ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百三十五話:天より来たる

 

 海軍の軍艦が派手に爆発する。

 甲板で戦う中佐、大佐の面々とて本部付きの海兵だ。並の海賊相手であれば遅れなど早々取るものではない──だが、今回は相手が悪かったと言わざるを得ない。

 〝北の海(ノースブルー)〟を拠点に方々を回り、戦火があれば介入して金品と引き換えに手を貸す〝戦争屋〟ジェルマ。

 彼らにとって襲撃などお手の物であり、中将の乗っていない軍艦などカモに等しい。

 

「ぐあ……っ!? な、何故ジェルマが我々に攻撃を……!!」

 

 本来、〝ジェルマ王国〟は世界政府加盟国のひとつである。

 〝世界会議(レヴェリー)〟に出られるほどの影響力はなく、確たる国土すら持たぬ亡国扱いされることさえままあるが、それでも世界政府の認める加盟国だ。海軍は〝加盟国同士であれば〟という前提条件こそあるものの国家間の戦争に介入することはないため、利益の振り分けに不平不満が出るようなこともない。

 その彼らが海軍の軍艦を襲撃している。

 それが示すのは、ただひとつの真実だけだ。

 

「我々は世界政府よりも〝黄昏〟との盟約に従って動く。そちらとの関係はここまでだ」

「世界政府を裏切ったのか!」

「裏切りだと? 馬鹿を言え」

 

 元々〝ジェルマ王国〟を再建するためには世界政府加盟国に名を連ねていなければならなかっただけだ。

 何しろ、加盟国以外では人権すら認められない世界である。移動国家などと言えば聞こえはいいが、要は巨大な船に住んでいるだけ。加盟国として登録しなければ海賊扱いで軍艦が派遣されてくる。

 そうでなくとも、国王であるジャッジはかつて世界政府に危険だと判断されて解散させられた研究チームの一員だ。ベガパンクのように死ぬまで飼い殺しにさせられる可能性だってあった。

 どこまでも利己的に、ジャッジはそちらの方が都合が良いと判断していたに過ぎない。

 〝黄昏〟と手を組んだ方が利があると判断すれば、世界政府に反旗を翻すことさえ躊躇わない。

 

「父上、あっちの船には中将が乗っているようだ。我々で強襲してくる」

「そうか。兵士は必要なだけ連れて行け」

 

 この船の戦闘員はあらかた掃除し終えた。主戦力であるジャッジの子供たちは海軍中将相手でも引けを取らない実力者だ。

 殲滅ではなく船の制圧が目的であれば、補佐をする兵隊がいれば任せられるだろうと判断して──制圧した船を乗っ取ろうとしたところで、子電伝虫に通信が入る。

 

『ジャッジ、その船が他の軍艦から狙われているわ。味方ごと沈める気のようね』

「すぐに退避する」

 

 ソラからの通信を受けて即座に船を出ると、一瞬遅れて先程までいた船の甲板で派手な爆発が起きる。

 他の軍艦からの砲撃によるものだろう。内部で砲弾に誘爆したのか、内側から爆発しているのが見えた。

 容赦のない判断だな、と他人事のような感想を抱きつつ、逃げ遅れた味方の兵隊が焼かれているのが目に入る。

 ジャッジはそれを何の感慨もなく眺め、イチジたちが向かった次の標的である船に視線を移す。

 

「戦況はどうなっている?」

『有利、とは言い難いわね。出てきている〝黄昏〟の船自体少ないのもあるけど、〝エニエスロビー〟本島にまだロビンが残っているみたいだもの。逃げの一手を打つに打てないのよ』

「手助けが必要か?」

『相手は海軍大将〝赤犬〟よ。いくらあなたが強くても、あの男の相手は止めた方が良いわ』

「ぬ……」

『それに、現場にはCP0もいる。今更だけど、無事に逃げ出せる可能性は限りなく低いわね……』

 

 ジャッジを始めとして、ジェルマの王族は皆レイドスーツと呼ばれる強化スーツを使用している。これによって大砲の弾程度ではダメージを負わない頑丈さを得ているが、流石に赤犬の攻撃を防げると驕るようなことは出来ない。

 3人しかいない海軍大将の一角である。そう簡単に落とせる相手ではないし、それに加えてCP0もいるとなれば、もはや負け戦にも等しい。

 島内にはサンジもいるハズだ。ソラとて内心穏やかでは無いハズだが──それにしては、聞こえる声色は酷く落ち着いている。

 

「……お前はサンジの事を心配していると思っていたが」

『ええ。心配よ。今でもね……でも、立派に独り立ちした子供をいつまでも心配するのって、どうかと思うのよ』

「お前がそういうことを気にしているとは、驚きだな」

『うるさいわね。私だって、もういつ死んでもおかしくないもの。心配事が減ったことを喜ぶくらい、いいでしょう? それに──』

 

 ソラは一拍置き、視線が上を向いた。

 どこを見ているのか、ジャッジも釣られて空を見上げれば──そこには、豆粒のような大きさで空に浮かぶ船の姿があった。

 

『──あの子が来たなら、もう心配はいらないわ』

 

 爆発音に紛れ、空より雷鳴が響く。

 

 

        ☆

 

 

「数秒、無駄にしたのォ」

 

 立ち塞がったゾロもゼポも既に倒れた。

 道を開こうとCP0に立ち向かったサンジとトビも倒れた。

 フランキーとウソップが何とかしようと動き出し、チョッパーも動かない体を動かそうと何とか気張り、ナミが前後を挟む最悪の敵たちに顔色が真っ青になる。

 誰もが決死の覚悟で道を開こうと動き、結果として倒れていく──その悪夢のような状況に、守られている当人であるロビンの顔色は最悪と言っても良かった。

 己のせいで、最も大事な仲間が倒れていく。

 それは、ともすれば……滅びる故郷を前に逃げるしかなかった20年前の光景を、もう一度見せられているような。

 どうにか逃げなければと思っていても、足が動かない。頭が回らない。

 

「ニコ・ロビンを捕縛せェ。それ以外は殺しても構わん」

 

 ルッチは赤犬の命令に不承不承と言った様子で従い、守ろうとしたフランキーとウソップをゲルニカとステューシーが弾き飛ばす。

 アイスバーグとトム、カテリーナとナミは動こうにも赤犬に睨みつけられて動けず、ロビンが再び捕まる瞬間を見守るしかない。

 その時だった。

 

「ハトの奴~~~~!!!!」

 

 凄まじい勢いで投げ飛ばされたのであろうルフィが建物を貫いてルッチに激突し、続いて突入してきたペドロがゲルニカとステューシーの前に立ち塞がった。

 剣もなく、体はボロボロで、既に戦えるような状態ではない。それでもなお、ペドロは己に課した使命を果たさんとしている。

 

「また邪魔か……やる気だけは一人前じゃのう、〝麦わら海賊団〟」

 

 赤犬の視線はルッチと吹き飛ばしたルフィの方へと向いた。

 この海賊団の主柱になっているのはこの男だ。船長が折れない限り投降しない海賊団など山ほど見て来た──彼らはそのタイプだろう。

 ルフィの祖父は赤犬としても世話になったことがあるし、問題は腐るほどあってもひとりの海兵として尊敬しているが……ここまでの暴挙を見逃すことなど出来ようはずもない。

 

「お前が死なん限り、この海賊団は止まらんようじゃな──なら、ここで死ね!!」

「え──」

 

 人獣形態になったルッチを警戒していたルフィは、赤犬がその矛先を自分に向けたことに気付くのが遅れた。

 そもそもここまで最悪の状況になっていたこと自体が、ルフィにとってパニック一歩手前だったのだ。

 仲間たちは傷だらけで倒れ、ロビンが再び連れ去られようとしていた。それを止めるためにルッチを吹き飛ばし、そちらに警戒を向けるのに精一杯で、赤犬まで気を回せなかった。

 赤熱する腕が迫る。

 

「ルフィ!!」

 

 赤犬にとってあまりにも隙だらけの背中だ。最速の攻撃を振るったが、しかし意識の外にいたペドロの方が一手早かった。

 咄嗟にルフィを押し倒して逃がすも、自分は避け切れず──マグマの腕がペドロの腹を抉り取る。

 ギリギリで内臓は避けた。だが、これまで積み重なったダメージもあり、ペドロは最早動くに動けない。

 赤犬にとっては順番が変わっただけだ。

 どのみち全員海賊……誰一人として逃がしはしない。

 

「ペドロ!! おい、ペドロ!!」

「ガハッ……! ルフィ、ロビンを連れて逃げろ……」

「待て、待てよペドロ! お前、腹……!!」

「おれは、もう、いい……」

 

 血を吐き、激痛に苛まれてもなお、ペドロは己の事よりロビンの事を優先した。

 古より続く盟約相手である光月の姫からの頼みだから、ではない。

 長くともに海を旅し、過ごしてきた戦友が、ここで捕まることを良しとしなかった。

 血だまりが広がる。死の匂いが近付く。

 仲間の死を経験したことのないルフィは、ただ死の感覚が近付いてくることに呆然とした表情を浮かべ──その隙を、赤犬が見逃すはずがなかった。

 

「心配せずとも、すぐに同じところに送ってやるわい──!!」

 

 赤く猛る腕がルフィごと倒れるペドロに止めを刺そうと振り下ろされる。

 それを見ていた誰もが、ルフィの死を予感した。

 だから、これはきっと──奇跡などではなく、ペドロが引き寄せた〝数秒〟の結果であった。

 

 ──雷鳴が響く。

 

 音よりも速く現れ、閃光と同時に振るわれる刃は赤犬の拳を弾き返し、返す刃で吹き飛ばす。

 尋常の技ではない。並の覇気では赤犬の体を斬ったところでダメージなど無く、そもそもゾロの刀がそうであったように融解してしまう。

 刀身は常ならず黒く染まり、漏れる覇気は猛々しく荒れ狂う。

 赤犬はここに来て、明確に。

 現れたその女を、警戒した。

 

「……何者じゃァ」

 

 女は、怒りの様相を見せず。静かに答えた。

 

「小紫と申します──〝黄昏〟です」

 

 

        ☆

 

 

 誰よりも速くその場に辿り着いた小紫を追って、2つの影が建物内部に現れる。

 ゲルニカとステューシーは小紫が現れた時点で〝黄昏〟の援軍が来たと判断して警戒していたが、2つの影はその警戒を容易くすり抜けた。

 

「〝弾斬丸(だんぎりがん)〟!!」

「〝櫓流桜(やぐらりゅうおう)〟!!」

 

 高速で撃ち込まれる弾丸を防ぐことに気を取られ、僅かに時間差を置いて放たれた()()()にたまらず屋外へと吹き飛ばされる。

 2つの影──イゾウと河松はCP0を警戒しつつ、倒れる者たちを一瞥した。

 

「カテリーナ! 動けるな? 治療は出来るか?」

「イ、イゾウ……!? 何でここに……」

「姫様が道中でおれと河松を拾ってきたのだ。遅れたのはそのせいだ、悪かったな」

「ううん、助かったよ……すぐに治療する。大丈夫、絶対に死なせない」

 

 最低限、応急処置を済ませておかなければ危ない者がいる。

 チョッパーは体がまともに動かないのであまり役には立たないが、それでも念のために持っていた治療キットなどは役に立つ。

 問題は再び襲ってくるだろうCP0だが……。

 イゾウと河松は軽く笑い、心配は不要だと銃と刀を構えてみせた。

 

「我々は遊びに来たわけではない」

「あれらの相手は任せてもらおう」

 

 建物の外に出れば、ガラガラと崩れる建物からゲルニカとステューシーが埃を払いながら出て来るところだった。

 仮面を被っているので表情は伺い知れないが、ゲルニカは明確に嫌な表情をしたことをステューシーは何となく察していた。

 

「……片方は見た顔ね」

「元〝ロジャー海賊団〟のイゾウだ。もう片方の魚人は知らんが、服装からして〝ワノ国〟の関係者だろう」

 

 光月おでんがロジャー海賊団に乗船する際、イゾウも共に乗っているので海軍に顔は知られている。

 カナタの下に移ってからは懸賞金も特に更新されていないが、脅威度は元ロジャー海賊団と言うだけで十分すぎる程に高い。

 油断など、到底出来る相手ではなかった。

 

 

        ☆

 

 

 狐の面にエメラルドグリーンの髪が特徴的な女──小紫は〝閻魔〟を両手で持ち、正眼に構えて静かに赤犬を見る。

 相手は海軍大将。これまで戦ってきた敵の中でも一、二を争う実力者だ。

 幼少期を共に過ごしたロビンを攫い、古い約定に基づいて姫と慕ってくれる2人のミンク族を瀕死にし、空島で友誼を交わした海賊たちを壊滅一歩手前まで追い詰めた。

 怒り狂ってもおかしくはない状況だったが、だからこそ小紫は大きく呼吸をして精神を落ち着ける。

 敵を切るのに怒りは不要だ。ただ、最善最速で刀を振るえばそれで足りる。

 

「──ルフィ君。ペドロを治療する! 悪いがそこを退いてくれ!」

「あ、ああ……おばちゃん、頼む! 大事な仲間なんだよ……!!」

「わかってる。最善を尽くすよ。だから君は、君のやるべきことを見失っちゃいけない」

 

 両手を血で赤く汚し、泣きそうな顔でカテリーナにペドロの事を託すルフィ。

 それを見て、小紫は少しだけ安心したような気持になる。

 ペドロにも、ゼポにも、良い仲間が出来た。

 小紫にとってミンク族は身内だ。彼らが良い仲間を得られたことが、これ以上無いほどに嬉しい。

 ──だからこそ、ここで彼らの旅路を終わらせることだけは許せない。

 

「小紫、相手は赤犬だけど……大丈夫かい?」

「問題ありません」

「言ってくれるのォ……その大層な口に実力は伴っちょるんかァ!!?」

 

 ボコボコと内側から膨張するマグマが表出する。建物内で好きに暴れさせれば、瀕死のペドロだけでなく、他の仲間たちも危ない。

 小紫は正眼に構えた〝閻魔〟の切っ先を下ろし、踏み込んだ。

 一歩、敵を威圧する覇王色の覇気が黒い雷となって漏出する。

 二歩、漏れ出した黒い雷が〝閻魔〟に集まり、赤犬の体を両断せんと刀を横薙ぎに振り抜いた。

 

「──〝神避〟!!」

 

 一刀神速、しかし斬るに能わず。

 余波で正面にある建物を次々に倒壊せしめた一撃であるが、これでもオリジナルには及ばない。

 それでも、この戦いにおいて明確に赤犬へダメージを与えた一撃である。

 吹き飛ばされた赤犬を追って屋外へ飛び出し、そのまま上空から赤犬の首を狙って刀を振り下ろした。

 

「ぐぬゥ……!!」

 

 覇気を纏った拳であれば容易く切り落とされることはない。しかし、これまでにない威力の斬撃に赤犬は思わずと言った様子で声が漏れ、即座に下からカチ上げるように小紫の頭部を狙う。

 

「〝冥狗〟!!」

「〝雷鳥〟!!」

 

 衝突するマグマと雷は目もくらむような閃光と轟音を立てて辺りに被害をまき散らし、爆発を起こして赤犬と小紫は距離を取る。

 互いに覇気は尋常ではない強さだ。数秒先の未来さえ見通す見聞色も、流体の体を捉える武装色も。

 自然(ロギア)系の肉体を捉えることが出来ても、纏う武装色を打ち破れなければダメージにはならない。だが、小紫であればそれも貫ける。

 ──互いに、その強さを肌で感じて緊張が走った。




〝神避〟
ロジャーの技。カナタによって小紫に教えられた。
小紫は基礎威力がまだ低く、本来片手で振るう技だが両手で振り抜かなければ十分な威力が乗らない。閻魔ブーストでなんとかシャンクスのを弾けるくらい(正面衝突すると打ち負ける)
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