──〝正義の門〟より展開した10隻の軍艦は、〝ためらいの橋〟の横を通って〝司法の塔〟付近まで近付きつつ砲撃を始めていた。
雨のように降り注ぐ砲弾の狙いはエニエスロビーではなく、周囲に展開する〝黄昏〟の船団だ。
『第1号艦より通達。ニコ・ロビンは現在〝裁判所前〟から〝正門前〟へと逃走中。大将赤犬がこれを追跡中のため、砲撃は周囲に展開する〝黄昏の海賊団〟を優先するように』
『第4号艦より通達。〝ためらいの橋〟にて本件の首謀者と思われる〝麦わら〟のルフィ及び〝黄昏の海賊団〟所属の巨人、ディルスを確認。半数の砲撃手は狙いを〝ためらいの橋〟へ』
命令が下ると同時に砲塔が動き、軍艦のうち半数の砲口が〝ためらいの橋〟へ向く。
CP9であるルッチやCP0であるゲルニカとステューシーが戦っているが、砲撃程度では死にはしないと判断しての事だ。
照準が合うと同時に一斉に砲撃が始まり、爆炎に包まれる。
砲撃によって橋が砕け、ディルスが海へ落ちていき──それを回収するように
「なんだあれは!?」
「能力者……鎖の能力者です!! 空中を移動しながらディルスを移動させています!!」
双眼鏡を覗き込みながら、驚愕の声を上げる海兵。
何もない空中から鎖が何本も現れたと思えば、それを掴んで振り子のように空中を移動するなど、あまりにもアクロバット過ぎる動きだ。想定出来るわけがない。
慌てて砲口を向けると、今度は大量の紙が飛んできて視界を覆っていく。
「〝黄昏〟の能力者です! し、視界が利きません!!」
「…………」
今回の作戦に参加した中将であるオニグモは、葉巻を口にくわえたままジロリと能力者である男を見る。
〝黄昏〟には多くの能力者がいることは分かっている。だが、明らかに
六式は基本的に相応の実力が無ければ会得出来ない。海軍でも完全に六式を扱えるのはほとんどが本部付きの将官以上に限られ、政府の諜報員でも使えるのがごく一握りだ。
見る限り〝剃〟と〝月歩〟を使えているし、他の六式を使える可能性は低くない。
あのレベルの人材が、果たしてどれほどいるのか。
四皇と張り合うレベルの海賊団ならそれなりにいても不思議ではないが、〝黄昏〟は秘密主義ゆえにその戦力は友軍だった海軍にもほとんど知らせていない。
これは厄介なことになるかもしれないな、と──そう思わざるを得なかった。
☆
「おいルフィ!! 生きてるか!?」
「ぶ、ぶはっ……ハァ、ハァ……い、生きてる……」
海に落ちたルフィを拾い上げ、ペドロがルフィを抱えて〝黄昏〟の船へと泳いで移動する。
軍艦による一斉砲撃を受け、崩壊した橋に巻き込まれて海に落ちたのだ。
能力者であるルフィは泳げない。
海に落ちた時点で死んだも同然だったが、間一髪で目を覚ましたペドロによって助けられた。
それでも〝黄昏〟の船までそれなりに距離がある上、ペドロもかなりの重傷だ。海の上を漂っていたところで生還の目はない。
「よォ、〝麦わら〟! ハハハハハ、元気そうじゃねェか!!」
「!? ブエナ・フェスタか!?」
ディルスを回収するためか、リスクを承知で近くに来ていたフェスタの船が寄ってきていた。
絶え間なく砲撃を浴びせかけられているが、船の周囲を飛んでいる紙や鎖が間断なく砲撃を防ぎ続けている。
「ルフィ、腕を伸ばせるか?」
「な、なんとかやってみる……」
半身が浸かっているだけでも体にはほとんど力が入らないくらいだ。胸元まで浸かっている今、ルフィを襲う脱力感は相当なものだろう。
力の入らない体を何とか海上に出し、腕を伸ばそうともがいていると、船から降りて来た誰かが空中を蹴ってあっという間にルフィとペドロの2人を回収して船に戻った。
2人は助かったと大きく息を吐き、感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、助かった……」
「ありがとうおっさん! あ、そうだ! 巨人のおっさんは!?」
「ディルスなら先に回収してる。あそこで砲弾弾いてるだろ」
「あ! おっさん、無事だったんだな! 良かった!」
ルフィを庇って砲撃のほとんどをその身で受けたディルスの体には、いくらかの火傷が見て取れた。本人は
それより、とペドロは
「……ゆガラ、その体はどういうことだ……?」
「ああ、これか? 〝ギア
「ギア? 反動? ……ゆガラ、無茶な技を開発したな……」
ルッチに強力な一撃を加えて吹き飛ばしたあとで砲撃の雨を食らって海に落ちたため、この反動の時間もそれほど長くはないだろう。
だが、ルッチたちを見失ってしまった。
砲撃の雨で死んだとは考えにくいので、彼らは彼らでロビンを追いかけている事だろう。空を飛べるのはこういう時に便利で羨ましい。
ルフィは疲れ切った体で立ち上がり、「ロビンたちのいる方へ船を回してくれ」と頼み込む。
「このままじゃロビンたちが危ねェ! あいつを逃がしたら、おれの仲間を殺しに行っちまう!!」
「焦るんじゃねェよバカ野郎。船はとっくに旋回して本島を目指してる……だが、追いつけるかどうかは五分だな」
言うまでもないが、普通に船を回すより〝月歩〟で真っ直ぐ駆けたほうが着くのは早い。
この船にいる六式使いを回してもいいが、こちらはこちらで軍艦の相手をしなければならないのだ。直接乗り込んで戦う可能性は低いが、下手に戦力を分けるのもリスクが高い。
だが、
「ハハハハハハ!! これだけの規模の祭りだ!! 派手にやらなきゃ面白くねェ!!! おいアレックス、連れて行ってやれよ!!」
「あァ!? こっちの防御誰が請け負ってるかわかってンのか!?」
「赤犬が追いかけてる仲間を助けようってんだ、泣かせるじゃねェか!! 他の奴でも構わねェぞ? デリック、お前どうだ?」
「……赤犬の相手なんざ御免だ。だが、連れて行くだけなら連れて行ってやってもいい」
「ホントか!? 助かるよ、ありがとう!!」
クロスボウを背に抱えた男の手を取り、笑って感謝の意を告げるルフィに毒気を抜かれた顔をする。
ペドロと同様に最低限の傷の手当てをしてからだ、と言うと、「そんな暇はねェ」と強弁するルフィ。
今こうしている間にも、ルッチはルフィの仲間たちを殺そうとしている。悠長に傷の手当てをしている暇もなければ、船を近付ける程の猶予もない。
強く頼み込むルフィにある種の威圧感を感じつつ、デリックはしぶしぶ頷き、元に戻ったルフィとペドロを抱えて空を駆けて行った。
それを見送るフェスタは、砲弾が爆発する音に顔をしかめながら葉巻をくわえなおす。
「〝ジェルマ〟は?」
「先程到着したと連絡が来ました。海軍の軍艦の横っ腹にぶつかって襲撃しているようです」
「そりゃあ重畳。ケツ叩いた甲斐があったってモンだぜ」
ゲラゲラと笑いながら、フェスタは双眼鏡を部下から受け取ってそちらを見る。
多くの武器を備え、多くの人的資源を備え、改造した我が子を兵器とする移動国家の王を視界に収めながら、フェスタは口角を上げた。
「これで連中は一蓮托生。一艘の船から降りられなくなった……ま、カナタの奴はどう考えてるか知らねェが、悪くはねェだろ」
☆
派手な轟音と共に、道の両側にある建物が崩壊する。
砲撃によるものではなく、ゾロが斜めに建物を切り裂いたことによるものだ。
崩れた建物は見事に道を塞ぎ、普通の手段では通れなくなるが──それをものともせず、瓦礫が融解してその奥から赤犬が現れる。
「クソ、あんなの相手にしてられねェぞ……!?」
「かといって、直線で追いかけっこしたって逃げ切れやしねェぞ!?」
ウソップが巨大パチンコ〝カブト〟を使用した火薬星で攻撃しても、
足止めになりそうなものは何でも利用するが、どれ一つとして赤犬の足を問えるに至らない。
〝司法の塔〟から海楼石の手錠でも持って来ていれば利用できたかもしれないが、今更言ったところでどうなるものでもなかった。
「鬱陶しいのォ……逃がさんと、何度言わせれば気が済む……!」
ボコボコと沸き立つマグマが形を変え、先頭を走るカテリーナたちよりも先へ斜めに撃ちあげられる。
「〝大噴火〟!!」
「っ!! マズイ、皆止まって!!」
急な制動に後ろを走っていたアイスバーグとトムが思わずつんのめるが、カテリーナはそれを気にする暇もなく2人の背中を掴んで引き倒す。
赤犬の腕から放たれたマグマは大通りに着弾し、カテリーナたちの行く手を阻む。
「マグマで足止めを……! こっちは駄目だ! 別の道を!」
「えェ!? で、でも戻らないと──」
「戻ってる暇はねェ!! 建物を真っ直ぐ突っ切る!!」
サンジが走る勢いを止めることなく建物の壁を蹴り破り、マグマの海を避けて海列車のある港を目指す。
後ろから追ってくる赤犬の足も止まることはないため、徐々に距離を詰められているが──この面々はほとんどが覇気を使えない。使えるゼポとトビでも、赤犬を相手に生半可な覇気で挑んでは自殺するようなものだ。
まともに戦えない以上、追いつかれた時点で詰み。
カテリーナはどうにか距離を取りたいと、必死に頭を巡らせながら走る。
「カイエとユイシーズは追ってこない……CP0の2人が追ってこないあたり、そっちが足止めしてるんだろうけど……!」
現状、頼れそうな2人はここにいない。
何とかしなければ。何とかしなければ。何とかしなければ。
──この程度の逆境、弾き返せなくて何が〝天才〟か!!
カテリーナは息せき切って走り……時折距離を確認するために後ろを見ていたため、後ろで何とか時間を稼ごうと建物を崩して防御壁代わりにするゾロがついに足を止めたことに、奇跡的に気付いた。
「ダメだ! 戦っても勝てない!! 逃げるんだ!!」
「背を見せて逃げたところで、追いかけるのを諦めてくれるタチじゃねェだろうがよ……だったら、おれが何とか数秒稼いでやる!! さっさと行け!!」
ここで死ぬ覚悟で三本の刀を構え、ゾロは赤犬と相対する。
──そこへ、空を駆けて追いついて来たサイファーポールが3人。
ルッチ、ゲルニカ、ステューシーである。
「…………」
「ここまで逃げていたか。逃げ足の速いことだ……」
「あら、追いつけたんだからいいじゃない」
「テメェら、何でここに……!!」
ルフィとペドロ、それに聞くところによれば〝黄昏〟の援軍と戦っていたハズである。
それが3人ともここへ来たということは、彼らに何かあったということだろう。ルッチは納得いかないと言わんばかりの顔をしているが、他二人は仮面を被っているせいで顔が見えず表情を窺えない。
理由はどうあれ、彼らがここに来た以上は逃げることは最早厳しいだろう。
ゼポはゾロの隣に立ち、自分もゾロ同様に命を賭けて時間稼ぎに徹しようとする。
「さっさと逃げろ!」
「言ったじゃろうが。逃がさん、と──ワシにそう言われたなら、生きることは諦めんかい!」
決死の覚悟で刀を振るうも、赤犬の体には通じず──名刀〝雪走〟はその刀身をマグマの熱で熔かされ、僅かに根元に刃を残すのみとなる。
分かっていたことではあるが、こうも力の差を見せつけられると色々と思うことも出て来る。
赤犬はゾロに取り合う事すらせず、真っ直ぐにロビンを捕まえようとその手を伸ばす。
しかしその横合いからゼポの覇気を纏った一撃をくらい……しかし何のダメージも無いままギロリと睨みつけられ、マグマの熱で逆にゼポが悲鳴を上げることになった。
酷い火傷だ。放置すれば後遺症も残るだろう。
それでもロビンを逃がそうとして、彼女たちが立ち止まっていることに気付く。
ゲルニカとステューシーが先回りしていた。
「諦めろ。お前たちはここまでだ」
「私たちから逃げられると、本気で思っていたの? 馬鹿ね」
一瞬の意識の空白の間にゼポは赤犬に頭を地面に叩きつけられて気絶し、ゾロも能力を使わず蹴り飛ばされて別の建物へと突っ込んだ。
逃げ道は、ない。
絶体絶命!