ルフィたちが外郭部の堀を抜け、階段を上がった先にあったのは森だった。
先に進めば進むほどに、奇妙な生物が目につく。
足と腕の生えた樹木と角の生えた馬──ユニコーンが酒瓶を片手に酒盛りをやっていたり、ふよふよと踊りながら現れる半透明のゴーストだったり。
薄暗い森の中ということもあって不気味という他になく、前者はルフィが仲間にしようとする以外に実害はないが、後者は触れれば触れた者が奇妙なほど落ち込む現象にルフィたちは首を傾げる。
ゴーストを捕まえて飼うつもりだったルフィも、これには怒って「ブッ飛ばしてやる」と息巻くばかりであった。
そうして森を抜けると墓地があり、至る所にある墓所から死体が起き上がってくる。
異常と言えば異常事態。
しかし彼らは誰一人として臆することなく、ゾンビたちを薙ぎ払っていく。
あっという間に片付けた麦わらの一味はナミたちの行方を聞き出し、墓地の向こう側にある屋敷に行った証言を得る。
そのまま屋敷に突撃しようとしたルフィだが、ブルックと同じように影を奪われた被害者たちが首謀者であるモリアのことを話し、モリアを倒せれば影を解放できると教わる。
ブルックを仲間にしたいなら影を入れられたゾンビを倒すか、モリアを倒せばいいと知ったルフィ。
やることが明確になったと笑い、ナミたちを助け、ブルックを助けて仲間にするためにホグバックの屋敷へ乗り込んだ。
☆
──同時刻。
ホグバックの屋敷の裏手にて、モリアの部下である3人が顔を合わせていた。
「ふう……危ないところだった」
「おい、アブサロム……お前、また風呂場を覗いていたな?」
「ガルルル……花嫁探しだ、ホグバック」
ホグバックは一見誰もいない場所に向けて話しかけているように見えるが、しかし確かに返答があった。
「どこにいるかわからん。姿を現せ」とキョロキョロするホグバックにひとつため息を吐くと、アブサロムと呼ばれた男は静かに姿を現す。
何もないところにいきなり現れたその男は、スケスケの実の能力によって透明になれる能力者である。この能力を使って風呂場に入り込み、ナミが風呂に入っているところをジッと見ていた変態であった。
最終的に誰かがいるとバレてウソップに攻撃を受けたが、壁を破壊されただけでアブサロム自身には特に怪我もない。
「あの女気に入った!! おいらの花嫁にするぜ!!」
「あれでも賞金首。お前には渡さん」
「今回は6人も賞金首がいる上、うちひとりは1億超え。船長に至っては3億だ!」
ルフィたちが姿を見たゴーストが楽しそうに声を上げ、アブサロムはその浮かれた声にため息をこぼした。
「あのな、ペローナ。政府が3億も付けるってことは相当なことをやらかしてきたってことだぜ?」
「それが分かってるならお前も真剣にやれ、アブサロム。今夜の〝夜討ち〟は大仕事になるぞ」
「分かってるさ」
それを最後にアブサロムは再び姿を消し、ペローナのゴーストはどこかへ飛んでいき、ホグバックは屋敷の中へ戻っていく。
アブサロムはホグバックの屋敷の前にある墓地へと足を運び、丁寧に頭から埋めなおされたゾンビたちへと発破をかける。
彼らの肉体は死体だ。どれだけ痛かろうが痒かろうが、生きていた頃の名残でしかない。
本質的に彼らは痛みを感じないのだ。
「起き上がれ、〝
まもなく日付が変わる。
それと同時に動き出したゾンビたちが、入り込んだ〝麦わら〟の一味を追い込んでいくだろう。
ひとりひとり、順に消えていく仲間たちに恐怖していくがいい──アブサロムはそう笑い、最終的にナミを花嫁に結婚しようと目論んでいた。
好みの女を見つけたためかアブサロムの足取りは軽く、次は〝
「さァ……獲物はおいらたちの敷地内へ入り込んだ!! 今夜も好きなだけ暴れて来るがいい!!」
アブサロムの号令を受け、棺桶に眠る〝
一国の騎士団長。悪名を轟かせた海賊。誰もが元は高名な戦士たちだったゾンビが、痛みを知らぬ兵士として数多の海賊を仕留めて来た。此度もまたそうなるだろうと、アブサロムは彼らを見渡す。
「あァ、全く……人使いの荒いことだぜ。もう少しゆっくりさせてくれてもいいのによォ」
「ぐずぐずするな、〝金獅子〟のシキ。生前に轟かせた悪名が泣くぞ!」
「分かってらァ……」
禿げた頭にカランコロンと下駄を履いた足音が響き、シキと呼ばれた男は他のゾンビたちに続いて部屋を出て行く。
それを見送るアブサロムの背後に一匹のゾンビ。
アブ様、と呼びかけるその声に、アブサロムは背筋をゾッとさせた。
「うおーっ!? ローラ!? な、なにしてる!! 早く戦場へ出ろ!! おいらは指揮官だ、前線には出ないぞ!!」
「うるさいわい!! 結婚して!!」
「なんでだ!!」
イボイノシシのメスに影を入れられて造られたゾンビのローラは、執拗なほどにアブサロムに迫っていく。
この男以外にあり得ない、と言わんばかりの勢いである。
さしものアブサロムもこの勢いにはタジタジになっており、一瞬余所見をした瞬間に無理矢理結婚届に押印させようとしたりとやりたい放題のローラに恐怖すら抱いていた。
だが今度ばかりは諦めさせようと、ナミの手配書を見せつける。
「おいらは生きた女と結婚するんだ!! この女を見ろ、ローラ!! 気が強そうだがどこか品のある女だ……この美しい女をおいらの花嫁にする!!!」
「フン、どうせまたダメになるわ」
「ダメになるとはなんだ!! この女こそおいらの花嫁にふさわしい!! お前の呪縛もここまでだ!!」
「……だったらその花嫁、先に消してやるわい!!」
「やめろ!!!」
猛ダッシュでナミを探しに走るローラを追いかけ、アブサロムもまた猛ダッシュで追いかけることになった。
☆
「……ん?」
ローラは捕縛された海賊がどこを通ってモリアの下へ運ばれるのか、いくつかのルートを把握している。
どこかで騒がしくなっているなら恐らくそこだろうと耳を澄ませながら、アブサロムを振り切る勢いで走っていたが……途中から追ってきているハズのアブサロムの声も足音も聞こえなくなった。
彼は透明人間だ。ローラにバレないよう、足を忍ばせて別ルートで花嫁にしたい女を探しに行ったのだろうと判断し、ローラはローラでナミを探しに行く。
捕まっているならホグバックの屋敷からペローナの庭を通ってモリアの居城へ運ばれるはずだし、そこを通っていないとしてもペローナの配下である〝
そう判断してのことだったが──どうやら当たりだったらしい。
「見つけたわよ、泥棒ネコ~~~~!!!」
両手に刀を持ったローラは目についたナミに襲い掛かり、しかし刃はナミに触れる直前でペンギンのゾンビに阻まれた。
「うぬゥ! 邪魔を……するんじゃないわよ!!」
あっさり弾き飛ばされたペンギンゾンビを尻目に、ローラは再びナミへと視線を定める。
「死んでも女は蹴らん」というペンギンゾンビに「あれを女と認めるなんて男だぜ」と言っていたウソップとチョッパーは、これはいかんと動き出す。
咄嗟に煙星を使って煙幕を張り、チョッパーがナミを背中に乗せて周りを囲む
「なんか、ナミばっかりえらく狙われてるな」
「ホントよ! 大迷惑!」
「なァ、提案なんだが……二手に分かれねェか?」
「囮かっ!!」
バシッと叩かれたウソップは真面目な顔になり、後ろから追ってくる大勢のゾンビに泣きそうな顔になった。
あれを相手にするのは骨が折れるどころの話ではない。
そもそもどうやれば倒せるかもわからないのだ。火を怖がるのは以前のゾンビとの戦闘でわかったことだが、そもそも生きた人間でも火は怖い。
どうにか逃げ切るために、ウソップとナミを乗せたチョッパーは更に速力を上げた。
☆
「何だこの船は?」
ルフィたちの船であるミニメリー号とサウザンドサニー号、それについでに引っ掛かっていた廃船を物色し、もう一隻流れ着いている船に気付いたペローナ。
事前にペローナの索敵にあったのはサニー号と廃船だけだ。ミニメリー号はサニー号から出てきたことがアブサロムの証言から分かっているし、そちらは不審な点もない。
残る一隻は誰の目にも留まらずここに流れ着いており、物色するゾンビによれば金銭は載っておらず、食料と衣類があるだけだと言う。
帆には特にマークも描かれておらず、海賊なのかどうかも分からない。
「思ったより随分と大金が乗っていたな。これがクロコダイルを落とした男の船とは……あとの2隻にはロクなものがなかったというのに」
「食料はやけにたくさんありますね」
「金に余裕があるんだ、食料も大量に買ったんだろう。金目の物と食料を運び出しておけ」
〝
襲った海賊から食料を奪い取ることで食いつないでいる以上、これはこれでありがたいものだ。
生きている人間は少ないため、これだけ大量に食料が得られればしばらくは大丈夫だろう。
「ペローナ様!」
「ヒルドンか。どうした?」
蝙蝠のような翼をもつゾンビが空からペローナの下へと飛んで来た。
連絡事項は彼が直に伝えることが多いため、何か連絡があるのだろう。
「〝麦わら〟のルフィを捕らえたそうでし! 900号のお披露目をするとモリア様からお達しが!」
「900号を!? 本気か!?」
ホグバックの傑作である900号は特別だ。有効利用するために相当強い影を入れたいとモリアが言っていたが、遂にそれを満たすほどの海賊が現れたのだろう。
ペローナは了承する旨を伝え、他のゾンビたちに食料を運び出す指示を出して自身は屋敷へ戻る。
ヒルドンは再び空を飛んで移動し、次はアブサロムへ伝えようと森の方へ視線を向けた。
ただ、透明人間であるアブサロムを見つけ出すのは至難だ。透明化していなければそれなりに探しやすいが、それでもスリラーバーク自体が広いために時間がかかるだろうと思っていた。
──その瞬間までは。
「──え」
バツン、という音と共に翼に穴が空いた。
片翼に穴が空いたせいでバランスを崩したヒルドンは森の中に墜落する。
ヒルドンもまたゾンビであるため、特に痛みなどはないが……何が起こったのか理解が及ばず、辺りをキョロキョロと見回す。
「一体何が……」
痛みはなくとも、片翼に穴が空いては飛ぶこともままならない。
誰かに攻撃されたとしか思えないが、この島にいるのはモリアの関係者か〝麦わら〟の一味の誰かしかいないハズ、とヒルドンは訝しがる。
何はともあれ、周囲を警戒しながらホグバックの屋敷へ戻ろうとして──次の瞬間には、両膝を撃ち抜かれて地面に這いつくばっていた。
「な、何が起こって……」
「痛みはなくとも、人体の構造は無視できないようですね」
どこからともなく声が聞こえる。聞き覚えの無い、女の声だ。
膝を撃ち抜いたものを見てみると、銃弾ではなく矢によるものだった。
見た目は普通の矢にしか見えないが、その恐るべき威力によって撃ち抜かれた膝は砕かれただけでなく膝から下が千切れている。
助けを呼ぼうと口を開けば、的確に喉を狙い打って声は疎か呼吸すらまともに出来ない状態にされる。
辺りを見回せば両の目を撃ち抜かれて視界を奪われる。
一方的な暴力の前に、ヒルドンはただ恐怖するより他に出来ることはなかった。
「思ったより頑丈ですね。これでも影は抜けないとは……どこまで破壊すればいいのか、とは思いましたが、これなら素直に塩を使った方が良さそうです」
何かを引きずるような音と共に誰かが近付いて来る。
もはやヒルドンには抵抗する術もない。足は動かず、声も出せず、何も見えない状態では出来ることなど何もなかった。
「テメェ、モリア様に何をするつもりだ……!」
「おや、まだ意識がありましたか」
ヒルドンにとって聞き覚えのある声がした。
しかし、既に彼には何もすることは出来ない。
「お前らは、モリア様の味方じゃねェのか……!?」
「味方でしたよ。
「何……!?」
「事情が変われば敵味方なんて簡単に変わるのが海賊でしょう? 何を驚くのですか?」
「だが……こんな急に……」
「それはそうでしょう。敵になるとわかっているのなら、敵が気付く前に処理するのが賢いやり方ですよ」
ヒルドンはその時点で浄化された。
その後の会話は、他の誰にも聞かれることはなかった。