ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百三十六話:方舟

 

 赤熱するマグマが煮え滾り、赤犬の肉体から漏れ出た熱が蜃気楼のように空気を揺らめかせる。

 対する小紫は〝閻魔〟を両手で構えつつ、青白い雷がバチバチと放電しているのが見て取れた。

 先手を取ったのは速度に勝る小紫。

 瞬く間に距離を詰めた小紫が雷を纏う刃を振り下ろせば、赤犬は覇気を纏った腕でそれを防いで見せる。

 派手な火花が飛び散り、互いの覇気の衝突による余波が辺りにまき散らされた。

 

「ぬ……!」

「流石に大将……この程度では揺るぎませんか」

 

 互いの武装色は共に高度な域に達している。

 身を守る鎧のように纏い、武器に流せば硬化して黒く染まり、敵に流して内側より破壊する。

 鍛え上げた見聞色があれば流動する肉体と合わせて回避が容易になる自然(ロギア)の能力者であっても、この2人は共に気を抜けば実体に攻撃を受けると理解していた。

 牽制として放たれた雷がマグマと衝突する。

 刀と拳が連続でぶつかり合い、そのたびに火花が飛び散る。

 

「ぐ──っ!!」

 

 一際大きな衝突と同時に小紫が弾き飛ばされ、赤犬はそれを追いつつ右腕をマグマに変質させた。

 

「〝犬噛紅蓮〟!!」

 

 マグマに変質した右腕は犬の形を取って小紫へと襲い掛かる。

 触れるだけで相手を焼き殺すマグマの犬だ。小紫と言えどもまともに受ける選択肢は無く、即座に迎撃の構えを取った。

 

「〝雷龍〟!!」

 

 青白い雷が収束し、刀を下から振り上げるのと同時に放たれる。

 長い東洋龍のような形を取った雷は地面を削りながら奔り、マグマの犬と衝突して激しく爆発を起こして消滅する。

 雷にせよマグマにせよ、それ自体の性質として非常に攻撃力が高いが……能力の出力だけなら互角と言っていいため、小紫が押し負けることはなかった。

 それでもやはり、差があるとすれば戦闘経験の数か。

 小紫はペドロの治療と彼らが逃げる時間を稼ぐことが主な目的であるため、むやみに覇王色を纏った攻撃は出来ない。あれは強力だがそれなりに気力を消耗するし、短期決戦以外で何度も使うようなものではないのだ。

 

「〝黄昏〟の秘蔵っ子か……〝魔女〟の弟子がおるっちゅう話は聞いていたがのォ。ここまでやれる奴が居るとは、驚きじゃ」

 

 〝黄昏〟の中において、カナタに教えを受けた者はそれなりにいる。〝戦士(エインフィリア)〟や〝戦乙女(ワルキューレ)〟と呼ばれる者たちがそれだ。

 実際に赤犬が戦ったことがあるわけではないが、情報だけならいくらか耳に入っている。

 赤犬がカナタを脅威だと判定し、敵対はなるべくなら避けたいと考えていた理由のひとつでもあるが──それでも、ここまでの強さを誇る者がいるとは流石に驚きだった。

 能力同士の衝突では埒が明かないと、互いに覇気を纏っての近接戦闘を行いながら隙を伺う。

 

(……強い。少しでも隙を見せれば食い破られる!)

(手堅い。〝魔女〟の教えか……本当に、あの女は厄介なことばかりしてくれるのう)

 

 本人が桁外れに強いくせに、弟子までこれとは恐れ入る。赤犬は内心ため息を吐きたい気持ちでいっぱいだったが、目の前の剣閃の鋭さにそれも控える。

 海賊は力こそ全ての世界だ。個々人が強くなるために色々やることはあるが、組織立って兵隊を育成するのは海軍くらいしかやっていない。

 名を上げる。成り上がる。地位を得る──理由は多々あるが、海賊に身をやつす者たちは基本的に個人の強さにしか目を向けない。

 自らの手で育てるのではなく、既に強い者をスカウトすることがほとんどであるためだ。

 海軍が世界中に点在して多くの海賊たちを相手取ることが出来るのは、どの組織よりも数が多いこともあるが──何より、教導による最低限の教えが受けられるからだ。

 

(母数が増えれば実力者は生まれやすい。だが、このレベルの実力者は早々出て来るもんでも無いハズじゃがのォ)

 

 カイエは元より、近年所属したハズのユイシーズも実力は聞いていたよりずっと高い。それはカナタの師としての手腕が優れていることの証左だ。

 赤犬を相手に時間稼ぎが可能な実力者が相当数生まれているのであれば、海軍と〝黄昏〟の戦力比はひっくり返るだろう。

 それは、海軍の最も恐れている事態だ。

 

「──ニコ・ロビンの捕縛が最優先ではあるが、お前も逃がすわけにはいかんのう」

「──やれるものなら」

 

 目の前で赤犬相手に臆さず刀を振るうこの女を、見逃すわけにはいかない。

 悪は、根絶やしにせねばならないのだから。

 

 

        ☆

 

 

 小紫と赤犬の戦いを空から双眼鏡で覗き込むのは、無理を言ってこの戦いについて来たエネルであった。

 方舟マクシムの船縁から身を乗り出し、興味深そうに見つつも羽織っている白衣は後ろに立つ男に摑まれている。

 

「ふーむ……あれが海軍大将か。なるほど、小紫とまともにやり合えるのなら相当な実力者なのだろうな。急ぎの救援をと言うワケだ」

「落ちないでくださいよ。アンタ試運転の時にはしゃぎ過ぎて落ちかけたの忘れてませんからね」

「何のことか覚えとらんな」

「この野郎……!」

 

 空島にて国境警らの仕事をしていたシュラが、額に青筋を浮かべてエネルを睨みつける。

 自身が作成に関わったためか、あるいは他の理由か、エネルは随分とこの船に思い入れがあるらしく、試運転の時から今回に至るまで飛ぶと聞いたら必ず乗り込んでいた。

 最初は内部のエンジンを確認していたものの、今度は外に興味を持ってあちらこちらを動き回っていたら危うく船から落ちかけ、危ないのでひとり見張りを付けられるようになっている。

 完全に子供の扱いであった。

 

「アンタ、ではなくドクターと呼びたまえ。君と違って私は代えの利かない人材だ」

「そりゃわかってますけどね、こっちだって言う事聞かないヤツにはこう言いたくもなりますよ」

「私の方が立場は上だが?」

「縛り付けてでも大人しくさせてろって言われてんだよおれは」

 

 じろりと睨みつけるエネルに、シュラは大人しくしていろと怒る。

 やがて派手な音と共に衝突する小紫と赤犬の方を気にして再び視線をそちらに戻し、双眼鏡を覗き込むエネル。

 ため息を吐くシュラだったが、エネルはそのまま指示を出し始めた。

 

「こちらは軍艦が大小4隻にジェルマの船しかない。海軍の軍艦は一隻落としたようだが、まだ9隻も残っている。こちらも上から攻撃を仕掛けるべきだ」

「何を言って……」

「早くしろ。この船の設計は私がやった。兵器の類も載せているハズだ」

「……オイ! テメェら聞いたな!? この船に載ってる兵器使って、連中の軍艦を沈めてやれ!!」

「りょ、了解です!!」

 

 船は小紫とイゾウ、河松の3人を運ぶだけだと思っていた船員たちがバタバタと慌てたように走り回る。

 (ダイアル)を利用した兵器はいくつかあり、方舟にもそれを搭載している。ただ空を飛ぶだけの船など、カナタは求めていなかった。

 その期待に応えようとエネルは様々な兵器を設計したし、カナタのアイデアで作成した兵器もいくつかある。

 

「それと、()()()()も起動させておけ。必要になるかもしれん」

「……本気ですか? あれはまだ調整中じゃあ……」

「私が作ったのだ。あれで完成だ」

「アンタ前にも似たようなこと言って怒られてなかったか!?」

 

 エネルはシュラの言う事などどこ吹く風と言ったふうで、シュラもどうしたものかと頭を悩ませ……結局、エネルの言うとおりに指示を出すことにした。

 どうあれこちらにとって有用なものであることに違いはないし、相手が相手なだけに使って損はないと考えたからだ。

 あと、怒られるのはどうせエネルだけだと判断したのもあった。

 

 

        ☆

 

 

 カテリーナは重傷者の応急処置を終え、建物の外で戦っている者たちに思いを馳せる。

 誰もが〝新世界〟で通用する実力者たちだ。このまま上手くいけば逃げることは難しくない。

 〝バスターコール〟は本来、そう簡単にどうにか出来る規模の攻撃ではないが……一度退ければ、海軍も〝黄昏〟のナワバリまでは追ってこないだろうという確信があった。

 〝黄昏の海賊団〟とは、勢いのままに戦いを仕掛けてどうにか出来る規模の海賊団ではないからだ。

 

「……しかし、大丈夫かな」

 

 今はここから逃げることが最優先だ。

 だからペドロを始めとした治療が必要な者たちの処置を行った。無事だったナミとチョッパーは青い顔で座り込んでいるし、ゾロはなんとか自力で戻ってきたが……重傷者が多い分、ここからの移動も難しい。

 すぐに逃げるべきと分かっていても、ナミとカテリーナ、ロビンくらいしか無事なものがいないのでは運ぶのにも一苦労だ。

 ゾロも軽傷とは言い難い傷だし、何人も背負って移動するのはリスクが高い。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、ロビンが一つの提案を出す。

 

「私の能力で移動させるわ」

「君の? でも、君の能力は手や足を生やすだけで……あ、もしかして」

「ええ、彼らの背中に足を生やして移動させるのよ」

 

 移動速度はやや落ちるが、背面にいくつもの足を生やすことで抱えずとも移動出来るようにするつもりらしい。

 遅いのは少々困るが、この状況で留まっていることの方がよりリスクが高い。逃げられるなら逃げるべきだろう。

 建物の外をきょろきょろと確認し、辺りでぶつかる振動が時折肌を打つ。正直余波だけでも恐怖心を駆り立てられるレベルだが、ここで怯んでいてはいつまでも危険地帯に留まり続けることになってしまうし、小紫たちとて戦いにくいままだ。

 

「……よし、今なら大丈夫そうだ。いくよ」

 

 ルフィとルッチが正面からぶつかっているのが見える。

 彼らのすぐ近くを通らなければ港に行けないので仕方ないが、なんとかしのいでくれと祈りながら、出来る限り急いで走り抜ける。

 

「ルフィ君、私たちは港へ急ぐ! 君はルッチの足止めを頼むよ!」

「わかった!!」

 

 ドルルン、とルフィの体から蒸気が噴き出る。

 ここが正念場だと理解し、ルッチをしのぐ──否、ここでルッチを打ち倒すと決めたのだ。

 ペドロが赤犬の攻撃で倒れ、あれが他の仲間にも向けられるかもしれないと思えば、疲労や痛みなど気になどしていられない。

 強くなくたって、近くにいて欲しい仲間がいる。

 そのためなら、命を懸けて戦うぐらい何度だってして見せる。

 

「フフ……お前ももう限界だろうに、粘るな。〝麦わら〟」

「ハァ、ハァ……お前だって、余裕なんかねェんだろ。だったら、あとは意地の張り合いだ!!」

 

 ロビンを絶対に捕まえると言うルッチ。

 ロビンを絶対に連れて帰ると吼えるルフィ。

 互いに既に満身創痍。体力は既に底を突きかけ、傷は多く、残るは共に目的を果たすという意地だけ。

 勝負はすぐに決着がつく。

 この海に於いて、折れない信念こそが最も強い武器なのだと理解している者こそが〝勝者〟だ。

 




ボチボチ決着ですが、諸事情により11月はちょっと更新が厳しいです
25日は行けると思いますがそれまでは無いものと思ってください
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