ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百三十八話:もうひとつの仲間

 

 小紫の攻撃が島を揺らし、衝撃と覇気が伝播する。

 それを感知したイゾウと河松の2人は、共に顔を見合わせて頷いた。

 

「イゾウ!」

「わかっている! 姫様の合図だ、こちらも急ぐぞ!」

 

 この合図が来たということは、脱出の準備が整ったという事。遅れれば島を出る術が無くなる。

 島の奥、裁判所付近で戦っているハズのカイエとユイシーズには合図の事は伝えていないので不安は残るが、覇王色の覇気は使用者の意識を相手へ強制的に叩きつける力でもある。

 無差別に振りまけば敵に感知される一方、味方への合図としても有用だ。

 

「随分弱腰になっているな。〝バスターコール〟まで発令した以上、奴らを逃がすわけにはいかん」

「軍艦を回すよう伝えるわ。彼らの船に乗るのか、海列車を使うのかはわからないけれど……なんとしても時間を稼いでもらわないと」

 

 ここまで来てロビンを奪い返せないなど、失態どころの話ではない。

 CP0と海軍大将、バスターコールさえ発令しての作戦が阻止されるなど、冗談では済まない事態だ。

 何としてもロビンを奪い返すべく、CP0を警戒しながら後退していくイゾウと河松をゲルニカが追っていく。

 その間にステューシーが胸元から子電伝虫を取り出し、軍艦にいるであろう中将各位に連絡を入れる。彼らも〝黄昏〟の船や〝ジェルマ〟の相手に忙しくしているが、最優先の目標はあくまでニコ・ロビンであることを思い出して貰わねばならない。

 連絡の取れないヨセフとマハについては後回しだ。敗北したにせよ、戦いに集中していて連絡を取る暇がないにせよ、最悪を想定して動かねばとステューシーは顔をしかめる。

 

「っ!?」

 

 再び島が揺れる。

 赤犬の強さはステューシーとて十分理解しているが、それと真正面からやり合う小紫の強さもまた尋常ではない。

 特に、雷の能力者は長年政府が危険視していた女の能力だ。それがカナタの縁者に受け継がれているのは悪夢と言ってもいいだろう。

 現時点の実力を考えれば違うのだろうと思うが、その面の下がカナタにそっくりでないことを願うばかりだった。

 

 

        ☆

 

 

 激しく放電する雷がマグマと衝突し、付近の建物を大きく抉り取る。

 稲光が明滅するたびに赤犬の体が削れていくが、うまく回避されているのかダメージになっているようには見えない。

 一方で赤犬の攻撃は完全に回避するか防御しなければルフィに余波が行くため、小紫は随分と苦戦していた。

 背負われ、胸の前で腕を結ばれたルフィは振り回される一方で目を回していたが。

 

「め、目が……目が回る……」

「ごめんなさい! ちょっと我慢しててください!」

 

 赤犬に対して明確に優位に立てているのが速度なのだ。それを下手に緩めれば、どこから隙を突かれるか分かったものではない。

 先に放った一撃でこの島に残る仲間には〝撤退する〟という意志を伝えた。覇王色の覇気はどれだけ繊細にコントロールしても敵味方を区別して伝えることは出来ないので、敵にも知られてしまうが……だからと言って躊躇していられるほどの時間もなかった。

 時間を掛ければ不利になるのは〝黄昏〟の方だ。

 ここは〝エニエスロビー〟──政府の玄関口。〝正義の門〟を通れば海軍本部からいくらでも援軍が湧き出て来る。

 〝黄昏〟の本隊が〝新世界〟にいる以上、ここで全面戦争など起こせば不利極まりない状況で戦うことになる。

 負ける気はないが、カナタの計画にも支障をきたすだろう。それは避けたかった。

 

「! 来ました!」

 

 イゾウと河松がゲルニカに追われつつも撤退してきているのが遠目に見えた。

 少し方向をずらし、裁判所と正門の間の道を駆けてくるカイエとユイシーズの姿もある。

 残っているのはこの4人だけであることは分かっているので、あとは彼らが無事に撤退出来るよう援護するのみだ。

 

「集中、収束、収斂……〝断絶〟!!」

 

 覇気を纏わせた〝閻魔〟を、島を叩き割る勢いで赤犬に叩きつける。

 赤犬も負けじと覇気を纏わせた拳で押し返すが、小紫は赤犬を釘付けに出来ればそれで構わない。

 

「姫様! その背中の男は……!」

「一緒に連れて行ってあげて! こっちは何とかします!」

 

 背負っていたルフィを、鞄を投げ捨てるように片手でイゾウの方へと投げつける。

 ゴム人間ならどうせ落としても死にはしないとわかっていることもあるが、赤犬を前にして視線を外すなど危ないことが出来るわけがない。

 雷の能力は使えても多少制限がかかっていた足枷が無くなった今、小紫も遠慮の必要は無くなった。

 空は不自然なほどの暗雲が立ち込めている。その基点になっているのは空に浮かぶ船──〝方舟マクシム〟である。

 

「あなた達はすぐに脱出を。私は後ほど追いつきます」

「「……ご武運を!」」

 

 何か言いたげな河松とイゾウだったが、共にそれだけを言い残して走り出す。

 実際、赤犬を相手にまともに戦えるのは現状では小紫だけだ。彼女が空中を駆けて移動出来ることも考えれば、しんがりを務めるのも当然のことであった。

 ゆえに。

 

「小娘がァ……ことごとく邪魔ァしおってからに……!!」

「あなた達の目的を達成させることは出来ません。ロビンさんは絶対に守り切ります」

「だったらやってみんかい!!」

 

 大地を焼くマグマが小紫目掛けて振るわれる。

 避ければそのまま真っ直ぐ正門まで焼き尽くす奔流だ。避けるわけにはいかず、それを〝閻魔〟で押し留める。

 覇王色の覇気を使えるわけではないのだろう。それでも肌で感じる威圧感は、ともすれば覇王色のように弱者の意識を奪ってしまいかねないほど強烈だった。

 目的を達成するための執念。

 己が任務に対する責任感。

 それらが、幾度となく阻む敵を薙ぎ倒して任務を遂行してきた赤犬の強さの根源だ。

 阻めなければ死あるのみ。

 ここに来て、小紫は〝閻魔〟を片手で持ち、空いた手で〝村正〟を抜き放つ。

 

「本来なら使う気はありませんでした」

 

 〝閻魔〟は使用者の覇気を吸い上げて放出するため、これ単体でも覇気の出力は上がるが消耗が激しい。

 〝村正〟はそういった不可思議な力こそないが、所有者に〝全能感〟を与える。その〝全能感〟は己が強くなったと錯覚しやすく、心の弱い者では〝全能感〟に酔いしれて誰彼構わずその力を振るって試してみたくなる。ゆえに、妖刀と呼ばれる。

 昂る己の心を沈め続けるのは一流の戦士であっても難しい。血に酔えば温厚な者でも修羅と化す。

 だが、そうでもせねば()()()()がいる──あるいは、そうしてでも()()()()()がいた場合、小紫は躊躇わない。

 

「ここへきて本気か? 舐めた真似してくれたもんじゃのォ!!!」

「舐めていたわけでも、侮っていたわけでもありません」

 

 ただ、周囲への被害を考えれば軽々に抜き放つようなものではないと理解しているが故のこと。

 

「我が二刀の切れ味、とくとご覧あれ」

 

 

        ☆

 

 

「──来た!!」

 

 イゾウの肩に担がれたルフィは小紫に散々振り回されたせいで目を回していたが、何度か頬を叩かれてようやく意識がハッキリしていた。

 待っていた仲間たちは喜色の笑みを浮かべ、安堵の表情を見せ、一方でまだ油断は出来ないと機関室に乗り込む者もいた。

 イゾウと河松、そこから少し遅れてカイエとユイシーズが合流し、互いの無事を確認しながら海列車に乗り込む。

 ルフィの怪我もそれなりに酷いものだ。

 チョッパーは未だ体を動かせない状態だが、カテリーナは医者でありつつも機関士である。今は一刻を争う状況なので治療にかかっている暇がなく、仕方ないのでロビンがチョッパーを抱えてルフィの治療にあたっていた。

 

「みんな……こんな状況でいうのもなんだけど……ありがとう」

 

 ロビンのお礼の言葉に、各々笑みを浮かべる。

 ここまで来ればほとんど目的は達成したも同然だ。

 しかし──勝利の瞬間こそ、最も警戒すべきであると〝黄昏〟の戦闘員である4人は知っていた。

 そして、それは現実となる。

 

『──総員、船体にしがみついて!! 揺れるよ!!!』

 

 カテリーナの警告が聞こえた次の瞬間、海列車が大きく左右に揺さぶられる。

 一度目は回避行動によるもの。

 二度目の揺れは、恐らくは至近距離で爆発した砲撃によるものだ。

 

『乗客の皆に連絡! 状況がどんどん悪くなってる!! 悪いけど、体力残ってて手助け出来そうな人はちょっと助けてほしい!!』

「何が起きた!?」

『線路を砲撃で破壊されてる! 進行方向に軍艦が迫ってるから、下手に線路に乗ろうとすると集中砲火を受けるから近付けない!!』

 

 海列車の強みはその速さにある。

 海面の少し下をゆらゆらと波に揺られながら浮かぶレールの上を走る特殊な船だが、その速度はレールを掴むことによって最大の速度を得られる。

 この島に来る際の〝ロケットマン〟がそうであったように。

 それ故に、線路を掴めない海列車は通常の船よりは速いが設計上の最大速度は出ない。

 機関室には〝永久指針(エターナルポース)〟が備えてあるので、線路を外れても遭難はしないが……相手は通常の船よりも速い軍艦である。

 何隻か落とせたとはいえ、未だ数は海軍の方が上。

 その上進路を阻むように船を回されては、海列車の足が速かろうとも逃げきれない。

 

「軍艦と戦えってのか!? 無茶だろこの人数で!!」

「無茶でもやるしかねェだろ。それとも命乞いすりゃ助けてくれんのかよ」

「ロビンがこちらにいる以上、海列車へ直接砲撃をしてくる可能性は低いですが……」

 

 それでも決してゼロではない。

 もし逃がすくらいなら殺すと判断されれば、その時点で砲撃の雨に降られることになるのだ。

 〝黄昏〟の船や〝ジェルマ〟の船と分断するように軍艦を回していることや、海列車の行先を封じるように線路を先んじて破壊したり軍艦を壁にしたりと、随分頭の回る将校がいる。脱出の芽はどんどん摘まれている。

 

「ど、どうすんだよこの状況!! 何か手はねェのか!?」

「海列車そのものには武器も何も積んでない。レールの上を走れば海獣や海王類が嫌がる音を発するように設計されてるから、海賊以外には使うこともねェしな」

 

 海賊相手だとしても、大抵は海列車の方が圧倒的に速いので逃げるのにも困らない。武器を積んで遅くなる方がデメリットが大きいため、武器の類は載せないのが基本だ。

 だからこそ、現状は非常にマズいと言えた。

 

『砲撃だけでも弾いてくれるかい? 避けるのも限度があるからね!!』

 

 ロビンがいるため直接砲弾を当てることはしてこないようだが、海列車の転覆や動きの阻害のために比較的近くに砲弾を撃ち込んでくることはある。

 急に曲がるとどうしても横転しそうになる。

 比較的余力のあるイゾウと河松が船室から屋根に上って砲撃への対処を始めたが、根本的に状況を覆す一手にはならない。

 どうすれば、と頭を悩ませる中、〝麦わら〟の一味の面々がしきりにきょろきょろと辺りを見回し始める。

 

「何かあったか?」

「いや……何か、声が聞こえる」

「声? ……何も聞こえないようだが」

「確かに聞こえる。何だ……外?」

「外を見る?」

 

 誰かの発したその言葉に、一斉に外を見て──しかし、そこには空中で戦う小紫と赤犬の衝突が激しくなるのが見えるばかりだった。

 赤犬の執念が凄まじい。小紫からのダメージをもはや避けられぬと見るや、ロビンを逃がさないために全力を注ぎ始めている。

 

「ワシが……一度逃がさんと言うたなら!! 絶対に逃がさん!!!」

 

 マグマの拳が海水を蒸発させる。

 小紫の斬撃は赤犬を吹き飛ばすに十分な威力を誇っているが、それでもなお止まらないのだ。

 驚嘆に値する意思の強さと言えるだろう。

 これまで一人で赤犬を抑え続けて来た小紫がここに来て不覚を取るなど考えづらいことではあったが──CP0の2人、ゲルニカとステューシーが援護に回ればそれを可能にする。

 彼らもまた、任務の達成のためにあらゆる手段を使う覚悟があった。

 海上で戦うのは能力者にとって最悪の条件だ。一歩間違えれば海に落ちて溺れる可能性がある中、それでも一切手を緩めずに攻撃を加えて来る赤犬に畏怖すら覚える程である。

 

「こいつら……! 早く逃げないと海列車ごとやられるぞ!!?」

『やってるよ! でも、レール掴んでない車輪の速度なんてたかが知れてる!』

 

 それでも普通の船よりは速いはずだが、連結した客室の分重量がかかっていることもある。

 この状況では、逃げきれない。

 

「さっきから聞こえるこの声は何なんだ!?」

「分かんねェ! 外を見ろ、って……」

「そっち側じゃない! 逆だ!」

 

 小紫と赤犬、CP0が戦っている方ではない。

 逆側の窓から確認すれば、そこには、遠目から一隻の船が近付いて来るのが見て取れた。

 ここにいるはずのない船。

 もうすぐ別れが来ると、置いて来たハズのもう一つの仲間。

 

「め──メリー!!?」

 

 ──迎えに来たよ、皆。

 

 確かに、その声が聞こえた。




マラプトノカがボロブレス使ってた時点で実は小紫はバチバチにキレてたよ、という話
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