフ)〟を読める考古学者に対する執着かで変わってくるが……結局は他の〝四皇〟と同じようにあの女を狙っているのだな」

「あなた方ほどではありません、よっ!!」

 

 鉄骨の入った柱が砕ける音がした。

 回避していなければヨセフの頭はああなっていたと思うと、背筋が寒くなる思いだ。

 武装色の覇気を単純に纏っても同じ結果にはならない。覇気の使い方の上手さは〝黄昏〟の幹部に共通する点だと聞いているため、覇気を流し込んで内側から破壊したのだろうと当たりを付ける。

 再び地響きのような音が響き、〝司法の塔〟が大きく揺れる。

 あまり長いことここにいては、本当に砲撃に巻き込まれてしまう。

 そう思っていたが……地響きは止むことなく、むしろどんどんと近付いてきているような気さえして、ヨセフは壁を破壊して突っ込んで来た何かを回避するように大きく移動した。

 

「なんだ……?」

 

 壁を破壊し、地面を滑るように吹き飛んで来たのは、誰あろうユイシーズだった。

 体のところどころが焼け焦げたように黒ずんでおり、口からは血を吐いてダメージの大きさを否応なしに理解させる。

 遅れて現れたのは、両腕からマグマを沸き立たせる赤犬だった。

 

「赤犬!? こんな時に……!!」

「ぐ……クソ、流石に強いな、海軍大将……!」

「無駄に時間がかかったわい……ニコ・ロビンはどこじゃァ」

「奴なら港の方に向かっている。それほど時間は経っていないから、すぐに追いつけるだろう」

「そうか……わしは追う方を優先するが、構わんな?」

「ああ、ここまで来て任務失敗になるほうが問題だ」

 

 赤犬とヨセフは手短に情報伝達を終えると、すぐに方針を決めた。

 ヨセフとマハはカイエとユイシーズを足止めに、赤犬はロビンを追うために。

 邪魔しようとしたカイエとユイシーズをCP0の2人が止め、赤犬は悠々と駆け抜けた。

 

「覚悟せェ。絶対に逃がさんぞ、ニコ・ロビン……!」

 

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