ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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今回はちょっと短め。
あとちょくちょく聞かれるんですけど、この作品にはクザンは出てきません。


第二十四話:何もない島

 〝リトルガーデン〟での一年は、過ぎてみればあっという間だった。

 航海日誌に書くことに困らない程度にはいろいろな出来事があったが、特筆するべきはこの一年で船員が皆力を付けたことだろう。

 少なくとも、海軍にすぐやられるということもないとカナタたちは判断している。

 鍛え上げられた当人たちは、明らかに自分たちとは別世界の強さを誇るカナタたちを見て若干心が折れていたが。

 〝己の力を疑わないこと〟が覇気の根幹であるとカナタは考えており、この調子では覇気の習得は難しいだろうと頭を悩ませている。

 

「ガババババ!! もう出航するのか! 寂しくなるな!」

「ゲギャギャギャギャギャ!! 何ならもう一年くらい住んでいかねェか?」

「先を急ぐわけではないが、流石にもうこの島で過ごすのは飽きたさ。やはり色々な島を見てみたい」

「そうか! 海は広いからな。気が向いたらまた来るといい! その頃には決着がついてエルバフの村に帰っているかもしれんがな!」

「違いない! 次にお前たちがこの島に来たときは居ないかもしれねェな!」

 

 互いに自分が勝つと疑わない二人。そこに言及するとまた決闘が始まってしまうのであえて口を閉ざし、船出前の最後の挨拶としてカナタは武器を取り出した。

 己が能力で作り出したものではなく、時たま現れる海王類の牙を削って創り出した特製の槍だ。

 二メートル超の白い槍で、武装色の覇気を纏わせることで赤黒く変色する。

 

「ではおれから──全力で行くぞ」

「ああ、殺す気で来るがいい」

 

 ドリーが高く剣を振り上げ、より強く覇気を纏わせたそれを勢いよく振り下ろす。

 互いの得物がぶつかった瞬間に大気が爆発したかのような音が響き渡り、わずか一合交えただけで辺りに凄まじい衝撃波が舞う。

 体格の違いすら気にせず、カナタは強大な一撃を受けてもなお一歩も後退していない。

 

「──よし、次はおれだな」

 

 ドリーとカナタは一歩ずつ足を退き、目礼を交わしてカナタはブロギーへ向き直る。

 ブロギーはドリー同様に高く戦斧を振り上げ、大地を叩き割らんとばかりに力を込めたそれをカナタ目掛けて振り下ろす。

 こちらもまた同様、覇気を纏わせた槍でブロギーの戦斧とぶつかり、再び衝撃が大地を舐める。

 爆発的な衝撃は不自然なほど周囲に散っていき、衝撃と音が収まってから二人は一歩ずつ下がって目礼を交わす。

 

「──ガババババ!! ここまでになるとは、一年前は思いもしなかったぞ!!」

「ゲギャギャギャギャ!! まさかチビ人間が、おれたちと打ち合えるようになるとはな! 人生何があるか分からねェもんだ!」

 

 どかりと座り込み、二人して大笑いする。

 一年前にこの島に辿り着き、二人に「強くなりたいから」という理由で挑んできた少女が、まさか一年後には自分たちと武器をぶつけ合うことが出来るようになるとは。

 想像だにしていなかった出来事だ。

 一方、二人の攻撃を一度ずつ受け止めたカナタはというと、大きく息を吐いて腕の調子を確かめていた。

 

「……まだ何とか受け止めきれる、という程度だ。二人には敵わない」

「それが出来る人間が、果たしてどれだけいるかという話だ」

「そうだ。お前はもっと誇ってよいのだ。我らはエルバフ最強の戦士であり、その一撃を受け止められるのだからな」

 

 武器をぶつけるだけで凄まじい衝撃波が起こるのだ。カナタは〝流桜〟で受け流しているが、それとて一歩間違えばミンチになる危ない橋でもある。

 受け損ねて島の端まで吹き飛ばされたこともあれば、衝撃を流しきれず島に亀裂を入れたこともある。

 おかげでジュンシーやゼンの全力攻撃など意にも介さなくなったが、何度死にかけたことか。

 

「また来るさ。次はいい酒を持ってこよう」

「おお、そうしてくれるとありがたい」

「てんで決着がつかねェからな。まだしばらくはここにいるだろうよ」

 

 ドリーの肩に乗って三人で船へと戻り、出港準備を整えて待っていた皆へと手を上げる。

 肩から飛び降りて船へと降り立ち、ドリーとブロギーの方へと向き直った。

 甲板で待っていた中で、フェイユンが前へ出た。

 

「あの、ドリー師匠(せんせい)! ブロギー師匠(せんせい)!」

「おお、フェイユンか!」

「お前も元気でやれ! いつか先にエルバフへ帰ったなら、我らのことは心配するなと伝えてくれ!」

「はい……はい! 二人もお元気で!」

 

 涙ぐみながら手を振り、フェイユンは挨拶を済ませた。

 他の面々もドリーとブロギーに別れの言葉を投げかけ、二人はそれに笑って答えた。

 別れは済ませた。後は先へと進むだけだ。

 

「出航だ! 帆を張れ!」

 

 バサリと大きく帆を張り、風を受けて次の島へと進み始める。

 浜辺でそれを見送るドリーとブロギーは、互いの武器を高く掲げて言葉を送った。

 

「お前たちの旅路が、良きものであることを!!」

「お前たちの行く末に、エルバフの加護があらんことを!!」

「さらばだ! 元気でやれ! ガバババババ!!」

「また逢う日を楽しみにしてるぜ! ゲギャギャギャギャギャ!!」

 

 フェイユンは大笑する二人の姿が見えなくなるまで手を振り続け、ついに見えなくなって寂しそうに手を下ろした。

 気を取り直すように頬を叩き、船の前方へと向き直る。

 後ろ髪を引かれる思いでも、先へ進むのだ。

 最初からわかっていたことだ。旅路とは、出会いと別れの物語なのだと。

 

 

        ☆

 

 

 次の島への日数はわからないが、余りかからないとドリーとブロギーに聞いた。

 巨人族の感覚で「あまりかからない」だと数週間かかるのではと危惧したのだが、本当に大した距離ではなさそうなので安堵したのは内緒の話だ。

 久しぶりの海の上ということもあってか、感覚を取り戻すように最初はぎこちない操舵だった。

 徐々に感覚を取り戻し、偉大なる航路(グランドライン)の船旅も順調に進んでいる。

 カナタは甲板にビーチチェアを持ち込み、パラソルの下で時折進路を確認しながらニュース・クーの持ってきた新聞を読んでいた。

 

「次の島はどんなところなんだろうな?」

 

 そこへ暇そうにしていたクロが話しかけ、カナタは新聞から視線を移して簡潔に答える。

 

「金魚のフンだ」

「……すまん、もう一回言ってくれ」

「金魚のフンだ」

「オレの聞き間違いじゃないよな? 金魚のフン? 何だよソレ?」

 

 カナタの簡潔すぎる答えにクエスチョンマークを乱立させるクロに対し、どう説明したモノかと新聞を畳んで考え込む。

 そこへ〝リトルガーデン〟で仲間となった、新人の〝爆弾人間〟デイビットが現れる。

 カナタに負けたことと仲間が全滅したことが重なり、年を食っていても礼儀正しく口を開く。

 

「俗称では〝何もない島〟と言われている島ですな。文字通り〝何もない〟島なのでそう呼ばれていたのですが、その、ドリー殿とブロギー殿が言うには……」

「金魚のフンなのだ」

「いや、それはわかったから」

「我々が辿り着く前に、船長殿が凍らせた巨大な金魚がいたらしいですが、それなのです」

「その金魚の……フン?」

 

 こくりと頷くデイビット。

 クロは腹を抱えて大爆笑していた。

 カナタとデイビットはドリーとブロギーの二人に話を聞いていたが、次の島である〝何もない島〟は、〝島喰い〟とも呼ばれる巨大な金魚が周辺の島を食べて出したフンらしい。

 〝島喰い〟そのものはカナタがあっという間に氷漬けにしたのだが、過去に食べて出したものは残っている。

 

「私は次の島では上陸しない。お前たちも上陸はするな。どうせ何もないのだからな」

「あー、腹いてェ。そうか、そういう島なのか…ブフッ」

 

 クロは笑いが収まらないらしく、未だに小刻みに笑っている。

 そういう事情を知っているからか、カナタは次の島に上陸することをひどく嫌がった。どうせ船に乗っていても記録(ログ)は溜まる。

 デイビットも苦笑はしているが、問題は別にあった。

 

「問題はそこじゃないんですがね……」

「なんだ、金魚のフンってこと以外に問題があんの?」

()()()()()()()()()()ということが問題なんだ」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の島々はそれぞれが磁力を持ち、記録指針(ログポース)記録(ログ)を溜めることで次の島へと移動することが出来る。

 〝何もない島〟は複数の島の磁力が混じっているためか、そこに辿り着くことが出来てもその次の島が()()()()()()()()()

 

「いくつもの島の磁力が混じっているためか、滞在する日数によって()()()()()()()()()らしい。溜まった記録(ログ)が次々に上書きされていくわけだな」

「ほー、そんな特性が……次の島がどんなものかはギャンブルってわけか」

「そうなる。実際に通ってきた二人の言うことだし、信憑性はあろう」

 

 余りにデカいフンなので大陸と間違って上陸したと笑い話にしていたが、カナタとスクラは非常に嫌な顔をしていた。

 飯時にする話ではないということもあったし、何より生理的かつ衛生的に嫌だった。

 だが、二人の話は非常に面白かったのも事実だ。

 絶えず雷が降り続ける島、見えないところに足場がある島、巨人族の何十倍もある巨大な樹が生えている島。

 それに、前半の海(こちらがわ)に来る際に通ったという魚人島の話や、空島の伝説。

 長いこと生きているだけあるというものだ。

 それはさておき。

 

「新世界用の記録指針(ログポース)ならば複数の島の記録(ログ)を溜められる。私はどこでもいいから、お前たちで決めてもいい」

「そうか? オレはどこでも面白そうだし、お嬢が決めたところなら異論はないけど」

「おれもそうです、船長殿」

 

 ふむ、と二人の返答を聞いて考えるカナタ。

 船長である以上、この船の行く先を決めるのはカナタであるべきだ、と考えるのもわかる。

 こだわりがないのでどこでもいいという考えもあるが、この船の航海士でもある以上、カナタが決めたほうがいろんな意味で角が立たないだろう。

 

「……まぁ、そうだな。出来ればとっとと離れたい島だ。どこかの記録(ログ)が溜まった時点で出航するか」

「ヒヒヒ、偉大なる航路(グランドライン)ってのは、本当に面白い海だなァ」

 

 楽しそうにケタケタと笑うクロ。

 まさか島を食うほどに巨大な金魚がいるとは思いもしなかったし、その食べた島をフンとして出したら複数の島の磁力が混じっているなど想像だにしない。

 こんな不思議なことがあるから、冒険とは面白いのだ。

 

「どんな島なのか、今から楽しみだぜ」

 

 

        ☆

 

 

 数日後、〝何もない島〟に辿り着いた一行は絶句した。

 本当に、〝何もない〟島だったと。

 

 

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