〝何もない島〟には、その名の通り何もない。
とはいえ、草木の一本もないというわけではなく、足元には名も知らぬ雑草がまばらに生えている荒野のような島だ。
目立つものは何もないが広大で、ただ茶色の大地が広がっている。ドリーとブロギーが大陸と間違えたというだけはあり、随分と広大だ。
島の成り立ちを知ると、この大地の色も深く考えてしまうので誰もが口をつぐむ。
心なしか臭う気がする。
「……広いだけの荒野だな」
「さっさと次の島に移動しよう。しばらく待機だ」
面白半分で上陸しようとしたクロの首根っこを掴み、各々船の上で自由に過ごす。
外周を回るくらいは良かろうと、船を一か所に停めずにぐるりと島を回っていると、遠目に船が停泊しているのが見えた。
〝リトルガーデン〟から続く航路であるため、同じ島を通ったはずだが見覚えがない。
〝
海賊ではなさそうなので、接舷して声をかけてみることにした。
「おーい! あんたら、何してるんだ?」
「うん? 我々は
カナタたちが乗っている船より一回り小さいが立派な船だ。掲げている旗にはどこかの王国のマークが印されており、彼らの発言を裏付けていた。
連れてこられた数名はいきなり消毒されて目を白黒していたが。
この島の成り立ちを知らなければさもありなん。
簡単に説明したところ、彼らはものすごい勢いでメモを取り始めた。
「それは……すごいな! どこでその話を!?」
「私たちがこの島の一つ前の島で聞いた話だ。実際に〝島喰い〟と呼ばれる金魚とも遭遇した」
「なんと! だが、我々も前の島から
「私たちは〝リトルガーデン〟という島から来た。この〝何もない島〟自体、複数の島が混じって生み出された島なんだ。複数の島への
なるほど、とメモを取って学者たちは考察し始めた。
全員が全員植物学者というわけではなく、地質を専門とする者、海洋生物を専門とする者など、多様な学者が乗っているらしい。
「この海、面白いこと多いな」
けたけたと笑うクロ。
航海士であるカナタにとっては、海流の現象などは無視できない情報だ。スコッチも交えて最近の研究の成果などを聞き、航海に活かしたいと考えていた。
一方で学者である彼らも、カナタたちが通ってきた航路での情報を聞いて研究に活かそうと積極的に交流している。
しかしカナタたちが通ってきた島は未だ二つ。大した情報が提供できるとも思えなかったが。
「いやいや、あなたたちが持っている資材の中にある植物や研究サンプルは非常に興味深い……絶滅したはずの病原体など、どこで手に入れたのです?」
「〝リトルガーデン〟だ。僕たちだからよかったが、普通の学者があの島に足を踏み入れるのは推奨しないが」
ただでさえ生きるには厳しい環境だ。研究まで行えるような人材などいるとは思えない。
「なるほど、そんなに……あなた達もよくそんな環境で生きていられたものだ」
「僕たちはまぁ、そうだな……強いやつが多いんだ」
自然と視線が向いたのはやはりフェイユンだった。
巨人族というだけで受ける偏見ではあるが、やはり体格差というのはいかんともしがたい。次に視線が行くのは筋骨隆々としたサミュエルだ。
逆に一番非力でもおかしくないカナタがこの船で一番強いのだから、人とは見た目によらないなと思うスクラ。
「
カナタの言葉に皆が沸き立つ。
だが、やはりというべきか、陸地に降りずに船の上での宴となった。
☆
二日後。
いくつかの磁気が周期的に溜まる影響で次に辿り着く島がわからないため、どこへ辿り着くかは行ってみてのお楽しみというわけだ。
宴で騒ぎつつも規律を守って見張り役は酒を飲まず、時間交代で仮眠をとるカナタたちの規律の良さに学者たちも驚いていたが、既に慣れ切ってしまっていた彼らにとっては大したことではない。
「島そのものは面白みもなかったが、いい勉強になったな」
「ああ、学者がいるとは随分と間のいいことだ。日頃の行いというやつだな」
カナタとスクラは二日間の交流で色々と知識を得ていたが、他の船員たちにとってはあまり面白くはない話だったようだ。
各々で釣りをしていたりして過ごしていたようだが、島自体が〝島喰い〟の縄張りだと主張しているのか、あまり魚も釣れなかったらしい。
〝島喰い〟が食べたことで土壌が汚染されているらしく、植物もろくに育たない不毛の大地になっているようだし、この島はやはり人が住むことは出来ないだろう。
学者たちが話していた内容からすると土壌の改良も難しいようだ。
「オレには面白いことばっかりだと思うけどなァ」
「
「何それ超見たい」
「いいところですよ。我々ミンク族は生まれながらの戦士なので下手に暴れると即座に鎮圧されますが」
その中でもゼンは相当強い部類に入るとカナタは思うのだが、本人は謙遜するばかりで肯定も否定もしない。
いずれ行ってみればわかる話だろう。見聞を広める意味でも、多くの島を訪れるのは悪くない。
「戦士ばかりの国か……興味があるな」
「ジュンシー殿は些か見境が無いのでは……」
「何を言う。儂とて歯応えのある相手がいれば血が滾ることもある。最近は同じ相手と組み手ばかりでつまらんがな」
一方ではジュンシーとデイビットが「生まれながらの戦士」というゼンの言葉に反応していた。
ジュンシーもまた、〝流桜〟を初歩的な段階は使えるようになっている。腕を磨く意味でも歯応えのある相手を求めているようだが、同じ相手とばかりでは流石に面白くないらしい。
巨人の一撃を受け流す、あるいは受け止める段階まで行けなかったのが悔しかったのか、カナタとよく手合わせしていたが結局一度も勝てなかった。
今後は優先的に敵と戦わせればいいだろうとは皆の総意である。
「いや、いい話が聞けたよ。我々の研究も捗るというものだ」
学者の一人が笑顔で握手を求めるのでカナタが対応したところ、他の学者たちもこぞって握手しようと集まってきた。
面倒なので後の対応をジョルジュに任せると一斉に顔をしかめたが、それでも研究に協力したことは感謝しているらしく、和気藹々としていた。
彼らはまだしばらくこの島に残るようだが、カナタたちは一足先に出航する。
「また会うことがあったらよろしくなー!」
「カナタちゃん! また会おうなー!」
「また会いに来てくれー!」
段々と欲望が漏れ始める別れの挨拶だったが、カナタは苦笑して手を振り返す。
男所帯だったためか、カナタへの対応は露骨だった。やはり女性の船員というのは珍しいのだろう。学者という意味ではそう珍しくはないはずだが。
学者と言っても、カナタが知っているのはオハラの考古学者くらいではあるが。
☆
気候は安定し、快晴で風は穏やか。
〝何もない島〟から数日ほどで気候が安定した海域に入ったようで、次の島までは然程かからないと判断できる。
次の島がどんなものかはわからないが、流石にもう〝リトルガーデン〟のような島はないだろう。そう願いたい。
「おいカナタ! 船の後ろに海獣だ!」
慌てた様子ではあったが、カナタは特に興味も抱かず「放っておけ」とだけ伝える。
「ニ゛ャー!!」と言いながら現れたのは海ネコと呼ばれる海獣だ。
船と同じくらいの大きさを誇る海獣だが、目の前にいたのが巨人族のフェイユンであったためか、目が合った瞬間にビクッと驚いて後ろに下がった。
船の後方に現れたため、少しずつ距離が開いていく。
「……敵ですか?」
ジッと見つめるフェイユンに恐れをなしたのか、海ネコは特に何もせずにゆっくり海の中へと消えていった。
残念そうに海面を見つめ、また何か出てこないかと視線をさまよわせる。
海面は波立つばかりで海獣や海王類が出るということもなく、新しい島の影が見え始めた。
甲板で双眼鏡をのぞき込みながら確認すると、かなり大きい島だとわかる。
「……遠目に砂漠が見えるな。気候も温暖で湿度は低い。砂漠の国か」
嫌な顔をするカナタ。
カナタの能力を考えると厳しい気候の島だ。もっとも、本気で戦う場合は気候さえ変えてしまうこともある。手加減が難しくなるというだけの話である。
最近では能力に頼ることも少ない。能力を使うほどの相手がいないということが最大の理由だが、それを抜きにしても武装色の覇気の鍛錬のために槍一本、拳一つで戦うことが多い。
あと暑いのは苦手だ。
「島の外縁に沿って移動しよう。どこかに港があるはずだ」
それほど時間をかけずに見つけて寄港した場所は、〝ナノハナ〟という名の港町。
この島は〝サンディ島〟、国の名は〝アラバスタ〟──
〝ナノハナ〟は港町であると同時にオアシスでもあり、物資を調達するにはちょうどいい場所でもある。
何かと不足しがちなものを買い揃えるためにも、一度上陸する必要があり。
「あつーい……」
上陸するやいなや、カナタは気温の高さと日差しの強さにやられていた。
能力で自分の周りを冷やすことはできるが、それをやっても直射日光による熱は防げない。肌が焼かれないように上着は羽織るが、日陰でも十分な暑さだ。
カナタがこんな状態なので、ジュンシーとジョルジュが数人連れて全員分の服と食料、水を買いに出かけた。
〝リトルガーデン〟で過ごすうちに服もボロボロとまではいかないにせよ、擦り切れているものも多い。
資金はあるが使いすぎるのも考え物なので、どこかで金を稼ぐ手段を考えねばならないだろう。
「カナタさんにも苦手なものがあったんですね」
「私だって苦手な物の一つや二つはある……フェイユンは平気なのか?」
「私は元々暑さにも寒さにも鈍感なので」
真冬の海でも甲板にいたくらいだから本当にそうなのだろう。この暑さでも堪えた様子がない。
それはそれで羨ましいなと思いつつ、日傘を片手に甲板でジョルジュたちが帰ってくるのを待つ。
この国は世界政府加盟国でもあるため、あまり長時間寄港していると海軍に見つかる恐れがある。もっとも、海賊旗もなければ帆にマークもない。カナタの顔さえ見られなければバレる要素は少ないと言える。
二時間ほどであらかた必要な物を買い揃えてジョルジュたちが帰ってきた。
「服と食料と水を買ってきたぜ。それと、もうすぐ雨期らしいから、そうなると少しばかり涼しくなるらしい」
「雨期か……」
水の少ない砂漠の国では、雨期に降る雨を蓄えることで乾期を越える事が多い。
同時に、この国では本来高価な水もこの時期だけは値段が落ち着くだろう。
「せっかくだ、
「いいな。色々と見て回ろう」
何か適当な仕事でもあればより良い。交易でも出来ればいいのだが、
危険の多い海だ。交易などまともにできるはずもない。
交易が出来れば利益は大きかろうが、カナタたちでは海軍に待ち伏せされるのがオチだ。
海軍に追われなくなれば、色々と出来ることは多いのだが。
「夜は街に繰り出して食事にしよう。巨人族でも入れる場所があればいいが」
「私は外でも構いませんよ? いつものことですし、平気です」
「馬鹿を言え、扱いは平等だ。見つからなければ食事だけ買ってきて船で夕飯にするさ」
〝何もない島〟では船から降りることもなかった。息抜きもかねて〝ナノハナ〟で食事をとることにして、日が落ちるのを待つことにする。
日は長いが、落ちてしまえば気温はぐんと下がる。湿度が低いので昼間の暑さが続かないのだ。
カナタとしては随分過ごしやすい時間になったので、顔を隠すフードだけ被って町へと繰り出す。
「昼間のうちに酒場を探しておけばよかったか」
「そうだなァ……港町だけあって酒場は多いが、やっぱりどこも人は多いぜ」
街中ではどうにもらちが明かないので、街外れにあるという大きめの酒場へと足を運ぶことにした。
巨人族が使うことを想定したわけではないだろうが、かなり大きい扉と建物だ。フェイユンでも身をかがめれば十分入れるだろう。
問題は、人が多いかどうかだが。
カナタとクロが中に入ると、騒がしい酒場の中が一瞬だけ静かになった。
「……結構いるが、十分入れるだろう」
「じゃ、ここで決まりか。美味い飯だといいけどな」
珍しく服を着こんでいるクロが合図をして外で待つ面々を呼びに行く。
カナタはカウンターにいる店主と思しき人物に近付き、この店は大丈夫か確認をする。
「あァ? 巨人族? 入れるとは思うが……まァ構わねェよ。今日は客もすくねェからな」
「感謝する。適当に酒と食事を用意してくれ」
迷惑料もかねて多めに金を渡し、カウンターから離れようとすると、おもむろに手を掴まれる。
振り向いてみれば、かなり酒に酔った男たちがニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。周りの客も似たようなものであることを考えると、いつもこんなものなのだろう。
地元の者ほど近付かない店、というわけだ。
「おい姉ちゃん、随分な美人だな。おれたちの酒の酌もしてくれよ」
「いいなそれ! こんな綺麗な女に酌してもらえるんなら酒が美味くなる!」
カナタは一つため息をこぼし、つかまれていないほうの手で酒瓶を手に取った。
昼間の猛暑でひどく消耗しているところにこれだ。普段なら理性的に抑えているだろうが、今回ばかりは一瞬で振り切れた。
「お、素直に酌してくれんのか? 何なら夜の方も──」
ガシャン! と派手な音を立てて酒瓶で男の頭を殴りつけた。
酒と割れた瓶の破片が辺りに飛び散り、男は頭部から血を流して床に倒れる。
「用はそれだけか」
「て、テメェ……!!」
「おれたちを誰だと思ってやがる! 泣く子も黙る砂賊、『ガイレイ団』だぞ!」
酒が入ってることもあり、沸き立って銃や剣を構える男たち。店主は慌ててカウンターの下に身を隠し、カナタはどうでも良さそうに視線を向けていた。
大人しくするなら許してやるだの、色々と喚いていたがカナタは一切話を聞かずに覇王色の覇気で男たちを気絶させた。
「店主、迷惑料だ。あとこいつら邪魔だから片付けておいてくれ」
カウンターから恐る恐る顔を出した店主に金を渡し、倒れた男たちを踏みながらテーブルへと移動してクロたちが戻ってくるのを待つ。
本格的にどうにかしないと、店にもろくに入れないな、と思いながら。
活動報告にも書きましたが、アンケ結果が出ました。
とりあえず今週は章ごとにまとめ作ります。
あと、ロジャー関連で少し修正しました。